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第十章 森の泉に住まう者
10-27 互いに感じる魔法の手
しおりを挟む「リュート様……この後はどうしたら良いのでしょうか」
「あ……悪りぃ……えーと、このネバネバした物が付着している状態で乾燥させるから、さっき俺が術式を刻んだ魔石を入れた器に全部移してくれ」
「了解しました!」
ヤンさんとキャットシー族の人たちが一斉に動き出し、そちらが気になったのか、モカたちもテクテク歩いてついていく。
此方は器にプリン液を流し込んでいるだけなので、何をしているのか様子を見てこようというところだろう。
リュート様の気がヤンさんたちに向かったために、難を逃れた真白は、慌てて彼の頭上に避難する。
真白……避難する場所はそこでいいのですか?
ふんふんっと怒って文句を言っているようだが、馴染んだ彼の頭の上で寛いでいる。
言っていることとやっていることが違うので、本気で怒っているわけではないようだ。
まあ……いつものことである。
「リュートくん、あのネバネバ……つけたままでいいのカイ?」
「ああ、なんつーか……コーヒー豆って製法が色々あるんだけどさ、一般的なヤツじゃなくて、出来るだけ成分が残る方法で考えたんだ」
地球では、生豆を取り出す様々な製法があるようで、基本となる製法は<ナチュラル>と<ウォッシュド>と呼ばれる製法なのだが、どちらもメリットとデメリットがあるのだとリュート様は教えてくださった。
<ナチュラル製法>は古くからある製法で、収穫したコーヒーチェリーを天日干しにして乾燥したら脱穀して生豆を取り出すため、果実感が強くなり、コクが強くなる一方、香りが独特で初心者向きでは無いという。
この方法だと未成熟の豆が選別できず、欠点豆が含まれ、品質管理が難しいというデメリットもある。
<ウォッシュド製法>は主流となっている水洗処理製法で、乾燥させる前に水でミューシレージという先ほど種子に付着していたヌメヌメした粘液質の物を洗い落とし、乾燥させて脱穀して生豆を取り出す製法である。
均一性がありクリーンな味わいで、初心者にオススメなのだが、大量に水を使用するため、水質汚染が問題になってしまうというデメリットもある。
そんな中で、リュート様はこの二種類の中間である<ハニープロセス>という製法を選択したようであった。
収穫したコーヒーチェリー……いや、コフィーの実の果肉部分を取り除き、先ほどのヌメヌメした状態のまま乾燥させて脱穀し、生豆を取り出すという手法である。
これなら、果肉は別途使えて生豆をコーヒーにし、脱穀の時に出た余分な物をラエラエに与えれば、卵も収穫出来て良いだろうと考えたらしい。
色々な製法を考えている中でわかったことが一つあった。
それは、地球にあるコーヒーチェリーと庭園産のコフィーの実では、大きな違いがあることだ。
聖泉の女神ディードリンテ様が持ってきたコフィーの実は、病害虫の被害にあわない。
さすがは庭園産というべきなのだろうか……
しかも、それだけではなく成熟した実しか収穫ができないのだ。
庭園にあるノエルのリンゴも虫食い一つ見当たらないし、季節に関係無く実らせ、完熟した実しか採取できないので、庭園の加護を持つ作物の特徴なのだろう。
「まあ、その加護のおかげで選別の工程が必要無いから<ナチュラル製法>でも良いんだけど、果実と種子のそれぞれで摂取できた方が良いのではないかって考えて却下して、<ウォッシュド製法>はタンクを作って一気に加工できるから良いんだけど、大量の水を使用しての水質汚染はマズイよなーって……」
「環境問題に発展したら魔物の巣窟になる可能性もあるカラ、除外したほうが良いヨネ」
「最終的に困るのはここのキャットシー族だからな」
「でも……驚きです。豆の加工にも、そんなに沢山の製法があるのですね」
私がしきりに感心していると、リュート様は私の手元を見て苦笑する。
「プリンっていうだけで、色々な調理法を思いつくルナがそれを言うのか?」
「もう、どっちもどっちだよネ」
私とリュート様がお互いに驚いていると、呆れた口調で時空神様がツッコミを入れてくるのだが、コーヒーを淹れるのが趣味だと言っていたリュート様の知識量に驚き以外の何を感じろというのだろうか――
「ルーのびっくりを、リューはいつもルーに感じてるの」
「……え? そ、そうなの……ですか?」
「チェリシュも感じてるの! だから、ルーは魔法の手なのっ」
「魔法の手……」
ジッとリュート様の手を見つめる。
いつもの手袋をしていない彼の素手は、よく見ると古傷があり、皮が厚くなっている部分もあり、沢山頑張ってきた手だと一見してわかる歴史が刻まれていた。
その手がとても優しいことを知っているのに、有事の際は剣を持ち、いつも皆を守ってくれていることが不思議で……魔法の手というのは彼の手であるべきだと思う。
人を守り、包み込み、癒やしてくれる……とても優しい手――
「リュート様の手のほうが、魔法の手……なのです」
私の手よりも大きな彼の手を、自分の手で包み込んでそう言うと、驚いたような顔をしたリュート様は私をまじまじと見つめてからふわりと微笑む。
「それはルナの手だろ? ルナの手で作り出された料理は、腹を満たすだけじゃ無くて、心も満たしてくれるし、元気を与えてくれるからな」
「元気……」
「元気になる。だから、きっと……女神も元気になるはずだ」
「リュート様のコーヒーもあるから、大丈夫です」
手を握り合って見つめ合い、微笑み会っていると、いつの間にかリュート様の頭上に避難していた真白がぽふんっと握りあった手の上に落ちてきた。
「ねーねー、リュートの考えはー? 卵型のプリンの種明かしはー?」
「あー、それはちょっと待ってくれ。できあがったら、声をかけて欲しい。そしたら、種明かししてやるから」
「本当にー?」
「真白やチェリシュも喜ぶものだから、楽しみにしてろよ?」
「待ちきれないー! おーしーえーてーっ」
「ダメだ。こっちも、まだ作業があるからな」
「喜ぶ……なの? た、楽しみなのっ! まっしろちゃん、一緒に待ってるの!」
「むぅ……まあ、チェリシュがそういうなら、真白ちゃんも待つー」
チェリシュにひょいっと拾い上げられて、きゃっきゃ笑いながらくるくる回る姿が愛らしくて、自然と笑顔になる。
その周囲をラエラエたちが、くわくわっと騒ぎながら一緒に回り、声を聞いて戻ってきたモカも一緒になって踊り出す。
そこへ、モカより小さなキャットシー族の子供達も輪に加わったようで、楽しげに踊っていた。
キャットシー族って……踊るのが好きなのですか?
「こうして見ると、かなり幼い子供も多いな」
「そうですね……」
「コーヒーは、ミルクと砂糖必須ダネ」
「その前に、子供に飲ませていいのか不安になる……」
「庭園産だから問題無いヨ。ただし、これはココだけの話にしておいて欲しいネ。大々的に『庭園産です』って言われたら、ちょっと困っちゃうナ」
「その辺はわかってる。今後の事も考えねーとな」
「助かるヨ」
「……元からそのつもりだったろ」
時空神様がニコニコ笑いながらリュート様を見ているのだが、彼は呆れたように溜め息をつき「厄介ごとばかり任せやがって……」と恨めしそうに呻く。
どうやら、リュート様はこの集落のことも考えているらしい。
保護……するのだろうか。
庭園にまつわる聖泉の女神ディードリンテ様のことを公には出来ないだろうし、どうやって保護するのだろうかと考えていると、時空神様がリュート様にスチーマーの使い方を聞いて、卵の器に入ったプリンを蒸そうと並べ始めた。
「……リュート様? そのスチーマーはどこから? ナナトに作ってあげたのは知っておりましたが、このキッチンには設置されておりませんでしたよね?」
「ああ、オーディナルが拡張してくれたから設置してみた」
何を流れるように……当たり前だろ? と、言わんばかりの様子で言ってくれるのだろうか。
他のも考えてあるのだと笑うリュート様に眩暈を覚えていたら、いつの間にやってきたのか、座っている椅子を近くまで持ってきた聖泉の女神ディードリンテ様がコロコロと鈴を転がしたような涼やかさで笑う。
「とても楽しい方ですね。そういう物を沢山作っているのですか?」
「はい。ルナの料理に役立つ道具を造るのが好きなもので……それに、俺がよく食べるから、少しでも負担を減らしたくて……つい」
「大切にしているのですね」
「勿論です。俺にとってルナは、とても大切な人ですから」
あまりにもサラッと言われた言葉を理解するのに、暫くの時間が必要であった。
私が瞬きを数回繰り返している間にも、リュート様と聖泉の女神ディードリンテ様は和やかに会話をしている。
何かを察した時空神様がニヤリと笑い、私の名を呼んだ瞬間、顔が熱くなった。
内心悲鳴をあげて両手で顔を覆うのだが、遅かったようで――
「あー! ルーがベリリなのー!」
「本当だー! ねーねー、どうしてベリリなの? どうしてそうなっちゃったのー?」
目ざとく見つけたチェリシュの声に反応した真白が、私の肩に移動してきて耳元で騒ぐ。
何でも無いのだと言っても聞く耳を持たない。
騒ぐ真白とは反対側の隠せていない耳に、誰かの指が触れる。
見なくてもわかる……誰が触れたかなんて――
「今度こそ、本当のベリリ……だな」
何故か満足げに、楽しそうに笑う声。
和やかな雰囲気の中、私だけが羞恥心に悶えているという状況が恨めしい。
そう思いながらも、リュート様の満足げでいて甘い声は、私の耳に暫く幸福の余韻を漂わせて残ったのである。
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