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第十章 森の泉に住まう者
10-39 手作りのカレールーは意外と簡単なのです
しおりを挟む暫くはチェリシュ達が遊びながらアイスクリームを作ってくれているので、私はカレースパイスに必要な香辛料などをカウンターに並べる。
今回は、リュート様が使っていた石臼を改良したようなハンドミルを借り、全て砕いて粉末状にさせてもらった。
本来は、小さな魔石を加工用の粉末にするための道具だったらしい。
それでリュート様がこういう物を持っていたのだと知って納得したが、手動ではそろそろ限界だから、自動化にしようと効率の良い方法を模索中のようだ。
話を聞いているだけで、リュート様を頼りに開発されている道具が多い事を実感する。
やはり、魔石に刻む術式を誰も真似できないからなのだろう。
彼の負担は大きいが、使ってくれる人が楽になるなら……と、気にもとめていない様子だ。
使い方を聞いてスパイスを入れ、次々と粉状にしていき、ボウルいっぱいにカレースパイスが完成する。
結構な量だが、リュート様たちの食いつきを見ていると、どれだけあっても足りないくらいだ。
ただ……手動でやる作業なので、少し疲れてしまった。
途中、時空神様が交代してくれたが、自動化してくれると有り難いと感じたと同時に、使う人のことを考えてリュート様は動いているのだと改めて感じた。
「すげーな……ボウルにいっぱいだ」
「まだまだ足りませんが、一旦これくらいで……」
「お抹茶も作れるミルを開発するときは、ちゃんと自動化するし、大量に加工できるように工夫するから、今暫く辛抱してくれ」
「いえ、リュート様に無理が無い範囲でお願いします。無茶だけはしないでくださいね?」
「ああ、以前は自分だけでやってたけど、ルナがあまりにも心配するから、外注できるところは信頼できる工房に依頼するようにしたんだ。だから、安心してくれ」
リュート様も、少し仕事のやり方を考えてくれたらしい。
それが嬉しくて笑顔を返すと、彼は少しだけ安堵したように微笑んでくれた。
しかし、これだけ加工してしまうとミルに匂いが付くのでは無いか心配していたのだが、洗浄石で綺麗さっぱり匂いも取れているから本当に凄い。
おそらく、リュート様たちが改良した洗浄石だからだと時空神様が言っていたのだが、あまりにも高性能すぎて、旧式が売れなくなるのでは無いだろうかと今から心配になってくる。
「あー、この洗浄石だけどさ、ルナが言っていた魔力の流し方があるだろ?」
「魔力の流し方?」
「えーと、ほら……俺は塗りつぶすように魔力を込めているって……」
確か、シュヴァイン・スースを討伐していた最中、真白の名前を借りた魔法を完成させる時に感じたことだ。
三角形のいずれかの角まで魔力が到達すれば発動させられるのに、リュート様は全てを埋め尽くすように魔力を流し込んでいた。
これでは、消費する魔力量が多すぎて、本来使えるはずの魔法も発動させることが難しい。
「おそらく、三角形というのは真白の名前を使ったあの聖炎の魔法だけの話ではないかと思ってさ……えーと、つまり……発動させる魔法に干渉する属性によって、その図形は変化して、魔力を流す方向性も違ってくる。しかし、それがわかれば、大幅に魔力消費量の削減が見込める」
「……なるほど……属性によって形が変わるのですか」
「洗浄石もそれがわかれば、もっと魔力の消費量が抑えられて、今現在、洗浄石を使う魔力が乏しい人たちでも使えるように成る可能性が高い。だから、術式を改良するつもりなんだ」
つまり、今現在、この便利な洗浄石を使えない人たちでも使えるようになる。
もっと便利な生活が送れるようになる……ということだと理解し、私は素直にリュート様は凄い方だと尊敬した。
普段から、魔力が少なくて生活が困窮している人たちのことを考えている。
この世界最大の魔力保持者なのだから、本当だったら無縁の世界だというのに――いや、日本人だったころは魔力など無かったから、その不便さを一番理解しているのかもしれない。
この世界のことを知れば知るほど、私もそれは感じている。
長年、この世界で生きてきたリュート様だったら、更にその思いが強いのだろう。
しかしそれは、彼が優しい性格で他者に配慮することができるからこそ実現できることであって、誰にでもできることでは無い。
「リュート様は……凄いですよね」
「ん? そうか? 便利な物は、みんなも使いたいだろ? その幅を広げるのが、俺たち技術者の役目だと思うんだよな」
洗浄石を天高く投げて落下してくるところを見事にキャッチしたリュート様は、とても素敵な職人の顔をしていた。
この方は沢山のことができる。
いや、そうなるように努力をしてきたのだ。
やはり、リュート様は凄いと感心していたら、たっぷりのバターで炒めていた小麦粉が良い感じに色づいてきたのを確認して、少しだけ集中することにした。
白では無く茶色になってきた頃を見計らって、一旦火を止める。
それから、別の鍋に入れたスパイスを軽く煎って先ほど作ったペーストに加え、中火でしっかりと混ぜ合わせていく。
カレーの香りに釣られて、キャットシー族の大人達も顔を覗かせ、ディードリンテ様も此方へ移動してきたようだ。
ふと見れば、そこに意外な人物がいたことに気づいた。
「あ、あれ? オルソ先生っ!?」
「また何か料理を作っているのか……凄い匂いだな」
「え? あれ? 一緒にいらっしゃったのですか?」
「なんだ、リュートたちから聞いていないのか? 一応、今回の件は学園も絡むから魔物の知識もあり、戦える責任者の同伴が必要だろうということで、本当ならアクセンが良かったのだが、ヤツが離れると戦力が落ちて隊を維持できないから私が来たのだ」
そうなのですか……と返答しながら、アクセン先生が離れると戦力が落ちるという理由がわからずに首を傾げる。
アクセン先生って……強いのですか?
「あー、ルナちゃんは知らないだろうケド、アクセンは強いヨ。アレはなかなか本気にならないから知らない人も多いんだけどネ」
「そうだったのですかっ!?」
「リュート……必要な連絡はちゃんとしておいてくれ」
「あ……ルナが作っている料理のことで頭がいっぱいになって忘れてた」
「オイ」
本気とも冗談ともつかないリュート様の言葉に、オルソ先生は呆れ顔だ。
その間にも、私はカレーペーストの中にすりおろしたリンゴと蜂蜜を追加して、更に練り合わせる。
気をつけないとすぐに焦げ付いてしまうので、細心の注意を払って完成させ、トレイに入れて引き延ばす。
あとは冷えたらしっかり固まってくれるだろう。
切れ目を入れてブロック状にしている状態になってはじめて気づいたのだろうか、リュート様が声を上げた。
「ルナ……それって……」
「手作りのカレールーです。本当は、チャツネか柑橘系のジャムが欲しいところでしたが、リンゴと蜂蜜で代用しましたのでコクと甘みは出ているはずですし、これでしっかりとろみが付くと思います」
「すげー……カレールーって……作れるんだ……」
私のそばにきてトレイの中身を見ていたリュート様は、驚きの眼差しで私とトレイの中身を交互に見た。
「あとは、野菜やお肉からの出汁で美味しく仕上げないといけませんが……もっと手間を省くカレールーを作るなら、ブイヨン入りの方が良かったかも……?」
うーんと唸っている私にリュート様はブンブンと勢いよく左右に首を振る。
「いや、これだけでも凄い! ルナは天才だよな!」
「ほ、褒めすぎですよ、リュート様」
「あの美味しいカレーが進化したっす!」
「うわぁ……ルナ様……素晴らしすぎます!」
「あの美味しいカレーが進化とか……凄すぎる」
「今度も知識の女神様が乱入なんて……ないですよね?」
モンドさんとジーニアスさんとダイナスさんが賞賛してくれたあとに、ヤンさんの言葉を聞いた私たちは頬を引きつらせた。
そういえば、そんなこともあったな……と、一斉に時空神様へ視線を向けるのだが、彼は笑いながら否定する。
「大丈夫ダヨ。今はそれどころじゃないし、暇もないだろうからネ」
確かに、【黄昏の紅華】について調べているのだから暇では無いだろう。
此方のことを見ている余裕もなさそうなほど、事態は深刻なのである。
「で? そちらは、外で収穫があったんデショ?」
時空神様の言葉にリュート様の肩がピクリと動き、問題児トリオとヤンさんとオルソ先生の表情が一斉に曇る。
キャットシー族に囲まれて「凄い匂いのお料理ね」と笑っていた聖泉の女神ディードリンテ様も物憂げな様子で此方を見ていた。
よほどマズイことがあったのだと察し、下ごしらえが一段落したこともあって、私は時空神様と顔を見合わせる。
「昼食というにはまだ早いシ、一旦、話し合いをしようカ」
「はい、フレンチトーストは漬けているところですし、アイスクリームも作っているところですものね」
コロコロ転がるボールに視線を移したのだが、何故かボールと一緒に転がる真白を見て、あの子は鳥類よりもボールのほうが親しい存在ではないだろうかと疑問を抱いてしまった。
不安な様子を見せる子供達をチェリシュと真白とモカとヌル――そこへ新たに参加したラエラエたちに任せて、私たちはリュート様が設置してくれていた座卓に集合する。
遠くでは、チェリシュや子供達の「きゃーっ」という無邪気な声が聞こえてきたので、どうやらうまくやってくれているようだと安堵した。
座卓にはリュート様を筆頭にした、問題児トリオとヤンさんとオルソ先生。
私と時空神様、聖泉の女神ディードリンテ様とキャットシー族の長老と大人数名。
物々しい雰囲気を察し、キャットシー族の大人達が普段している作業をしながら遠巻きに此方を眺めていた。
数枚の地図が座卓の上に並べられたタイミングで、気を利かせたキャットシー族の大人達がコーヒーが注がれているカップを運んできてくれた。
その香りに、オルソ先生たちはコーヒーのカップへ視線を向ける。
「コレは?」
「とても良い香りですが……黒い……飲み物?」
オルソ先生に続いてジーニアスさんが興味深そうに、コーヒーが入ったカップを眺めた。
「コーヒーっていうんだ……って、あ、勝手に命名して良かったんだろうか」
「貴方が考えて作った物ですから、好きな名前で呼んでください」
「な、何かすみません」
「いいえ、私はミルクと砂糖が必要ですが、とても美味しいです」
「それは良かった」
聖泉の女神ディードリンテ様は朗らかな笑みを浮かべてリュート様と会話をしているが、その内容を聞いていた問題児トリオたちは「リュート様考案なら……」と、警戒すること無く口を付けた。
「苦いっすー!」
「え? 苦いけど旨いだろ」
「僕はもうちょっと苦みが控えめだと嬉しいかな……」
「ほら、自分の好みで足していけ。ミルクを入れるとマイルドになるし、砂糖を入れると甘い飲み物になる」
勝手知ったるヤンさんが砂糖が入った壺とミルクを勧めると、彼らはそれに飛びついた。
「さ、砂糖とミルクが欲しいっす!」
「俺はこのままで」
「僕にはミルクを……」
どうやら、問題児トリオの中でも好みがわかれたようで、リュート様はその様子を見ながら笑うのを必死に堪えている。
物々しい雰囲気から一転、その場は和やかな雰囲気に包まれ、オルソ先生も苦笑しつつカップに口を付けて味わうように口に含んだ液体を楽しんでいるようであった。
「良い苦みと甘み……それに酸味も少しあるのか。バランスが良いな」
「オルソ先生だったらそう言うと思った」
とても嬉しそうな声でそう言ったリュート様に、オルソ先生も笑顔で応える。
「なんだか頭がスッキリするような感じだ。会議の前に良いかもしれないな」
「眠気もスッキリするし、激務の時ほど欲しくなるはず……濃いのを飲んで、無理矢理に頭を覚醒させて乗り切るとかさ……」
あ、あの……リュート様?
何を思い出しているのだろうか、どこか遠い目をしている彼を、全員が訝しげに見ている。
しかし、声をかけてはいけない雰囲気を察してか、いつものように騒がしくすることもなく眺めるばかりだ。
『思考がどうしても社畜のソレになるんだよね……リュートくんって……』
コッソリと日本語で時空神様が呟くのだが、激しく同意した私はリュート様に悟られないように小さく頷くのであった。
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