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第十章 森の泉に住まう者

10-48 変わるモノと変わらないモノ(リュート視点)

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 物思いに耽っていた俺の耳に、かすかな金属音が聞こえた。
 気取られないように外部へ漏れ出す魔力をアイギスの力で制御して体を隠し、音がした方向へ視線を向ける。
 生い茂った枝葉の間から、チラチラ見える金属の輝きは移動しているようだ。
 意識が研ぎ澄まされ、耳が些細な音を拾う。
 人の足音や獣の足音では無い。
 引きずるような独特の音――研ぎ澄まされていく感覚の中で、相手がラミアだと判断した。
 物陰から相手の情報を得ようと息を殺して様子を窺うと、先頭に立つラミアが見えた。
 今まで見てきた中でも一番大きな体躯をしている。
 それでも、俺が今まで出会ってきた魔物の中でランク付けをするなら、中の上というところだろうか。
 俺一人であれば問題にもならない……が、俺にとって問題では無くとも、ルナたちには大いなる脅威である。
 それに、奴等は突然出現した建造物を偵察するためにやってきたのだろう。
 あの集落に行くとわかっていて見逃すなど、俺にはできない話だ。

「しかし……偵察隊の派遣が早すぎねーか?」

 それが素直な感想であった。
 知能が高いのか、此方が考えているよりも行動が早い。
 これは面倒なことになりそうだ――
 嫌なものを感じながらも完全に気配と魔力を断ち、気取られないように注意しながら移動を開始した。
 アイギスの力を借りて物音を立てずに近づいてみると、武装したラミアが五匹。
 少数精鋭なのか、五匹とも強い力を感じる。
 しかも、魔力を帯びた武具を身につけているため、一般の魔法使いでは傷を付けるのも難しいだろう。
 一直線に集落の方へ向かう一行を追い、巣からある程度離れた場所まで来たところで停止したのに合わせて足を止める。
 リーダーらしきラミアは一番前の槍を持つ一際大きなラミアだ。
 サブリーダーは盾を持っている者らしい。
 人をたぶらかすときはその種族に見合った姿を象るが、実際は青味を帯びた肌と七色に輝く鱗に覆われた魔物である。
 爬虫類特有の縦に割れた瞳孔が、砦を真っ直ぐ見ていた。
 ちょっかいをかける様子なのか、しきりにリーダーらしき者が残りの4匹に指示を出している。
 それぞれが獲物を手にし、二手に分かれて行動を開始しようとしたタイミングを見計らい、俺も動き出す。

「襲撃なんてさせねーよ……」

 いま、あの場所は俺の大事な人たちがいる。
 俺の庇護下に入った者たちもいるのだ。
 迷うこと無く剣を抜き、術式を展開して武装したラミアの一団へ奇襲をかける。
 一番前の大きな槍を持ったラミアを一刀のもとに斬り捨て、体を捻って右側のラミアも切り捨てた。
 盾を持っている左前のラミアを氷で封じ込め、後方にいた者たちをまとめて雷の魔法で麻痺状態へ持ち込む。
 誰もが言葉を発する前に行動不能状態となり、問答無用でトドメを刺した。
 一瞬で五匹のラミアを葬ったので、連絡を入れる間もなかっただろう。
 今回中心となっているラミアは頭がキレそうだから、出来るだけ此方の情報を与えたくは無い。

 しかし……

「全員……体が消滅して魔核だけになるとはな……どれだけの人を食らってきたんだよ……」

 魔物の体は人を食らえば消滅してしまう。
 それは、食らった人間の魔力が体に残留していて、魔物の死とともに解放される際に内側から焼き尽くすからだと言われている。
 時空神が否定をしないので、おそらくその通りなのだろう。
 魔物を食らう俺たちは浄化することが出来ても、魔物は人のそれを浄化出来ない。
 此方の世界では、死とともに残る体が大事だと考える人は少ない。
 それを、少しだけ哀れに感じてしまうのは、前世の記憶を持つからだろうか……
 青紫の血に濡れた剣を見下ろし、慣れたように洗浄石を使って綺麗にしてから鞘に収めた。
 俺が知っているラミアよりも、今回相手にしているラミアの知能が高い。
 対応の早さから、それはうかがえる。
 厄介な相手だと思うと同時に、それを逆手に取ってやろうと考えを巡らせた。
 頭が良い分、沢山のことを考える。
 そう……あり得ない状況、わからない状況を作り出せば良いのだ。
 奴等にとって、俺という存在は無視できない上に、出来るだけ相手にしない方向で事を進めたいはず。
 俺の魔力をそこかしこに漂わせて迂回路を造るか……
 まるで、俺がそこにいるかのような魔力をこめた魔石を、トラップのようにばらまけば良い。
 ラミアが近づけば魔石に刻まれた魔法を発動するように細工していく。
 常備している魔石に術式を刻んで魔力を流すと、ほのかに輝いた。
 攻撃系魔法を刻んだ魔石の劣化は激しいので、これも持って二時間というところだろう。
 調理器具などで使う術式とは出力が違うので、致し方が無い。
 俺が往復している間だけ持ってくれれば良いのだから、なんとかなるはずだ。
 知能が高ければ、このトラップにもすぐ気づくかもしれないが、知能が高いから様々な可能性を考えて動けなくなる。
 すぐに次の手を打てない状況を作り出せたのはいいが、この時間稼ぎがあってもギリギリだろう。

「あんな巨大な物を造ったら、目立つに決まってんのになぁ」

 先ほど焦りまくっていたルナの声を思い出して苦笑が浮かぶ。
 いきなりあんな巨大な建造物が現れたら、敵が放っておくはずがないのだ。
 ヘタをすれば、相手を刺激して襲撃を早めてしまうおそれだってある。
 だが……平和な世界で暮らしていた彼女に、そこまで考えは回らない。
 シッカリしているし、配慮も出来て素晴らしい気遣いも見せてくれるが、どこか抜けた一面もある。
 ルナは、それでいいと思う。
 これからも、そうであってくれと願う。

「俺みたいに……なってくれるな」

 人は様々なことに慣れていく。
 良いことも、悪いことも……全てだ。
 だから、魔物を殺すことも躊躇わずに出来るような……そんな彼女になって欲しくない。
 もし、ルナが魔物を倒さなければならない時が来たら、俺がかわりに戦う。
 そのための力だ。
 そのための覚悟だ。
 それに――

「ルナは、ルナにしかできない戦いをしている。俺には出来ない、俺が手を出せない戦いを……」

 彼女が背負うモノは、おそらく俺が考えているよりも大きなモノだ。
 一人であったら心配だが、ベオルフがそばにいてくれる。
 二人だから大丈夫だと思うが……その二人を俺が支えたい。

「俺が二人を守るんだ」

 口に出して呟いた言葉は、幾度となく繰り返された言葉のように、奇妙なくらい馴染んだ。
 全ての準備を終えて再び走り出そうとして、何気なく顔を上げた。
 木々の間から見える空は蒼く、いつもより眩しい太陽からの光を浴びると、奇妙なくらい力が湧いてくるから不思議だ。
 太陽神と月の女神が、忙しい中でもエールを送ってくれているのだろうか。
 それに少しの申し訳なさと、優しい気遣いに感謝の気持ちを抱きながら、目の前に迫る脅威に全力で立ち向かう決意を固める。
 これから先も変わらない。
 理不尽な力に全力で抗う。
 心を痛めている暇など無い。
 俺が躊躇えば、俺の後ろにいる沢山の命が犠牲になるのだ。
 人だから迷う。
 だが、神とて迷うのだ。
 それを、俺は知っている――
 何故かオーディナルの顔を思い出し、深く息を吐きだした。

「俺は……俺が信じる道を行く」

 それが俺の生き方だ。

『お兄ちゃんってさ、変に気にしすぎだし心配しすぎなんだよねー。もっと肩の力を抜かないと、ここ一番って時に転けちゃうよー?』

 どこからともなく、前世の妹の声が聞こえた気がした。
 そうだな……今の俺をお前が見ていたら、そういって笑い飛ばすだろうな。
 未だ鮮明に思い描ける妹の姿は、不敵な笑みを浮かべて此方を見ていた。
 憎たらしいことに、こういう時の妹がいう言葉は十中八九当たってしまう。
 俺のことをよく知っているが、何となく釈然としないのは何故だろうか……
 とりあえず、これ以上うだうだと悩んでいたら頭を殴られそうだと気持ちを切り替え、俺は気を落ち着けるためにヤンから貰っていたコーヒーを一口飲んでから走り出す。
 時間稼ぎは出来た。
 あとは、どれだけ時間をかけずに全員を連れて戻ってこられるか……それが勝負だ。
 考えることは沢山ある。
 だが、今は少しでもあの集落から危険を遠ざけるために全力を尽くそう。
 ルナが持たせてくれたサンドイッチとヤンのコーヒーで補給することを視野に入れ、限界ギリギリの速度で走る俺を空に輝く太陽だけが見ていた。

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