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第十章 森の泉に住まう者

10-49 複雑で難解な心(リュート視点)

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 全速力で合流地点へ移動して、移動の妨げになりそうな周囲の魔物を全て排除する。
 真白の浄化の力を付与された三日月宗近・神打は、とても良い仕事をしてくれた。
 森を駆け抜け、魔物の気配を察知しては斬り伏せる。
 力を解放すればそれだけ消費も激しいが、今は何よりも時間が惜しい。
 おそらく、あの時間稼ぎだって長く持たないだろう。
 それほどの力が、今回のラミアにはある。
 知能ある魔物であるだけでも厄介だというのに、まるでそれよりも格上の魔物を相手にしている感覚だ。

「まさか……変異種か?」

 あり得ない話では無い。
 最近は数が増えたという話を聞くほどだ。
 知能ある魔物の中に変異種がいても不思議では無い。
 変異種についてはアレンの爺さんが調査をしているようだが、今のところ原因は判明していない。
 元とは言え竜帝の力を持ってしても判らない案件だとすれば、超常現象か、それ以上の何かが影響を及ぼしているのか……
 そんなことを考えながら魔石に術式を刻み、砦周辺と同じように設置していく。
 砦方面から合流地点までの間に設置しておいた罠で、相手は正確な情報を把握出来ない状態にはなっている。
 罠が発動すれば、進行も遅れるはずだが……犠牲も厭わない対応を取るなら、時間などあってないようなものだ。
 砦を狙えないとなれば、次に狙われるのは遠征討伐訓練に参加しているメンバーだろう。
 召喚獣を扱う召喚術師だけではなく、魔法に優れた者たちも集まっている。
 奴等にしてみれば、逃したくない餌だ。
 ヘタに接触してくる前に、何としても砦へ移動を完了しなければならない。
 時間を常に気にしているせいで焦ってしまうが、こういう時こそ冷静にならなければと気を落ち着ける。
 ここへ来るまでに大量の魔力を使用してしまったので早めに補給しておこうと一旦頭部の武装を解除し、ルナに持たせて貰ったサンドイッチを頬張った。
 箱に詰められていたのはサンドイッチだけではなく、ゆで卵とマールとブロッコリーのサラダに、トマトとタマネギのマリネだ。
 彩りも綺麗だし、色々な味が楽しめる。
 幸せだな……と、全部平らげてヤンが淹れてくれたコーヒーを飲み干した。
 まだ水筒の中にコーヒーは残っていたが、これは何かあった時用に取っておこうとアイテムボックスへしまい込む。
 気持ちを落ち着けるのにコーヒーは良いとわかっていたからだ。
 予定の時間にはまだ余裕があるなと、今一度周囲を警戒していると遠くから誰かの呼ぶ声が聞こえて振り返る。

「リュートおおぉぉぉっ!」
「ロン兄!」

 何事もなく無事だったかと駆け寄り、兄に怪我が無いか確かめる。
 今は兄の部下として動いている元クラスメイトたちも、わらわらと群がってきた。
 全員無事のようだと安堵する。

「リュート・ラングレイ……無理をしたようですねぇ」
「あー……今回の相手は厄介だからな……それに、ルナが……ちょっと……色々と……いや、ルナのせいというには可哀想なんだが……」
「お師匠様がどうかされたのですかっ!?」
「いや、どうかしたんじゃなく……何かしちゃったっていうか……」
「なんだ、それならいつものことですよね? お師匠様は、凄い方ですから!」

 ん? いや、まあ……そうなんだけどな?
 今回は規模が違うんだよな……と、ブツブツ呟いていたら、悪先が綺麗な笑顔を浮かべて俺の後方を指さした。

「ところで、アレはなんですかねぇ」
「うん……それは俺も聞きたいよリュート……あんな建造物が、この森にあったなんて初耳なんだけど……?」
「まあ、アレが……ルナのしでかしたことっていうか……ルナのスキルが発動して、呑兵衛神が大盤振る舞いした結果だな」
「なんと! この前発現したという新しい方のスキルですかっ!?」

 一気にテンションを上げる悪先に頷くと、それを黙って聞いていたレオたちが呆れたような溜め息をつき、俺の元クラスメイトたちは「やっぱりな~」と納得したように頷く。
 まあ、こいつらはルナの起こした奇跡を目の当たりにしていたのだから、不思議では無いのだろう。
 あの時、力を貸してくれたのは創世神ルミナスラで、怪我人の傷を癒やし、建物から何から何まで完璧に修繕してしまったのだ。
 そのことを考えたら、複数の神で砦を構築する奇跡を起こしても驚きはしないだろう。
 いや……実際に無かった物が現れたときの衝撃は凄まじかったが――
 俺の取り乱しようから考えても、こいつらは変な部分で順応力が高いのだろうか。

「後方が遅れている感じだな……」
「魔法科が遅れ気味ですねぇ」
「体力が無いみたいで、足を引っ張ってくれるよ……」

 悪先とロン兄の言葉に、周囲に居た者たちも頷く。

「取りあえず、出来るだけ早く砦へ戻りたい。ラミアの偵察隊が派遣されているし、罠を張って進行を遅らせては居るが、いつまで持つか判らないんだ。あちらにはオルソ先生がいるから大丈夫だとは思うが……」
「あの砦の規模を教えて貰ってもよろしいですかねぇ」
「あー、ルナの情報だと遠征討伐訓練に参加している全員を収容できるほどの広さがあるようだ。だから、門扉から全員入って時空神の結界で入り口を固める」
「それは助かりますねぇ……知能ある魔物との戦いを経験した者が少ないのも問題で、危機感が薄いのが困りものでしたからねぇ」

 確かに、知能ある魔物の脅威を聖都に住む者は知らないだろう。
 黒の騎士団に所属している者でも、遭遇率は極めて低いのだ。
 実際、知能ある魔物は面倒な事件を引き起こすケースが多く、神々から依頼されて動く際は、ほぼ知能ある魔物が相手である。
 それ故、俺以上に知能ある魔物と戦った者はいない。
 次いで、オルソ先生と悪先だろうと予想している。
 現に、悪先は油断なく常に周囲を警戒しているし、経験者の顔つきであった。
 いつもの悪先ではない様子に、特殊クラスの面々も黙り込んでしまっているほどである。
 直感に近いもの……本能でマズイ状態だと悟っているのだろう。
 召喚獣達が揃ってソワソワしているのが印象的であった。
 それでも萎縮せずに、妙に騒ぎ立てることなく着いてきてくれているだけで有り難い。

「リュート・ラングレイは……慣れすぎですねぇ」
「この中で、俺ほど知能ある魔物と戦ったヤツはいねーよ。場数を踏んでりゃ慣れる。悪先もそうだろ?」
「あははは、買いかぶりすぎですよ。ほら、怖くて震えているのですからねぇ」
「嘘つけ……」

 皆を和ませようと冗談を言っているが、隠しきれない鋭い感覚は悪先だけではなく元クラスメイトからも感じられる。
 全員が知能ある魔物との戦闘経験があるのだ。
 当たり前だろう。
 ようやく全員が揃った段階で、この先の経路とできる限り迅速な行動を求める事を説明すると、魔法科の連中から声が上がった。

「騎士科の連中みたいな体力は無いから、もっとゆっくりと進んでくれないと隊列が乱れる!」
「お前の都合で話すなよな」
「偉そうに指示してんじゃねぇよ」

 子供のような言いがかりをつけてくる連中は普段なら無視するところだが、今回ばかりはそんなことを言っていられない。

「テメーら……ガキみたいなことを言ってんじゃねーよ」
「はあ? 何だったら、この世界最強って言われているお前が魔物を殲滅すりゃいいだろ?」
「化け物じみた力を持っているなら余裕じゃん」
「こういう時のためにある力だろうがよ! 俺たちはここで待っていてやるから、さっさと片付けて来いよ!」

 この言葉には流石の元クラスメイトたちが気色ばむ。
 一触即発の雰囲気の中、悪先が口を開いた。

「この状況をよくわかっていないのですねぇ……魔法科では何を教えているのでしょうねぇ」
「あ……あの……す、すみませ……」
「謝罪は結構です。それよりも、正確な情報を共有して対処してくださいねぇ? 仮にも教師なのですからねぇ」
「は……はぃ……」

 悪先に睨まれた魔法科の教諭は、俺に散々文句を言っている連中を黙らせようとするが、次から次へと出てくる悪態に、今度はレオや特殊クラスの面々がキレそうになっているのを感じ取り、マズイと思って手で制止するが、血気盛んな召喚獣たちが前へ出る。
 ヤメロ、お前ら!
 魔力で圧をかけて無理矢理下がらせるが、ファスとガルムだけは尻尾を下げて体を震わせながらも、魔法科の連中に爪を見せて牙をむく。

「どうせ、あの時空神に気に入られている女がいらねぇことをしたから、魔物に目をつけられたんだろう!? 召喚獣の責任は主が取るべきだろが!」

 その言葉を聞いて血が沸騰しそうになった。
 ルナの気持ちも知らずに……こいつら全員を心配していた優しさも知らないで――
 怒りに任せて、わめきちらす魔法科の連中を全員行動不能にし、このまま放置してやろうかという気持ちになる。
 しかし、感情的になって馬鹿なマネをしたら、それこそルナに合わせる顔が無い。
 それに、黒の騎士団はどんな相手でも魔物から守ることを仕事としている。
 こんな挑発に乗るほど、愚かでは無い――だが、違う意味で見過ごせない事があった。

「いい加減にしろ!」

 間違い無くリーダー格だろう男の胸ぐらを掴んで怒鳴りつける。

「お前達の行動が、全員の命を危険にさらしていると何故判らない! 知能ある魔物は今までお前が相手にしてきた魔物とは違うんだ。俺たちの言動の全てを理解し、隙をついて殺しにかかってくるんだよ。相手は、明確な殺意を持ってやってくる……わかるか? 俺たちは、アイツらにとって『餌』なんだよ!」

 俺の怒号に驚いてポカンとしていた男達は、顔を見合わせた。
 そして、ようやく言葉の意味を理解して現実が見えてきたのか、顔から血の気が引いていく。
 これだけしないとわからないのかと呆れながら、胸ぐらを掴んでいた手を放した。

「移動が遅れれば遅れるほど、ラミアに狙われる可能性が高くなる。お前に、全員の命を背負う覚悟があるのか? お前たちの自尊心を満たすためだけに行われる妨害行為で、移動中に何人か命を落とす可能性だってある。それを判ってやっているんだな?」

 周囲の冷ややかな視線にようやく気づいたらしい魔法科の男達は、誰もが押し黙り下を向いた。
 これで、自分がどれほど愚かな行動を取っていたのか理解したなら良いが……

「妨害したいのならすればいい。だが、俺だけの時にしろ。全員を巻き込むな。それに……妨害したくてもできなくなるような……そんなことにならないよう祈るよ。死んじまったら何もできねーんだから……」

 死が目の前に迫っているのだと、他人事のように見ていた者たちも理解した瞬間だったのだろう。
 息を呑むような音が聞こえてきた。
 危機感が足りねーんだよ……と呟いた俺の声が、やけに大きく響く。
 信じたくない現実を思い知って重い沈黙が落ちる中、ロン兄が口を開いた。

「各責任者は、担当しているクラスや新人が遅れないよう、常に注意して着いてきてください。リュートが言ったように、これからは命の保証が出来ません。我々もできる限り対処しますが、勝手な行動をすればそれだけ危険になります。指示に従って速やかな行動をお願いします」
「あ……あの……知能ある魔物は……本当に此方を襲う可能性があるのでしょうか……」

 聖術科の方から声が上がったが、これには悪先が対応した。

「今は、リュート・ラングレイが周囲を一掃してくれたので、魔物の気配はありませんが……ラミアと思われる魔物が偵察に来ていたのは間違いありませんねぇ」
「砦が落とせないと知れば、必ず此方へ矛先を変えてくるでしょう。戦闘経験も少ない我々は格好の餌食となるはずです」

 白の騎士団の責任者が悪先のフォローへ回る。
 やはり、黒の騎士団の仕事を熟知しているのだろう。
 彼らの動きは迅速であった。
 先ほどの言葉を思い出すだけでふつふつと怒りが湧き上がるが、今は自分の感情よりも全員の安全確保が最優先だ。
 やるべき事、やらなければならないことを頭にたたき込み、自分の感情に蓋をする。
 そんな俺の肩を、レオとシモンがポンッと叩いた。
 そうだ、頼れる仲間がいるのだから、今はやるべきことをしなければ……
 やはり、残しておいて良かったと、アイテムボックスから水筒を取り出してコーヒーを口に運ぶ。
 その香りを敏感に感じ取った召喚獣達が一斉に俺へ群がり、「ソレは何?」と言うようにキラキラした目で見上げてくるのだが、これを与えて良いのかどうかわからない。
 召喚獣にカフェインは……大丈夫なのか?
 いや、待てよ。
 そもそも、これに……カフェインは含まれているのか?

「リュート様、ソレはなんですか?」
「とても良い香りだね」

 元クラスメイトだけではなくロン兄まで食いついてきた。
 やはり、コーヒーの香りは気になるだろう。
 さて、どこから話したら良いだろうか……
 俺がコーヒーの話をしている間、悪先が話を聞いていなかったであろう面々を集め、改めて今後の行動について話をしているようだ。
 苦労するな……悪先。
 この時間も惜しいが、ここをおざなりにすれば、必ず後で面倒なことになるので黙って待つ。

「ようやく、話を聞く気になったようだな」
「遅すぎますが……今は移動がスムーズになれば良いです」
「先ほどの暴言を不問にしますの?」
「今はそれどころではない。ただ、それだけ」

 不穏な空気を漂わせるトリスは見なかったことにして……
 幼なじみ達がジトリと見つめる先に視線を向けてみると、先ほど俺が胸ぐらを掴んだ男達がいた。
 取りあえず、先ほどよりは熱心に話を聞くようになったようである。
 これなら、考えていたよりもスムーズに動けるかもしれない。
 周囲の気配を探りながら、最後の一口を飲んでアイテムボックスにボトルをしまう。
 この不完全燃焼な怒りは、移動を完了するまで忘れておくに限る。
 人間の心は……本当に難解で複雑だと改めて感じながら、無性に優しいルナや可愛らしいチェリシュ、脳天気な真白の声が聞きたくなった。

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