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第十一章 命を背負う覚悟
11-1 神々が建てた砦
しおりを挟む真っ青な空の下に、私の【慈愛の祈り】という制御出来ないスキルの効果で突如現れた砦は、人の力で建築すると何年……いや、ヘタをすれば何十年とかかりそうなほど、緻密で強固な造りをしていた。
そびえ立つ砦は神々しく輝き、無骨なイメージを抱きがちの砦だというのに、誰の目から見ても判るほど優美で不思議な安心感がある。
おそらく、これが神々の力で建築された物だけが持つ効果なのだろう。
青い空と、白い大理石を思わせるような石を磨き上げて隙間無く丁寧に積み上げられた砦のコントラストが美しい。
白く輝くような優美さを持つ砦と、中に建てられた高くそびえ立つ塔、中央の広場を囲むように建築された建物には、芸術品のような素晴らしさがあった。
「全く……本当に力作ダヨ」
呆れたような時空神様の含みがある言葉には、一体どんな感情が込められていたのだろうか。
呑兵衛神と呼ばれる石の神と鍛冶の神の傑作とも言えるべき砦である。
普通なら、褒め称えるべきではないのだろうか。
いや……もしかしたら、普段からこうやって真面目に仕事をしていない可能性もある。
気苦労が絶えない時空神様に微笑みかけてから、この後はどうするか考えた。
とりあえずは、内部がどうなっているかわからなければ話にもならないので、全員で全ての建物を見て回る。
暫く生活するには困らない造りを意識しているのか、大きく三つのゾーンにわけて建造された塔などは、規模は違えど内部が似たような間取りになっていた。
それぞれ、部屋数が多くて会議が出来るような場所もあり、立派な厨房も完備されている。
そして、呑兵衛神と呼ばれる彼らがこだわったのだろうとわかる場所は、大食堂であった。
大きなテーブルと、くつろげる椅子。
酒盛りをするには丁度良い数と空間。
おそらく、リュート様の店――キルシュを意識して造られたのだろう。
あまりにも椅子やテーブルの形がそっくりで言葉も出ない。
とりあえず、砦にバーカウンターは必要無かったはずであるが……かの神々には外せないところであったようだ。
思わず私が無言で溜め息をつくと、チェリシュと真白がマネをして一緒になって溜め息をつく。
「こだわってるネ……んー……コレはちょっとお仕置きが必要カナ」
時空神様から黒いオーラが漏れ出てきた頃、オルソ先生がキャットシー族を一時的に此方へ避難させてはどうかと提案してきた。
確かに、今から補強作業を行っても不安が残る住居より良い環境だろう。
おそらく中央にそびえたつ塔を中心として動くことになるので、彼らの安全を確保するために、そちらで暫くは生活して貰うことにした。
全員でどの部屋が良いか調査したあと、とりあえず一時的な住居として使うために、今にも崩れそうな家から荷物を運び出す。
オルソ先生の号令の元、モンドさんが中心となって頑張ってくれたので、すぐに片付き、必要な物は運び込めたようだ。
不要になった家は、今までキャットシー族を守ってきてくれた家に礼を言ったダイナスさんが、とても迅速かつ綺麗に壊してくれた。
手伝おうとしていたキャットシー族を止めただけあって、本当に見事な解体で……全員が呆気に取られたくらいである。
「ダイナスさん……本業ではないのですよね?」
「まあ……黒の騎士団というか、リュート様と一緒にいると、色々ありますので……こういうことにも慣れました」
さらりと言うが、とんでもない内容だ。
オルソ先生も「まあ……そうなるな」と納得している。
今まで何があったのか聞きたくなったが、すぐに語り尽くせるような短い内容ではなさそうだ。
「とりあえず、どんな作業をしていても塔へ逃げ込む訓練をしましょう。この扉は大きいですが、中は狭い通路もありますので気をつけてくださいね。そして、避難するのは部屋ではなく、大食堂にしましょう」
事細かく約束事を決めて、食堂までのルートを全員で確認したあと、実際に避難訓練を行う。
全員が道順を覚え、スムーズに動けるようになったのを確認してホッと安堵する。
これなら、キャットシー族から犠牲が出る可能性は低くなっただろう。
リュート様は喜んでくれるだろうか――未だ帰る気配の無い彼が走り去った方向へ視線を向ける。
何事も無ければ良いのだが、こういう時ほどいらないことをする人がいるのだ。
「かーちゃ……お部屋すごいにゃ!」
「ベッドふかふかにゃー!」
「そうねぇ……今日はゆっくり眠れそうにゃぁ」
ふと耳に入ってきた親子の会話に頬が緩む。
タイミングとしては最悪だったが、おそらくこの砦が必要だったのだろう。
時空神様は、犠牲を出さないために……と言っていた。
この砦が無かった場合、おそらく最初に狙われるのは、この無垢な子供達だ。
そう考えたら、間違いであったとは思えないし、納得も出来る。
「ルナちゃん、この位置でいいカナ」
「はい、ありがとうございました……というか、運転……できたのですね」
「まあ、一応ネ」
キャンピングカーの運転席から降りてきた時空神様は、肩をすくめて見せる。
そういえば、兄が教習所に通っているときに友達が一緒だと言っていたが……まさかの時空神様だった……とか?
その可能性が高いな……と考えながら、移動を完了したキャンピングカーを見る。
泉のそばに移動させたので、聖泉の女神ディードリンテ様の避難も楽になるだろう。
あとはチェリシュたちだが、此方は時空神様が問答無用で連れて行くと約束してくれた。
一番の問題は真白なのだろうが、時空神様の言うことを必ず聞くようにと強めに言ったら意外にも素直に頷いてくれたのだが……何故か警戒してしまう。
本当にわかっているのかと念を押すと、あとでベオルフ様に怒られるのだけは嫌だと真白が言った。
その言葉で、私と時空神様は呆れると同時に、もの凄く納得してしまう。
真白が誰よりも慕っているのはベオルフ様で間違いは無い。
リュート様とも仲が良いのに……不思議ではあるが、何となくわかる気もする。
「さて、作業も一通り終わりましたし、今度はお料理ですね」
気合いを入れて夕飯の仕込みに入ろうと、腕まくりをしてから髪を結い上げる。
本日のメニューはカレーとフルーツヨーグルトサラダ。
パンはナンを焼こうと考えていたら、畑仕事も一段落したモカの母親がカゴいっぱいのニンジンを持ってきてくれた。
「どうぞ、つかってくださいにゃぁ……いただいてばかりでは、気が引けますにゃぁ」
「気にしないでください。こういうときは、持ちつ持たれつですから」
「この畑は、今後使わなくなりますにゃぁ。ラミアの件が片付いたら、聖都へ移動して保護されますにゃぁ」
そういえば、その辺りの話はどうなったのか、リュート様から詳しく聞いていない。
それとなく尋ねてみると、どうやらここにいるキャットシー族を全員、リュート様が聖泉の女神ディードリンテ様と共に保護する流れになっているらしい。
そのための土地や家の確保も済んでいるし、元々いた土地に帰りたいという者は、一度聖都で体を休めてから移動となるようだ。
その手はずも既に整えられているらしく、リュート様の仕事の速さに舌を巻いてしまう。
「さ……さすがは……リュート様」
「仕事が早すぎて怖いネ」
時空神様もやや呆れ気味である。
しかし、その裏で一番働いてくれたのはキュステさんだろう。
帰ったら、何か美味しい物を作ってあげよう……と、密かに考えながら、カゴいっぱいのニンジンを受け取った。
そのニンジンをまるで憎い敵でも見るかのように見つめていたのは、モカの弟らしい幼い子。
もしかして……と思い声をかける。
「ニンジンが嫌いですか?」
「キライだにゃぁ……おいしくにゃいにゃっ」
「我が儘は駄目だにゃ~、みんなが頑張って作ってくれたお野菜にゃ~! 食べられるだけ、幸せだにゃ~」
モカが必死に弟を説得しているが、聞く耳を持たない。
ふんっと顔を背ける小さな子供に、親も困った顔をしている。
「じゃあ、ニンジンを美味しく食べられるようにしましょう」
「え?」
「召喚獣様には、そんなこともできますにゃ~っ!?」
「はい。美味しく仕上げますから、楽しみにしておいてくださいね」
うふふっと笑った私はキャンピングカーへ移動してから、ニンジンを綺麗にしてペースト状にしていく。
今晩はカレーだ。
ニンジンは欠かせない。
それに、野菜を沢山とってもらうためにも、コレは面白いかも……と、ペースト状にしたニンジンを半分取り出し、パン生地と練り合わせた。
「あ、それって新しいパンっすか?」
「はい。ニンジン入りのナンを作ろうと思いまして……ジャガイモなど、他の野菜でも美味しいと思いますよ?」
「野菜をペースト状にして練り込むのか……」
「これなら、野菜が苦手な子でも食べられそうですね」
私の考えに気づいた問題児トリオが、すぐさま手伝いを開始してくれた。
「もうお仕事は終わったのですか?」
「あとは、オルソ先生がチェックしてくれていますし、ヤンも戻ってきて村長を交えて話し合いをしているところっす」
「我々はルナ様の手伝いをしてこいと言われました」
「オルソ先生が、ルナ様が一番忙しくなるだろうからと……」
さすがは、優秀な教師なだけあって、私の考えもお見通しなのだろう。
オルソ先生の気遣いに感謝しながら、パン関係は彼らに任せておくのが一番だと判断して、一通りの作り方を教えておく。
すると、手が空いたらしいキャットシーたちも集まりだしたので、レシピを慌てて作って配ることにした。
「野菜のパンだにゃ~」
≪めずらしいです! 頑張って捏ねますね!≫
ヌルも一緒になってパン作りを開始してくれたのだが、大丈夫だろうか……
「元々ゴーレムはレシピがなくても簡単な作業なら出来るヨ」
「コアの純度が高いのでしょうね……これほど優秀なゴーレムは見たことがありません」
聖泉の女神ディードリンテ様も、ヌルの行動を見て感心しているようだ。
確かに、ヌルは言語を操るし、人の喜怒哀楽もちゃんと理解している。
元いた世界のロボットと比べても、高性能であった。
「ボリス様って……凄いのですね……」
「まあ、ゴーレムに関してだけは……ネ」
それ以外がアレだから、後継者として問題有りと判断されているんだよね……と、時空神様がぼやく。
どうやら、時空神様としてはボリス様に後継者となって欲しいようだ。
「リュートくんを後継者にしたいとか言いだしかねないからネ。いつまでも孫ラブで困るヨ」
あ、そうか……と、納得した。
リュート様の母であるモアお母様は、【魔術師】の称号を持っている。
元々、お母様が当主になる予定だったとリュート様から聞いた。
その息子が優秀であれば、そういう考えになってしまうのも不思議では無い。
「でも……リュート様は【魔術師】ではありませんし……」
「そうなんだよネ。でも、彼はこの世界の誰よりも時空間魔法に長けてイル。それは俺も認めるくらいだからネ……ただ、リュートくんを当主にするのは、オススメしないナ」
「そうなのですか?」
「リュートくんが時空間魔法を誰よりも扱えるのは、ある意味当たり前なんダヨ」
「当たり前?」
その言葉に疑問を感じて問いかけたのだが、時空神様からの返答は無い。
おそらく、ヘタに言ってはいけないことなのだと察して、喉元まで出かけていた更なる質問を飲み込んだ。
時空神様は沢山の事を知り、沢山の事を理解している。
だからこそ、伝えたいことが出てきても仕方が無い。
とても優しい神様だから、ついつい口が滑ってしまうのだろう。
『本当にルナちゃんは聞き上手だから……困っちゃうね。陽輝と同じテンポとタイミングだから気が緩んじゃうよ』
不意に聞こえてきた日本語は、心底困ったというような声色で語られていて、これが時空神様の本音だと察する。
それが嬉しくも感じてしまい、『兄妹だから仕方ありません』と返答した。
私の言葉が嬉しかったのか、それとも楽しかったのか、時空神様は破顔して笑い声を上げる。
顔色は未だ優れないが、心優しく心労の絶えない時空神様が少しでも心穏やかに過ごせるよう、心から祈った。
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