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第十一章 命を背負う覚悟
11-20 少し張り切りすぎな私と、止め上手な彼
しおりを挟む次々に手を伸ばすオーディナル様と張り合うような速度でついばみ続ける真白にノエルが驚きながらも称賛を送り、紫黒は若干引き気味に自分の分を確保して大人しくついばみ始める。
うん……普通はその速度ですよね?
ついばんでは味わって飲み込む紫黒に対し、高速でついばむ真白は異様だ。
しかし、あちらでも慣れてしまった人たちは多く、誰も突っ込まない。
今更か……と考えていたら、隣に座るベオルフ様の手が止まっていることに気がついた。
食が進まないのだろうか……
むしろ、回復すると思うので食べて欲しいのだけれども……と考えていたら、珍しく彼の眉間に皺が寄っていることに気づいてしまった。
思い悩んでいる?
何か真剣に考えている様子だ。
しかし、あまり良くないことであるように感じる。
食事中に考え事なんて――と、言いかけてからハッとした。
私もリュート様やチェリシュに注意されていたことを思い出したからだ。
よりによって、こういうところまで似なくていいのに……
私も眉間に皺を寄せているのだろうかと考えながら、ベオルフ様の眉間に深く刻まれた皺を指で揉みほぐす。
「……?」
「眉間に皺が寄ってますよ? 何を考えているのか知りませんが、そういう顔をして食べていたら、消化に良くありません」
「……すまない、少しいらないことを考えていたようだ」
ふぅ……と大きく息を吐いたベオルフ様は気持ちを切り替えるように一度目を閉じたが、すぐに開いて私を見つめる。
アイスブルーの瞳が真っ直ぐ向けられ、その色の美しさに見惚れてしまった。
ベオルフ様の瞳って……本当に綺麗ですよね。
いいな……ベオルフ様と言い、リュート様といい……とてつもなく綺麗な瞳をしているのですもの!
このあと、気持ちを切り替えたらしいベオルフ様は、新たなカレーパンに手を伸ばして、カレーパンについて細かな質問をしてきた。
表面にまぶしてあるパン粉の話をすると、硬くなったパンの再利用法に驚いた様子だったが、今後は肉や魚にまぶして油を多めにして揚げ焼きにしてみるかという彼に驚いてしまった。
この柔軟な発想力は凄い……王太子殿下が手元に置きたがるわけである。
私とベオルフ様が、そんな話で盛り上がっていると、一個丸々食べ終えてコロリとテーブルに転がっていた真白が何かを思い出したように跳ね起きた。
「そうだー! ねーねー、ルナ! 真白ちゃんの姿をしたプリンー! 紫黒に見せてあげてー! アイスもー!」
あ……確かに、それは良い考えですね!
私はチェリシュが頑張って作ってくれた『真白ちゃんてんこ盛りプリン・ア・ラ・モード』をイメージしながら取り出した。
その瞬間、真白は誇らしげに胸を張り、オーディナル様やノエルたちからは歓声が上がる。
ベオルフ様も、少し驚いたような様子で見ていて、小さな声で「すごいな……」と呟く。
何より良いリアクションをしてくれたのは、紫黒だった。
沢山飾られた真白を見て、大きな目をさらに大きく見開き、プリン・ア・ラ・モードの器の周囲をちょんちょんっと歩いて見回っている。
目を輝かせ、「すごい……真白がいっぱいだ……」と小さく呟く姿は、何とも可愛らしい。
ノエルと一緒にプリン・ア・ラ・モードの器から一定の距離を保ちつつ眺めている。
可愛らしい神獣達に頬が緩む。
少し歩いては真白もどきのクリームを眺め、また歩いては、違う角度から眺めている。
ノエルも一緒になって見ているから余計に和んでしまう。
そんな紫黒に手を伸ばしたオーディナル様は、手のひらに乗せて上からも眺めてみるよう勧めていた。
うわぁ……と、目を輝かせる紫黒と、オーディナル様の肩に着地して眺めて、尻尾をぶんぶん振り回すノエル。
その反応に大満足の真白はニコニコだ。
「これが食べ物……勿体ないな……真白がいっぱいなのに……」
「リュートったら酷いんだよー! 真白ちゃんをがぶりと食べちゃったのー!」
もー、本当に酷いのー! といいながらも、楽しそうな声で報告する真白を、紫黒はそうなのかと嬉しそうに頷いて聞いている。
やはり、真白がみんなとうまくやっているのか気になっていたのだろう。
少し安心したような様子で、うんうんと頷く紫黒はベオルフ様のようだ。
もしかして……ベオルフ様も紫黒のように、私の事を心配していたのだろうか。
チラリと横に座っている彼を見上げると、「どうした?」と問いかけるような視線を投げかけられた。
うん……やっぱり……心配してくれていたかも……
何でも無いと口では言うけれども、嬉しくなってしまうのは仕方が無い。
私も真白も大事にされているな……と、改めて感じた。
「紫黒のために保管できたら良いのだがな……」
「ああ、父上。大丈夫ですよ、そこはしっかりしておきましたので」
「そうか。それは助かる」
さすがは時空神様だ。
時間を凍結させて保管でもしているのだろうか。
半永久的に残るだろう真白もどきのクリームたちは、オーディナル様の心を癒やしてくれるかもしれない。
本当は食べ物なので、食べて欲しいところではあるのだけれども……
「ねーねー、ルナー! 今度はボクの姿の何かを作ってー」
「そうですね。いつかノエルと真白と紫黒のデザートを作りましょうね」
「やったー!」
「紫黒も一緒ー!」
「あ……う、うん、とても……嬉しい」
一瞬だけベオルフ様から「大丈夫なのか?」というような視線を貰った気がするけれども、何故心配されるのか判らない。
目と口を描くだけだから簡単ですし……そういう反応をされる方が解せませんが?
それ以上なにも言うことは無く、ベオルフ様はプリン・ア・ラ・モードの器に触れた。
やはり、ガラス細工で冷えているのが気になるのだろうか。
グレンドルグ王国のガラス細工技術では、これほど精密な物を作るのは難しいだろうし、冷蔵庫がないので冷やすことも出来ない。
その点を考えているのかもしれないが……再現しようとしているのなら、蒸しプリンや焼きプリンなら作る事が可能だ。
ただし、冷やすことはできないので、常温でいただくことになるのだけれども……
そうだ……この機会に、色々な料理を見て貰うのはどうだろうか。
私の夢なのだから、イメージしやすいのだし……と考えて口を開く。
「他にも色々と作ったのですよ」
今まで作った料理で、ベオルフ様が興味を持ちそうな品々を並べだした。
次々に出てくる料理に驚きながらも、彼は目に付いた料理の作り方を質問してくる。
「これは?」
「フレンチトーストといって、硬くなったパンを卵と牛乳で溶いた液に漬け込んで焼いたパンです」
「この白くて長細いものは?」
「うどんですね。小麦粉と塩とぬるま湯を少量入れて練った物を、棒で伸ばして適度な大きさに切って茹でたものです。茹でるだけなので簡単に作れますよ」
「小麦粉を使った料理が得意なのか? 茹でるだけだというが、とても手が込んでいるのだな……」
「得意と言うほどではありませんが……チェリシュが大好きですし、リュート様も喜んでくださいますので、よく作っています」
「そうなのか。私も機会があれば作ってみたいものだ。あと、円形状のコレは何だろうか……上に乗っているのはチーズか?」
「パン生地を棒で伸ばして膨らまないようにフォークで穴を空けてから、トマトソースと好きな具材を乗せて、チーズをまぶしたあとオーブンで焼くピザという料理です。明日の朝は、これを作ろうと思います」
「ああ……以前、菓子作りをしているときに聞いた料理名だな」
その言葉で『華やかな菓子』を作る時に、ピザの作り方を教えると言っていたことを思いだした。
「あの時、ピザの作り方を教えると言っていたのに、すっかり忘れて……」
「いや、私も忘れていたのだから気にするな」
気にした様子もなく私の頭を撫でる彼の優しさに癒やされながら、今回は丁寧に説明していく。
生地を膨らませないようにフォークで穴を空けるということを覚えていたベオルフ様は、私の説明を聞きながら、チェリシュのように具材を並べたいと主張するノエルたちを見て小さく溜め息をつく。
「こうやって大騒ぎするのだな」
「でも、危険なことはないのでお手伝いしてもらったら良いと思います」
「ふむ……余裕があるときに作ってみるか」
「人が多い時には簡単で、見た目もお腹も大満足な料理ですから、是非作ってみてください」
「それは良いな……ラルムの村に着いたら、村の人々に振る舞うのも良さそうだ」
「喜ばれるかもしれませんし、みんなで作るのも楽しいと思います」
「そうだな。親睦を深めるにも良さそうだ」
ベオルフ様なりに、村に着いた後のことを考えているのだろう。
村人から警戒されたら、情報収集もままならない。
美味しい物を皆で食べたら、それだけで仲間意識が生まれるかもしれないので、ベオルフ様の考えには大賛成だ。
圧力をかけるのではなく、平和的に解決しようとしているのは、最北端の村での経験が役立っているのかも知れない。
「とても良い料理だ。教えてくれて、ありがとう」
「い、いえ……えへへ」
面と向かって褒められると照れてしまうが、とても嬉しい。
役に立てたことが嬉しくて頬が緩んでしまいそうだ。
いや、実際に緩んでいるのだが……見なかったことにして欲しいと考えていたら、ベオルフ様が遠くにある皿に視線を向けて首を傾げた。
「あのガラスの皿の……見たことも無い透明感のある料理は?」
「カルパッチョですね。ビネガーと塩コショウとレモンで味付けをしてあります。透明感のある食べ物は白身魚をスライスしたものですね。火を通していないので、新鮮な魚が手に入るような場所でなければ難しい料理です」
「生か……今居る場所は難しいが、港町や当家が統治している領地であれば、可能かも知れないな」
意外と生魚を食べるということに忌避感が無いベオルフ様に驚きながらも、知識がなければ大変なことになるので、念のために寄生虫の危険性などは説明しておく。
彼はそれを聞きながら、持っている洗浄石で清めることにより安全性を高められることをオーディナル様から説明されて、いつか作ってみようと微笑んだ。
私が考えている以上に、新しい料理を目にしたベオルフ様は楽しそうである。
もしかしたら、料理に目覚めた……かも?
彼の腕前なら、万が一騎士を辞めても料理人として生きていける。
そうだ! 先ほどは無理だったお茶漬けも……と考えていたら、時空神様からストップがかかった。
「ルナちゃん、さすがにやりすぎだよ。気持ちはわかるけれども、疲れちゃうからね?」
「これくらいなら大丈夫ですよ」
「いやいや……」
心配しなくても大丈夫だと言おうとした私の体に、隣からズシリとした重みがかかる。
ん?
私にもたれている?
珍しいこともあるものだと隣のベオルフ様を見上げると、彼はふぅ……と疲れたように息を吐く。
「どうかしたのですか?」
「少し疲れがな……」
「そういえば……顔色が悪いような……?」
こんな状態になっているのに気づいていなかったとは……不覚です!
確かに、色々なことがあって対処してくれていたのだから、疲れが出ても不思議では無い。
顔色が悪く見えるベオルフ様の頭を撫でて、「大丈夫ですか?」と問いかけると、かすかに頷く彼が、妙に子供っぽく見えて……め、珍しい……甘えてくれているの……かな?
具合が悪い人を目の前にして持つ感情としては不謹慎かも知れないが、すごく嬉しくなってしまう。
あのベオルフ様が甘えてくれているのだ。
頼られているのだと、心が浮き立つ。
い、いけない……ベオルフ様は辛い状況なのに――
私にもたれかかることで少しでも楽になるのなら、どんとこいです!
サラサラと指通りの良い髪に触れながら、普段は撫でること何てできない高さにある頭を撫でる。
ジッと目を閉じて黙っている彼は、今何を考えているのだろうか……
そう思っていたら、いきなり頭を抱えられるように抱きしめられた。
え、えっと?
どうして、こうなったのだろう……
「え? ベオルフ様? 急に……どうしたのですか?」
「……なんでもない」
「そう思えないから聞いているのですが……」
私の知らないところで、ベオルフ様が苦悩している。
おそらく、私には見えない何かについて考え、悩んでいるのだ。
そうやって、いつも苦労をかけてしまう。
もう少し、私を頼ってください……そう言っても、彼は素直に言うことを聞いてくれないはずだ。
そういう人なら、もっと楽な生き方が出来ただろうに……
そう、思わずには居られない。
しかし、そんなベオルフ様だからこそ、彼の助けになりたいと人が集まっているのだということも判っていた。
王太子殿下を始めとした、いま彼のそばにいる人々が不幸に見舞われることが無いように祈りながら、私の頭を抱え込んで硬く目を閉じる彼の心が少しでも軽くなればいいと強く願った。
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