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第十二章 ラミア迎撃戦
12-16 オーディナル様の普通
しおりを挟む砦までの道のりは、決して容易い物では無かった――はずである。
しかし、揃っている面子が悪い。
この世界で屈指と言われるような戦力を持った人たちが集まっているのだ。
力を持て余しているらしい、アレン様とお母様を筆頭に、魔物が目視される前に瞬殺されている。
これにはもう、リュート様たちも乾いた笑いしか出てこず、フォローしているキュステさんが「もう……どうにでもして……」と、半泣きで嘆いていた。
あまり時間をかけずに砦へ到着すると、今度は大量の魔物と出くわすことになったが、殆どが力を失っている状態であった。
お父様の剣が問答無用に魔物を仕留めていく。
それを見つめていたリュート様は、小さな声で呟き始める。
「黄昏より来たりし王 天空を支えし光 魔天の頂より零れ落ちる星屑の輝きよ 猛光に宿りて 力と成せ」
リュート様の呪文は派手に言い放つというよりも、ブツブツ呟くように詠唱することが多かった。
さすがに、フィールド魔法だと言っていたような大きな魔法を使うときは他にも影響があるからなのか、聞こえるように詠唱しているけれども、今回のような付与系は気づく者が少ない。
しかし、その高度な魔力の流れを感じるのか、アレン様たちがいち早く反応した。
「あまり聞かん詠唱じゃな……付与魔法か?」
「ああ、切れ味を持続させる効果を持つ」
「アレやったら、数日は研がんでも良さそうやねぇ」
アレン様とキュステさんの言葉に、リュート様は苦笑する。
付与魔法を得たお父様も、違いに気づいたのだろう。
驚いた表情で此方を見て、軽く手を挙げてから中へ入るよう促す。
「さて、俺たちはここを親父達に任せて、先に中へ入るとしよう。きっと、みんなが不安そうにしているだろうから……」
砦の中は騒然としていた。
しかし、リュート様たちの帰還を知った遠征組は、大きな歓声をあげたのである。
「リュート様が帰ってきたぞ!」
「みんな無事かっ!?」
「怪我人はいないようだが……」
駆け寄ってくる人たちを見て、リュート様は呆気に取られたようだった。
しかし、口々に安否を気遣う言葉をかけてくる。
みんな不安だっただろうに、心配してくれていたのだ。
それがわかり、リュート様は嬉しそうに微笑む。
「あ……えっと……俺たちは無事で大丈夫だ。皆の方は何か困ったことが無かったか?」
「全く無いな。お前達が出たあとに暫くして魔物の襲撃があった。しかし、それも此方に残った者たちと協力者のおかげで、何とかなった」
「協力者?」
報告してくれていたレオ様が苦笑しながら顎でしゃくって示した場所には、見慣れた人――ではなく、天馬がいた。
キャットシー族の子供達に戯れ付かれ、嬉しそうに遊んでいるグレンタールだ。
「グレンタール!」
リュート様の声を聞き、グレンタールの耳がピクッと動く。
それから、見て判るほど顔を輝かせて、キャットシー族の子供たちを乗せたまま此方へやってくると――首を傾げた。
キョロキョロと誰かを探しているようである。
「あ……チェリシュはまだキャンピングカーで大人しくしているはずなので、ここにはいません。そういえば、真白はどうやって抜け出してきたんですか?」
「真白ちゃんだけが通れる道というものがありましてー、どんな空間でも抜け出せるということなのだー! さすがは真白ちゃんでしょ?」
「つまり……好き勝手放題にどこへでも行け……イタタタ」
真白の方へ体を向けた瞬間、体に激痛が走る。
「ルナ……怪我したのか?」
慌てるトリス様に、リュート様が苦笑しながら事のあらましを説明した。
すると、聞いていた全員が何とも言えない表情をして、私を同情のこもった視線で見つめてくる。
「それは……災難だったな」
「治せないのが辛いですね……」
「その痛み……よくわかるわよ。ルナ」
「イーダも筋肉痛だから……でも、そのベオルフという人に助けられたのだろう? 仕方が無い……な」
レオ様、シモン様、イーダ様、トリス様の順に声をかけられ、私はどう返答して良いのか判らずに羽毛を膨らませるだけにとどめた。
さすがに、大声で文句を言う事も出来ないし、何より……体が痛い。
そんな私を心配してか、グレンタールは鼻を近づけてふんふんと匂いを嗅いでいる。
「そうなんだー、痛むみたいー。……へぇ、子供が好きなんだ? チェリシュは大丈夫! 安全なところで守られているからね!」
「真白……グレンタールの言葉がわかるのですか?」
「勿論だよー、真白は神獣の王なんだから!」
えっへんと胸を張る真白に、私は苦笑するしか無い。
ポーチの中で王というにはしまらないが……そんなことを言ったら、すぐにリュート様の頭上を占拠して、クリスタルスライムに玉座を頼みそうな勢いだ。
ここは黙っておこうと、私はクラーケンと顔を見合わせて笑い合った。
「ルナ、その……小さいのは?」
トリス様が、何かを察したのか、恐る恐ると言った様子で聞いてくるのだけれども、私はあっけらかんと答える。
「クラーケンです」
「……あ、あの……一度戦った……クラーケンですか?」
「……は?」
シモン様が額を片手で覆い、レオ様とイーダ様は言葉も出ない様子だ。
周囲も彼ら同様に、困惑の色を宿した空気を纏って顔を見合わせ、辺り一帯に重い沈黙が流れる。
疑われているのかと心配になってきた私の気持ちを察してか、スッとポーチから抜け出したクラーケンは、ぽんっと軽快な音を立てて元の姿に戻った。
手のひらサイズの可愛らしいタコが、急に見上げるほど大きな魔物っぽい物に変化したのだ。
それを見た人たちは、悲鳴を上げて腰を抜かしたり、建物の中へ逃げ帰ったりと大パニックである。
以前より、可愛くなって神聖な感じが増したのに!
「こ、この子は大丈夫です! 私の眷属になったようなので!」
「……眷属? いや、眷属って……しかも……クラーケンって……相変わらず……リュートと似て、ぶっ飛んでるというか何と言えばよいのか。いや、帰ってきた面子もそうなんだが、どこからツッコミをいれたらいいのかわからん!」
レオ様が頭を抱えているのだけれども、さすがにこれは、私も想定外の出来事だったのだから、責められても困ってしまう。
それに、アレン様たちのことも、私たちにしたらイレギュラーなことだ。
いや……リュート様は、把握していた……かも?
「とりあえず、あちらで何があったのかは、全員がそろったら説明するよ。それに、ちょっと……大きな問題っていうか、知らないとマズイこともあるし……」
リュート様がそう言って、私を見つめる。
おそらく、オーディナル様のことだろうと理解して頷いたのだが、そのオーディナル様が、この状況で黙っているわけがなかったのだ。
我慢の限界だったのか、急に空から声がかかる。
姿を消して移動していたオーディナル様と時空神様が、揃って此方を見ていた。
「そろそろ姿を現しても良いか? 僕の愛し子」
「もう少しお待ちくださいね、オーディナル様が今姿を見せたら、間違いなく飛び出して来てしまいますから」
「ふむ……まだ危険か? そこの天馬がいるのだし大丈夫だと思うがな……トワイライトホースとは、また良い天馬を見つけたものだな、リュート」
「俺の愛馬だよ。本当にいつも助けられているんだ」
グレンタールの首を撫でていたリュート様は、魔力を分け与えているのだろうか、触れている手がほんのりと輝いていた。
甘えるように鼻先を押しつけるグレンタールに、優しい笑みを浮かべている。
キャットシー族の子供と戯れているからか、はたまた、大好きなリュート様が側にいるからか、グレンタールは上機嫌だ。
あとは、チェリシュがいたら、その場で跳ね回るかもしれない。
オーディナル様やグレンタールにチェリシュを早く会わせてあげたいが、外にはまだ魔物がいる。
春の季節を到来させるために力を使いきったチェリシュには、いくらオーディナル様がいたとしても危険すぎる状況だ。
「まあ……ルナちゃんが心配しても、そろそろ飛び出してくるんだけどネ」
時空神様がそう言ったかと思うと同時にキャンピングカーの後ろの扉が開き、聖泉の女神ディードリンテ様とチェリシュが出てきた。
魔物がいるのに――と、考えていた私は、その時になって気づく。
外にあった魔物の気配が綺麗さっぱり消えたのだ。
何故だろうか――と、考えて……巨大化しているクラーケンを見つめる。
「あ、そっか。この子に驚いて逃げたんですね」
「まあ、そうだよな……海の覇者がいきなり現れたら、驚くどころか逃走するよな」
「リュー、ルー、おかえりなさいなのー! きゃー! グーちゃんなのー! ああああぁぁっ! じーじ! じーじなの! じーじっ!」
チェリシュは大好きなグレンタールだけではなく、オーディナル様がいることにも気づき、大はしゃぎである。
姿を消していたオーディナル様もチェリシュのはしゃぎっぷりを見て、嬉しそうに目尻を下げていた。
さすがに姿を消したままというわけにもいかなくなったオーディナル様は、姿を現し、聖泉の女神ディードリンテ様が抱っこしていたチェリシュを抱き留める。
両手をいっぱいに伸ばして抱っこを強請るチェリシュの可愛らしい姿に思わず悶えてしまい、痛みにも悶えたのは言うまでも無い。
「オーディナル様……お久しゅうございます。この度は……」
「堅苦しい挨拶は無用だ。それよりも、苦労をかけたな……すぐに見つけてやることが出来なくてすまなかった」
「とんでもございません。また、お目にかかる事が出来て……この喜びを、なんと言葉にして良い物か……」
「そう思うのであれば、僕の愛し子をみてやってくれないか? ベオルフと無理矢理力を同調させて力を使ったせいで、少々力の流れが乱れてしまったようだ」
「まあ……それは大変!」
聖泉の女神ディードリンテ様は、慌てて此方へ駆けてくる。
リュート様のポーチにいる私を見ていた聖泉の女神ディードリンテ様は、彼の許可を得てから私を手のひらに乗せて、体の様子を見ていた。
「かなり無茶をしたのですね……普通の筋肉痛もありますが……複雑に絡み合っているので、治療には時間がかかります」
「緩和はできそうかな……ルナが苦しそうで……かなり痛みを感じているようなんだ」
「そうですね。私の泉の力で多少緩和はできるでしょうが……この時期に水浴びは寒いと思いますよ?」
「温めることで効能が下がるって事は……」
「ございません」
「だったら、ここにある大浴場へ水を張ってくれ。俺が温める。ルナ……うーん……エナガの姿の方が良いか。何かいいものないかな……」
「そういう時は、僕に頼むものだ。僕の愛し子に必要な物なのだろう?」
リュート様と聖泉の女神ディードリンテ様の会話に、オーディナル様が割って入る。
創造と名のつくものは、オーディナル様に頼むのが一番なのはわかっているが、やり過ぎる可能性もあるのでリュート様は慎重だ。
「じゃあ……えっと……ルナがエナガ姿で入るような普通の浴槽が欲しいんだけど……」
「僕の愛し子だけではあるまいに……そこがわかっていないようだな。先ほどのポーチと同じ状態になるはずだから、大きめに創ろう」
さすがはオーディナル様である。
真白の行動をよく理解しているのだ。
クラーケンも小さくなってソワソワしているし、クリスタルスライムもなんだか落ち着かない。
元クラスメイトたちのクリスタルスライムもソワソワしっぱなしだ。
「……ふむ。二種類ほど創っておくか」
その様子から色々察したのか、オーディナル様は一抱えするほどの大きさで、深さもそこまでない器を一つ。
それから、広場の端っこに、かなり広めの水場を創る。
だが、その水場は既に温められているのか、湯気が立ちこめていた。
「ナルホド! 足湯か! さすが……いいセンスしてるわ。しかも、建物のデザインがいいな……へぇ、装飾もこってるなぁ……リゾート感がすげーもん」
「……そ、そうか? ふむ……まあ、僕にかかればこんなものだな」
リュート様に褒められたことが嬉しかったのか、オーディナル様の頬が緩む。
それを隣で見ていた時空神様は、必死に笑いを堪えているようであった。
しかし、足湯……いいなぁ……私も人間の姿で入りたいが、今は体を動かすのも辛い。
そんな私のことを考えて創ってくれた大きな浴槽も、聖泉の女神ディードリンテ様が水を張るだけで、お湯になるという不思議な代物だった。
普通とは一体……?
オーディナル様的な普通かな?
「よし、とりあえず、ルナをいれてやろう。これで少しでも痛みが緩和すれば良いのだけど……」
「真白ちゃんも入るー!」
やっぱりそうなったか――と、全員が考えている中、リュート様のクリスタルスライムとクラーケンも参戦する。
ずいぶんと賑やかな感じだ。
皆の前で入浴となってしまったが、エナガの姿でなら恥ずかしくは無い。
むしろ、服を着たままお湯に入っている気分だ。
リュート様の手が、私を介助してくれていて、溺れる心配も無く快適である。
隣でパチャパチャはしゃぐ真白には困ったが、楽しそうでなによりだ。
「チェリシュも……もっと小さかったら……うぅ……残念なの!」
「チェリシュは、聖泉の女神ディードリンテ様やオーディナルたちと一緒に足湯を楽しんでくれば良い。チェリシュのじーじに、しっかり甘えてこい」
「あいっ! じーじ、足湯なの!」
「うむ、判った。……リュート、何かあれば呼べ。いいな?」
「了解」
オーディナル様はチェリシュを抱っこしたまま足湯へ向かい、聖泉の女神ディードリンテ様と時空神様が、それに続く。
「真白は行かなくて良いのですか?」
「えー? こっちでルナと一緒につかってるほうがいいー!」
ぱちゃぱちゃ翼でお湯を叩きながら、真白は上機嫌で私に言った。
魔物がいなくなったことで、アクセン先生やオルソ先生も戻ってきたようで、リュート様は責任者達が全員揃ったのを確認してから、あちらであった出来事を話し始める。
私の介助をしながらではあったが、できるだけ詳しく語って聞かせる内容に、全員が神妙な面持ちを見せた。
意見を交わし、今後の方針などはお父様が戻ってから詳しく打ち合わせをするということになって、とりあえずは一安心だ。
体は相変わらず痛いけれども、ようやく安堵して体の力を抜くことができた。
これからは、事後処理が待っているのかと思うと憂鬱だけれども、まずは全員無事で生還できたことを喜ぼう。
痛いけど――これもベオルフ様のおかげもありますよね……本当に痛いけど!
まあ、少しは大目に見ても良いかという気分になっていたら、私は顔にばしゃりとお湯をかけてきた真白をジトリと見つめる。
楽しそうにきゃっきゃはしゃいでいる真白にやられてばかりではなんなので、仕返しとばかりにお湯をかけかえした直後、私の口から情けない悲鳴が上がるのは、それから数秒後の事であった。
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