ロード・オブ・ファンタジア

月代 雪花菜

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よそ見しちゃダメです

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 綾音たちのキャラクター作成も滞り無く終わり、さて、そろそろ接続して中へ入ってみるかという話になり、俺も部屋からフルダイブ用のヘッドギアにも似た、バーチャルデバイスを持ってくる。
 メーカーによって名称は違うが、日本の大手メーカーが手掛けているバーチャルデバイスは『Virtual Spirit』略して『バースピ』や『VS』と呼ばれていた。
 初期に発売された物はヘルメットに近い形をしていたのだが、最近出回っている物は、軽量化が進み、ゴーグルタイプになったのだから技術の進歩には驚くばかりだ。
 つまり、俺達4人が使っている物は、ロード・オブ・ファンタジアに合わせて開発された『Virtual Spirit 2』と呼ばれる最新型である。
 まだ、嗅覚の実装はされていないが、他の感覚は現実世界とほぼ変わらない。
 ただし、プレイする上で痛覚は遮断されており、その代わりに衝撃が来るシステムになっていた。
 モンスターに噛まれたり斬られたりしても痛覚がないから、リアルの世界だったら感じるはずである痛みはないが、しびれるような感覚とともに圧力のようなものがダメージとして与えられ、意外と負荷がかかる。
 この辺りのリアリティを追求するわけにもいかないが、ダメージはダメージとしてわかるものを欲した結果なのだろう。
 それを、できることなら結月ちゃんに感じてほしくないけれども……難しいのだろうな。
 できる限り肩代わりできるよう、盾役を頑張ろう。

 リビングで4人揃って楽な姿勢で接続してみると、俺にはお馴染みの沈み込むような感覚とともに、一瞬途切れた全ての機能がひとつひとつ接続されていくように、疑似世界を感じていく。

 陽の光、小鳥のさえずり、風が吹く感触……瞼を開くと、マイルームのベッドの上であった。
 うん……感覚は繋がっている。
 大丈夫かどうか手を握っては開いてを繰り返し、違和感がないことを確認してから立ち上がった。
 3人はキャラ作成をしていたから、初心者の村にいるはずだ。
 部屋を出る前にアイテムを確認して、転移ポータルを使い初心者の村であるアイリオ村を選択する。
 そして、最初に転移してくる場所に3人がいるだろうと足を運んだのだが、大人しくしている妹ではない。
 問題を起こしていなければ良いのだが……まさか、メインクエストを華麗にスルーして近くのモンスターに斬りかかってないだろうな。

「綾ちゃん危ないから!」
「何いってんの、ほら、ここでは呼び方がちがーう!」
「あ、えっと……アーヤ?」
「そっ!ゆ……じゃなかった、ルナは大丈夫?」
「う、うん……やっと慣れてきたかな」

 どうやら大正解のようだ……けど、いきなり近くにいたスライム型モンスターに斬りかかっている我が妹の凶暴性に目眩を感じる。
 陽輝くん、本当に妹でいいのか?
 後悔しないな?
 暴走しがちな綾音を羽交い締めで止めようとしている彼に、問いかける視線を投げかけてしまった俺を責める者は居ないだろう。

「お前は手当り次第攻撃するのやめたらどうだ」
「あ、お兄ちゃん……なの?」

 パッと振り返った妹は、俺の方を見て「んーっ」と声を上げたかと思うと、ぐるぐる回って確認したあと、うんうんと嬉しそうに頷く。

「よし、イケメンイケメン」
「……なんの確認なんだか」
「でも、リアルに似てる感じだよね。キツめだけど目がとっても綺麗」
「これはお気に入りなんだ」

 綾音が満足!というように俺を見ていたが、興味をそそられた結月ちゃん……いや、ルナもこちらへやって来ると、必死に背伸びをして俺の瞳の色を見ようとしている。
 身長の低い彼女には見えづらいらしいと察し、少しかがんでみた。
 すると次の瞬間、俺の頬を彼女の柔らかな両手が包み込み、愛らしい顔がグッと近づく。

「わぁ……本当に綺麗です。青を基調に、たくさんの色が混じっていて……地球みたいですね」
「あ……ああ……そ、そう……かな」

 いや、近い近い近い!
 結月ちゃん、近すぎるから!
 呼吸すら触れ合うような位置で見つめ合うってどうなのっ!?
 てか、綾音!止めろ!
 助けを求めるように妹のキャラを見れば、陽輝くんのキャラクターの口を塞ぎ、動けないように拘束してニヤニヤしている。
 この野郎!

「よそ見しちゃダメです。ちゃんと見せてください」
「は……はい」
「宝石みたいにキラキラですね。鋭い目つきだから余計に綺麗に見えます。いいなぁ……」

 いや、結月ちゃんのキャラのルナも、綺麗な蜂蜜色の瞳をしているだろう?
 そう言いたいのに、口は縫い付けられたように動かない。
 だってさ、こ、この距離はヤバイ。
 焦点が合うか合わないかのギリギリいっぱいだぞっ!?

「髪もサラサラですし、これくらいの短さが丁度いいですよね。リアルもそうですが、とても清潔感があって好感度UPです。カッコイイなぁ……画面で見たときより、何倍も素敵です」
「あ、ありが……とう」
「あ!角度によっても色合いが少し変わるのですね。地球みたいな色の瞳ってなんていうのでしょう、素敵ですね」

 べた褒めしてくれてありがとう。
 だけど、結月ちゃん……そ、そろそろ離れてくれないかな。
 周囲の視線が……気になるんだが?
 初心者ゾーンには、この世界にやってきた人たちがたくさんいる。
 メインがある程度育った人はサブを作ったりもするから、意外とこのアイリオ村には人が多いのだ。
 メインタウンになっている聖都よりは人が少ないとは言えど、休日のこの時間にログインしている人も多い。

「いつまでも眺めていられますね……うっとりです」

 俺もうっとりだけど……いや、ダメだろ。
 うっとりしちゃダメだろ?俺!
 でも、愛らしいルナの顔が近くて……結月ちゃんが中にはいった破壊力は凄まじくて……俺のいろんなものが崩れていきそうで怖い。

「初期村でラブシーンとか、何やってんのリュート」

 ジリジリと追い詰められている俺に、容赦ない言葉をかけてきたのは見知った男であった。
 よくきた親友。
 てか、お前も何で初期村にいるんだよ。

「邪魔しないでくれるー?」
「え、えっと?……リュートが他の人連れてるとか珍しくない?」

 今まさに短剣を突きつけて「殺す」と言わんばかりの殺気を漂わせそうな妹にビビった親友は、とっさに俺の後ろへと隠れた。
 全く……どこの誰だかわかってないのに、リアルと変わらない反応に呆れるよ。

「妹だよ」
「うげっ!あや……コホン。えっと……い、妹さんね。そ、そうか、兄妹で仲のいいことだ。そ、それじゃあ、ボクはこのへんでー……」
「その人、智さんでしょ」
「正解」

 さすが綾音だ。
 言わなくても誰だか言い当ててしまった。
 まあ、綾音に対してこういう態度を取る男は1人しかいないしな。

「しかも、ボクとか似合わないしー」
「失礼だな!俺だってボクって使いますー!」
「ほら、すでにボロが出てるじゃん」
「うぐっ」

 リュートおぉぉぉっと泣きつかれても困る。
 お前はどうして、そんなに綾音からのヘイトが高いんだ?
 まあ、以前に「胸がないのに女とか笑わせる。もっと育ててからおいで、お嬢ちゃん」とか言って綾音を怒らせ、腹へのグーパンからの踵落としを貰った、あの時の出来事が原因なのだろうが……
 だいたい、お前が悪いんだぞ智哉。
 彼女を大事にしろって説教していた俺との会話を聞いていた綾音が助言してくれたのに、それに対して返した言葉が失礼過ぎるだろう。
 人のコンプレックスを刺激するような言葉はいけないと、その後、新たに綾音が説教し始めて4時間コースとなり、心身ともにボロボロになったアイツを家に送り届けたのはいい思い出だ。
 それからというもの性根を入れ替えたヤツは、フラフラ遊び回ることもやめて、いまの奥さんと真剣交際をはじめた。
 まあ……遅くまで中二病を患っていた親友は、病気が治っても当時の記憶が蘇るのか、綾音が苦手なのである。
 俺の背中にしがみつき怯える親友と、威嚇する妹。
 置いてけぼりを食らった陽輝くんが可哀想だぞ、妹よ。

 そして、何故か智哉をジッと見ながら俺の腕にしがみつく結月ちゃん。
 えっと……これはどういう状況なのだろう。
 さながらカオス……と、心でつぶやいた俺に罪はあるのだろうか。


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