ロード・オブ・ファンタジア

月代 雪花菜

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お願いだから内緒にしておいてっ!

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 俺が現状を確認できずに赤くなりそうな顔を見せたくなくて天を仰いでいると、先程までの媚びた甘い声はどこへやら、ミュリアの少し硬い声が響く。

「い、色仕掛けとか、はしたないと思わないの?」
「色仕掛け?わけのわからないことをおっしゃらないでください。さあ、リュート様、まだ教えてほしいことがたくさんありますので、こちらの方々の邪魔にならないあちらへ参りましょう」
「ちょっと、待ちなさいよ!」

 さあさあと俺の左腕を抱えてラビアンローズの面々の横をすり抜けていこうとするのだが、男たちの目が彼女の胸元に釘付けになり「すげぇ……」という言葉がこぼれ落ちる。
 そんな不埒な言葉を、どんな状況であっても俺の耳は聞き逃したりしなかった。
 俺は鋭い視線を男どもに向けると、さすがにマズイと思ったのか引きつった笑みを浮かべて、そのまま数歩後退する。
 敵意はないというジェスチャー込みだが、そんなもの関係ねーよ。
 ルナを邪な目で見るなど、万死に値する。
 お前らは、頭の中がお花畑な自分のギルドのマスターでも見てろ!

「それが色仕掛けじゃなかったら、なんだというの!」
「意味がわかりません」
「胸や体を使って男の人の注意を引くなんて、はしたないわっ」

 そう言われたルナはキョトリと目を丸くして首を傾げ、「胸?」と呟いて視線を落とし、ガッチリホールドしている俺の腕を見つめたあと……ヒッと悲鳴をあげてから慌てて離れてしまった。

「あああああ、あ、あの……わ、わざとでは!」
「うん、わかってる……ルナはそういう性格じゃねーもんな」
「す、すみません……」

 顔の赤さをごまかすように、一度顔をそむけて口元を自由になった手で隠してはみたものの、彼女の様子が気になって横目でチラリと見てしまう。
 羞恥心に襲われ真っ赤になって涙目になりながら小さくぷるぷる震える姿は、庇護欲をそそり、こちらが悶そうになるくらい可愛らしい。

 やばい……可愛すぎるだろうっ!
 そうだよ。
 作った可愛さなんて目じゃない、自然とにじみ出る愛らしさが良いんだよな。
 こういう、ルナの打算なんて感じられない愛らしい姿に、胸をぎゅっと掴まれたような感覚になるのだ。
 やべぇ……折角治まってきたのに、また赤くなりそう……

「だいたい、そういう目的でキャラメイクしたのではないの?」
「言っとくけど、ルナの胸のサイズは、それでもリアルより一回り小さいからね」

 アーヤの言葉にハルくんが頷く中、「え……」と他の者たちが動きを止め、思わず彼女の胸に視線を向けてしまう。
 ま……マジ……か……
 い、いや、そうじゃない。
 何でお前はそんなことまで知っている……という思いをこめて半眼で妹を見つめる。
 そんな視線にも動じない妹は、ニヤニヤ笑い「すごかろう!」と親友自慢している様子だ。
 その笑顔が、妙にムカつく。
 まさか、そこらにいるエロオヤジみてーなセクハラなんてしてねーだろうな。
 やりかねないところがあるから怖い。
 いまだじっくり眺めている男どもの不躾過ぎる視線に苛立ち、これ以上と無いほどの殺気を込めて睨みつけると、全員が慌てて視線を反らした。
 両腕で胸を隠して視線から守っていた彼女は、ホッと安堵の息をついてから、頬を羞恥心のために赤く染め、アーヤに向かって叫んだ。

「あ、アーヤちゃん!なんで言っちゃうの!?お願いだから内緒にしておいてっ!」
「えー?だって、あの勘違い女に教えてあげないとねー」

 リアルがもっと凄いということにショックを受けていた様子であったミュリアは、アーヤの言葉に反応して忌々しげに睨みつけて呟くように言葉を紡ぐ。

「そういう女性もいるもの」
「なに?それって自分のこと?色仕掛けしてたのに、お兄ちゃんに全く通用してなかったもんね。マジウケるんですけどー」
「なっ……ひ、酷い……そんなつもりじゃないわ!」
「じゃあ、どういうつもりですり寄ってたんですかねー。その手法に弱い男引っ掛けて姫プしてるんでしょ?うちの兄が、中身も外見もイケメンだからって変なちょっかいかけないでくれるー?」

 うわぁ……女のバトルが始まったぞ。
 しかも、相手はアーヤだ。
 うちの妹は、こういう手合に容赦がない。
 ズタボロにされるのがオチである。
 まあ、助ける気なんてねーけど、オロオロしているルナが可哀想だ。
 気にしなくていいというように、俺は彼女の横に陣取って背中をポンッと軽く叩いた。
 すると、少しだけ驚いた様子で俺を見上げた後、柔らかな笑みを浮かべてくれる。
 アーヤが本当にまずかったら俺が出る……いや、ハルくんが出るか。
 その辺りも信頼して任せよう。
 俺は、ルナを守っていればいい。

「なんて酷いことをいうの……姫プとかしたこともないし、色仕掛けなんてはしたないことしてないわ」
「そう?お兄ちゃんの腕を胸に押し付けてたけど、全く無反応だったよね。胸だって認識もしてもらえなかったんじゃない?」
「あ、貴女こそ人のこと言えないでしょ!」
「私はいいの。私の彼氏であるハルくんは、それが好きだからー」

 さすがにアーヤとミュリアが女のバトルモードに入ったところで、俺たち男は全員傍観者だ。
 アーヤに煽られて、隠しきれない本性がチラチラ見え始めている。
 薄っぺらい仮面だな。
 お前らが可愛いよって言ってるヤツ、本性こんなんだけどいいのか?
 まあ……どうせ、こんなことがあっても、色仕掛けでころりと騙されるようなヤツしかいねーんだろうけど?
 そうじゃなかったら、あのギルドにいることはできないだろう。
 しかし、それだけでよく大手ギルドにまで成長したよな……
 ミュリアにそれだけの魅力があるようには思えない。

 もしかしたら、あの噂は事実なのかも?
 プレイヤー同士が戦うPVP大会を開いて課金アイテムをばらまいているとも聞くから、あの廃課金騎士が出資してメンバーを掌握しているのかもしれない。
 マスターが多少アレであっても、サブマスターの餌が美味しいというところか。
 どちらにしても……いろんな意味で殺伐としたギルドだ。

 そして、ハルくん……性癖が暴露されているが、いいのか?
 心配になって彼のほうをチラリと見れば、苦笑を浮かべているだけで否定はしない。
 寛大なことだ……俺だったら、間違いなくゲンコツだな。

「それに、そんな貧相なものでは全く反応しなくても仕方ないのよねー。だって、お兄ちゃんは巨にゅっ……痛あぁぁいぃぃっ!」
「このアホが!」

 念の為に注意していて良かった……全部言い切る前にゲンコツ食らわして黙らせたが、ルナにバレてはいないだろうか。
 恐る恐る彼女を見ると、どうやら本人はそれどころではなかったようで、先程秘密をバラされて赤くなってしまった頬を、何とか戻そうと両手でぺちぺち叩いていた。
 うん、それすら可愛い……俺の癒やしだわ。

「事実じゃん!」
「公衆の面前で、なにアホなこと抜かしてやがる!」
「アーヤちゃん。こういうところで言うのは良くないよ。それに、注目を集め始めているから移動しない?僕たちのマスターであるリュート様は他のギルドに入れないから、お話はこれにておしまいだしね」

 え、ハルくん?君までなんで「様」とかつけ始めたんだ?
 ていうか、どうして兄妹揃ってそんなことに……

「そうですね。これ以上お話することはないですから、参りましょうリュート様」
「さあ、先程の戦利品の確認もしないといけませんから、我がギルドのマスターであるリュート様はこちらへ」

 さあさあと、ハルくんが俺の右側に陣取り、左腕をルナが胸を押し付けないように注意しつつ引っ張り、移動を開始した。
 やたらと「リュート様」を強調しているのは何故だ?
 あ……もしかして、ギルドマスターだからか?
 ということは、これからずっとソレなのだろうか。
 な、慣れない……様づけとか本当に何様だよって感じなんだが?

「アーヤちゃん、行くよ」
「はーい!」

 アーヤに右手を出してエスコートするように歩き出すハルくんに上機嫌で飛びついたアーヤは、あっかんべーとミュリアにしてみせる。
 それは子供っぽいぞ、アーヤ。
 その後はすでに存在すら忘れたかのように、軽い足取りでハルくんに話しかけながら歩く。
 まあ、ハルくんにターゲットが向かなくてよかった。
 もしそんなことになっていたら、血の雨が降るぞ……

 全く……だから、絡みたくねーんだよ。
 すげー、疲れるわ。
 わざとらしい喋り方も笑顔にも気づかない男たちが幸せなのか、俺のように気づいて回避出来る方が幸せなのか……後者であると祈りたい。

 やっぱり、女の子は自然体が一番だよな。
 しかも、それがこんなに愛らしいなら言うことはない。
 俺の隣で嬉しそうに笑っているルナの笑顔を見ながら、俺は腕を引いて歩く彼女の手をやんわりほどいて、ハルくんとアーヤがしているように指を絡めて手を握る。

 驚き目を丸くしたあと、ほんのり頬を染めて嬉しそうに俺に笑いかける彼女の愛らしい笑顔が、あんな女のために曇ることがないよう、今後も気をつけようと心に誓った。


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