ロード・オブ・ファンタジア

月代 雪花菜

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守りたい人だけ守る

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「なんで……だ……」

 白騎士の男が俺の方を向いて何か話そうとしたそのとき、大地に寝そべっていたバーサーカーの男の声が聞こえたかと思うと、体をゆっくり起こして俺を睨みつける。

「なんで……お前はマジでやんねぇんだよ……俺は取るに足らないっていうのか!」

 その声は、とても悲痛なものに満ちていた。
 何がそうさせるのか知らないが、鬱積したものを内側に抱えている。
 そんな痛みを伴う声に、思わず眉をひそめた。

 バカだなお前……そんなに合わないギルドだったら抜けちまえばいいだろうが!
 そう言ってやりたくて奴に向き合った俺に、破れかぶれにも似た突進から掴みかかろうとしたアイツは、横から伸びた手により阻まれてしまった。

「勝負はもう着いたはずだ」

 ヌッと出てきた黒騎士の男は、やけに長身で体が大きく、一見すれば怒っているのかと思えるような強面ではあるが、その瞳は静かな湖面を思わせるほど澄んでいて穏やかで優しい。
 毅然とした態度といい役目があるからなのか纏っている雰囲気は言い知れない威圧感すらあるというのに、どこか深く染み渡るようなぬくもりを感じる黒騎士の二人の登場により、この騒動は終わったようである。

「暁と言ったか。お前には少々話を聞きたい。この騒動に関わったラビアンローズのメンバーは全員同行してもらおう。白騎士の団長から許可は得ているので、我々に着いてきてもらいたい。ロンは抵抗する者があれば拘束した後、周辺の聞き込みを頼む」
「兄さんは?」
「私は調書を取ることにしよう。そちらのギルド……彼らに因縁をつけられていた者たちは、ヴォルフに任せる」
「わかりました」

 どうやら、俺達は白騎士預かりになるようだ。
 黒騎士でなくて良かったと喜ぶべきか、それとも……

「なんで本気で戦わなかった!」

 未だ大きな体の黒騎士に拘束されているバーサーカーの男が、叫ぶように怒鳴る。
 いろいろ思うところがあって傷ついたような表情をしているヤツのためではないが、このままというのも後味が悪い。
 それに、誤解があるようだから言っておくべきだろう。

「誰が本気じゃねーって言った」

 俺が本気かどうかなんて、他の誰かに判断されることではない。
 むしろ、今の戦いで本気じゃなかったと思われるとは心外だ。
 攻撃スキルを使わない=本気じゃない。
 そんな考え方は、癪に障る。

「俺が全力で受け止めていなかったら、周囲の人たちはもっと傷ついていたはずだ。サシで本気の勝負がしたいなら、場所を選べよ。俺の攻撃スキルも意外と威力があるから、あぶねーんだよ」
「……じゃあ、本気だったのか?」
「だから、全力で受け止めたって言ってんだろ」
「そうか……なんだ、そうかよ」
「あのなぁ。攻撃スキルを使わないから本気じゃねーなんて思うな。俺は、誰を相手にするときだって本気だ。そーじゃねーと相手に失礼だろうが」

 まあ、ルナやアーヤが相手だったら手加減するかもしれないけれども、それは仕方ないと許して欲しい。
 大切な人や妹を相手に全力で戦えるほど、鬼畜ではないからな。
 あ……でも、親友の嫁であるチルルも手加減対象か。
 ハルくんは、手を抜いたらやられそうだから手加減していられる余裕はなくなるだろう。
 拳星は……まあ、本気を出したいけど出す前にやられてしまうから……いろいろと話が違ってくる気もする。

「お前さ、ダンジョン攻略メインにしたいなら、ちょっと考えたほうが良いぞ。力押しだと今後実装の高難易度ダンジョン攻略なんて無理だからな」
「考えるって……」
「今のお前、すげーつまらねーって顔してる」

 俺に指摘された奴はハッとした顔をしたあと顔を歪めて、見るからにおとなしくなってしまった。
 なんだか、いじめてしまった気分だ。

「まあ、一辺倒の攻撃をやめて、周囲を見れるようになれば、お前の破壊力は役に立つんじゃねーの?」
「……周囲を見る」
「お前、全然周り見てねーだろ。状況判断が甘すぎる。今みたいに素直にいろんなヤツの話を聞いて自分で考えろ」

 こちらの言葉に耳を傾けていたバーサーカー……暁って言ったか?
 ヤツは、数回まばたきを繰り返したあと、何かを掴んだかのようにニッと笑った。

「次は……次は負けねーからな!」

 負けたくせに嬉しそうに言い放った暁は、キャラクターよりも随分と若い印象だ。
 見た目が良いからラビアンローズのマスターに拾われたのだろうが、合ってないギルドに所属している理由はない。
 だいたい、ダンジョン攻略がしたいのにあのギルドというのは間違っている。
 本人もソレを薄々感じていたのか、ラビアンローズにいるせいで鬱積した感情のはけ口を探して暴れまわっているが、本来はこういうヤツなのかもしれない。
 獰猛でもあり、素直。
 単純そうで複雑なヤツだな。
 しかし、これだけは言い聞かせて置かなければならないだろう。
 ツカツカと距離をつめて暁の胸ぐらを掴むと、ニッコリ笑って一言一句聞き漏らすことがないように力強い言葉を放つ。
 コイツはこれくらいしないと、またやると感じたからだ。

「 場 所 を 考 え ろ 」
「お、おう……場所……な」

 引きつった様子でコクコクうなずくのを確認して、俺はため息をつく。
 これでラビアンローズの特攻隊長の暁が、所構わず突っかかってくることは……少なくなる……と、思いたい。

 抵抗しなくなった暁を連れて、大きな体つきをした黒騎士は、テキパキと見事な指示を飛ばして周囲を掌握し、そのフォローをするようにロンと呼ばれた黒騎士が動き回っている。
 いいコンビネーションだな。
 兄弟みたいだし、やっぱり気心知れているからやりやすいのだろう。
 
「では、我々も行こうか」

 黒騎士たちがラビアンローズのメンバーを連行する様子を眺めていたヴォルフと呼ばれた白騎士が、俺たちを見渡したあと意味深に目を細める。
 一難去ってまた一難……今日のうちにチュートリアルが終わるのだろうかと、溜め息をつきたくなってしまったのは言うまでもない。
 
 白騎士である彼に従い全員が歩いている中、ルナが俺の隣に来てジッと見上げてくる。

「先程の方、思いつめていたようでしたね」
「そうだな。ギルドが合わないんだろう。まあ、あんなヤツのギルドだから、仕方ねーけど」
「……リュート様は、あの方がお嫌いなんですか?」

 あの方と言われたのはラビアンローズのマスターであるミュリアのことだろうと察し、ふむ……と、改めて考える。
 好きか嫌いかと問われたら、嫌いだと言える部類の人だろう。
 しかし……正直に言うなら───

「興味がない」
「は……はい?」
「できれば関わり合いになりたくも無いし、遠くで勝手にやっててくれって感じだ。廃課金軍団に貢がれて、ちやほやされたいのなら、そうしたい奴らと一緒にいたらいいだろうに、こっちまで来んなって言いたい」
「お兄ちゃんにしては辛辣だねー」
「当たり前だろ?強くて顔が良くて金があると媚びを売ってくるような女は願い下げだ」
「まあ、ありゃないわなぁ」

 アーヤと拳星の言葉に皆がウンウンと同意しているなか、ルナだけは不思議そうに俺を見上げている。
 そんなに意外だっただろうか。

「なにか気にかかることがあった?」
「いえ……リュート様はみんなに優しいのではないかと思っていたのですが……」
「俺はそこまで善人じゃないからな。守りたい人だけ守る」
「守りたい人……ですか?」
「まあ、この世界でいうなら、ルナや妹のアーヤだろ?ギルドメンバーだって守りたい。それに、そうだな……さっき寛いでた店の連中もかな」

 キュステは気心が知れた相手だし、店のメンバーはとても気さくなヤツばかりだ。
 さっきは忙しい時間帯で顔を出さなかったが、料理担当のキャットシー族であるカフェとラテや、ホール担当のリルビット族のシロ、クロ、マロの三姉妹。
 全員がとても良いやつなのだとルナに説明していると、アーヤがニヤリと笑うのがわかった。
 何だよ……

「あれー?どこかの誰かさんを守るのは、この世界だけでいいのかなー?」
「まあ、できることならリアルでも守りたいけど……って、何言わせやがる」
「だってー!ルナ、良かったねー」
「えっ、あ、あの……そのっ……わ、私のことではないと……」
「おやぁ?お兄ちゃんはルナを守ってやらないの?」
「は?守るに決まってんだろ」

 そりゃ、困っていたら全力で守るに決まってるだろうが。
 その前に、困っていることを相談してもらえるようにならないとだよな……もっと信頼してもらえるようにならないとだ。
 チラリとルナを見れば、なぜだかアーヤの腕をポカポカ叩いている。
 ケタケタ笑いながらそれを受け止めているアーヤは、本当に幸せそうな顔をしていた。
 全く、親友同士仲のいいことだ。

 そんな俺たちのやり取りを聞いていたのだろうか、先頭を歩いていたヴォルフと呼ばれていた白騎士が振り返る。

「この世界に住まう者でも、守りたい……か」

 表情が全く動かない彼は何を考えているかわからないが、その言葉は何かを噛みしめるようであった。
 白騎士として日々冒険者を取り締まっている彼にとっては、意外だったのかもしれない。

「そりゃそうだろ?気心知れた……まあ、友達っていうかさ、親しい知り合いが困ってたら、助けたいって思うじゃねーかよ」
「……そうだな。そういうお前だからこそ、キュステも助けたかったのだろう」

 へ?
 キュステが助けるって……
 どういう意味だと相手を見つめていたら、扉が開く音がしたと同時に飛び出してくる者が居た。

「リュートさん!無事やね?怪我しとらへんね?やっぱり、ヴォルフさんに頼んどいて良かったっ!?」
「予感的中だ」
「ホンマにっ!良かったぁ……お嬢さん方も怪我あらへん?拳星さんもチルルさんも大丈夫やった?」

 いつの間にか、いつもの店の前に到着していた俺たちを出迎えたのは、キュステであった。
 怪我がないか確認をしてホッとしたのか、それでなくてもタレ目のくせに目尻を下げて泣きそうな顔をしている。
 バカだなぁ……俺たちが怪我なんかしても、すぐに回復するってのに……本当にコイツは……
 言葉にならない感情が浮かんでは消えていく。
 これを見てもNPCは、ゲームの中の単なるオブジェクトだなんていうバカがいるのだ。
 そいつらには心がないのか?
 俺は、キュステのおかげでこの世界に住まう人々に興味をいだき、リアルと同じような付き合いをしだしたのだと思い出す。
 肩をポンッと叩いて「大丈夫だ」と言って落ち着かせていると、新たにドタバタ音が聞こえ、キュステの後を追うように転がり出てきた5つの影に驚く。
 何時もなら夜の仕込みに没頭しているカフェとラテや、昼間はポーションの調合で忙しいはずのウサギの三姉妹が口々に大丈夫か怪我はないかと心配してくれているのを見て、やっぱりここはいい場所だよなと改めて感じたのだった。

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