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お前は察しが良くて助かる
しおりを挟むマップ上に記されたルナのマークに向かって、俺とヴォルフはひたすら走り移動する。
動いていないようだし、HPバーも未だ変化がない。
何か気になって降り立ったということなのだろうか。
現地に到着したら、なんだ……というようなことであってくれたらいい。
それだけを祈りつつ森を走り抜け、マーカーまであと少しというところで、数体のカウボアに遭遇した。
オイオイ!
何だコイツら……普通より大きくねーかっ!?
「報告されていたものより大きな個体だな」
「だろうな……俺もこんなデカイの初めて見た」
あちらはまだ俺たちに気づいていない。
ルナに合流するのを先にしたほうが良いか?と、視線でヴォルフに問いかける。
コクリと静かに一つ頷いたので、合流優先で動こう。
気取られないようにカウボアの索敵範囲の外に距離を保ち、ルナの居る方向へできるだけ物音を立てずに移動を開始した。
5……いや、6体か。
何かを探しているように、鼻をひくひく動かしては辺りを見回している。
体は黒く大きい。
更に、とんでもなく立派な角が頭から生えており、全体的なイメージとしては闘牛だ。
だが、俺たちの世界でいうところの闘牛とは少し異なり、カウボアはイノシシに似た顔をしていて、口には立派な牙が生えている。
あんな大きな牙のある口で噛まれたら、体に大きな穴が空きそうだ。
しかし、何を探しているというのだろうか。
終始鼻をひくひくさせていたから、俺達に気づいたのかと思ったのだが、こちらへ近づいてくる気配もないので違うようだ。
もしかして、ルナか?
いや……クリスタルホースに乗ったルナが、この魔物たちに突撃する理由がない。
アーヤみたいな破天荒な戦闘狂でもなければ、ありえない話だ。
俺たちは、その後も5体前後のカウボアが何かを探して徘徊している様子を目にすることになった。
だからこそ感じる違和感に眉をひそめる。
知能の低いはずのカウボアが、明らかに組織的な動きをしていたのだ。
それはヴォルフも感じたようで、次第に視線が鋭くなっていく。
何かある……そして、それにルナは巻き込まれている。
これは、ある種の確信だった。
ルナの位置を示すマークが、ようやく拡大マップではなくなった頃、清浄な何かを感じたような気がして、同時にヴォルフと顔を見合わせてしまう。
何だ?今のは……
湖やカウボアが徘徊していた場所からは死角になって見えづらい深い茂みの向こう側に、ルナとクリスタルホースが居た。
「ルナ、無事かっ!?」
なるべく声を潜めて問いかけると、背中を向けていた彼女はこちらを見て、安堵の表情を見せる。
緊迫した状態が続いていたのか、一瞬泣きそうな顔をしたのだが、ハッとした表情をしてから、再び背を向けてしまった。
「大丈夫です。私のギルドの方と白騎士様ですよ」
「白騎士……なの?」
聞こえてきたのは幼子の声……なんでこんな場所に小さな子どもが居るんだよ!
ルナの腕にしっかり抱きしめられていた、ストロベリーブロンドの幼い女の子は、俺とヴォルフを見て、まだ赤い目元を小さな手でこする。
「私よりずっと強い方々ですから、もう大丈夫です」
「ヴォルフ……なの」
「何故貴女がこのようなところにいらっしゃるのです」
呆れを含んだ言葉を投げかけるヴォルフから逃れるように、ルナの腕の中に顔を隠してしまったが……おい、さすがにその無表情は怖いんじゃねーか?
「とりあえず、その泥だらけの手で目元を拭うな。目に土が入っちまうだろ?」
ほら手を出せと言って、飲料用に持ってきた水で綺麗に洗ってから布で拭き取る。
ついでに、顔についていた泥も綺麗にしたのだが、ルナの顔にも同じように泥がついていた。
二人して何をやっていたのやら……
「ほら、ルナもこっち向いて」
「え、あの……」
「泥がついている」
「っ!」
恥ずかしくて硬直してしまったのだろうと理解したが、声をかけて正気に戻ったら拭う隙を与えてくれないだろうと察し、急ぎ頬の汚れを布で拭った。
やわらけー頬だな……手触り良すぎだろ。
ずっと撫でていたい気持ちになるが、今はそれどころではない。
「で?ヴォルフの知り合いか?」
「ああ……知り合いというか……なんというか……」
なんと言えばいいか……と、ヴォルフが俺たちに何と伝えたら良いか困っていると、小さな手が俺に触れる。
「あのね。ごめんなさい……なの」
「ん?」
「いっぱい、きちゃったの……」
いっぱい来た?
もしかして、カウボアのことか?
てことは、今回の騒動の原因はこの子ということになるが……
「何をしたのですか」
「ベリリを……落としちゃったの……パパとママに食べてもらおうって思ったの……なのに、落としちゃったの……ごめんなさいなの」
新緑色の大きな瞳に、みるみる涙が溜まっていく。
両親のために頑張ったのに落としてしまい、カウボアが集まっちまったってことか?
ベリリって、この世界のイチゴだよな。
カウボアの好物だったのか。
だから、鼻をひくひくさせて探し回っていたんだろうな。
「そうですか……春の庭で採れたベリリですね?」
「そうなの」
「わかりました。落とした分は全て食べられてしまったかもしれませんが……」
明らかにしょんぼりとしてしまった幼子の背中をよしよしと撫でるルナと、顔を寄せて大丈夫?と声をかけているように見えるクリスタルホースを眺める。
「つまり、貴女がカウボアに襲われていたのでクリスが急行した……ルナは巻き込まれたのか。すまない」
「いいえ、この子を褒めてあげてください。こんな小さな子が、あんな大きな魔物に襲われたらひとたまりもありませんでしたもの。この子を引き上げてここまで逃げるだけで精一杯で……ご心配をおかけして申し訳ございませんでした」
ペコリと頭を下げるルナに、俺は心底ホッとした。
どこからどう見ても、怪我はない。
危険な状況に陥ったようだが、この小さな幼子を見捨てず助けた勇気を褒めたくて、ルナの頭を優しく撫でた。
「よく頑張ったな。すぐに駆けつけることができなくてごめん」
「リュート様が謝らないでください。連絡も取れなかった私を探して、ここまで来てくださいましたもの。謝るのはこちらですし、来てくださったことが……何よりも嬉しいです」
滲むような喜びを含んだ笑みを浮かべるルナの頬はほんのりと色づき、その表情だけで心臓がドクドクと騒ぎ出す。
いやいや、俺……今はそれどころじゃねーからな?
ルナの腕の中にいる幼子が俺とルナを交互に見て、不思議そうに小首を傾げる。
「ベリリ色なの」
「な、なってませんよっ!?」
「ベリリなの?」
「違いますからね?」
なんだ、この愛らしいやり取りは……ヤバイ、この二人可愛すぎるだろ。
てか、随分と仲が良いな。
こうして見れば、年の離れた姉妹か若い母娘って感じだ。
すげー可愛い。
「カウボアがこの一帯に集まった理由が判明した」
「ん?ベリリが好物だってことだろ?」
「いや、違う。この世界の魔物は不浄を好むが、神力や高濃度のマナに惹かれる性質がある。時には取り込むことで凶暴化するのだ」
神力か高濃度のマナ?
確かダンジョンが生成される場所は、高濃度のマナが吹き出している場所という設定があったはずだ。
ヴォルフの言葉に、思わず言葉が出なくなってしまう。
ここにダンジョンが誕生するという話ではなく、ヴォルフの話で注目するべき点は、『神力』だろう。
そこに着眼点を置いて考えると、ルナの腕の中にいる幼い子供がなんであるか理解できた。
そうだよ……考えてみれば不自然なんだ。
湖が近いとは言え、魔物が徘徊する森の奥深くに幼い女の子が1人いて、この子を探す両親らしい人の気配すら近くに感じられない。
そんなことがあり得るのか?
答えは否だ。
どの世界においても、子供をこんな森に放置する親などいない。
居たとしたら、とっ捕まえて白騎士に引き渡す……いや、その前にぶん殴ってやろう。
だが、そういう子供は総じてやせ細り、身なりも薄汚れ粗末な物を着用している傾向にある。
ルナの腕に抱かれている子は、一見して上質だとわかる衣類に、幼子らしいふっくらとした頬をしていて、虐待されていた形跡もない。
誘拐という線も捨てられないが、それだったら、誘拐した連中が徘徊しているはずだ。
周囲に俺たち以外の、人の気配は感じられない。
「ヴォルフ……」
「お前は察しが良くて助かる」
その言葉が、俺の考えを肯定していた。
つまり、この幼子は人間ではなく───
「どうしたのですか?リュート様」
「固まっちゃったの」
「おかしなリュート様ですねぇ」
「チェリシュも固まってみるの」
「ふふっ、固まらなくて良いですよ。泣かなくなった良い子には、ぎゅーっのご褒美です。ぎゅーっ」
「きゃーっ」
目の前で繰り広げられている愛らしいやり取りを見て、思わず苦笑が漏れた。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
隣を見れば、ヴォルフも口元を少しだけ上げ、目を細めてルナを見ていた。
さて、この愛らしい二人を守りながら元の場所へ戻るか、アイツラをここへ呼ぶか……
考えたのは一瞬だった。
一旦戻ろう。
拳星やチルルはいいが、アーヤは間違いなく喧嘩を売りながらこちらへやってきそうだからな。
合流したのはいいが、大量の魔物も一緒でしたなんてことになったら、目も当てられない。
それがあり得る我が妹クオリティに、少しばかり頭痛を感じた。
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