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家族や友達との時間を犠牲にしてまで、やるべきことだったのか?
しおりを挟むゲーム内でも緊急な連絡が入ると困るので、誰からいつ頃連絡が入ったか通知させるゲーム内システムをONにしていたのだが、会社の後輩から連絡があったことがわかり、一旦ゲームを中断して戻ってきた。
俺に寄りかかっている結月ちゃんをソファーの背もたれに体を預けるように座らせて立ち上がる。
花のような良い香りが鼻孔をくすぐり、ちょっとドキドキしてしまったが、ぐっと奥歯を噛みしめて意識を切り替え、テーブルの上に置いてあったスマホを手にリビングを出る。
しかし、折り返し電話をして後悔することになるとは思わなかった。
システムのトラブルかと思い内容を聞いていたのだが、俺がいなくても解決できるような問題なのに頼ってきていると知って、何とも言えない虚無感に襲われたのだ。
『――というワケなんですよ、先輩! お願いですから明日出社して対応してくださいよー!』
俺は確かにお前の先輩だ……しかし、今現在は主任でお前の上司なんだが?
しかも、上司が出るような問題じゃ無いし、お前らで十分対応出来る案件だよなっ!?
俺……ヴォルフの白の騎士団やテオドールの黒の騎士団みたいな後輩育成が、ちゃんと出来ていないかもしれない。
何でもかんでも俺が手伝って問題を解決してきたツケかと、頭痛を覚えながらも何とか言葉を絞り出す。
「あのな……それくらい、お前らでもできるだろ?」
『そんなこと言わないでくださいよぉ……先輩がいないと不安なんですよぉ』
「だいたい、それくらいの問題を解決できないような教え方はしていないはずだが? お前はもう何年目なんだよ。初歩的なシステムエラーだろうが」
『そ、それは……そうなんですけど……』
「俺がいなくてもできるよな?」
『で、できますけど……』
「出来るなら何ら問題は無いだろ。切るぞ」
『そんな、先輩いぃぃぃっ』
問答無用で通話を切った俺は、肺の中の息を全て吐き出す勢いで溜め息をつき、リビングの柱へ頭を打ち付けた。
「あーもー……こうなってやっと気づくとか、本当に俺の馬鹿。後輩を甘やかしすぎたな……」
ゲーム内だとは言え、その点はヴォルフの方が上だ。
俺たちに訓練をつけながらも、頼ってくる者たちと適度な距離感を保ち、仕事を割り振っていたり助言をしたりしている姿は、まさしく理想の上司である。
本人は自分が新人だというが、実力が伴う彼からにじみ出る貫禄がそうさせるのだろう。
ベテランだと思われる騎士達も彼に頼り、彼の判断力に感服している様子すら見せた。
この歳になっても自分が動いた方が早いと仕事を片付けていた俺は、仕事の忙しさにかまけて面倒なことを先送りしていた駄目上司だ。
甘やかすのは簡単だが、教育し導いていくのは難しい。
今までは仕事が全てだと考え、円滑に現場を回すために自分が率先してカバーしてきたが、本当にそれでいいのだろうか――と、ここにきて初めて疑問を抱いたのだ。
リビングに戻り、全員を順々に見つめる。
いつもと変わらない日常だったはずだ。
休日は、疲れを癒やすために家に居ることが多いが、急な呼び出しにも対応出来るように、自宅待機をしている感覚であった。
こうやって、家族と一緒に夢中になって遊ぶなんて何時以来だろう……という考えから心に浮かんだ疑問が言葉となって零れ落ちる。
「家族や友達との時間を犠牲にしてまで、やるべきことだったのか?」
答えが返ってこない呟きは、静けさの中に溶けていく。
妹を大学に通わせて無事に卒業させなければとがむしゃらになって働いてきた俺の中に、初めて生まれた迷いと疑問であった。
「うん。その疑問を持てたことが嬉しいと思う」
まさか返答があるとは思わずに体を強ばらせた俺の目の前で、母がデバイスを外す。
「お母さんはお風呂に入ってくる。みんなにもタイミングを見て声をかけていく」
「あ……ああ……母さん、あのさ……」
「お母さんも綾音も働いている。全部を隆人が背負う必要は無くなった。今まで……ありがとう。素晴らしい息子を持ったと自慢できる。だけど、そろそろ自分の幸せも考えて欲しい」
ぽんっとすれ違いざまに肩を叩かれる。
幸せになれという。
今までありがとうと――そっか……俺は、俺の幸せを考える時期なんだな。
母さんも綾音も、それを願っている。
俺は爺さん達の代わりに二人を守れたんだと、心に熱いものがこみ上げた。
「母さん、俺が先に風呂へ入るから、もう少し遊んでなよ」
「いい。醸造に時間がかかるのと、卵も孵化中。どっちも時間がかかるし……リュートはルナちゃんを追いかけた方が良い」
「え?」
「ルナちゃん、一人でクエストに出かけた」
そこから俺の行動は速かったのだろう。
母の笑い声を聞きながらデバイスを装着してソファーに座ると、それを待っていたかのように結月ちゃんが肩へコテンと頭を預けてくる。
え? 本人……は、いないよな。
ゲームの中だよな?
少しドギマギしながら、とりあえずデバイスの電源をONにする。
念のためにスマホはテーブルの上に置き、手をひらひら振っている母に手を振り替えしてゲームの中へログインした。
一つ一つの感覚が繋がったのをシステムアナウンスと自らの感覚で確認してベッドから上半身を起こすと、俺の上から小さな物体が転がり落ちる。
反射的に受けとめたソレは、幼子の体であった。
どうやらチェリシュが一緒に眠っていたようだ。
気づかなかった……怪我は無いかと確認すると、ふかふかの布団の上で口元をふにふにさせてから瞼を開き、小さな手で眠そうに目を擦っている。
「あー、目をこすったら傷が付いちまうからダメだぞ」
「うにゅぅ……あぃ……なの」
小さな体がベッドから落ちないように支えながら、「チェリシュ?」と声をかけた。
まだ眠いのならここで寝かせておいても良いが――と考えた俺の脳裏を過る幼い頃の記憶が、この場を離れるという選択をすぐさま排除する。
小さい頃の話だが、自分にくっついて眠る綾音を起こさないように抜け出して遊びに行き、あとで大泣きされて困ったのだ。
何を言っても「おいてったー!」と責められ、ギャン泣きされて途方に暮れたものである。
宥めて機嫌を取るのに数日かかったし、腰にしがみついて離れない妹をどうしたものかと頭を悩ませる日々であった。
齢5歳の妹が最強だと知った日であったと記憶している。
「うぅー……リュー……起きた……なのぉ」
「おう、おはよう? チェリシュ、ルナが外へクエストに行っちまったらしいから、一緒に探しに行くか?」
「あいっ!」
ぱっと目を覚ましたチェリシュを抱え上げてベッドから降りると部屋の扉を開く。
ギルドハウスから店の方へ出て周囲を見ると、キュステが俺が質問する前に「ちょっと前に届け物をしに行かはったよ」と教えてくれた。
目的地はどこかと問えば、学園長のところだという。
ちゃんと行き先を把握しているところがキュステらしい。
「お袋とキュステから得た情報で行き先はわかっているが、何かトラブルに巻き込まれないとも限らないから、急ごう!」
チェリシュを背中に背負い、俺は一気に広場を駆け抜けて聖都レイヴァリス学園がある方角へ向かう。
その間に聞きたくも無い声がかすかに聞こえた気もしたが、全力でスルーだ。
行き先が知られたらマズイので、迂回しつつ学園に辿り着く。
――ったく、急いでるんだからいらねーことさせんじゃねーよ!
心の中で悪態をつきながら学園内に入ろうとしたのだが、今度は門番に止められる。
「冒険者の方が、学園に何用でしょうか」
「俺のギルドメンバーが中に入っていて、合流しに来たんだが……」
「その方のお名前は?」
「アルベニーリ騎士団のルナティエラだ」
「ルーなの!」
「えーと、ルナティエ……は、春の女神様っ!?」
「リューとチェリシュはルーに用事があるの。中に入れて欲しいの」
「え、あ、は、はい! どうぞ、お通りください!」
俺の時とは偉い態度が違うんだな……と思わなくも無いが、小さくても女神だということだろう。
女神……ねぇ――脳裏に浮かぶ、口元をべったりと汚した姿を苦笑とともに払い、門を潜って学園の中へと入っていく。
正門の正面には、神殿かというような厳かで迫力のある白い建造物があり、思わず息を呑む。
とても言葉では言い表せないほど荘厳な造りの学園は、スクリーンショットを撮って、パソコン画面の背景にしたいほど美しい。
遠くから見ていて気づかなかったが、装飾から建材まで一級品だ。
城も神殿も息が詰まるほどの美しさがあるが、ここもまた凄い。
俺の言葉では語り尽くせない迫力と美しさがあった。
さて……どこから探したものか……と考えていた俺の耳に、どこかで聞いた声が聞こえた。
確か、この声はマリアベルか?
声がした方へ導かれるように歩を進めると、相手も気づいたようで此方を見て目を丸くしている。
きっと、彼女ならこの学園も詳しいだろうし、何か知っているだろう。
早くルナに会いたいな……
現実世界でもそれほど時間が経っていないというのに、そんなことを考えてしまう自分に呆れかえりながら、顔見知りの聖女へ気さくに手をあげて挨拶を交わすのだった。
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