黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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狭間の村と風の渓谷へ

52.ヤツの名前も広めてやる

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「しかし、政に疎いのはアルベニーリ家の特徴なのか? いや、確かに騎士系の家の者は、立場上政治に口を出せないのは知っているが、騎士団長の息子たちがそれでは困る。唯一政に口を挟めるのだから……」

 我が国の騎士家系は、政に口を出さないのが鉄則だ。
 その代わり、宰相など政の中心になっている者たちが騎士団に干渉することが出来ない。
 丁度良い距離感で互いの事を監視しているような状態である。
 その二つを王族が取りまとめ、国を治めているのだ。
 しかし、どちらにも例外があり、騎士団長と副騎士団長は政に、北と南の辺境伯は軍事面に、意見を述べる権限を持つ。
 騎士団長を父に持つ私が政に疎いと問題だと指摘され、確かにそうかもしれないと考え込んでしまった。
 今まではルナティエラ嬢が、それとなく教えてくれていたので頼り切っていた部分も大きい。
 彼女は常に公平であり、第三者目線で語ってくれるから信頼していたのだ。
 ある意味、第二王子の婚約者という立場であったが、俗世に縛られない視点を持つ貴重な人物である。
 私が北の辺境へ赴くようになってから、それが顕著だと感じたのは前世の記憶がそうさせたのだろう。

「今までルナティエラ嬢に頼り切っていたので……少し改善していこうと思います」
「ああ……そういうことか。それなら、政治的なことはナルジェスから学ぶと良い。ヤツは、裏の黒い噂まで知っている情報通だ。あとは、北の辺境伯とも面識があるか?」
「はい。個人的な付き合いがある御仁です」
「そうか……本当に不幸な事故であったな」
「はい」

 北の辺境伯、タルジュ・ヒエムス卿は二年前に妻子を亡くしていた。
 馬車で移動している時に車輪に不具合が見つかり、休憩していたところを飢えた獣に襲われたのだ。
 隣の領地にいる友人に会いに行き、冬の厳しい期間に足りない物資を融通して貰う約束をした帰りのことであったという。
 護衛もかねて同行した息子は腕の立つ御仁だったと聞いたが、野生の獣には為す術も無かったようだ。

「普通は野生の獣と戦ったら無事では済まんが……アルベニーリ家を見ていると、基準が狂いそうだ……」
「我々は日々鍛えておりますし、それが出来なければ騎士団長など名乗れません」
「いや、すでにソレがおかしいのだと気づいてくれ! 人間の領域を超えていると言っているのだ!」
「ベオだもんねー」
「うむ。ベオルフを普通の人間の感覚で語ると精神が持たなくなるぞ」

 紫黒の冷静な言葉を聞いた王太子殿下は、片手で額を押さえて低く呻いた。
 何がおかしいのかわからないが、騎士団長という立場はそれほど軽い物では無い。
 父は常日頃から鍛錬を行い、人々を守ることを心がけている。
 そんな父の背を見て育った我々も、鍛錬を欠かしたことは無かった。
 母もそれなりに戦える方なので、武闘派一門であることは間違い無いだろう。

「ベオルフも規格外だが、ガイセルクも大概規格外だ。何なのだ……何でも無いようにナイフを投げたかと思ったら人が落ちてきて『暗殺者がいるような気がしたんですよね』と満面の笑顔で言うのだ……恐ろしすぎるわ!」

 他にも侍女を一目見て「あの侍女はマズイ感じがするので調べた方が良いのでは?」と言いだし、念のために調べさせたら毒薬を所持していた……など、ここ数日で、とんでもない働きを見せているらしい。
 さすが、野生児。
 嗅覚のみでマズイものを嗅ぎ分けているようだ。

「アレは本能で動くタイプなので、弟が『マズイ』や『イヤだ』というものには注意してください」
「お前の父にも同じ事を言われたばかりだ」

 はぁ……と、盛大な溜め息をつく王太子殿下は、やはり顔色が優れない。

「食事と睡眠……どちらも、足りていないようですね」
「睡眠は現在進行形で邪魔されているがな……」
「ん? いや、この時間は殆ど止まっているのと同じだ。さして問題は無い」

 紫黒が大丈夫だと小さくコクコク頷いている。
 その姿が可愛らしくて、王太子殿下は少しだけほっこりしたようであった。

「それなら安心です」
「食事は食べた方が良い。ルナが言っていた、食事は体を作る基本だと……」
「自分は食べないのにな……」
「ベオルフが補給していた間は良かったが、今はその加護も消えているから、食べる努力はしているようだ」

 それは何よりだと安堵するが、彼女のことだから、すぐにおろそかにしてしまうだろう。
 自分のことより周囲のことばかり気にする彼女の隣にいて、口元へ食べ物を運んで食べさせてやりたいくらいだが……
 リュートが目の前で旨そうに食べていたら、そのうち自然と食べられるようになると信じたい。

「ねーねー、ベオ。オーディナル様のパンと、ルナのハーブソルトを教えてあげたらー?」
「それはいいな」
「主神オーディナルのパン?」

 さすがにその情報は回ってきていないのだろう。
 ロナ・ポウンの事や、オーディナル様がその名を気にしているので『パンの実』と呼ぶように気をつけること、パンの作り方やハーブソルトの説明まで及ぶと、王太子殿下は冷や汗をかき始めてしまった。
 何か問題があったのだろうか。

「ベオルフ……主神オーディナルのパンの件は……色々とマズイだろう! 我々は長きに渡り、主神オーディナルの機嫌を損ねているということに……」
「その件でしたら問題ありません」
「オーディナル様は、ベオがパンを作ってくれるから上機嫌だよー? なんなら、作って欲しいからって泊まっている宿の近くにパンの実がなかったら、植え付けちゃうくらいだもんー」
「……それも問題です……御使い様」

 ヘタをすれば聖地が増える……と、頭を抱えた王太子殿下が呟く。
 確かにそういう問題もある。
 しかし、それよりも主神オーディナルの機嫌を損ねるのは問題なので、出来るだけ『パンの実』という名称を広めて欲しいとお願いした。

「それをどうやって告げろというのだ……」
「ルナが教えてくれたことにすれば良いんじゃないかなー」
「まあ、パンのレシピはルナティエラ嬢に教えて貰っているからな」
「よし、その線でいこう。しかも、ベオルフ経由ということにして、【黎明の守護騎士】がベオルフであるという事も大々的に広めよう。英雄の息子が【黎明の守護騎士】だという事実を、人々は簡単に受け入れるだろう」
「ほどほどにしておいてください……」
「いや、あの黒狼……ハティというのか? アイツは、【黎明の守護騎士】の噂が広がると動きづらくて面倒になるだろうし、敵対している勢力としてヤツの名前も広めてやる」

 クククッと黒い笑みを浮かべる王太子殿下を見ながら、最初に襲撃された時の事を根に持っているのだな……と、理解して好きにさせておこうと黙り込む。
 ヘタに刺激しない方が良い。
 それに、パンの実と共に警戒する相手である黒狼の主ハティの名が知れ渡れば、どこからともなく目撃情報も入ってくるだろう。

「どうしてアイツが動きづらくなるのー?」
「今まで【黎明の守護騎士】の噂は、そのままベオルフに直結しておりましたが、これからは人々の噂を精査する必要が出てくるのです。ガイセルクのおかげでずっと監視することは難しくなった分、人々の噂に頼っていたところが大きいかと……」
「そういうことか……【黎明の守護騎士】の噂があるところに、ベオルフがいるという判断が出来なくなる……相手に動きを悟らせづらくなるということだな」
「そうなれば、必ず監視役を置こうとするでしょう……先ほど聞いていた男……本当に大丈夫なのだろうな」
「ラルムは問題ないよー!」
「うむ、アイツは大丈夫だ」

 私が返答するまでもなく、ノエルと紫黒が口々にラルムを弁護する。
 妙になつかれているな……
 この神獣達に好かれる何かがあったのだろうか。

「ベオのこと、すごーく気にして心配してくれるんだー」
「わかりづらいが心配しているし、何なら自分が盾になるつもりでいる。なかなか根性のあるヤツだ」
「そ、そうなのですか……御使い様と神獣様がそうおっしゃるのであれば、私も安心です。ベオルフに何かあれば困りますので……」
「ベオルフは優秀だからな」

 納得だというように紫黒が頷き、ノエルの尻尾がぶんぶん揺れる。
 風圧がすごいので、間違い無く髪が乱れているだろう。
 ルナティエラ嬢がいたら笑いながら直してくれるかもしれないが……

「もう、ノエルったら……ベオルフ様の髪が乱れているではありませんか」

 そうだな。
 そう言いながら直してくれるのだろうと考えていたら、後頭部に触れる指の感触――
 驚いて体ごと振り返ると、「ひゃっ」という小さな悲鳴が聞こえた。

「も、もう! ベオルフ様ったら、急に振り向かないでください。驚きますから」

 唇を尖らせて文句を言う彼女は、間違い無くルナティエラ嬢で……彼女の頭の上には、うとうと眠っているらしい真白もいる。
 いや……待て……どういう状況だっ!?

「ふむ……私と真白の共鳴に引っ張られて、此方へやってきてしまったようだな」

 紫黒だけが冷静に状況を判断したのだが、私に小首を傾げて「どうかしましたか?」と問いかけていた彼女は、私の向こうに誰かがいると知り、主神オーディナルだろうと判断して気軽にヒョッコリと顔を覗かせてから固まった。
 彼女の視線の先にいる王太子殿下も固まっている。
 どうするのだ……この状況を――
 バランスを取るために何気なく体に回されていた腕にこもる力で、どれだけ彼女が動揺しているか伝わってくるが、どうすることもできない。
 予期せぬルナティエラ嬢と王太子殿下の邂逅。
 この事実を覆すことが出来ない私は、ガッシリとしがみ付く彼女の腕を慰めるように撫でながら、言葉も無く途方に暮れるのであった。

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