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悪夢の始まり
5.全力で、ぶん殴る
しおりを挟む紫黒とノエルが光源となっている薄暗く逃げ場の無い通路。
追い詰められているのは此方の方だと思うのだが、私たちの思わぬ反撃に大蜘蛛が怯む。
その一瞬を見逃さなかった私とラルムは、一歩前へ出て前列に居た三匹を瞬く間に倒してしまう。
どうやら、残された核を集めているらしいアーヤリシュカ第一王女殿下とマテオさんに回収を任せて、更に距離を詰めていく。
後方はナルジェス卿とノエルがいるので安心しているし、核を集めているマテオさんたちには護衛の二人が付いているから問題無さそうだ。
「ラルム、数は確実に減ってきているが油断はするな」
「わかってる……アンタの圧が怖いって感じるんだな。蜘蛛のクセに生意気だろ」
「私は奴等が悲鳴をあげたときに、そう考えた」
「……初っぱなじゃねぇかよ」
軽口を叩きながらも油断なく構えている我々に気づいているのか、不用意に突っ込んでくることが無くなった。
もしや……学習しているのか?
そうだとしたら、厄介なことこの上ない。
早くケリを付ける方が良さそうだ。
「紫黒! みんなの武器に力を付与できるか!?」
私の問いかけを聞き、紫黒が即座に反応した。
「やってみよう。一時的な物で良いのだな?」
「そちらのほうが助かる!」
「浄化の炎を付与しよう」
アーヤリシュカ第一王女殿下の肩に避難していた紫黒は、目を閉じて小さな声で呟きはじめる。
聞いたことの無い言語――おそらく、ユグドラシルに関係する言葉なのだろう。
紫黒にしか判らない言葉が続くにつれて、私たちが手にしている武器が淡く輝く。
そして、見たことも無い青白い炎が揺らめきだした。
幻想的な炎は熱を感じない。
しかし、魔物たちは耳障りな悲鳴を上げて後退った。
どうやら、奴等の嫌いなモノらしい。
「聖炎ほど力は無いが、武器に付与するのなら丁度良い」
「火傷をしないで済むからな」
「付与する力が使い手を傷つけるようなことは無いから安心して欲しい」
普通は……そうだな。
チラリとノエルを見れば、耳がぺたりと伏せられ「聞こえていません」のポーズをとっている。
しかし、すぐに「あれ?」と声を上げて首を傾げた。
「……ベオ、思い出したのっ!?」
「ノエルの訓練に付き合って生傷が絶えなかった頃の話か?」
「あーあーあー、ボクは何も聞こえないー」
ぴょんぴょん跳ねて誤魔化すが、私の言葉が事実であると語っているようなものだ。
恥ずかしい過去を知られた腹いせとばかりに、目の前に居た大蜘蛛を尻尾でたたき伏せたノエルは、ナルジェス卿がトドメを刺したのを確認して「ナイスアシストー!」と笑っている。
「お前さ……戦闘中なのに、随分と余裕だな」
「そう見えるか?」
「あのさ……恐ろしい速度で成長していくの辞めてくんねぇ? 追いつけねーだろうが」
「食らいついてこい。私は、ルナティエラ嬢を守るためにも、足を止めていられないのだ!」
気合い一閃――
短槍の一突きで、まとめて二体仕留めた私を見て、ラルムが低く呻く。
かくいうラルムも、最初こそ気圧されていた部分はあったが、今は反対に圧を与えて牽制しているくらいである。
彼の力は命を対価に与えられた物かも知れないが、与えられた力に満足せず鍛錬された実力は本物だ。
迷うことなく的確に急所を突き、反撃されても華麗にかわす。
全ての攻撃を盾で受ける私とは正反対の戦い方だが、どちらもメリットとデメリットがある。
こういう狭い場所では私の盾が役に立ってくれるが、小回りはきかない。
その点をカバーするようにラルムが相手を翻弄してくれているから、とてもやりやすいのだ。
唯一の憂いとなりそうな後方は、ノエルとナルジェス卿がいるし、護衛二人も奮闘中なので問題ない。
守られる側の、アーヤリシュカ第一王女殿下とマテオさんはヘタなことをせずに、状況を冷静に見てくれているのが、何よりも有り難かった。
まあ……アーヤリシュカ第一王女殿下は参戦したかったのだろうが、この状況で戦うのは危険と判断して自重してくれている。
「ベオルフ、出口が見えてきたわよ!」
アーヤリシュカ第一王女殿下の声に、私とラルムは静かに頷く。
日の光が見えてきた。
出口はすぐそこだ。
おそらく、この蜘蛛が外にあふれかえっていると言うことは無い――と、願いたい。
延々と続く大蜘蛛退治に終わりが見えてきた。
しかし、このタイミングが一番危険だと気を引き締める。
ラルムも腰を低くして、更に警戒し始めた。
言葉にしなくても、こうして理解してくれるのが助かる。
他に罠があるとしたら、出入り口付近だろうと考えての行動であった。
「今のところ……奇妙な動きは無いわね」
「姫様、お下がりください」
私たちがより一層警戒を強めたことを感じ取ったのか、アーヤリシュカ第一王女殿下がマテオさんの前に出た気配を感じ取る。
護衛達は前後にわかれたようだ。
ノエルとナルジェス卿は後方の大蜘蛛を蹴散らしている。
耳に入ってくる音だけで、全体を把握できるほどに私の神経は研ぎ澄まされていた。
実際は様々な音が聞こえているはずなのに、妙に静かだと感じる。
まるで、時が止まっているかのようだ……
そう感じていた私の脳裏に浮かんだのは青い空。
揺れる天色の長い髪。
伸ばされた手は空を掻いて――
「っ!?」
「おい、どうしたんだよ!」
「ルナティエラ嬢……?」
今、頭に浮かんだモノは何だ?
とてつもない焦燥に駆られ、私は叫び出さないように歯を食いしばった。
私の様子が一転したことに気づいたラルムが必死に何かを言っているようだが、全く聞こえない。
心臓が早鐘を打ち、声にならない言葉が喉を焼く。
頭に浮かんだイメージは、彼女にとって良いものではないとすぐに判った。
だからこそ、無事なのか今すぐ確かめたいのに……何故、魔物ごときが私の邪魔をする!
「ちょ、べ、ベオ、落ち着いてー! 何があったのーっ!? その力は駄目だってー!」
「ベオルフ、ダメだ、体に負担がかかりすぎる!」
ノエルと紫黒が制止する声が聞こえたが、脳裏に鳴り響く警鐘が「早くしろ」と私を急かす。
また、失ってしまう――
「だあああぁぁぁっ! 落ち着けって言ってんだろうがあああぁぁぁっ!」
ガッと近い位置から頭に衝撃を感じた。
……ん?
殴られたのか?
誰に?
状況を把握出来ず、おそらく殴ったであろう相手を見つめる。
肩を怒らせ、此方を物騒な目をして睨み付けてくるラルムの顔が見えた。
「何いきなり熱くなってんだよ! 周囲の状況を見て力を使え! 化け物もろとも生き埋めになりてぇのか!」
「……ラルム?」
「なんだよ!」
「さすがに痛いぞ」
「当たり前だ! 全力で殴ったっつーの!」
いつの間にか、激しい焦燥は消え去っていた。
おそらく……ルナティエラ嬢が無事だからだろう。
危険であったことに変わりは無いので、今晩問いただそうと心に決めた。
とりあえず、勝手をしたことを詫びるために頭を下げてから口を開く。
「すまん……ルナティエラ嬢が少しピンチだったようだが……もう、問題ない」
「本当かよ……てか、それでいきなり全部吹き飛ばそうとするとか、お前……怖すぎだろ」
「いや、全部ではない。出入り口の扉もろとも、大蜘蛛を吹き飛ばすつもりだった」
「さっきの勢いだったら、扉だけじゃなくて、壁や天井の全てを吹き飛ばしてたっての!」
それほど力が入っていただろうか……
首を傾げて、いつの間にか私の肩にとまっている紫黒に視線で問いかけたが、無言のままに頷かれてしまった。
どうやら、ラルムの見解が正しいらしい。
「それは悪い事をした。申し訳無い」
「マジでやめろよなぁ……」
「ベオルフの暴走スイッチは、ルナであることに間違いは無いな。真白も何をやっているのやら……」
元に戻った私に、全員が安堵の吐息をつく。
大蜘蛛はいつの間にか殲滅できたようで、行く手を塞ぐ邪魔者はいない。
「なんだ……皆で大蜘蛛を倒してしまったのか」
「……お前、マジでソレ言ってる?」
驚愕の顔でラルムに言われたが、それ以外に何があるのかと眉をひそめてみせる。
「嘘だろ……」
「オーディナル様に、ルナの安全は絶対に確保してってお願いしないとー!」
「まあまあ、何はともあれ『魔物』と呼ばれるモノは一掃できたのですから」
あわあわと焦るノエルと、言葉も無く引いている一同を宥めるように、マテオさんが穏やかな口調で話しかけて微笑む。
それで和んでしまったのか、ナルジェス卿とアーヤリシュカ第一王女殿下は声を出して笑い出した。
「いやー、さすがにビックリしたけど良い物が見られたわ!」
「美しき愛情が成せる業ですね」
二人の言葉に、私は何をやらかしたのだろうと心配になってくる。
一応、確認のために隣にいたラルムへ質問してみた。
「……私が、やらかしたのか?」
「お前以外に誰がいる!」
「そうか。記憶には無いのだが……申し訳無い」
「記憶に無いのが怖ぇよ!」
「私は……何をしたのだ?」
更に質問をしてみたのだが、彼らは顔を見合わせて黙り込んでしまう。
いや……そこで黙り込まれては困るのだが?
再犯防止のために、出来るだけ情報が欲しいと訴えかけても、彼らは困り顔のままだ。
「おそらく……オーディナル様の加護をフル稼働させてしまったのだろう。髪と瞳が変色して、全身から放たれた黄金の炎に大蜘蛛が焼かれ、核も残すことなく消し炭になった」
「まるで、エスターテ王国の空に輝く太陽のような激しさだったわ。伊達に、太陽神の名をいただいていないのね」
ふふっとアーヤリシュカ第一王女殿下は笑ってくれたが……本当に、全員を巻き込まなくて良かった。
どうも、ルナティエラ嬢が絡むと冷静さに欠ける。
私の唯一の弱点だと判っているのだが……
「まあ、マテオさんの言う通り、化け物どもも一掃できたし、次は気をつけろよな」
「ああ……すまない」
「もういいって! それに、また暴走したら俺が止めてやるよ」
「それは助かる。努力はするが……万が一の場合もあるから、頼んだ」
「しょーがねぇから……全力で、ぶん殴る」
「一応手加減は……」
「してる暇なんかあるか! しかも、殴った俺の拳の方が痛ぇよ! この石頭!」
散々な言われようだが、みんなを危険にさらしてしまったのだ。
改めて全員に謝罪をしてから、出口を目指す。
おそらく……ルナティエラ嬢の命が危険にさらされた。
それが私に、これほどの衝撃を与えるとは予想外過ぎて驚いているくらいだ。
「無事だと良いのだが……」
知らず知らずに零れ落ちた言葉を聞いたラルムが、無言のまま私の背中を軽く叩く。
心配しなくても大丈夫だと言われた気がして、私も無言で頷いた。
あちらには、真白やリュートがいる。
大丈夫だと自分に言い聞かせて、出入り口の扉へ手をかけた。
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