茜蛍の約束

松乃木ふくろう

文字の大きさ
7 / 26

第7話 夏は嫌い

しおりを挟む
 午後になると日差しが更に強くなった。
 そんな中、オレは午後の配送のため、ライトエースを温泉街西側へと走らせていた。

 暑さのせいか、ハンドルを握る手には汗が滲んでいる。

 道の駅を越え、トンネルを抜けると、この辺りでもひときわ大きな建物が見えてくる。アジアンチックともヨーロッパテイストとも取れるその建物は、今日最後の配達先である『スパリゾート光木』だ。
 山の中腹に造られたその建物のさらに奥には、この施設の社長である光木邸、つまりは光木茜音の自宅がある。緩やかに孤を描く『スパリゾート光木』入口前の坂道。小中学校時代は自転車、高校時代はバイクで何度か登った坂道を今日は車で進んで行く。

 坂を上りきった先にある駐車場にはパラボラアンテナが付いたTV局の中継車や、デカデカと赤い字で社名が書かれたライトバンがたくさん停まっているのが目についた。おそらくは今回の件を面白おかしく取材に来たマスコミの車だろう。
 オレはそんな連中から出来るだけ離れたスペースにライトエースを停め、ビールケースをスパ内の食堂に納めていく。

 3往復し全商品の納品を終えると、夏のジリジリとした日差しの中、TV局の中継車から耳障りな電子音が聞えて来た。

 あの日と同じ音だ。光木が左の目尻に傷を負い、オレの右手が千切れかけた事故が起きた日の音―――

「大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ? 」
 不意にオレを呼ぶ声。
 女性としては少し低めだが、ハスキーで艶を感じる声だ。

「平気です。問題ありません」
 ふり向いた先にはひとりの女性が立っていた。
 年齢的にはオレより少し上だろう。前上がりのボブカットからは素直な形の眉と小さな鼻が覗いて見える。少し厚めの唇と涙に濡れる瞳が妙に生めかしく感じるのは、服装が喪服のせいだろう。

「水分を摂って休んだ方がいいですよ」
 そう顔を覗きこむ女性の距離が妙に近い事と、ココに喪服で来ている事が不快であった為、オレは思わず顔を背け、後ずさりをした。その行動がカンにでも触ったのか、女性の視線が動くのが見て取れた。

「あなた、まさか『九角壮平つづのそうへい』?」
 見ず知らずの女性にフルネームで呼び捨て。
「そうですが・・・・・・ なぜ、オレの名前を知っているんですか?」
 かろうじて敬語で応じる事が出来たのは、仕事中という意識があったせいだろう。

「後ろの車に描いてあるじゃない『九十九堂』って」
「書いてあるのは屋号で名前ではありません。そして、ボクは政治家じゃないんで、苗字や名前を告知して回る趣味もありません」
 幾ら記憶を探っても、この街で思い浮かぶ人物はいない。

「聞いていたより子供っぽいわね。ムキになって女性にやり返すなんて。あたしは……円詩子《まるうたこ》。円相場の円に詩吟の詩に子供の子で円詩子と読むの。あなたと同じ年よ。」
 嫌味交じりで自己紹介を受けたものの、やはりそんな名前は記憶にない。この手人物には関わらない方が得策だろう。

「円さんですか。ココはそれなりに良い観光地です。名所は検索すればわかります。では、良い旅を!」
「なにそれ・・・・・・ちょっと、待ちなさい! まだ、話は終わっていないわ。アナタがなんでココにいるのよ!」
 その場を去ろうとするオレを呼び止める声。コッチの返答にも問題はあると思うが、初対面でケンカ腰のこの女も大概だ。

家業かぎょうだよ。酒の配送」
 同じ年齢で、関わりのない人物であるなら敬語を使う必要もない。
「そういう意味じゃなくて・・・・・・ 確か、あなたは東京にいるはずでしょ? 一浪してオマケに就職にまで失敗していて。それで、今は病院のバイトで生活しているんじゃなかったの!?」

「リサーチ不足だな。バイトはもうひとつ掛け持ちしている。何をしているかは企業秘密だ」
 やたら詳しい。だが、噂を拾えばわかる程度の内容でもある。さらに言えば、お袋には、メールで近況を何度か報告した事もあるから、きっとソースは身近な所なのだろう。

「あたしはマジメに聞いているの!」
「こっちはマジメに答える義理は無い!」
 暑さのせいなのだろう。円詩子もオレも少しイラつき気味だ。

「これだから日本の男は・・・・・・ 茜音はあたしがイギリスに留学していた時のルームメイトで一番の親友だったの! これを聞いても話す義理が無いって言うんなら、アナタをマージー河の底に沈めてやるから!」
 マージ―河がどこにあるかは分からないが、きっと、それはイギリスのどこかで、光木茜音にとっても縁のある場所なのは察しがついた。
 そして、この円詩子なる女の子が今日ココに来たのは、光木が亡くなったのを知り、その死を悼む為だと言う事も。

「親友だから焼香のひとつでもしに来たって訳か・・・・・・」
 警察から遺体が戻って来ているのと考え、オレなりに感情を抑え、言葉を選び話したつもりだった。

「そうよ! せめて手を合わして、一言話しかけたかったわ…… でも、させて貰えなかった。なんなの・・・・・・街の決まりとか・・・・・・バカじゃないの!」
 あまりにも大きなその声は、途中から嗚咽交じりとなっていた。これまでのやり取りでヒステリーな所があるのは分かってはいた。だが、この場所で、尚且つ喪服姿で泣かれるのは、あまりにも目立ち過ぎる。

 オレの頬を汗が一筋流れた。

「・・・・・・自分の車で来たのか?」
 俯いたままイヤイヤをする様に首を横にふる円詩子。
 駅から距離がある『スパリゾート光木』への交通手段は、送迎バスかタクシー。もしくは自家用車の筈。

「乗れ。こんな所で泣いていたら、あそこにいるマスコミのいいネタだ・・・・・・ それと、オレは家の都合で一時帰郷していただけだ」
 断られるかとも思ったが、円詩子はオレが助手席のドアを開けると、意外なほど素直にライトエースに乗り込んでいく。

 面倒な女の子。それは直感で理解した。

「・・・・・・だから夏は嫌いなんだ」
 陰鬱な気分と真反対の青い空を見上げ、オレはそうひとり言を洩らす。運転席に回り、ドアを開け乗り込むとイラつくほどの熱気に包まれた車内。

「暑すぎだな。今年は」
「だから夏は嫌いなのよ」
 オレの問いかけに小さく答える円詩子。
 これ以上涙を流すまいと食いしばっている為か、その下唇は小さく赤く染まっていた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

処理中です...