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第9話 ―――7年前・ホーム、そして電車にて
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―――7年前、夏
どうすれば光木茜音と話す機会を得られるのか。
修学旅行中はそればかりを考えていた壮平にとって、今の状況はある意味アクシデントだ。
なぜならば、その光木茜音が駅のホームで隣に座り自分に話しかけてくれているのだ。話題は地元名物である『茜蛍』について。
「じゃあ、晴天勁風なら見る事が出来るんだよね『茜蛍』!」
「ああ」
「穴場スポットみたいな場所、知ってる?」
「ああ」
「わたし自分の名前も『茜音』でしょ。だから何か縁を感じるんだよね。わかる?」
「ああ」
『あ』を6つしか言えない自分に壮平は腹を立てていた。
話は少しだけさかのぼる。
修学旅行最終日。小田原駅で全生徒が解散し、大半の生徒がマクドやドトールに寄り、修学旅行の余韻を楽しむ中、イマイチ気乗りがしなかった壮平は、自宅に帰るべく駅のホームで文庫本を開きながら電車の到着を待っていた。
そんな中、ふと隣に気配を感じて、何気なく見つめた先にいたのが彼女、光木茜音だった。
帰る方面が同じなのは当然知っていたが、人付き合いの良い彼女がまっすぐに帰るとは思ってもみなかった為、驚きロクな会話も出来ずに今に至っている。
駅のホームを快速が通過し、風が流れていく。それに伴い隣から僅かな汗とシトラスらしき化粧水の匂いが漂ってきた。
「話は違うけど修学旅行中に倒れたんだって? 」
鼻を鳴らしてしまった事をごまかす為、懸命に話題を探し、何とか出た言葉が噂で聞いたコレ。明らかにミスチョイス。光木本人にとっては思い出したくもない事のはずだ。
「うん。お陰で丸2日、ホテルで寝ていて、どこにも行けなかった。」
少し口を尖らせて拗ねた素振りを見せる光木の姿にドキリとし、壮平の鼓動はさらに早くなった。
「すまん。余計な事と聞いちまった」
スマートに謝ったつもりだが、咬まずに言うのがやっと。
「いいよ、別に。わたしって結構、運が悪いって言うか、巡り合せが歪というか、こういう事よくあるんだ。中学の修学旅行もインフルエンザで行けなかったし、友達が遊びに誘ってくれた日に限って、習い事が入っていたりするし……」
その言葉に僻みのニュアンスは無く、寧ろ自虐的な冗談のようにさえ聞こえた。
彼女の言葉は続く。
「仮に出かけられたとしても大雨だったり、大雪だったり、酷い時には雹《ひょう》だよ、雹! 信じられる? だから、今回の修学旅行は『無事に行けた-!』って喜んでいたんだけどね…… 現地で体調不良だもん。酷いと思わない? 」
こう言う質問を受けた時の返し方が分からない壮平はただ黙って頷いていた。
「でしょ! それにさっきまで話していた『茜蛍』もそう! コッチに越してきてからの8年間、毎年、何回も何回も見に行ってるのに、私が行く日に限って発生しないのよ。弟の巧《たくみ》なんて、『地元の人間なら、お月様みたいな感覚で自然と何回も見ちゃうのに、見る事が出来ない姉ちゃんは普通じゃない。“ノーマル・ブレイカ―”だ』なんて言うのよ」
茜蛍は晴天勁風である事が前提条件。それに加え薄暮《はくぼ》間際の5分間にしか発生しない気象現象。一説にはプランクトンの産卵も影響しているとも言われているが、どちらにしても地元に8年住み続けているのに見た事がないのは確かに珍しい。
「オレはあの場所が好きでよく行くけど、晴天勁風の日は大概『茜蛍』を見ている気がするな。しかし“ノーマル・ブレイカ―”か…… うまい事言うな」
語感の良さが少し面白くなり、壮平はそっと笑みをこぼす。
「あーっ! 九角くん、今、笑ったでしょ! 」
白い肌を赤らめて抗議する姿がなんとも可愛らしく、壮平は肩の力が一気に抜けた。
「すまん。実はすげーウケた。この修学旅行の3日間で一番面白かったかも」
笑いをかみ殺す事が出来ず、肩を揺らして笑う壮平。
「ひどいなぁ、もう!」
そう抗議する光木も同じように笑っていた。
ホームに電車が到着するアナウンスが流れ、会話が途切れる。
それは沈黙というより、心地よい余韻。
「九角君は進路どうするの?」
唐突な質問。
「明城の理工学部か東京理工大に行ければいいと思ってる」
来年の春に結婚し、九十九堂で新しい生活を始める姉夫婦の邪魔をしたくない。それとサッカー部がそこそこ強い。志望理由はそれだけだった。
「東京かぁ…… しかも名門。受かるといいね」
「まぁ、浪人だけはしたくないかな」
光木茜音との自然な会話。それが壮平にとっては嬉しかった。
「ほかの豊代中のみんなはどうするのかな? 」
「みんなと言ってもなぁ、オレに分かるのは温泉街の連中だけだな。正樹は清蹊の推薦がほぼ決まっているって聞いたな。雄馬は高校を出たら家業である漁師になるんじゃないかな? アイツん家、網元だし。『隠れ処』の実山は家業を手伝うって言ってたな」
高校はバラバラだが全員の親が同じ商工会同士。自然とその手の話は耳に入ってくる。
「優梨子は栄養士の資格が欲しいから、相南大か浜岡女子だって」
「あいつも『てんぷら五十里』を手伝う気なんだな。光木は五十里と仲がいいんだな」
今時を体現したような五十里とお嬢様然としている光木。ある意味正反対の組み合わせだ。
「私、優梨子とは越してきてからずっと同じクラスだから、仲良いんだ。今回の修学旅行も同じ班だったし」
言われるまでも無く光木と五十里が小中高と同じクラスなのは知っていた。何せ自分もずっと一緒なのだ。
「まぁ、そこまで一緒だと縁があるヤツのハズだから、大切にしないとな」
「……うん」
光木の少し小さめな声での頷きと共に、ホームには黄色を基調とした3両編成の電車が到着した。壮平は自身が洩らした言葉に赤面しながら、鞄を肩に掛け、少し足早に中央の車輛へと向かった。
乗り込んだ電車は意外なほどに空いており、無理をすれば全員が座れる程度の混み具合。
視界の端で捉えている光木茜音の姿。予想以上に背が低く、身体の線ひとつひとつが非常に細やかだ。
ストレートだと思っていた髪も、よく見ると微妙に内側へと巻いておりクセがある。小さな鼻と口には独特の品があり、なめらかに孤を描く眉と静かな瞳がそれを嫌味のないモノにしていた。
「どうしたの?」
壮平の視線に気がついたのか光木茜音が首をかしげ、尋ねてきた。
「いや、光木は何処に行くのかなぁと思ってさ」
慌てて視線を反らし、見惚れていた事への言い訳をする。
タイミングよく、次の駅にあと2分ほどで着くとのアナウンスが流れた。
「あのね、実は…… あっ!! そうだ、イイ事思いついた。九角君、このまま茜岬へ行ってみない? 」
寂しげな表情を見せていた光木の瞳が急に大きくなる。
「へっ!?」
どう言う事か分からなかった壮平の返答はかなり間抜けなものとなっていた。となりの光木茜音は、スマホで何やら調べものをしているように見える。
「ホラっ見て! 今日、この辺りは勁風だよ。オマケに空は晴天! 時間的には少し早いけど、このまま終点まで行って、少し歩けば茜岬だし、2人で見ようよ『茜蛍』!!」
突き出されたスマホの画面は気象庁のHP。そこには茜岬を含む相模湾一帯の風が強い事を示す気象情報。
あの光木茜音に一緒に『茜蛍』を見に行こうと誘われている。それが分かった壮平は全身が熱を持ち返す言葉が出てこなかった。
「九角君は高確率で見ているんでしょ? なら“ノーマル・ブレイカ―”の私が一緒でも『茜蛍』が見られるよね? 」
「ああ」
熱のある光木の言葉に対し、壮平から出た言葉は初めと同じ「あ」だけ。しかし、彼は心の中でひそかな決意を固めていた。そして、それは修学旅行中に伝えようと考えていた思いでもあった。
どうすれば光木茜音と話す機会を得られるのか。
修学旅行中はそればかりを考えていた壮平にとって、今の状況はある意味アクシデントだ。
なぜならば、その光木茜音が駅のホームで隣に座り自分に話しかけてくれているのだ。話題は地元名物である『茜蛍』について。
「じゃあ、晴天勁風なら見る事が出来るんだよね『茜蛍』!」
「ああ」
「穴場スポットみたいな場所、知ってる?」
「ああ」
「わたし自分の名前も『茜音』でしょ。だから何か縁を感じるんだよね。わかる?」
「ああ」
『あ』を6つしか言えない自分に壮平は腹を立てていた。
話は少しだけさかのぼる。
修学旅行最終日。小田原駅で全生徒が解散し、大半の生徒がマクドやドトールに寄り、修学旅行の余韻を楽しむ中、イマイチ気乗りがしなかった壮平は、自宅に帰るべく駅のホームで文庫本を開きながら電車の到着を待っていた。
そんな中、ふと隣に気配を感じて、何気なく見つめた先にいたのが彼女、光木茜音だった。
帰る方面が同じなのは当然知っていたが、人付き合いの良い彼女がまっすぐに帰るとは思ってもみなかった為、驚きロクな会話も出来ずに今に至っている。
駅のホームを快速が通過し、風が流れていく。それに伴い隣から僅かな汗とシトラスらしき化粧水の匂いが漂ってきた。
「話は違うけど修学旅行中に倒れたんだって? 」
鼻を鳴らしてしまった事をごまかす為、懸命に話題を探し、何とか出た言葉が噂で聞いたコレ。明らかにミスチョイス。光木本人にとっては思い出したくもない事のはずだ。
「うん。お陰で丸2日、ホテルで寝ていて、どこにも行けなかった。」
少し口を尖らせて拗ねた素振りを見せる光木の姿にドキリとし、壮平の鼓動はさらに早くなった。
「すまん。余計な事と聞いちまった」
スマートに謝ったつもりだが、咬まずに言うのがやっと。
「いいよ、別に。わたしって結構、運が悪いって言うか、巡り合せが歪というか、こういう事よくあるんだ。中学の修学旅行もインフルエンザで行けなかったし、友達が遊びに誘ってくれた日に限って、習い事が入っていたりするし……」
その言葉に僻みのニュアンスは無く、寧ろ自虐的な冗談のようにさえ聞こえた。
彼女の言葉は続く。
「仮に出かけられたとしても大雨だったり、大雪だったり、酷い時には雹《ひょう》だよ、雹! 信じられる? だから、今回の修学旅行は『無事に行けた-!』って喜んでいたんだけどね…… 現地で体調不良だもん。酷いと思わない? 」
こう言う質問を受けた時の返し方が分からない壮平はただ黙って頷いていた。
「でしょ! それにさっきまで話していた『茜蛍』もそう! コッチに越してきてからの8年間、毎年、何回も何回も見に行ってるのに、私が行く日に限って発生しないのよ。弟の巧《たくみ》なんて、『地元の人間なら、お月様みたいな感覚で自然と何回も見ちゃうのに、見る事が出来ない姉ちゃんは普通じゃない。“ノーマル・ブレイカ―”だ』なんて言うのよ」
茜蛍は晴天勁風である事が前提条件。それに加え薄暮《はくぼ》間際の5分間にしか発生しない気象現象。一説にはプランクトンの産卵も影響しているとも言われているが、どちらにしても地元に8年住み続けているのに見た事がないのは確かに珍しい。
「オレはあの場所が好きでよく行くけど、晴天勁風の日は大概『茜蛍』を見ている気がするな。しかし“ノーマル・ブレイカ―”か…… うまい事言うな」
語感の良さが少し面白くなり、壮平はそっと笑みをこぼす。
「あーっ! 九角くん、今、笑ったでしょ! 」
白い肌を赤らめて抗議する姿がなんとも可愛らしく、壮平は肩の力が一気に抜けた。
「すまん。実はすげーウケた。この修学旅行の3日間で一番面白かったかも」
笑いをかみ殺す事が出来ず、肩を揺らして笑う壮平。
「ひどいなぁ、もう!」
そう抗議する光木も同じように笑っていた。
ホームに電車が到着するアナウンスが流れ、会話が途切れる。
それは沈黙というより、心地よい余韻。
「九角君は進路どうするの?」
唐突な質問。
「明城の理工学部か東京理工大に行ければいいと思ってる」
来年の春に結婚し、九十九堂で新しい生活を始める姉夫婦の邪魔をしたくない。それとサッカー部がそこそこ強い。志望理由はそれだけだった。
「東京かぁ…… しかも名門。受かるといいね」
「まぁ、浪人だけはしたくないかな」
光木茜音との自然な会話。それが壮平にとっては嬉しかった。
「ほかの豊代中のみんなはどうするのかな? 」
「みんなと言ってもなぁ、オレに分かるのは温泉街の連中だけだな。正樹は清蹊の推薦がほぼ決まっているって聞いたな。雄馬は高校を出たら家業である漁師になるんじゃないかな? アイツん家、網元だし。『隠れ処』の実山は家業を手伝うって言ってたな」
高校はバラバラだが全員の親が同じ商工会同士。自然とその手の話は耳に入ってくる。
「優梨子は栄養士の資格が欲しいから、相南大か浜岡女子だって」
「あいつも『てんぷら五十里』を手伝う気なんだな。光木は五十里と仲がいいんだな」
今時を体現したような五十里とお嬢様然としている光木。ある意味正反対の組み合わせだ。
「私、優梨子とは越してきてからずっと同じクラスだから、仲良いんだ。今回の修学旅行も同じ班だったし」
言われるまでも無く光木と五十里が小中高と同じクラスなのは知っていた。何せ自分もずっと一緒なのだ。
「まぁ、そこまで一緒だと縁があるヤツのハズだから、大切にしないとな」
「……うん」
光木の少し小さめな声での頷きと共に、ホームには黄色を基調とした3両編成の電車が到着した。壮平は自身が洩らした言葉に赤面しながら、鞄を肩に掛け、少し足早に中央の車輛へと向かった。
乗り込んだ電車は意外なほどに空いており、無理をすれば全員が座れる程度の混み具合。
視界の端で捉えている光木茜音の姿。予想以上に背が低く、身体の線ひとつひとつが非常に細やかだ。
ストレートだと思っていた髪も、よく見ると微妙に内側へと巻いておりクセがある。小さな鼻と口には独特の品があり、なめらかに孤を描く眉と静かな瞳がそれを嫌味のないモノにしていた。
「どうしたの?」
壮平の視線に気がついたのか光木茜音が首をかしげ、尋ねてきた。
「いや、光木は何処に行くのかなぁと思ってさ」
慌てて視線を反らし、見惚れていた事への言い訳をする。
タイミングよく、次の駅にあと2分ほどで着くとのアナウンスが流れた。
「あのね、実は…… あっ!! そうだ、イイ事思いついた。九角君、このまま茜岬へ行ってみない? 」
寂しげな表情を見せていた光木の瞳が急に大きくなる。
「へっ!?」
どう言う事か分からなかった壮平の返答はかなり間抜けなものとなっていた。となりの光木茜音は、スマホで何やら調べものをしているように見える。
「ホラっ見て! 今日、この辺りは勁風だよ。オマケに空は晴天! 時間的には少し早いけど、このまま終点まで行って、少し歩けば茜岬だし、2人で見ようよ『茜蛍』!!」
突き出されたスマホの画面は気象庁のHP。そこには茜岬を含む相模湾一帯の風が強い事を示す気象情報。
あの光木茜音に一緒に『茜蛍』を見に行こうと誘われている。それが分かった壮平は全身が熱を持ち返す言葉が出てこなかった。
「九角君は高確率で見ているんでしょ? なら“ノーマル・ブレイカ―”の私が一緒でも『茜蛍』が見られるよね? 」
「ああ」
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