11 / 26
第11話 冷笑と嘲笑
しおりを挟む
県道の渋滞はまだ続いていた。
エアコンが効きすぎなのか、右手の古傷がジリジリと痛んだ。
「・・・・・・思い出していたの? 事故の日のこと」
「・・・・・・」
沈黙が長かった為か、円詩子に見透かされていた。
「酷い事故だったらしいわね」
「オレは生きていただけでも見っけモンだよ。右手も薬指以外は、ほぼ元通りに動く」
事故翌日、病院のベッドで目を覚ましたオレは、自分の怪我がガチガチに固定された右手と7針縫った頭部、それと背中の裂傷だけに済んだ事に驚き、そして何より光木茜音が元気である事を聞き安堵していた。
病室で何気に付けたTVでも事故の様子が克明に報じられていた。
死者6名、重軽傷者2名。あの事故に巻き込まれ、奇跡的に生きていたのはオレたち2人だけ。
『夕陽の名所で起きた大惨事』メディアはこぞって、そう報道していた。
凄惨な事故の中、生き残った若い男女。中でも血を流し倒れるオレを介抱する光木茜音の姿は、その可憐な容姿も手伝って全国的に注目を浴びた。
そこからが最悪だった。
事故後2日もすると、新聞TVは彼女の経歴や人なり、学校での様子などを報じはじめ、一方、SNSでは社長令嬢で頭脳明晰、おまけに恵まれた容姿を持つ彼女に対する誹謗・中傷が書きこまれ始めた。オレに対しても、光木に長年想いを寄せていた事などが第三者の手によって赤裸々に語られていた。
特にその頃、出回り始めていた学生のみが購入可能なニトロ社のスマホとそのスマホのみで使用可能なSNS『Nitoro箱』の普及がそれに拍車をかけた。
そこでは光木茜音やオレの実家の住所や電話番号、家族構成など地元の人間でないと分からない情報までが詳細に語られるだけに留まらず、オレの右手が元の通りには動かないといだろうとの医師の見解や、光木はオレが突き飛ばしたせいで顔に怪我を負ってしまった事までもが記されていた。そして何より、オレが驚いた書き込みは、その光木茜音が2週間後に長期留学に出発してしまう事だった。
諸々を知ったオレはどうしようもない虚無感に晒され、荒み、そして疲弊した。
結局、それらの騒ぎは、あの日の身投げがあったと言うタレコミがガセネタだったと言う事が判明し、光木茜音がイギリスに旅立った段階でようやく終わりを告げた。
「茜音が事故の事を自分から話してくれたのは、イギリスに来てから2年目くらいだったわ。あれだけの事故だから、あたしも概要は知ってはいたけど…… 」
光木茜音があの事故の事をどのように語ったのかは分からない。だが、女性が自分の顔に傷をつけられた事故を、そして根も葉もない誹謗中傷を受けた日々を忘れる事などは出来ないだろう。
「結局、オレは光木には謝らず終いだった」
顔に傷をつけてしまった事を謝ろうと何度も考えた。だが、結局は逃げ続け、最終的には出来ずに終わってしまった。
「…… 」
隣に座っている円詩子は何も言わず遠くを睨んでいる。
「コレについては言い訳は出来ないよ」
「…… 」
オレが正直な胸の内を明かしても円詩子の睨む様な視線は変わらなかった。
「…… 変ね」
ぼそりとした円詩子の声。
「オレが変なのは生まれつきだよ」
「そんな事分かっているわ…… アナタ、東京にはいつ戻るの? 」
「お盆過ぎまでは家業を手伝いながらコッチにいるつもりだ」
質問の意図が分からず、思わず正直に答えてしまった。
「そう。じゃあ、空いてる時間、あたしに付き合いなさいよ」
それは完全な命令だった。
「はぁ? なんでそんな事しなきゃいけないんだよ」
「あたし、この辺りに詳しくないし、車の免許も持っていないんだもの」
「オレはキミの秘書じゃないし、そんな暇人でもない。そもそも何に付き合うんだ? 」
女の子はわがままで少しヒステリーの方が可愛いとモノの本に書いてあったが、多分、それは光木茜音のような女の子に限った話だ。
「茜音の名誉の為よ」
そう語る円詩子の瞳には小さな焔のようなものが宿っていた。
「名誉? それは、どういう意味だ? 」
「それは、まだ言えない」
現段階では教えられない。それはつまり何かを調べ、検証し、考察した後でないと話せないと言う事なのだろう。
そして、オレ自身にも、誰にも伝えていない事、いや、果たしたい事があった。それは、光木茜音に対しての礼儀みたいなものでオレの感傷なのは分かっていた。
「……わかった。何を協力するのかは分からないが、オレもある程度は力を貸そう。ただし、力を貸す以上は、説明できる段階になったら、光木の名誉についてはキッチリと教えて欲しい」
「いいわ。説明できる段階になったら教えてあげる」
そう円詩子が語り大きく息をつくと、ダッシュボードの上に置いてあったオレのガラゲーがガタガタと震えだした。
「今だにガラゲーとか」
「スマホは苦手なんだよ」
「着信もバイブのみだし」
「着信音なんて煩いだけだろ」
「・・・・・・」
大きくため息をついた円詩子は、さも当然のようにガラゲーをつまみ上げると、着信者画面を確認しだした。
「おい! 人の電話を…… 」
「アナタは運転中でしょ? 後藤正樹さんって人からよ。出ても問題ないわね」
正樹なら変に誤解されても、後で説明すれば問題ないだろう。だが、どうにも円詩子の行動は予測する事が出来ない。
「勝手にしてくれ」
オレの言葉に頷き、なぜか微笑む円詩子。
「はい、九十九堂の九角壮平の携帯です」
悪霊、いや善霊が乗移ったような可愛らしい声。完全に余所《よそ》行き用の声だ。
「本人は車の運転をしてまして…… はい? 彼女? いえ、違います。 ……… 私は東京の友人です…… はい…… えつ!!!! はいっ! ……はい、必ず伝えます…… はい…… では失礼いたします」
「東京で会った覚えはねぇんだけどな」
正樹にも少しだけ、抗議をしたい気分だ。
「それどころじゃないわ。アナタの友人、五十里優梨子さんが車に跳ねられて病院に運ばれたそうよ」
エアコンが効きすぎなのか、右手の古傷がジリジリと痛んだ。
「・・・・・・思い出していたの? 事故の日のこと」
「・・・・・・」
沈黙が長かった為か、円詩子に見透かされていた。
「酷い事故だったらしいわね」
「オレは生きていただけでも見っけモンだよ。右手も薬指以外は、ほぼ元通りに動く」
事故翌日、病院のベッドで目を覚ましたオレは、自分の怪我がガチガチに固定された右手と7針縫った頭部、それと背中の裂傷だけに済んだ事に驚き、そして何より光木茜音が元気である事を聞き安堵していた。
病室で何気に付けたTVでも事故の様子が克明に報じられていた。
死者6名、重軽傷者2名。あの事故に巻き込まれ、奇跡的に生きていたのはオレたち2人だけ。
『夕陽の名所で起きた大惨事』メディアはこぞって、そう報道していた。
凄惨な事故の中、生き残った若い男女。中でも血を流し倒れるオレを介抱する光木茜音の姿は、その可憐な容姿も手伝って全国的に注目を浴びた。
そこからが最悪だった。
事故後2日もすると、新聞TVは彼女の経歴や人なり、学校での様子などを報じはじめ、一方、SNSでは社長令嬢で頭脳明晰、おまけに恵まれた容姿を持つ彼女に対する誹謗・中傷が書きこまれ始めた。オレに対しても、光木に長年想いを寄せていた事などが第三者の手によって赤裸々に語られていた。
特にその頃、出回り始めていた学生のみが購入可能なニトロ社のスマホとそのスマホのみで使用可能なSNS『Nitoro箱』の普及がそれに拍車をかけた。
そこでは光木茜音やオレの実家の住所や電話番号、家族構成など地元の人間でないと分からない情報までが詳細に語られるだけに留まらず、オレの右手が元の通りには動かないといだろうとの医師の見解や、光木はオレが突き飛ばしたせいで顔に怪我を負ってしまった事までもが記されていた。そして何より、オレが驚いた書き込みは、その光木茜音が2週間後に長期留学に出発してしまう事だった。
諸々を知ったオレはどうしようもない虚無感に晒され、荒み、そして疲弊した。
結局、それらの騒ぎは、あの日の身投げがあったと言うタレコミがガセネタだったと言う事が判明し、光木茜音がイギリスに旅立った段階でようやく終わりを告げた。
「茜音が事故の事を自分から話してくれたのは、イギリスに来てから2年目くらいだったわ。あれだけの事故だから、あたしも概要は知ってはいたけど…… 」
光木茜音があの事故の事をどのように語ったのかは分からない。だが、女性が自分の顔に傷をつけられた事故を、そして根も葉もない誹謗中傷を受けた日々を忘れる事などは出来ないだろう。
「結局、オレは光木には謝らず終いだった」
顔に傷をつけてしまった事を謝ろうと何度も考えた。だが、結局は逃げ続け、最終的には出来ずに終わってしまった。
「…… 」
隣に座っている円詩子は何も言わず遠くを睨んでいる。
「コレについては言い訳は出来ないよ」
「…… 」
オレが正直な胸の内を明かしても円詩子の睨む様な視線は変わらなかった。
「…… 変ね」
ぼそりとした円詩子の声。
「オレが変なのは生まれつきだよ」
「そんな事分かっているわ…… アナタ、東京にはいつ戻るの? 」
「お盆過ぎまでは家業を手伝いながらコッチにいるつもりだ」
質問の意図が分からず、思わず正直に答えてしまった。
「そう。じゃあ、空いてる時間、あたしに付き合いなさいよ」
それは完全な命令だった。
「はぁ? なんでそんな事しなきゃいけないんだよ」
「あたし、この辺りに詳しくないし、車の免許も持っていないんだもの」
「オレはキミの秘書じゃないし、そんな暇人でもない。そもそも何に付き合うんだ? 」
女の子はわがままで少しヒステリーの方が可愛いとモノの本に書いてあったが、多分、それは光木茜音のような女の子に限った話だ。
「茜音の名誉の為よ」
そう語る円詩子の瞳には小さな焔のようなものが宿っていた。
「名誉? それは、どういう意味だ? 」
「それは、まだ言えない」
現段階では教えられない。それはつまり何かを調べ、検証し、考察した後でないと話せないと言う事なのだろう。
そして、オレ自身にも、誰にも伝えていない事、いや、果たしたい事があった。それは、光木茜音に対しての礼儀みたいなものでオレの感傷なのは分かっていた。
「……わかった。何を協力するのかは分からないが、オレもある程度は力を貸そう。ただし、力を貸す以上は、説明できる段階になったら、光木の名誉についてはキッチリと教えて欲しい」
「いいわ。説明できる段階になったら教えてあげる」
そう円詩子が語り大きく息をつくと、ダッシュボードの上に置いてあったオレのガラゲーがガタガタと震えだした。
「今だにガラゲーとか」
「スマホは苦手なんだよ」
「着信もバイブのみだし」
「着信音なんて煩いだけだろ」
「・・・・・・」
大きくため息をついた円詩子は、さも当然のようにガラゲーをつまみ上げると、着信者画面を確認しだした。
「おい! 人の電話を…… 」
「アナタは運転中でしょ? 後藤正樹さんって人からよ。出ても問題ないわね」
正樹なら変に誤解されても、後で説明すれば問題ないだろう。だが、どうにも円詩子の行動は予測する事が出来ない。
「勝手にしてくれ」
オレの言葉に頷き、なぜか微笑む円詩子。
「はい、九十九堂の九角壮平の携帯です」
悪霊、いや善霊が乗移ったような可愛らしい声。完全に余所《よそ》行き用の声だ。
「本人は車の運転をしてまして…… はい? 彼女? いえ、違います。 ……… 私は東京の友人です…… はい…… えつ!!!! はいっ! ……はい、必ず伝えます…… はい…… では失礼いたします」
「東京で会った覚えはねぇんだけどな」
正樹にも少しだけ、抗議をしたい気分だ。
「それどころじゃないわ。アナタの友人、五十里優梨子さんが車に跳ねられて病院に運ばれたそうよ」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる