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第11話 冷笑と嘲笑
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県道の渋滞はまだ続いていた。
エアコンが効きすぎなのか、右手の古傷がジリジリと痛んだ。
「・・・・・・思い出していたの? 事故の日のこと」
「・・・・・・」
沈黙が長かった為か、円詩子に見透かされていた。
「酷い事故だったらしいわね」
「オレは生きていただけでも見っけモンだよ。右手も薬指以外は、ほぼ元通りに動く」
事故翌日、病院のベッドで目を覚ましたオレは、自分の怪我がガチガチに固定された右手と7針縫った頭部、それと背中の裂傷だけに済んだ事に驚き、そして何より光木茜音が元気である事を聞き安堵していた。
病室で何気に付けたTVでも事故の様子が克明に報じられていた。
死者6名、重軽傷者2名。あの事故に巻き込まれ、奇跡的に生きていたのはオレたち2人だけ。
『夕陽の名所で起きた大惨事』メディアはこぞって、そう報道していた。
凄惨な事故の中、生き残った若い男女。中でも血を流し倒れるオレを介抱する光木茜音の姿は、その可憐な容姿も手伝って全国的に注目を浴びた。
そこからが最悪だった。
事故後2日もすると、新聞TVは彼女の経歴や人なり、学校での様子などを報じはじめ、一方、SNSでは社長令嬢で頭脳明晰、おまけに恵まれた容姿を持つ彼女に対する誹謗・中傷が書きこまれ始めた。オレに対しても、光木に長年想いを寄せていた事などが第三者の手によって赤裸々に語られていた。
特にその頃、出回り始めていた学生のみが購入可能なニトロ社のスマホとそのスマホのみで使用可能なSNS『Nitoro箱』の普及がそれに拍車をかけた。
そこでは光木茜音やオレの実家の住所や電話番号、家族構成など地元の人間でないと分からない情報までが詳細に語られるだけに留まらず、オレの右手が元の通りには動かないといだろうとの医師の見解や、光木はオレが突き飛ばしたせいで顔に怪我を負ってしまった事までもが記されていた。そして何より、オレが驚いた書き込みは、その光木茜音が2週間後に長期留学に出発してしまう事だった。
諸々を知ったオレはどうしようもない虚無感に晒され、荒み、そして疲弊した。
結局、それらの騒ぎは、あの日の身投げがあったと言うタレコミがガセネタだったと言う事が判明し、光木茜音がイギリスに旅立った段階でようやく終わりを告げた。
「茜音が事故の事を自分から話してくれたのは、イギリスに来てから2年目くらいだったわ。あれだけの事故だから、あたしも概要は知ってはいたけど…… 」
光木茜音があの事故の事をどのように語ったのかは分からない。だが、女性が自分の顔に傷をつけられた事故を、そして根も葉もない誹謗中傷を受けた日々を忘れる事などは出来ないだろう。
「結局、オレは光木には謝らず終いだった」
顔に傷をつけてしまった事を謝ろうと何度も考えた。だが、結局は逃げ続け、最終的には出来ずに終わってしまった。
「…… 」
隣に座っている円詩子は何も言わず遠くを睨んでいる。
「コレについては言い訳は出来ないよ」
「…… 」
オレが正直な胸の内を明かしても円詩子の睨む様な視線は変わらなかった。
「…… 変ね」
ぼそりとした円詩子の声。
「オレが変なのは生まれつきだよ」
「そんな事分かっているわ…… アナタ、東京にはいつ戻るの? 」
「お盆過ぎまでは家業を手伝いながらコッチにいるつもりだ」
質問の意図が分からず、思わず正直に答えてしまった。
「そう。じゃあ、空いてる時間、あたしに付き合いなさいよ」
それは完全な命令だった。
「はぁ? なんでそんな事しなきゃいけないんだよ」
「あたし、この辺りに詳しくないし、車の免許も持っていないんだもの」
「オレはキミの秘書じゃないし、そんな暇人でもない。そもそも何に付き合うんだ? 」
女の子はわがままで少しヒステリーの方が可愛いとモノの本に書いてあったが、多分、それは光木茜音のような女の子に限った話だ。
「茜音の名誉の為よ」
そう語る円詩子の瞳には小さな焔のようなものが宿っていた。
「名誉? それは、どういう意味だ? 」
「それは、まだ言えない」
現段階では教えられない。それはつまり何かを調べ、検証し、考察した後でないと話せないと言う事なのだろう。
そして、オレ自身にも、誰にも伝えていない事、いや、果たしたい事があった。それは、光木茜音に対しての礼儀みたいなものでオレの感傷なのは分かっていた。
「……わかった。何を協力するのかは分からないが、オレもある程度は力を貸そう。ただし、力を貸す以上は、説明できる段階になったら、光木の名誉についてはキッチリと教えて欲しい」
「いいわ。説明できる段階になったら教えてあげる」
そう円詩子が語り大きく息をつくと、ダッシュボードの上に置いてあったオレのガラゲーがガタガタと震えだした。
「今だにガラゲーとか」
「スマホは苦手なんだよ」
「着信もバイブのみだし」
「着信音なんて煩いだけだろ」
「・・・・・・」
大きくため息をついた円詩子は、さも当然のようにガラゲーをつまみ上げると、着信者画面を確認しだした。
「おい! 人の電話を…… 」
「アナタは運転中でしょ? 後藤正樹さんって人からよ。出ても問題ないわね」
正樹なら変に誤解されても、後で説明すれば問題ないだろう。だが、どうにも円詩子の行動は予測する事が出来ない。
「勝手にしてくれ」
オレの言葉に頷き、なぜか微笑む円詩子。
「はい、九十九堂の九角壮平の携帯です」
悪霊、いや善霊が乗移ったような可愛らしい声。完全に余所《よそ》行き用の声だ。
「本人は車の運転をしてまして…… はい? 彼女? いえ、違います。 ……… 私は東京の友人です…… はい…… えつ!!!! はいっ! ……はい、必ず伝えます…… はい…… では失礼いたします」
「東京で会った覚えはねぇんだけどな」
正樹にも少しだけ、抗議をしたい気分だ。
「それどころじゃないわ。アナタの友人、五十里優梨子さんが車に跳ねられて病院に運ばれたそうよ」
エアコンが効きすぎなのか、右手の古傷がジリジリと痛んだ。
「・・・・・・思い出していたの? 事故の日のこと」
「・・・・・・」
沈黙が長かった為か、円詩子に見透かされていた。
「酷い事故だったらしいわね」
「オレは生きていただけでも見っけモンだよ。右手も薬指以外は、ほぼ元通りに動く」
事故翌日、病院のベッドで目を覚ましたオレは、自分の怪我がガチガチに固定された右手と7針縫った頭部、それと背中の裂傷だけに済んだ事に驚き、そして何より光木茜音が元気である事を聞き安堵していた。
病室で何気に付けたTVでも事故の様子が克明に報じられていた。
死者6名、重軽傷者2名。あの事故に巻き込まれ、奇跡的に生きていたのはオレたち2人だけ。
『夕陽の名所で起きた大惨事』メディアはこぞって、そう報道していた。
凄惨な事故の中、生き残った若い男女。中でも血を流し倒れるオレを介抱する光木茜音の姿は、その可憐な容姿も手伝って全国的に注目を浴びた。
そこからが最悪だった。
事故後2日もすると、新聞TVは彼女の経歴や人なり、学校での様子などを報じはじめ、一方、SNSでは社長令嬢で頭脳明晰、おまけに恵まれた容姿を持つ彼女に対する誹謗・中傷が書きこまれ始めた。オレに対しても、光木に長年想いを寄せていた事などが第三者の手によって赤裸々に語られていた。
特にその頃、出回り始めていた学生のみが購入可能なニトロ社のスマホとそのスマホのみで使用可能なSNS『Nitoro箱』の普及がそれに拍車をかけた。
そこでは光木茜音やオレの実家の住所や電話番号、家族構成など地元の人間でないと分からない情報までが詳細に語られるだけに留まらず、オレの右手が元の通りには動かないといだろうとの医師の見解や、光木はオレが突き飛ばしたせいで顔に怪我を負ってしまった事までもが記されていた。そして何より、オレが驚いた書き込みは、その光木茜音が2週間後に長期留学に出発してしまう事だった。
諸々を知ったオレはどうしようもない虚無感に晒され、荒み、そして疲弊した。
結局、それらの騒ぎは、あの日の身投げがあったと言うタレコミがガセネタだったと言う事が判明し、光木茜音がイギリスに旅立った段階でようやく終わりを告げた。
「茜音が事故の事を自分から話してくれたのは、イギリスに来てから2年目くらいだったわ。あれだけの事故だから、あたしも概要は知ってはいたけど…… 」
光木茜音があの事故の事をどのように語ったのかは分からない。だが、女性が自分の顔に傷をつけられた事故を、そして根も葉もない誹謗中傷を受けた日々を忘れる事などは出来ないだろう。
「結局、オレは光木には謝らず終いだった」
顔に傷をつけてしまった事を謝ろうと何度も考えた。だが、結局は逃げ続け、最終的には出来ずに終わってしまった。
「…… 」
隣に座っている円詩子は何も言わず遠くを睨んでいる。
「コレについては言い訳は出来ないよ」
「…… 」
オレが正直な胸の内を明かしても円詩子の睨む様な視線は変わらなかった。
「…… 変ね」
ぼそりとした円詩子の声。
「オレが変なのは生まれつきだよ」
「そんな事分かっているわ…… アナタ、東京にはいつ戻るの? 」
「お盆過ぎまでは家業を手伝いながらコッチにいるつもりだ」
質問の意図が分からず、思わず正直に答えてしまった。
「そう。じゃあ、空いてる時間、あたしに付き合いなさいよ」
それは完全な命令だった。
「はぁ? なんでそんな事しなきゃいけないんだよ」
「あたし、この辺りに詳しくないし、車の免許も持っていないんだもの」
「オレはキミの秘書じゃないし、そんな暇人でもない。そもそも何に付き合うんだ? 」
女の子はわがままで少しヒステリーの方が可愛いとモノの本に書いてあったが、多分、それは光木茜音のような女の子に限った話だ。
「茜音の名誉の為よ」
そう語る円詩子の瞳には小さな焔のようなものが宿っていた。
「名誉? それは、どういう意味だ? 」
「それは、まだ言えない」
現段階では教えられない。それはつまり何かを調べ、検証し、考察した後でないと話せないと言う事なのだろう。
そして、オレ自身にも、誰にも伝えていない事、いや、果たしたい事があった。それは、光木茜音に対しての礼儀みたいなものでオレの感傷なのは分かっていた。
「……わかった。何を協力するのかは分からないが、オレもある程度は力を貸そう。ただし、力を貸す以上は、説明できる段階になったら、光木の名誉についてはキッチリと教えて欲しい」
「いいわ。説明できる段階になったら教えてあげる」
そう円詩子が語り大きく息をつくと、ダッシュボードの上に置いてあったオレのガラゲーがガタガタと震えだした。
「今だにガラゲーとか」
「スマホは苦手なんだよ」
「着信もバイブのみだし」
「着信音なんて煩いだけだろ」
「・・・・・・」
大きくため息をついた円詩子は、さも当然のようにガラゲーをつまみ上げると、着信者画面を確認しだした。
「おい! 人の電話を…… 」
「アナタは運転中でしょ? 後藤正樹さんって人からよ。出ても問題ないわね」
正樹なら変に誤解されても、後で説明すれば問題ないだろう。だが、どうにも円詩子の行動は予測する事が出来ない。
「勝手にしてくれ」
オレの言葉に頷き、なぜか微笑む円詩子。
「はい、九十九堂の九角壮平の携帯です」
悪霊、いや善霊が乗移ったような可愛らしい声。完全に余所《よそ》行き用の声だ。
「本人は車の運転をしてまして…… はい? 彼女? いえ、違います。 ……… 私は東京の友人です…… はい…… えつ!!!! はいっ! ……はい、必ず伝えます…… はい…… では失礼いたします」
「東京で会った覚えはねぇんだけどな」
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