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最終話 マージ―河の底
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「約束は果たせた?」
夕暮れを過ぎた茜岬の出口付近でオレにそう声を掛けてきたのは新渡戸詩子だった。
「ああ」
オレはただ短く答えた。
「そう、良かったわね」
詩子は笑顔だ。
「露子さんからメールが来たわ。予定より早いけど、今日の明け方、無事に産まれたって。3,200gの女の子だそうよ」
逆算すると昨日オレが騒動を起こしている頃、姉貴は産気づいたと言う事になる。居てもクソの役に立たなかったのは明白だが、一先ず安心が出来た。
「それと三廻部のスマホのバックアップデータ、通話履歴以外は全てこの世から葬り去ったわ。あの男ITには疎いみたいでコピーをしていた形跡はなかったわ」
「すまない」
オレは素直に頭を下げた。
「それにしても、オレがココに居る事、よく分かったな」
すでにオレのガラゲーはバッテリーが切れている為、連絡も出来なければGPS機能も役に立たない。
「貴方の茜音への惚れっぷりを見れば簡単に予想がつくわよ」
「そりゃ、どうも」
「ホント、茜音の事となると素直よね。九角君は」
昨日のケンカでオレの様相《なり》が酷いのであろう。行きかう観光客が露骨に俺を避けている。
それに気が付いたのか詩子は咳払いをひとつすると、自分が羽織っていた日焼け防止用のパーカーをオレの肩に掛けてきた。
「あたし、茜音から恨まれてるだろうなぁ、いや、羨ましがられてるって言った方が正しいか」
「何だよそりゃあ」
「だって、茜音が大好きな九角君の運転する車の助手席に座る事から始まり、おうちにお邪魔したり、ベッドに強引に押し倒されたり、今は着る物も共用してるし・・・・・・ おまけにキスまでしちゃったし」
詩子には珍しい茶化すような言い回し。
「・・・・・・ 」
オレが言葉を繋げなかった理由は自分自身わからない。
「ごめん。少し性質《たち》の悪い冗談よね」
少し悲しそうな表情を浮かべ詩子は続けた。
「・・・・・・ それで、貴方はこれからどうするつもり?」
「警察に行く。ココに来ている事は義兄《刑事》さんにも告げてある」
亡くなった2人の名誉を守る為の筋書きはもう頭の中で出来ている。また、仲間を正論で追い込んだオレが三廻部に対する傷害という罪状から逃れる訳にはいかない。
「その後は?」
「考えていないけど、東京は出る事になるな」
バイト先や大家さんへの迷惑を考えると、東京の住まいは引き払うべきだろう。
「行く当てがないなら、横浜に来ない? 」
「えっ!?…… 」
風の音の中、聞こえた詩子の言葉。
「前にも話したとおり、あたしと茜音は趣味も性格も似ているのよね。でも、まさか、好きな男の子のタイプまで被っているなんて思っても見なかったけど」
唐突な告白にオレはかなり動揺をしていた。
「分かってはいたけど、その顔を見る限り、あたしは見事にフラれたって所かしら…… 正直、茜音には嫉妬するわ。こんなにも強く自分だけを見つめ続けてくれる男の子をモノにするなんて」
少し顔を赤らめて呟く詩子は笑っている様にも見える。
茜岬のゲートにパトカーが停まっているのが目に止まる。その少し手前には腕を組んで立っている厳つい男性の姿。
隣にいる詩子の表情が強ばるのが直ぐに分かった。
「あれは刑事《義兄》さんだよ。オレが呼んだ」
「……うん」
長女が産まれたばかりの刑事《義兄》さんにも相当の負担を掛けた。おそらく相当怒っているだろう。
「詩子」
「なに?」
「ありがとな。キミが居なければ、茜音との約束も果たせなかったし、あの事故へのケリをつける事も出来なかった」
オレは御礼の言葉を告げた。
「まったく、癪に障る男ね。要所要所でコッチの急所を突くような言葉を必ず言うんだから……」
俯いた詩子の肩は震え、頬は涙で濡れている。
「ホント泣き虫だな」
「貴方が泣かすんでしょ!」
「今度、会う時にはハンカチくらいは用意しておくよ。まだ、かなり時間は掛かるとは思うけど……」
吹き荒ぶ風の中、驚いたような表情を浮かべる詩子。
「それまで、このパーカーも貸しておいてくれると助かる。実はオレ寒がりでさ…… じゃあ、行ってくる」
オレは詩子にそう声を掛け、バツの悪そうに頭を掻いている警察官の方に向かい歩き出す。
「何年掛かっても良いから、必ずそのパーカー返しに来なさい! 約束よ!守らなかったら貴方なんか、マージ―河の底に沈めてやるから!」
背中で受けたその言葉に、オレは右手で作った握り拳を空に突き上げ、応えてみせた。
《茜蛍の約束・完》
夕暮れを過ぎた茜岬の出口付近でオレにそう声を掛けてきたのは新渡戸詩子だった。
「ああ」
オレはただ短く答えた。
「そう、良かったわね」
詩子は笑顔だ。
「露子さんからメールが来たわ。予定より早いけど、今日の明け方、無事に産まれたって。3,200gの女の子だそうよ」
逆算すると昨日オレが騒動を起こしている頃、姉貴は産気づいたと言う事になる。居てもクソの役に立たなかったのは明白だが、一先ず安心が出来た。
「それと三廻部のスマホのバックアップデータ、通話履歴以外は全てこの世から葬り去ったわ。あの男ITには疎いみたいでコピーをしていた形跡はなかったわ」
「すまない」
オレは素直に頭を下げた。
「それにしても、オレがココに居る事、よく分かったな」
すでにオレのガラゲーはバッテリーが切れている為、連絡も出来なければGPS機能も役に立たない。
「貴方の茜音への惚れっぷりを見れば簡単に予想がつくわよ」
「そりゃ、どうも」
「ホント、茜音の事となると素直よね。九角君は」
昨日のケンカでオレの様相《なり》が酷いのであろう。行きかう観光客が露骨に俺を避けている。
それに気が付いたのか詩子は咳払いをひとつすると、自分が羽織っていた日焼け防止用のパーカーをオレの肩に掛けてきた。
「あたし、茜音から恨まれてるだろうなぁ、いや、羨ましがられてるって言った方が正しいか」
「何だよそりゃあ」
「だって、茜音が大好きな九角君の運転する車の助手席に座る事から始まり、おうちにお邪魔したり、ベッドに強引に押し倒されたり、今は着る物も共用してるし・・・・・・ おまけにキスまでしちゃったし」
詩子には珍しい茶化すような言い回し。
「・・・・・・ 」
オレが言葉を繋げなかった理由は自分自身わからない。
「ごめん。少し性質《たち》の悪い冗談よね」
少し悲しそうな表情を浮かべ詩子は続けた。
「・・・・・・ それで、貴方はこれからどうするつもり?」
「警察に行く。ココに来ている事は義兄《刑事》さんにも告げてある」
亡くなった2人の名誉を守る為の筋書きはもう頭の中で出来ている。また、仲間を正論で追い込んだオレが三廻部に対する傷害という罪状から逃れる訳にはいかない。
「その後は?」
「考えていないけど、東京は出る事になるな」
バイト先や大家さんへの迷惑を考えると、東京の住まいは引き払うべきだろう。
「行く当てがないなら、横浜に来ない? 」
「えっ!?…… 」
風の音の中、聞こえた詩子の言葉。
「前にも話したとおり、あたしと茜音は趣味も性格も似ているのよね。でも、まさか、好きな男の子のタイプまで被っているなんて思っても見なかったけど」
唐突な告白にオレはかなり動揺をしていた。
「分かってはいたけど、その顔を見る限り、あたしは見事にフラれたって所かしら…… 正直、茜音には嫉妬するわ。こんなにも強く自分だけを見つめ続けてくれる男の子をモノにするなんて」
少し顔を赤らめて呟く詩子は笑っている様にも見える。
茜岬のゲートにパトカーが停まっているのが目に止まる。その少し手前には腕を組んで立っている厳つい男性の姿。
隣にいる詩子の表情が強ばるのが直ぐに分かった。
「あれは刑事《義兄》さんだよ。オレが呼んだ」
「……うん」
長女が産まれたばかりの刑事《義兄》さんにも相当の負担を掛けた。おそらく相当怒っているだろう。
「詩子」
「なに?」
「ありがとな。キミが居なければ、茜音との約束も果たせなかったし、あの事故へのケリをつける事も出来なかった」
オレは御礼の言葉を告げた。
「まったく、癪に障る男ね。要所要所でコッチの急所を突くような言葉を必ず言うんだから……」
俯いた詩子の肩は震え、頬は涙で濡れている。
「ホント泣き虫だな」
「貴方が泣かすんでしょ!」
「今度、会う時にはハンカチくらいは用意しておくよ。まだ、かなり時間は掛かるとは思うけど……」
吹き荒ぶ風の中、驚いたような表情を浮かべる詩子。
「それまで、このパーカーも貸しておいてくれると助かる。実はオレ寒がりでさ…… じゃあ、行ってくる」
オレは詩子にそう声を掛け、バツの悪そうに頭を掻いている警察官の方に向かい歩き出す。
「何年掛かっても良いから、必ずそのパーカー返しに来なさい! 約束よ!守らなかったら貴方なんか、マージ―河の底に沈めてやるから!」
背中で受けたその言葉に、オレは右手で作った握り拳を空に突き上げ、応えてみせた。
《茜蛍の約束・完》
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