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2.
「……っ~~~!!」
看板に押しつぶされて、ミンチになるのを覚悟して、声にならない悲鳴を上げる。しかし何秒経っても、その衝撃が私に襲い掛かってくることはなかった。
体感時間にして1分以上は経った頃。私はやっと覚悟を決めて、恐る恐る瞼を開ける。瞼がプルプルしてしまったのが我ながら情けない。そして開口一番放った。
「は??森?」
目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。先程までは人が周囲に溢れ返り、高い建物がたくさん並んだ、如何にも『大都市』という場所に居たというのに、今は建物どころか周りに人っ子一人いない。
聞こえるのは街の騒めきでなく、穏やかな鳥の声。視界に映るのは汚れて重苦しい空気を纏った建物群ではなく、澄んだ空気の森林。
「まさか……天国ってやつですかね」
そんなバカげたことを考えるが、あの時確かに私の目の前には、あのふざけた内容の看板が迫っていた。直後に痛みこそなかったが、あのタイミングではどう頑張っても押しつぶされた筈なのだ。だから、普通に生きてこの場所に存在していること自体信じられない。
目を開いてから終始混乱していたが、そんな私の様子などお構いなく事態は進展していく。
最初にかなり大きな声で悲鳴を上げたのが良くなかったのだろう。木々を掻き分け、現れたのは複数のアルラウネだった。
目と目が合う瞬間恋が――生まれるはずもなく、始まったのは戦闘という名の野蛮な行為だった。
アルラウネとは、ヒト型のモンスターである。唯一人間と違う点は、身体のところどころから植物が生えていることくらいだろうか。それ以外はほぼヒトである。彼女らは、その美しい容姿と魔力で森に迷い込んだ人々を誘惑し、その精を、血肉を喰らう。
『誘惑』というのが主な特性なので、あまり身体能力は高くない。それ故に急に襲われても、一人で簡単に捌き切ることが出来る。
武器としている腕の一部を変質させた刃を振り回して迫ってくるアルラウネその1を避け、避けた先に着地した私に追撃をしようとしてくるアルラウネその2を蹴り飛ばす。連携攻撃をできるタイプのアルラウネのようだが、やはり戦闘能力は低かった。
あの時、看板に潰されそうになった時が特殊だっただけで、対魔物戦では私はそれなりに動ける方の人間だと自負している。
今の職業は研究者という戦闘特化の職業ではなかったが、上司兼恋人であったアレンに散々フィールドワークだのなんだのと言われて、危険な場所に連れ出されていたこともあり、比較的危険な事態には慣れていたのである。そうして無理を続けている内に、いつの間にか戦闘関連の技術は身についていたのだ。
しかし魔物には私の攻撃は全く効いていない。それもそうだ。魔物というのは本来魔力の塊。そんな魔力の塊に唯一傷を付けられるのが魔力である。しかしながら、私は実は魔法を使えない。
「……あんまり使いたくはなかったのですが」
魔物たちは二体いるせいか強気になっており、誘惑できなかった上に少しくらい劣勢という状況であっても引く気配がない。こちらを喰おうとしてくる。ある程度攻撃を打ち込めば引いていくだろうと考えていたが、少し予想外だった。魔物があまりにも低知能すぎる。
きっとこのまま魔力なし、体術のみで戦い続けては埒が明かない。そう考え、腰に付けている魔道具を取り出した。
それは、どこにでもあるようなライター型の魔道具。性能は、家庭で釜戸や薪と言った木材に『火をつける』というシンプルなモノ。少しお金を出せば、街で誰でも買える。そんなものだ。
道具の小ささに魔物も油断したのだろう、私に対して攻撃を畳み掛けようと近づいてくる。そして至近距離まで獲物が近づいた時、思わずニヤリした微笑が浮かんだのが分かった程に良いタイミングで魔道具を発動した。私自身の魔力をありったけ込めて――。
結果として、森は魔道具使用位置正面200メートル程が焼け野原になった。魔物は灰すらも残っていない。植物タイプの魔物で良く燃えたという事実もあるが、単純に私の能力……『魔法強化』という特殊な能力で、魔道具を強化し過ぎてしまったこと原因だ。
実は私は魔法を全く使うことが出来ない代わりに、『魔法強化』という世界でも数人しか存在しない希少な能力持ちだったりする。
その能力は言葉の通り、魔法が使われたもの何もかもを強化することが出来る。単純に他人の魔法を強化することも可能だし、魔道具といった元々魔法が込められたものを強化することも可能。
しかも、その私の『魔法強化』の能力は、歴史上でも1,2を争う程に強いと言われている……とアレンが解説していた。当時はどうでも良いと思っていたが。
それ故に加減を忘れ、かなりの頻度でフィールドワーク中の建物破壊や器物破損、その地域の魔物や生態系の大破壊などなど、散々やらかしている。殆どの事を完璧に遂行出来るのに、『破壊魔』などという不名誉な渾名がついてしまっているのが玉に瑕だ。この渾名が付けられた当初、アレンはケラケラと笑いながら、『こんなに可愛い容姿の子が裏では物騒な名前で呼ばれてるなんて、面白いね』などと言われて恥ずかしかった思い出が蘇る。
実際、今回も派手にやりすぎてしまっていた。
後悔先に立たず。ここが何処なのかなんてことは見当もつかないが、もしこれを私がやったとバレれば、きっとそれなりの額の修繕費が私自身の財布からは飛んでいくだろう。
もしかしたら自然保護を掲げた団体に説教をされてしまうかもしれない。各所で物をぶっ壊しまくっている故に、私は既に目を付けられており、あの団体が苦手だった。説教が一番嫌だなんていうのは大人として情けないが、嫌なものは嫌なのだ。遠い目をして、その状況に思いを馳せる。
「うーーん、まずいですね……逃げましょう!」
ここが何処なのかは分からないが、どこだろうと物を壊したり、ましてや消失させたら怒られ、弁償させられるだろう。今、仕事を辞めた状況で莫大な金銭を取られるのは正直避けたい。それに別に人死が出ているわけではないのだ、逃げてもギリギリ大丈夫だろうと判断したのだった。
そうして私はそこから颯爽と姿を消した。
しかし、そこから逃げ去った当時の私は知らなかったのだ。本来この魔物を倒す筈だった者が、私の戦闘跡を見て、彼女を探し出そうと画策することなんて――。
「この焼け跡……只者じゃない」
そんなことを呟き、今後しつこく付きまとってくる者が現れるなんてことは予想だにしていなかったのだ。
看板に押しつぶされて、ミンチになるのを覚悟して、声にならない悲鳴を上げる。しかし何秒経っても、その衝撃が私に襲い掛かってくることはなかった。
体感時間にして1分以上は経った頃。私はやっと覚悟を決めて、恐る恐る瞼を開ける。瞼がプルプルしてしまったのが我ながら情けない。そして開口一番放った。
「は??森?」
目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。先程までは人が周囲に溢れ返り、高い建物がたくさん並んだ、如何にも『大都市』という場所に居たというのに、今は建物どころか周りに人っ子一人いない。
聞こえるのは街の騒めきでなく、穏やかな鳥の声。視界に映るのは汚れて重苦しい空気を纏った建物群ではなく、澄んだ空気の森林。
「まさか……天国ってやつですかね」
そんなバカげたことを考えるが、あの時確かに私の目の前には、あのふざけた内容の看板が迫っていた。直後に痛みこそなかったが、あのタイミングではどう頑張っても押しつぶされた筈なのだ。だから、普通に生きてこの場所に存在していること自体信じられない。
目を開いてから終始混乱していたが、そんな私の様子などお構いなく事態は進展していく。
最初にかなり大きな声で悲鳴を上げたのが良くなかったのだろう。木々を掻き分け、現れたのは複数のアルラウネだった。
目と目が合う瞬間恋が――生まれるはずもなく、始まったのは戦闘という名の野蛮な行為だった。
アルラウネとは、ヒト型のモンスターである。唯一人間と違う点は、身体のところどころから植物が生えていることくらいだろうか。それ以外はほぼヒトである。彼女らは、その美しい容姿と魔力で森に迷い込んだ人々を誘惑し、その精を、血肉を喰らう。
『誘惑』というのが主な特性なので、あまり身体能力は高くない。それ故に急に襲われても、一人で簡単に捌き切ることが出来る。
武器としている腕の一部を変質させた刃を振り回して迫ってくるアルラウネその1を避け、避けた先に着地した私に追撃をしようとしてくるアルラウネその2を蹴り飛ばす。連携攻撃をできるタイプのアルラウネのようだが、やはり戦闘能力は低かった。
あの時、看板に潰されそうになった時が特殊だっただけで、対魔物戦では私はそれなりに動ける方の人間だと自負している。
今の職業は研究者という戦闘特化の職業ではなかったが、上司兼恋人であったアレンに散々フィールドワークだのなんだのと言われて、危険な場所に連れ出されていたこともあり、比較的危険な事態には慣れていたのである。そうして無理を続けている内に、いつの間にか戦闘関連の技術は身についていたのだ。
しかし魔物には私の攻撃は全く効いていない。それもそうだ。魔物というのは本来魔力の塊。そんな魔力の塊に唯一傷を付けられるのが魔力である。しかしながら、私は実は魔法を使えない。
「……あんまり使いたくはなかったのですが」
魔物たちは二体いるせいか強気になっており、誘惑できなかった上に少しくらい劣勢という状況であっても引く気配がない。こちらを喰おうとしてくる。ある程度攻撃を打ち込めば引いていくだろうと考えていたが、少し予想外だった。魔物があまりにも低知能すぎる。
きっとこのまま魔力なし、体術のみで戦い続けては埒が明かない。そう考え、腰に付けている魔道具を取り出した。
それは、どこにでもあるようなライター型の魔道具。性能は、家庭で釜戸や薪と言った木材に『火をつける』というシンプルなモノ。少しお金を出せば、街で誰でも買える。そんなものだ。
道具の小ささに魔物も油断したのだろう、私に対して攻撃を畳み掛けようと近づいてくる。そして至近距離まで獲物が近づいた時、思わずニヤリした微笑が浮かんだのが分かった程に良いタイミングで魔道具を発動した。私自身の魔力をありったけ込めて――。
結果として、森は魔道具使用位置正面200メートル程が焼け野原になった。魔物は灰すらも残っていない。植物タイプの魔物で良く燃えたという事実もあるが、単純に私の能力……『魔法強化』という特殊な能力で、魔道具を強化し過ぎてしまったこと原因だ。
実は私は魔法を全く使うことが出来ない代わりに、『魔法強化』という世界でも数人しか存在しない希少な能力持ちだったりする。
その能力は言葉の通り、魔法が使われたもの何もかもを強化することが出来る。単純に他人の魔法を強化することも可能だし、魔道具といった元々魔法が込められたものを強化することも可能。
しかも、その私の『魔法強化』の能力は、歴史上でも1,2を争う程に強いと言われている……とアレンが解説していた。当時はどうでも良いと思っていたが。
それ故に加減を忘れ、かなりの頻度でフィールドワーク中の建物破壊や器物破損、その地域の魔物や生態系の大破壊などなど、散々やらかしている。殆どの事を完璧に遂行出来るのに、『破壊魔』などという不名誉な渾名がついてしまっているのが玉に瑕だ。この渾名が付けられた当初、アレンはケラケラと笑いながら、『こんなに可愛い容姿の子が裏では物騒な名前で呼ばれてるなんて、面白いね』などと言われて恥ずかしかった思い出が蘇る。
実際、今回も派手にやりすぎてしまっていた。
後悔先に立たず。ここが何処なのかなんてことは見当もつかないが、もしこれを私がやったとバレれば、きっとそれなりの額の修繕費が私自身の財布からは飛んでいくだろう。
もしかしたら自然保護を掲げた団体に説教をされてしまうかもしれない。各所で物をぶっ壊しまくっている故に、私は既に目を付けられており、あの団体が苦手だった。説教が一番嫌だなんていうのは大人として情けないが、嫌なものは嫌なのだ。遠い目をして、その状況に思いを馳せる。
「うーーん、まずいですね……逃げましょう!」
ここが何処なのかは分からないが、どこだろうと物を壊したり、ましてや消失させたら怒られ、弁償させられるだろう。今、仕事を辞めた状況で莫大な金銭を取られるのは正直避けたい。それに別に人死が出ているわけではないのだ、逃げてもギリギリ大丈夫だろうと判断したのだった。
そうして私はそこから颯爽と姿を消した。
しかし、そこから逃げ去った当時の私は知らなかったのだ。本来この魔物を倒す筈だった者が、私の戦闘跡を見て、彼女を探し出そうと画策することなんて――。
「この焼け跡……只者じゃない」
そんなことを呟き、今後しつこく付きまとってくる者が現れるなんてことは予想だにしていなかったのだ。
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