貴方の『好きな人』の代わりをするのはもうやめます!

皇 翼

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8.

A級モンスター吸血鬼ヴァンパイア。基本的に陽の当らない暗所に出るとされているが、イルハルトと一緒の時には出てこないで、他の魔物によって、私一人になったところで出てくるなんて非常に質が悪い。流石に知能が高いと言われるA級と言ったところだろうか。
強力な魔力を私のように調節することなく漏らしまくっており、明らかに強い事が分かるイルハルトがいなくなった途端にこれだ。
魔力を上手くコントロールして、現在は物凄く弱く見える状態である私が一人になった時をわざわざ狙ってきたのだろう。
既に、ここはこのモンスターの領域。魔力を全く使わずに逃げ出すことは不可能である。

吸血鬼ヴァンパイアはニヤニヤと君の悪い笑みを深めながら、私に近づいてくる。
そしてその目が細められた瞬間、弾丸のような速さで突っ込んで来た。

「あっ――ぶな」

明らかに私の足を一直線に切り落とさんと放たれた斬撃だった。見切れず、避けられなかったら、右足を失っていたであろうことが簡単に予測できる――そんな攻撃。

『死』という言葉で押しつぶされそうなほどの化け物。
それなのに今は魔法を使うわけにはいかない。イルハルトに秘密を隠すためにやっている事なのに、生き残るためには魔法を使わずにイルハルトが少しでも早く此方に到着するのを待つしかない。そんな矛盾した状況。

『サーシャ、君は少々自分の魔法の火力に頼り切り過ぎているところがあるね。そんなんじゃ一生僕に勝てないよ?』

久々に感じた死の気配を感じて、脳裏に過ったアレンの言葉。
なんでこんな状況であの人の言葉を思い出すのか、そもそもこんな目に遭っているのはあの人の魔法のせいで、大元を考えてみれば想い人がいるというのにその人と私を重ね合わせて、ずっと彼が私と付き合っていたせいで――。

「……よくよく考えると私、怒っているんですね」

こんなわけのわからない過去に送られて、ずっと感情を抑え込んでいたのが吹っ切れた瞬間だった。認めてみれば簡単だ。死に瀕していたとはいえ知らない場所に急に送られ、よく分からない男に付きまとわれた挙句、それを振り払いたい状況でこんな化け物に襲われる。
理不尽な状況に置かれて私は今、確かに怒りの感情が湧いていた。私はまだ年若いのだ。湧きあがる感情をすぐに沈められる程大人ではない。
感情というのは我慢しているとあるきっかけで簡単に爆発するものであり、未成熟な私には消化できないことも多い。
それが今、爆発したのだ。
そこで一つの考えが産まれた。

まずは絶対に生きて帰って、こんな理不尽な目に遭う原因を作ったアレンに魔法を纏った攻撃を一発ぶち込む。彼はどうせ魔法を使って、簡単に当たってはくれないだろうけど、どうにかして当ててやる。
そしてその後は――もっといい女になって、アレンを見返してやるのだ。そして、『こんなにも綺麗な私と向き合うこともせず、結局逃した貴方は世界一の愚か者だ』と笑顔で言えるようになりたい。

「だから私、こんなくだらないところで死ぬわけにはいかないんです」

あの時は悲しい気持ちの方が強かったが、時間が経てば経つほどに思考は冷静に冴え渡り、今では怒りの方が強くなっていた。

魔道具の一つである火属性と光属性の魔法が宿るレイピアを腰のホルダーから静かに引き抜く。魔法強化の能力は使わない。純粋な体術と剣術のみで戦う。いつもは強いと私が見込んだ魔物は迷わず火力で押し切るので、通常火力の魔法と剣のみで戦うのが不安ではあったが、やるしかないのだ。


しかしながら、決意を決めた後、そこからの戦いは私の心配を大きく裏切って、こちらの優勢というなんとも拍子抜けしたものだった。
吸血鬼ヴァンパイアは最初、私の逃げる手段を失くしてから、生きた美味しい状態のままで獲物を弱らせようと、少しずつ削ろうという魂胆だったのだろうが、それらの攻撃は簡単に剣ではじき返され、ダメージが何倍にもなって刺し貫かれた剣の先端にから彼らの弱点属性とされている光魔法を注がれる。
内側から焼かれる様な攻撃は確実に魔物の体力を削っていた。楽しくて仕方がない。アレンからは雑魚雑魚と言われていた自分が、自身の得意な強化魔法に頼ることなく、強い魔物を蹂躙しているのだ。

吸血鬼ヴァンパイア吸血鬼ヴァンパイアで必死だった。吸血鬼ヴァンパイアは強い魔物であると同時に、人間に近い知性を持ち合わせている。だから喜怒哀楽などと言った通常の感情も当然持っているのだ。
自分より弱者、獲物だと思っていたモノに追い込まれたという驚き、相対する者が絶対的強者であると気付いた絶望。そんなものを内包しながらも、私の肉体から漏れだす甘い血の匂いに既に理性もなくなり、戦う事しかできない。そんな哀れな状態。

そんな両者とも相反する感情を内包したその戦いは、思わぬ切っ掛けで終わりを迎えることとなる。に気が付いた私が、吸血鬼の攻撃を腹に受ける。血が飛び散り、地面に頭から倒れ込むその姿は、あまりにもあっけなかった。それは吸血鬼が一瞬動きを完全に止めてしまう程に。
けれどその一瞬が命取りだった。

「無事ですか!?」

どこからか現れたイルハルトが油断しきっていた吸血鬼の首を一太刀で切り落とす。吸血鬼は気づけなかったのだ。目の前の強者に気を取られるあまりに、背後からまた別の強者が近づいていることに。
断末魔すら上げることが叶わなかった吸血鬼に目を向けることなく、イルハルトはこちらに近づいてくる。

「君、いつか死にますよ」
「死にませんよ。私には帰りたい……いえ、また会いたい人がいるので」

覚悟を決めた時に脳裏に過った男の姿。実はこの時代に来てから何かをするたびにちらついていたその姿。それほどまでに心の奥底に刻み込まれた男。そんな彼を過去として全てを吹っ切るためにも、もう一度会いたい。だってこのままじゃ、前に進めないのだ。
未来のことを考える私の口元には、今は自然と微笑が浮かんでいた。

「……はぁ。とりあえずこれ以上はいいです。問い詰めません。帰りましょう」
「ありがとう、ございます」

イルハルトは何か言いたいことがあるようではあったが、何も言わなかった。そこに少しだけ居心地の良さを感じながらも、彼によって背負われてキャンプ地に帰った。

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