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3.
「エリス、おはよう。お前が好きそうなお菓子と、珍しい茶葉を取り寄せたんだ。一緒にどうだ?」
「体調が悪くないのであれば、出掛けよう。完璧にエスコートしてみせるから、どこに行きたいか言ってくれ」
「今日は行く場所を決めてきたんだ。海中レストラン。そこの予約をとってきた。体調が悪くないなら、出掛けないか?」
「エリス、お前も好きな本『ストレツヴァーグ冒険譚』の新作を持ってきたんだ。この扉を開けて、せめてお前の姿を見せてくれないか?……心配なんだ」
何故こんなにもアイザックが変化したのかが分からない。
あの現実のように不気味な、私が死ぬ夢を見た直後からこうなったのだ。それがなんだか怖かった。
どれだけ通われようと、扉越しに『帰って』という日々。私はずっと侯爵家の自室に閉じこもっていた。それが一カ月近く続いた時、父に呼び出される。久々に訪れた執務室は、なんだか空気が澄んでいる気がした。
「エリス、君はずっとアイザックの誘いを断っている様だが、そんなにも体調が悪いのかい?彼も毎日ここに来ては、時間の許す限り、君が出てくるのを待つほどに心配しているんだよ」
「……なんで、アイザックがそんなことをするのか、理解できません」
「それは、婚約者だから――」
「そもそも!私は何故彼と婚約関係にあるのか理解していません。私も…………彼も、犬猿の仲だなんて貴族間で称される程に酷い仲なんですよ!?」
父の言葉を遮って、今まで思っていたことをぶつける。
そう。私とアイザックの仲は、控えめに言って最悪。会えば、良くて罵り合い、悪いと双方魔法を使ってその会場を破壊しつくす。どちらの家も『武』を司っているという家のため、一度火が付くと誰も止めることなど出来ない程に暴れるのだ。
だから私たちは基本的に同じ夜会に呼ばないというのが、貴族間での暗黙の了解だったし、会うのも王族主催の夜会のみ……半年に1回ほどだった。
それにどちらの家も騎士になったり、戦闘特化の王宮魔法使いになる家系なので、婚約時の家同士の旨味というのもあまり感じられない。正直、公爵家からするとペルグント侯爵家など取るに足らない存在なのだ。
婚約時にも、こちらに少し利点があるかな程度で向こうにはなんの利益も生まれないと思う。一つあるとすれば、掛けあわせることで産まれる魔力や身体が強靭な優秀な子孫だが、他にも『武』に優れた家系などいくらでもある故に、わざわざ性格的な相性が悪い私が選ばれた理由が理解できなかった。
「……エリス、君は私が君たちの婚約直後に言った言葉を覚えているかい?」
「言葉?何の話ですか??」
「あの時は君も、頭に血が上っているようだったからね。もう一度言う。この婚約は、公爵家から申し込まれたものだ。向こうから『どうしても君が良い』とずっと、それはもう何十回と断っても、申し込まれ続けていたんだ」
「ああ、その話ですか。それなら私も憶えています」
そう。昔も妙だとは思ったが、私の家から婚約を申し込むわけがない。向こうが格上だし、なによりも私は元々あまり婚約には乗り気でなかった。だから父も気を遣って、婚約の話を私に持ってくることはなかった。そもそもこのペルグント侯爵家は一人、未亡人のプラプラしている女がいたところで困るような弱小な家系でもなかった。弟もいるし、後継ぎ問題も私には関係がない。だからこそ、一生結婚などせずに一人でいるのだと当時の私は思い込んでいたのだ。けれど、急に発表されたのが、私とアイザックの婚約だった。事前に知っていれば、全力で妨害していたのにと、今でも後悔する出来事である。
「アイザックには言わないようにと口止めされたが、エリスは頑固だからね。仕方がない。アイザックは何度も君と婚約したいと、私に直に申し込みに来ていたんだ」
「……は?」
「私から言えるのは、エリスが思い違いをしているということだけだ。彼は別に君の事を嫌ってなどいないよ。君がどう思っているかは知らないが、私は彼の誠実さなら君も幸せになれると思って、婚約を認めたんだ」
正直、信じられなかった。父は何を言っているのだ、と。
いくつもの可能性を考える。父は彼に騙されているのではないか、でも騙しても公爵家に利点などない。ならば私への嫌がらせのためか、確かに私は彼に酷い態度を取っていたが、嫌がらせのためだけにこんな面倒なことを仕組む人間だと思えない……否、思いたくない。それならば私の事を本当に好いているのか、そこまで考えて少し嬉しく思っている自分がいたが、それはすぐに頭が呼び起こした言葉で崩される。
『アイツは女としてあり得ない選択肢だから』。そう、私は彼に女として見られることはないのだ。だから好かれているということもあり得ない……はずだ。
悶々と、もしかしたら自分や父には分からない何かしらの旨味が侯爵家にはあるのではないかとまで考えていたところで、父が再度口を開いた。
「そんなに考え込むなら、明日にでも、今度は君が彼を訪ねてみると良い。彼がいつも訪ねてくる9時前に向こうに着いていれば、話すことはできるだろう。一つ言っておくと、彼は毎日訪ねて来ては、君と話したいと言っていたよ」
「……はい」
「君たちが解決するべき問題だからと今まで口を挟まないようにしていたが、エリスはもう少しアイザックを信じてあげてみなさい」
父に諭されて、部屋に戻る。アイザックが何を考えているのかなんて全く分からない。でも1カ月以上毎日、きっと彼も忙しいだろうに私を訪ねて来てくれていた。その行動を少しは信じてあげてもいいかもしれないと思っただけだ。
******
あと2,3話で終わります。
「体調が悪くないのであれば、出掛けよう。完璧にエスコートしてみせるから、どこに行きたいか言ってくれ」
「今日は行く場所を決めてきたんだ。海中レストラン。そこの予約をとってきた。体調が悪くないなら、出掛けないか?」
「エリス、お前も好きな本『ストレツヴァーグ冒険譚』の新作を持ってきたんだ。この扉を開けて、せめてお前の姿を見せてくれないか?……心配なんだ」
何故こんなにもアイザックが変化したのかが分からない。
あの現実のように不気味な、私が死ぬ夢を見た直後からこうなったのだ。それがなんだか怖かった。
どれだけ通われようと、扉越しに『帰って』という日々。私はずっと侯爵家の自室に閉じこもっていた。それが一カ月近く続いた時、父に呼び出される。久々に訪れた執務室は、なんだか空気が澄んでいる気がした。
「エリス、君はずっとアイザックの誘いを断っている様だが、そんなにも体調が悪いのかい?彼も毎日ここに来ては、時間の許す限り、君が出てくるのを待つほどに心配しているんだよ」
「……なんで、アイザックがそんなことをするのか、理解できません」
「それは、婚約者だから――」
「そもそも!私は何故彼と婚約関係にあるのか理解していません。私も…………彼も、犬猿の仲だなんて貴族間で称される程に酷い仲なんですよ!?」
父の言葉を遮って、今まで思っていたことをぶつける。
そう。私とアイザックの仲は、控えめに言って最悪。会えば、良くて罵り合い、悪いと双方魔法を使ってその会場を破壊しつくす。どちらの家も『武』を司っているという家のため、一度火が付くと誰も止めることなど出来ない程に暴れるのだ。
だから私たちは基本的に同じ夜会に呼ばないというのが、貴族間での暗黙の了解だったし、会うのも王族主催の夜会のみ……半年に1回ほどだった。
それにどちらの家も騎士になったり、戦闘特化の王宮魔法使いになる家系なので、婚約時の家同士の旨味というのもあまり感じられない。正直、公爵家からするとペルグント侯爵家など取るに足らない存在なのだ。
婚約時にも、こちらに少し利点があるかな程度で向こうにはなんの利益も生まれないと思う。一つあるとすれば、掛けあわせることで産まれる魔力や身体が強靭な優秀な子孫だが、他にも『武』に優れた家系などいくらでもある故に、わざわざ性格的な相性が悪い私が選ばれた理由が理解できなかった。
「……エリス、君は私が君たちの婚約直後に言った言葉を覚えているかい?」
「言葉?何の話ですか??」
「あの時は君も、頭に血が上っているようだったからね。もう一度言う。この婚約は、公爵家から申し込まれたものだ。向こうから『どうしても君が良い』とずっと、それはもう何十回と断っても、申し込まれ続けていたんだ」
「ああ、その話ですか。それなら私も憶えています」
そう。昔も妙だとは思ったが、私の家から婚約を申し込むわけがない。向こうが格上だし、なによりも私は元々あまり婚約には乗り気でなかった。だから父も気を遣って、婚約の話を私に持ってくることはなかった。そもそもこのペルグント侯爵家は一人、未亡人のプラプラしている女がいたところで困るような弱小な家系でもなかった。弟もいるし、後継ぎ問題も私には関係がない。だからこそ、一生結婚などせずに一人でいるのだと当時の私は思い込んでいたのだ。けれど、急に発表されたのが、私とアイザックの婚約だった。事前に知っていれば、全力で妨害していたのにと、今でも後悔する出来事である。
「アイザックには言わないようにと口止めされたが、エリスは頑固だからね。仕方がない。アイザックは何度も君と婚約したいと、私に直に申し込みに来ていたんだ」
「……は?」
「私から言えるのは、エリスが思い違いをしているということだけだ。彼は別に君の事を嫌ってなどいないよ。君がどう思っているかは知らないが、私は彼の誠実さなら君も幸せになれると思って、婚約を認めたんだ」
正直、信じられなかった。父は何を言っているのだ、と。
いくつもの可能性を考える。父は彼に騙されているのではないか、でも騙しても公爵家に利点などない。ならば私への嫌がらせのためか、確かに私は彼に酷い態度を取っていたが、嫌がらせのためだけにこんな面倒なことを仕組む人間だと思えない……否、思いたくない。それならば私の事を本当に好いているのか、そこまで考えて少し嬉しく思っている自分がいたが、それはすぐに頭が呼び起こした言葉で崩される。
『アイツは女としてあり得ない選択肢だから』。そう、私は彼に女として見られることはないのだ。だから好かれているということもあり得ない……はずだ。
悶々と、もしかしたら自分や父には分からない何かしらの旨味が侯爵家にはあるのではないかとまで考えていたところで、父が再度口を開いた。
「そんなに考え込むなら、明日にでも、今度は君が彼を訪ねてみると良い。彼がいつも訪ねてくる9時前に向こうに着いていれば、話すことはできるだろう。一つ言っておくと、彼は毎日訪ねて来ては、君と話したいと言っていたよ」
「……はい」
「君たちが解決するべき問題だからと今まで口を挟まないようにしていたが、エリスはもう少しアイザックを信じてあげてみなさい」
父に諭されて、部屋に戻る。アイザックが何を考えているのかなんて全く分からない。でも1カ月以上毎日、きっと彼も忙しいだろうに私を訪ねて来てくれていた。その行動を少しは信じてあげてもいいかもしれないと思っただけだ。
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あと2,3話で終わります。
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