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5.
馬車に乗って数十分経った頃、違和感を感じた。
侯爵家の御者は、時間にうるさい中年の男で、道のりの大体半分くらいになると、残りの距離や予測時間を外側から伝えてくれるのだ。公爵家に行く時もそれがあった。
もしかして、自分が乗っている馬車は違うものなのでは……公爵家のものに間違えて乗ってしまったのではないかと考えるが、扉に描かれている紋章はうちの侯爵家の――聖杯とそれに巻き付く蔦が描かれたものだった。それに内装も、侯爵家のものよりもより質の良いものが使われている。
何故だか唐突に、1カ月前に見たあの生々しい夢の事を思い出す。
馬車の中、無意識の内に『見破り呪文』を唱えていた。見破り呪文は、魔法を使って隠されているものの姿を現す。文字通り、正体を見破るためのものだ。
そして私は正体を現した紋章を見た瞬間、嫌な予感に頭を抱えた。現れたのは公爵家の家紋だったのだ。金に縁取られた宝剣エグリゴリと月桂樹。
「マードック!!いや、マードックじゃないかもしれないけど、とにかく御者の方、馬車を止めてください!!!!」
御者がいるであろう部分を狙って、気付いてもらうためにドンドンと壁を叩く。しかし、帰ってくるのは静寂のみだった。普通の御者であれば、中にいる人間がこれだけ騒いでいれば、何かしらの反応をするはずだ。
反応をしないのであれば、自分と敵対する者であり、何かを企んでいる可能性がある。思わず喉奥に溜まっていた唾を飲み込み、音をたてないようにしながら、馬車の御者が居る側に取り付けられている、腕が出るくらいの大きさの小窓を開ける。そして、私が一番得意な氷魔法を利用して、移動する馬車に合わせて平行移動する小さな鏡を複数創り出した。
そこにあったのは、空白。御者など乗っていなかった。それなのに、何故だか馬は全力で直進している。
この瞬間、またあの夢がフラッシュバックした。あの異様に現実感の強かった夢。夢だと思い込んでいたが、アレは実際のところ、夢ではなかったのではないか。あれは……未来に起きる事象――。
そう気づくと同時に、私は扉に手をかけていた。鍵を開き、外に出ようとした……のだが、それは出来なかった。風の抵抗ではなく、魔力を探る限り、外側から開かないように魔法で施錠されているだけでなく、魔法で薄く、しかししっかりとコーティングされていた。急な出来事に混乱する。
氷の魔法を飛ばして穴を空けようとするが、どうしても威力が足りない。私の魔法は、何かを強く拘束したり、複数の的に当てたりということは得意だが、一撃必殺というには欠ける。要は威力ではなく手数で勝負のタイプなのだ。この侯爵家の無駄に丈夫な馬車……それも外側から施錠・魔力強化をされている壁。どれだけ破壊しようと藻掻いても、窓や壁の表面に傷がつくだけで目の前の壁が壊れる気配は皆無だった。
やけくそになって氷で壁を突き刺すだけでなく、氷で覆った手で窓を何度も何度も殴りつける。強い痛みを感じたが、そんなことを気にしていられる余裕はなかった。それでも変わらない状況に段々と泣きそうになってくる。
馬の速度がドンドン上がっていくのが揺れで分かる。きっと私はこのまま進むと、夢の通りに崖から落ちて死ぬのだろう。走馬灯のようなものが脳を過りかけた時、少し前に掛けられたとある言葉が脳裏を過った。
『これだけは忘れないでくれ。俺が君を大切に思って、守りたいと思っているのは本心だ』
ここ最近、いつもアイザックが去り際に言ってきていた言葉。部屋の前で、消えそうな声で小さく……まるで贖罪する罪人のように口に出すのが印象的だった。
「本当に……本当に大切だって言うなら助けに来なさいよ!!!アイクの大嘘吐き!!!」
「エリス!!前方に寄れ!!!」
私が大嘘吐きと罵ったのと同時。アイザックの声が聞こえた。
私の身体は、その命令に従って前に退避する。そして外側から、馬車の後方がスパンと叩き落とされていた。
しかし馬は既に崖から飛び出し、空に駆け出していたようで、私の身体はそれに引きずられて、馬車と共に宙に放り出されていた。アイザックが目を見開くのが見える。しかし彼に躊躇いはなかった。
すぐに乗っていた馬から飛び降りて、こちらに向かってくるのが見えた。
侯爵家の御者は、時間にうるさい中年の男で、道のりの大体半分くらいになると、残りの距離や予測時間を外側から伝えてくれるのだ。公爵家に行く時もそれがあった。
もしかして、自分が乗っている馬車は違うものなのでは……公爵家のものに間違えて乗ってしまったのではないかと考えるが、扉に描かれている紋章はうちの侯爵家の――聖杯とそれに巻き付く蔦が描かれたものだった。それに内装も、侯爵家のものよりもより質の良いものが使われている。
何故だか唐突に、1カ月前に見たあの生々しい夢の事を思い出す。
馬車の中、無意識の内に『見破り呪文』を唱えていた。見破り呪文は、魔法を使って隠されているものの姿を現す。文字通り、正体を見破るためのものだ。
そして私は正体を現した紋章を見た瞬間、嫌な予感に頭を抱えた。現れたのは公爵家の家紋だったのだ。金に縁取られた宝剣エグリゴリと月桂樹。
「マードック!!いや、マードックじゃないかもしれないけど、とにかく御者の方、馬車を止めてください!!!!」
御者がいるであろう部分を狙って、気付いてもらうためにドンドンと壁を叩く。しかし、帰ってくるのは静寂のみだった。普通の御者であれば、中にいる人間がこれだけ騒いでいれば、何かしらの反応をするはずだ。
反応をしないのであれば、自分と敵対する者であり、何かを企んでいる可能性がある。思わず喉奥に溜まっていた唾を飲み込み、音をたてないようにしながら、馬車の御者が居る側に取り付けられている、腕が出るくらいの大きさの小窓を開ける。そして、私が一番得意な氷魔法を利用して、移動する馬車に合わせて平行移動する小さな鏡を複数創り出した。
そこにあったのは、空白。御者など乗っていなかった。それなのに、何故だか馬は全力で直進している。
この瞬間、またあの夢がフラッシュバックした。あの異様に現実感の強かった夢。夢だと思い込んでいたが、アレは実際のところ、夢ではなかったのではないか。あれは……未来に起きる事象――。
そう気づくと同時に、私は扉に手をかけていた。鍵を開き、外に出ようとした……のだが、それは出来なかった。風の抵抗ではなく、魔力を探る限り、外側から開かないように魔法で施錠されているだけでなく、魔法で薄く、しかししっかりとコーティングされていた。急な出来事に混乱する。
氷の魔法を飛ばして穴を空けようとするが、どうしても威力が足りない。私の魔法は、何かを強く拘束したり、複数の的に当てたりということは得意だが、一撃必殺というには欠ける。要は威力ではなく手数で勝負のタイプなのだ。この侯爵家の無駄に丈夫な馬車……それも外側から施錠・魔力強化をされている壁。どれだけ破壊しようと藻掻いても、窓や壁の表面に傷がつくだけで目の前の壁が壊れる気配は皆無だった。
やけくそになって氷で壁を突き刺すだけでなく、氷で覆った手で窓を何度も何度も殴りつける。強い痛みを感じたが、そんなことを気にしていられる余裕はなかった。それでも変わらない状況に段々と泣きそうになってくる。
馬の速度がドンドン上がっていくのが揺れで分かる。きっと私はこのまま進むと、夢の通りに崖から落ちて死ぬのだろう。走馬灯のようなものが脳を過りかけた時、少し前に掛けられたとある言葉が脳裏を過った。
『これだけは忘れないでくれ。俺が君を大切に思って、守りたいと思っているのは本心だ』
ここ最近、いつもアイザックが去り際に言ってきていた言葉。部屋の前で、消えそうな声で小さく……まるで贖罪する罪人のように口に出すのが印象的だった。
「本当に……本当に大切だって言うなら助けに来なさいよ!!!アイクの大嘘吐き!!!」
「エリス!!前方に寄れ!!!」
私が大嘘吐きと罵ったのと同時。アイザックの声が聞こえた。
私の身体は、その命令に従って前に退避する。そして外側から、馬車の後方がスパンと叩き落とされていた。
しかし馬は既に崖から飛び出し、空に駆け出していたようで、私の身体はそれに引きずられて、馬車と共に宙に放り出されていた。アイザックが目を見開くのが見える。しかし彼に躊躇いはなかった。
すぐに乗っていた馬から飛び降りて、こちらに向かってくるのが見えた。
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