『婚約者を大好きな自分』を演じてきた侯爵令嬢、自立しろと言われたので、好き勝手に生きていくことにしました

皇 翼

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今日も私は授業後の時間をクレイヴ先生のもとで過ごしていた。
一日の講義が全て終わると、まるでそれが当たり前のように先生のもとへ向かい、複合魔法に没頭する。この時間は今の私にとって何よりも大切なものだった。生きていると実感できる、そんな数少ない時間。

「……なるほど。じゃあ、この二つの属性は相性が悪くて打ち消しあってしまうので、詠唱の間に別の中和魔法を挟んで緩衝材のようにしてはどうでしょう?」
「ふーん。でそれを段々と薄く、両方の属性と混ぜ合わせて打ち消しあうのを中和するのか。悪くない。試してみる価値はある。やってみろ」

クレイヴ先生は私の案を聞きながら、ゆっくりと頷く。彼は本当に魔法に対して真摯で、こんな私の研究にも全力で向き合ってくれる数少ない理解者だった。
それに母様が学院に会いに来た後に教えてもらったことだが、クレイヴ先生は一時期私の父に魔法を師事していたことがあったらしい。
先生の生生が私の父だったのだ。なんとも数奇な出会いである。
そういうこともあり、この放課後時間は母様公認の貴重な癒しの時間だった。

しかし……その貴重な時間は、突然の騒音とともに奪われることになる。

――ガシャァァンッ!!

耳をつんざくような衝撃音。
私は思わず身をすくめた。何事かと顔を上げると、研究室の窓ガラスが粉々に砕け散り、そこから人影が飛び込んできたのが見えた。

「おやおや……これはまた、随分と楽しそうだ?」

低く、妙に滑らかな声。
粉塵が晴れると、そこには一人の青年が立っていた。

「――なっ……!?」

一瞬、誰かの襲撃かと思った。けれど、出そうとした言葉は途中で詰まってしまった。至近距離に見知らぬ男の顔があったから。彼の口元には不敵な笑みが浮かんでいる。敵意というよりは、挑発的なもの――そう、まるで獲物を値踏みするかのような。
端正な顔立ちなだけに、何を考えているのか分からず緊張感が強くなっていた。

「貴方、誰……?」

私が警戒しながら問うと、男はやれやれといったようにひらりと肩をすくめた。
こちらを馬鹿にしたような態度だった。

「クレイヴ先生……最近はこの子ばかり贔屓しているようで。師としての公平さを疑いますよ?」

男は私の発言を無視して、クレイヴ先生にくるりと視線を向けた。失礼な人間である。

「……マーカス=ヴェルナー。学院の備品を壊すな」
「おお、ようやく僕の名を呼んでくれましたか。嬉しいですねぇ、クレイヴ先生」

クレイヴ先生がため息をつきながらその名を口にすると、男――マーカスは嬉しそうに笑った。そうしてようやく私の方に再度目を向けた。

「まあ、貴女が僕のことを知らないのも当然でしょう、お嬢さん。僕はね、クレイヴ先生の最初の弟子にして一番の愛弟子、そしてこの学院最強の生徒ですよ」
「最初の……?最強?」
「ええ。つまり、あなたのような新参者とは違い、長年この方のもとで魔法の研鑽を積んできたということです」
「こんなこと言ってるが、まだ2年くらいだ」

そう言いながら、彼はゆっくりと私に近づいてくる。その目は、どこか愉快そうでありながら、冷たくもあった。
言葉からの印象としては、気障な態度のふざけた人間。しかしこちらに対してびりびりと身体を痺れさせるような攻撃的な魔力を放ってきていることから、その態度とは裏腹に実力はあるように見えた。

「それが、最近になって急に『どこの馬の骨とも知れない小娘』が先生の時間を独占していると聞いたら……そりゃあ、気になりますよね?」

小馬鹿にしたような口調に、私は眉をひそめる。
それに折角の放課後時間を割とどうでもよさそうなことで遮られていることに少し苛立ちを覚えていた。故に、関わらない方が平和だろうに、言い返してしまった。

「……あなたが先生の一番弟子? なら、もっと先生に迷惑をかけない登場の仕方をすればいいんじゃないですか?」
「はは、確かに。それは正論です。でもね――」

マーカスはそこで急に口元を歪めた。嫌な笑みだ。

「私は、君みたいに『正しい方法』で物事を進められる人間じゃないんですよ。天才なので」

その言葉には、妙な棘があった。なんだかこの男、言葉の一つ一つが厭味ったらしい。
しかも初対面からこの敵視である。私は新たな問題の出現に頭を抱えた。……隣のクレイヴ先生も窓を見て頭を抱えていたが。
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