奇人街狂想曲

かなぶん

文字の大きさ
9 / 98
第二節 芥屋のご近所さん

第1話 新しい一日

しおりを挟む
 目覚めた先には、年季の入った木造の天井。
 自室の白い天井とは似ても似つかない木目と、しばらく見つめ合う。
 寝ぼけにいぶかる頭が、徐々に記憶を取り戻していけば、「ああ……」と声が漏れた。
 どうやら昨日の出来事は、夢で終わってはくれなかったらしい。
 逃走の末、変に開き直ってしまったせいか、突きつけられた現実を嘆息だけで確認した泉は、ゆっくり身を起こし――固まった。
 背後のカーテンで閉ざされた部屋は、陽を遮る薄闇の中で見知らぬ顔をしていた。
 てっきりソファの上だと思っていたのだが、今現在、泉を包むのは床に敷かれた布団。悔しいかな、自室のモノより手触りが良く、適温を保つ割に軽い。ここが元居た場所なら二度寝に耽りたいところだ。
 とりあえず、状況を整理する。
 植木鉢の行方をワーズが語ったところまでは覚えている。茹で蛸の頭に直撃した事実は凄まじく、きっと自分は気絶してしまったのだろう。
 ここまでは、分かる。
 誰が運んだか、についても見当はつく。かなり恥ずかしいが、ワーズだ、きっと。長身の体格の割に性別が希薄なためか、意識がないのを狙って何かされたとは、不思議と想像できなかった。第一、黒い着衣には乱れもなく、身体にも不快はない――とまで確認し、昨日の疑惑が頭を掠める。
 実はワーズは女……。
 一瞬、あの体格、白い肌に、女性用の水着を着用した姿が浮かんだ。
 それもショッキングピンク。おまけにシルクハット、鈍い銀の銃付き。
 不審者極まりない水着姿が失礼ながらおぞましく、急いで首を振って払う。
 それより先に考えるべきことがあるはずだ。
 泉は無意識に布団から伸ばした手で、畳の感触を撫でた。
(ええと、この部屋……?)
 見渡せば、衣装箪笥と扉、窓しかない簡素な造り。狭くはないが、かといって広いわけでもない。
 判断のつかないままカーテンを開けてみると、鈍い朝の光に照らされた瓦屋根が現われ、右には三角屋根と思しき出っ張りがある。下を見れば、向かいのみちの落下防止の柵が、瓦と平行して横に伸びていた。
(シファンクの二階……なのかしら?)
 だとするなら、三角屋根は長さからして店部分だろうか。
 困惑する泉の前に、窓の外からひょっこり影が現われた。
 驚きに息を丸呑みすれば、影はべしべしっと窓を叩く。
「え……ま、まお?」
 止まない催促に慌てた泉は、急いで窓へ手を伸ばした。が、やけに立て付けの悪い窓はすんなりと開かず、マオも心得ているのだろう、頭一つ分隙間ができたところで、するりと部屋に入ってきた。
 こちらの労苦を気にも止めない素早さ。
「あ――げほっ」
 思わず何かしらの声を上げかける泉だが、猫と共に入ってきた空気をまともに吸っては、すぐさま咳き込んでしまう。土埃に排気ガスが混じったような不快さだ。すっかり忘れていた外気の悪さに咽せつつ、開けたとき以上に急いで閉めると、猫が泉の肩にへばりついてきた。
「なー」
「お、おはよう」
 虎サイズになれるとは思えないほど、それどころか泉の知るネコより軽い。比べられる重さは羽根くらいだろうか。加え、昨日の惨劇をもたらした猛獣とは思えない親しさには戸惑うばかりである。
 当の猫はそんな泉の気持ちを知ってか知らずか床へ降りると、部屋の扉へ進み、振り返るなり付いてこいと言うように一声鳴いた。
 その姿を目で追うだけだった泉は呆気に取られつつも後に続く。最中、広がる褐色の髪が視界の端にまで入ってきたなら、手首に巻き付けたままのゴム紐で縛り、終えたところで辿り着いた扉を開けた。
 恐る恐る先を窺えば、校舎並みに長い廊下に出る。
(やっぱり、二階だわ)
 昨日バスルームを借りた時に見た光景を目にし、やはり芥屋の二階で間違いないと確信を得た。
 だが、疲労が軽減された今、改めて目にする廊下には違和感しかない。
 店も含めた一階の長さを縦とするなら、何故か横に長い二階。こんなスペースがあっただろうかと外観を思い浮かべれば、昨日走り回った街中の、重なり合う家の造りが蘇った。あの複雑怪奇な造りなら、これくらいは普通なのかもしれない。
 長い廊下に配置された部屋の扉は、階段を挟んで左右二つずつ。どれも扉は階段側で、反対には窓のない壁が続くのみ。泉が眠っていたのは、階段上がって右手奥の部屋だった。
「なー?」
 呼び声に目線を下げると、中央の階段の前に猫がいた。
 泉を待つ姿に、そろそろと近づく。
 窓がないためか、廊下の天井には白い灯りが等間隔で点いている。それが余計に校舎の廊下を思わせて、裸足で歩くことに少しだけ抵抗を抱く。
 と、階段を通り過ぎた先の行き止まりの壁に、この距離からでも分かる雑な補強跡を見つけた。進行方向ゆえに、嫌でも視界に入ってしまうそこ。今にも何かが飛び出てきそうな雰囲気を感じて、知らず知らず身構えてしまう。
 ――そのタイミングで。
「おや泉嬢。おはよう」
「っ!」
 突然開いた隣の扉から、黒一色の男が現れた。
 驚きから壁への警戒心が一気に消し飛んだ泉とは違い、鉢合わせに何の反応も示さなかったワーズは、後ろ手で開けた扉を閉めつつ、へらりと笑って問う。
「大丈夫かい? 昨日はいきなり倒れちゃうから」
 表情とは裏腹の心配する声音だが、昨日泉が倒れた原因の大本はワーズにある。
「だ、大丈夫です!」
 誰のせいで!、と叫びたい気持ちを堪えた泉は、代わりに元気良く頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

元恋人が届けた、断りたい縁談

待鳥園子
恋愛
シュトルム辺境伯の末娘ソフィに隣国の帝国第二皇子から届けられた『縁談』の使者は、なんと元恋人のジョサイアだった。 手紙ひとつで別れることになったソフィは、素直になれずジョサイアから逃げ回る。 「私に届けなければ、彼は帝国に帰ることが出来ない」 そう思いようやく書状を受け取ろうと決意したソフィに、ジョサイアは何かを言い掛けて!?

ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。 さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった! しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って? いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

異世界育ちの侯爵令嬢と呪いをかけられた完璧王子

冬野月子
恋愛
突然日本から異世界に召喚されたリリヤ。 けれど実は、リリヤはこの世界で生まれた侯爵令嬢で、呪いをかけられ異世界(日本)へ飛ばされていたのだ。 魔力量も多く家柄の良いリリヤは王太子ラウリの婚約者候補となる。 「完璧王子」と呼ばれていたが、リリヤと同じく呪いのせいで魔力と片目の視力を失っていたラウリ。 彼との出会いの印象はあまり良いものではなかった。

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのになぜか溺愛ルートに入りそうです⁉︎【コミカライズ化決定】

sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。 遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら 自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に スカウトされて異世界召喚に応じる。 その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に 第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に かまい倒されながら癒し子任務をする話。 時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。 初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。 2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。

半世紀の契約

篠原皐月
恋愛
 それぞれ個性的な妹達に振り回されつつ、五人姉妹の長女としての役割を自分なりに理解し、母親に代わって藤宮家を纏めている美子(よしこ)。一見、他人からは凡庸に見られがちな彼女は、自分の人生においての生きがいを、未だにはっきりと見い出せないまま日々を過ごしていたが、とある見合いの席で鼻持ちならない相手を袖にした結果、その男が彼女の家族とその後の人生に、大きく関わってくる事になる。  一見常識人でも、とてつもなく非凡な美子と、傲岸不遜で得体の知れない秀明の、二人の出会いから始まる物語です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

冒険野郎ども。

月芝
ファンタジー
女神さまからの祝福も、生まれ持った才能もありゃしない。 あるのは鍛え上げた肉体と、こつこつ積んだ経験、叩き上げた技術のみ。 でもそれが当たり前。そもそも冒険者の大半はそういうモノ。 世界には凡人が溢れかえっており、社会はそいつらで回っている。 これはそんな世界で足掻き続ける、おっさんたちの物語。 諸事情によって所属していたパーティーが解散。 路頭に迷うことになった三人のおっさんが、最後にひと花咲かせようぜと手を組んだ。 ずっと中堅どころで燻ぶっていた男たちの逆襲が、いま始まる! ※本作についての注意事項。 かわいいヒロイン? いません。いてもおっさんには縁がありません。 かわいいマスコット? いません。冒険に忙しいのでペットは飼えません。 じゃあいったい何があるのさ? 飛び散る男汁、漂う漢臭とか。あとは冒険、トラブル、熱き血潮と友情、ときおり女難。 そんなわけで、ここから先は男だらけの世界につき、 ハーレムだのチートだのと、夢見るボウヤは回れ右して、とっとと帰んな。 ただし、覚悟があるのならば一歩を踏み出せ。 さぁ、冒険の時間だ。

処理中です...