奇人街狂想曲

かなぶん

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第三節 珍客万来

第5話 お隣さん

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 下心は別として、泣いている赤の他人を進んで慰める者など、そうはいない。
 見知らぬ者の前で泣けるのは、保護の温もりを知る子どもか、自らを嘆くのに夢中で周りを顧みない者だけ。前者はさておくとしても、後者へ掛けられる言葉は、誰もが持てるモノではないだろう。何を嘆いているのか分からない以上、何を言っても無駄かもしれず、場合によっては、その一言でこちらに危害が及ぶこともある。
 だが、その子どもは気遣い問うたのだ。
 「お姉ちゃん、大丈夫?」と。

* * *

 最悪な目覚めだった。
「うー……」
 むくりと起き上がった泉は、しばらくの間、顔を覆って呻く。それだけでは飽き足らず、上半身を布団に押しつける。
 陽の光が滲む遮光カーテンの向こうでは、小鳥がさえずっている。
 否、あれに小鳥と呼べるような可愛げはない。
 鳴き声に反した正体は、面妖な鳥の化け物だ。首を寸断されたような身体、その切り口には猿に似通った顔。大きさはカラス大で、羽根は濡れ羽色だが足は鶏のように黄色い。
 元居た場所で見たことのない奇怪な生物は、奇人街では一般的な食材だという。
 それが鳴くのは決まって早朝。
 鳥の面妖さ以上に面妖な店主の料理を思えば、とっとと起きて、さっさと飯の支度でもしたいが、罪悪感に苛まれて動けない。
 それでもべしんっと窓を叩く猫の訪問に、泉はのろのろと寝具の中から這い出た。 


「おはようございます」
「あ、おはよう、泉嬢」
「おはようございます……スエ、さん?」
「はようネ、娘御。名の後に博士ハクシを付ければなおよろし」
「はあ。それで……一体なにを?」
 二階から降りる際、見るともなしに見た一階の居間では、三白眼の下にしっかり隈をこさえた男が、椅子に座るワーズの腕へ妙な管を取り付けているところだった。泉の挨拶に応えたのは気まぐれだったのか、続く質問を無視した男は、あーでもないこーでもないと言いつつ、ワーズの周りをウロウロしている。
 これを横目に、あと一段降りれば一階というところで、泉は床をうねる配線に気づいた。
 跨ぐか踏むか。
 悩んだ泉はとりあえず足を上げ、これを見たワーズが慌てて言う。
「泉嬢、危ないよ? 実験の最中だから、触れたら感電して死んじゃう」
「かっ!? じ、じっけんって……なんの、ですか?」
 配線に触れかけた足を戻した泉は、ワーズの側にいる男を改めて凝視した。
 風呂に入ろうが、金と思しき髪やヒゲは伸びるに任せてぼさぼさ。三白眼の黒い目も不健康を示すように落ちくぼんでおり、白い肌の状態もすこぶる悪く見える。反して、着込んだ白衣だけは、パリッと驚きの白さが保たれていた。
 自らを博士と称するこの男、名をスエ・カンゲという。
 昨日の夜、凄まじい音を立て、二階の補強跡をぶち抜いて芥屋に現われた彼は、その向こうに居を構える、いわゆるお隣さんだった。不気味な容姿や挙動から、史歩以上に奇人街の住人を彷彿とさせるスエだが、好き勝手を許しているワーズを見るに、人間であることは間違いない。間違いはないが、同類扱いはご遠慮申し上げたい手合いである。
 そんな泉に対し、スエは神経質な三白眼をギラリと輝かせた。
「ほうほう、娘御も興味ありかネ? 良い良い。若人は熱心であればあるほど良い! そこでちらりと実験体になってくれれば、なおよしヨ!」
「それは無理です」
 即答すれば、つまらなさそうに鼻を鳴らすスエ。
 が、気づいた事実に泉は顔を青褪めさせた。
「じゃあ、ワーズさん、もしかして実験って……」
「うん。ボクの耐電性を調べるんだってさ」
「なっ! そんなことして何になるっていうんですか!?」
 のほほんと言う話ではない。
 今まさに、目の前で行われようとしている人体実験を止めるべく、泉の足が配線の上を過ぎれば、虎サイズの猫に首根っこを引っ張られてしまう。
「ぐげ」
 おおよそ年頃の娘が発して良いものではない音が出た。
「んじゃま、ぽちっと」
 その間にも、抗議の一切を無視したスエが、複雑怪奇な装置のボタンを押す。
「や、やめ――!!」
 猫から解放を得たところで叫んでも、時すでに遅く、止められなかった泉は茫然としてしまう。
 しかし、ふと気づいた視線を階上の廊下へ移せば、常時明るいはずのそこが闇に染まっていた。窓一つない廊下が、光源を電力に頼っているということを踏まえれば、つまるところ――
「……あれ、失敗ネ。ブレーカーが落ちたみたいヨ」
「残念だね、スエ博士。今度は成功すると良いねえ」
「良くありません!」
 ぶちぶち文句を言いながら機材の回収を進めるスエを横に、泉は配線に構わず下りていく。猫の制止もないことから危険はないと分かるが、どうでも良かった。
「し、死んじゃうところだったんですよ!?」
 泉にはそう言って足を退かせたくせに、目の前まで来た少女を見上げた男は、赤い口で笑って言った。
「平気平気。それより泉嬢、ご飯頼めるかな? お腹空いちゃってさ」
「ご飯……って、それより!?」
「うん、それより。だってね、やっぱり朝はちゃんと食べなくちゃ。それとも泉嬢、朝飯抜くタイプだっけ? ダメだよ、ちゃんと食べないと」
「…………あーもう! はいはい、分かりました!」
 何を言っても無駄と知り、のほほんとした顔から目を逸らす。
(真面目に心配したこっちが馬鹿みたい)
 口には出さず、ワーズ手製・白いフリルのエプロンを身に付ける。
 これは泉に丁度良いサイズだが、並んでもう一枚、エプロンが壁に掛けられていた。そちらは大きいのでワーズ用とも取れるが、デザインが泉より増してゴテゴテ可愛らしいのが引っかかる。現在、泉が上に着ているは鮮やかな蝶が刺繍された空色の服で、ワーズといえば、黒一色の変わらない姿。人には多様な服を提供する割に、自分の格好はシンプルを貫き通す彼が、わざわざ自分用に凝り過ぎて、ドレスにすら見えるエプロンを作るとは到底思えない。聞いてみたい反面、言ったら最後、興味があるならと、嬉々として同じデザインで泉用のものを拵えそうだ。
 実用性のないエプロンなど、貰ったところで困るだけ。
 泉は首を振ることでいらぬ考えを払うと、台所へ向かう。
 その際、スエの発明とやらを遠慮なく踏んだり蹴り飛ばしていくのは、諸々の腹いせももちろん含まれていた。
 キィキィうるさいスエの声は聞かず、変わりに届いた声は自分のペースを崩さず。
「朝は基本だからね。泉嬢が食べてくれるって言ってくれて、とても嬉しいよ」
「……はあ」
 一ヶ月後には去る身とはいえ、難解な店主の呑気さに呆れる。
 順応はしたくないが妥協は必要だ。
 朝食の支度に取りかかりながら、泉はそんなことを今一度思う。
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