奇人街狂想曲

かなぶん

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第五節 鬼と彷徨う長い夜

第1話 探す”モノ”

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 無防備に向けられた胸。
 逃さず、勢いで貫き払う。
 舞い跳ぶ濃厚な緋色が降りかかるのも気にせず、にやりと笑めば、傷を負ってようやく攻撃態勢に入る獲物。
「遅いっ!」
 身体を沈め、首の根元を深く抉った。
 触手の絡み合った拳が絶命してなお襲い掛かるのを、身を横に滑らせ様、腕の付け根から切断。数歩進めた後ろで、跳んだ拳と首の取れかかった身体が倒れる音を聞き、血に濡れる相棒を愛おしそうに舐めた。
 振り返り、恨めしそうな顔でだらしなく舌を垂らす首に、再度深く刀を突き入れ、空いた手で生白い頭を掴み、引き千切る。こびりついた刀の血を一振りで払う一方、見合う位置まで幽鬼の首を持ち上げると、涎が込み上げてくる唇をひと舐め、喉を鳴らした。
「ククククク……これを干せばだいぶ持ちそうだな」
 血塗れ姿の史歩が微笑んだなら、骨を砕く音。
 そちらを見れば、虎の影がもう一体の生白い頭を押し倒している。ぶちり、と首を咬み千切った後、「クルルルル……」と鳴る喉は喜悦に満ちていた。
 為す術もなく事切れた幽鬼の上に立つ姿に、史歩はうっとり笑む。
「さすがは猫。……そういや綾音はどこ行った?」
 思い出した史歩の言葉に、猫が食事もそこそこに辺りを見渡す。
 少し腹が立った。
 むくれていると、追いついたワーズが惨状に場違いなほど呑気な感想を漏らす。
「同士討ちでもしたかな? これじゃあ泉嬢が死んでても分からないね」
「共食いだろう、これは。勿体ない。しっかしさらりと酷いな、お前」
 史歩の非難にワーズは銃口で頭を掻きながら、おや? と首を傾げた。
「史歩嬢、泉嬢が死んでた方が良かったんじゃないのかい? 猫のお気に入りなんだから。最初は殺す気満々だったよね?」
 心底不思議そうに尋ねられ、斬りつけたい衝動を抑えつつ、
「あれは……綾音が弱いと知らなかったからだ。大体、猫のお気に入りを無下にすれば、肝心の猫に嫌われちまうだろうが。くだらないことを聞くな」
 苛立ちと羞恥を隠すように、抜き身を肩に置き、辺りへ視線を走らせる。
 目についたのは幽鬼の仕業とは思えない、奇人街の夕闇を臨める大穴が開いた壁と――丁度向かい合う部屋にある棺桶状の鉄の塊。
 人が一人入れそうなソレに史歩は柳眉を顰めると、棺桶に近づくなり躊躇いなく蹴った。スエの住処に侵入する際、草履をわざわざ持ち寄ったから、足袋裏が汚れる心配はない。
「きょっ!?」
 予想通り聞こえてきた短い悲鳴に、青筋が浮かんでくる。とりあえず連続でガスガス蹴りつけながら叫ぶ。
「いつまで隠れてやがる! 綾音はどこだ!?」
「な、なんだ、君らかネ……」
 棺桶からやはり思った通りの人物・スエが安心した顔を出した。
 その首筋に問答無用で白刃を宛がう。
 途端、漏れる悲鳴に、史歩は刃と称される瞳を細めた。
「学者ぁー、いい加減にしろよ? お前の魂胆は知ってんだよ。下らない発想のために何人殺す気だ?」
「ひっ! て、店主、助けるがよろしいヨ!」
 つぅ……、と脅しに立てた刃が首を薄く裂き、血が一筋流れる。逃れようとするのを、幽鬼の首でもって押さえつける。
 哀れな学者の懇願に、血溜りの中でさえへらへら笑うワーズは、銃口を頭に当てて傾いだ。
「うーん。今回ばっかりは無理かな? 相手が悪いよ。史歩嬢じゃなくて、猫が、ね」
 その言葉を待っていましたとばかりに、黒い巨体がスエに飛び降り、胸を前足で強く抑えた。
「シャアアアアアアアアアァァァァァァ!!」
 剥き出しの牙にスエが真っ青になって慄く。
「し、知らない……いや、聞こえただけだが、シイが現われたんだ! たぶん、ワシの血が狙いで! 娘御がシイと呼んだのは確かに聞いたヨ!」
 スエの叫びを受け、猫に出番を譲った史歩は、横目で棺桶の前に見た大穴を確認した。これまでの経験上、幽鬼が建物を破壊するのは、その陰に人間がいる場合か、獲物と定めたモノを仕損じ、あるいは仕留めたついででのみ。それでも、ここまでの大きさになることはないため、この大穴はシイが開けたものと推測できる。
 そしてシイの性格上、幽鬼に襲われかねない者を、そのままにして逃げることはないだろう。
「ということは、アレが泉嬢を連れ去った訳か。……猫。スエ博士を殺したら、泣きはしないだろうけど、泉嬢かなり気落ちするから止めなよ?」
「ガウ……」
 しょうがない。そんな風に鳴いて、猫の姿が小さくなった。
 ほっと息をつく学者の頭を、史歩は八つ当たり気味に幽鬼の首で殴りつける。
 拍子に、どろりと流れた蜜がスエの頭を垂れた。
 抗議する音は眼力で黙らせ、
「で、どうするんだ、店主。シイが一緒とはいえ、幽鬼が徘徊する街では死ぬ確率が高い。探しても――」
「んー? 二手に分かれようか。君らは幽鬼殺しつつ、泉嬢の遺体がないか探してくれ。ボクは……ボクなりに探すよ」
(死んでいるのが前提か?)
 もの凄く面倒臭そうなワーズのへらり顔に、先に前提を挙げたことを棚に上げ、史歩は眉を顰めた。
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