奇人街狂想曲

かなぶん

文字の大きさ
47 / 98
第五節 鬼と彷徨う長い夜

第12話 妥協

しおりを挟む
「動かないで」
 チープな脅し文句が耳をくすぐる。
 この期に及んで従いたくはなかったが、幽鬼の存在が抗うことを許さない。
 口を塞ぐ左手。両腕ごと身体を抱く、銃を持つ右手。黒いコートに後ろから抱きすくめられた泉は、自由な眼で目の前の幽鬼を見つめる。
 すぐ近くにいるというのに、動かない方が危険ではないか。
 そう思いながらも留まっていれば、生白い裸体がこちらを向いた。
 反射的に目だけを横へ逸らす。
 合えば追われると、これまでの経験から判断しての条件反射だった。
 だが、感じる視線は避けられず、身体が震えそうになる。
 それでもじっと耐えたのは、微動だにしない背後の気配を感じたため。
 しばらくこちらを見ていた視線が離れ、併せて泉の目が幽鬼に戻ったなら、ぬったりとした動きで左方向へと歩き出す。
 硬い地面を踏む裸足の音が遠ざかり、乗じて緩んでいく右腕の拘束。
 機を逃さず、なおも塞ぐ手を片手で下げ、思いきり噛みついた。
「痛いっ!?」
 怯む相手を振り払い、痛みに重い右腕を叱咤して、そのまま頭から走る。
 だが、左手があっさり取られてしまった。
 かといって中年のようにしつこく抱き締める真似はせず、向かい合わされた先。
 困惑したワーズがそこにいた。
「酷いよ、泉嬢。幽鬼から助けてあげたのに」
「離してください! 私は絶対シイちゃんを助けるんです!」
「君が? 猫を使うのに?」
 揚げ足を取られて詰まる。そういう行動をしているのだと理解していても、真正面で言い切られると怯んでしまう。
 そんなこちらの沈黙に、ワーズがため息をついた。
「確かに猫は君を好いてる。アイツは人間だからって手を緩める訳じゃないから、あれだけ懐くのは珍しいけど」
 芥屋を名に冠しながら店主に飼われている訳ではないという猫。
 ワーズを飼い主と言った時の、猫のもの凄く嫌そうな鳴き声を思い出す。
(……でも、どうしてそんな話を?)
 てっきりこのまま芥屋へ連れて行かれると思っていたのだが。
 真意が読めず、伺うようにワーズの次の言葉を待つ。
 逃げ出さないと判断したのか、左手が解放された。
 途端に痺れと痛みが起こり、慣らすように服を擦る。思ったより強く掴まれていたらしい。それとも、振り解こうとした力が強過ぎたのか。
 そんな泉を気遣いながらワーズは続けた。
「そう。アイツは気まぐれが過ぎるんだ。だから史歩嬢は君に刃を向けた。ワーズ・メイク・ワーズだってなかなか食べれないし」
 ……話がかなり脱線した。
 胡乱気な顔を向ければ、ワーズが苦笑してみせた。
「だから、ね? たぶんだけど、君が望めば猫は間違いなくシイを助けるよ」
 驚きに目を見開く。
「芥屋に連れて行くんじゃないんですか?」
 つまり?
「まあ本当は無理矢理にでも連れて帰りたいところだけど。ここまで来ちゃったし、帰ったら泉嬢、泣き続けちゃいそうだし?」
 へらり、赤い口をぱっくり開けて笑う。
 それだけで肩の力が抜けるのを感じた。
 自分でも呆れるほど安心する。
 しかしワーズはそこで複雑な表情を浮かべて笑い、
「ワーズ・メイク・ワーズはね、泉嬢。人間が好きだから助けるんだけど、死んだ者に興味はないんだ。自己犠牲とか、大っ嫌いなんだよ? なのにアレは君を助けた。ホント、死に縛られたヤツってのは、何考えてんだか」
 言い含めるように語られる、不思議な話。
 死人という種名はさておき、シイのあの明るさを浮かべて、死という単語は到底結びつかない気がする。疑問をそのまま口に出するべきか迷って首を傾げれば、黒いマニキュアの手が唐突にこちらへ伸びてきた。ぎょっとする泉へ断りなしに、血塗れのクセ毛が一房、ワーズの鼻先まで持ち上げられる。
 顔が顰められ、一言。
「……変なニオイ」
「んなっ!」
 不覚にもちょっぴり胸を高鳴らせてしまった分だけ腹が立つ。
 幽鬼やら住人やらの返り血を浴びては、そう評されても仕方ないが、わざわざ目の前で言う必要などないではないか。
「んー……変態中年と年増鬼火がニオイの元かな? アレらに会ったの?」
「……分かるんですか?」
 ずばり的中した推測に、怒りより驚きが勝った。ただし、セクハラ・キフは訂正の必要がないくらい変態だとしても、クァンを年増と思ったわけではない、決して。
 さておき、ワーズは緊張感なくへらり笑って泉の髪を解放すると、こめかみに銃口を押し当て傾いだ。
「終わったら、髪、念入りに洗わなくちゃねぇ。服とかは洗濯機でどうにでもなるけどさ。そだ、なんだったらボクが」
「いえ、結構です!」
 泉はとんでもない提案の気配を感じ、先んじて腹に力を込めて拒絶した。
 途端に嬉しそうな顔から不満そうな顔に変わるワーズ。
 呆れつつも窘めようとすれば、通り過ぎたはずの生白い姿を視認し、泉は言葉を呑み込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

元恋人が届けた、断りたい縁談

待鳥園子
恋愛
シュトルム辺境伯の末娘ソフィに隣国の帝国第二皇子から届けられた『縁談』の使者は、なんと元恋人のジョサイアだった。 手紙ひとつで別れることになったソフィは、素直になれずジョサイアから逃げ回る。 「私に届けなければ、彼は帝国に帰ることが出来ない」 そう思いようやく書状を受け取ろうと決意したソフィに、ジョサイアは何かを言い掛けて!?

半世紀の契約

篠原皐月
恋愛
 それぞれ個性的な妹達に振り回されつつ、五人姉妹の長女としての役割を自分なりに理解し、母親に代わって藤宮家を纏めている美子(よしこ)。一見、他人からは凡庸に見られがちな彼女は、自分の人生においての生きがいを、未だにはっきりと見い出せないまま日々を過ごしていたが、とある見合いの席で鼻持ちならない相手を袖にした結果、その男が彼女の家族とその後の人生に、大きく関わってくる事になる。  一見常識人でも、とてつもなく非凡な美子と、傲岸不遜で得体の知れない秀明の、二人の出会いから始まる物語です。

異世界育ちの侯爵令嬢と呪いをかけられた完璧王子

冬野月子
恋愛
突然日本から異世界に召喚されたリリヤ。 けれど実は、リリヤはこの世界で生まれた侯爵令嬢で、呪いをかけられ異世界(日本)へ飛ばされていたのだ。 魔力量も多く家柄の良いリリヤは王太子ラウリの婚約者候補となる。 「完璧王子」と呼ばれていたが、リリヤと同じく呪いのせいで魔力と片目の視力を失っていたラウリ。 彼との出会いの印象はあまり良いものではなかった。

ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。 さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった! しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って? いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

冒険野郎ども。

月芝
ファンタジー
女神さまからの祝福も、生まれ持った才能もありゃしない。 あるのは鍛え上げた肉体と、こつこつ積んだ経験、叩き上げた技術のみ。 でもそれが当たり前。そもそも冒険者の大半はそういうモノ。 世界には凡人が溢れかえっており、社会はそいつらで回っている。 これはそんな世界で足掻き続ける、おっさんたちの物語。 諸事情によって所属していたパーティーが解散。 路頭に迷うことになった三人のおっさんが、最後にひと花咲かせようぜと手を組んだ。 ずっと中堅どころで燻ぶっていた男たちの逆襲が、いま始まる! ※本作についての注意事項。 かわいいヒロイン? いません。いてもおっさんには縁がありません。 かわいいマスコット? いません。冒険に忙しいのでペットは飼えません。 じゃあいったい何があるのさ? 飛び散る男汁、漂う漢臭とか。あとは冒険、トラブル、熱き血潮と友情、ときおり女難。 そんなわけで、ここから先は男だらけの世界につき、 ハーレムだのチートだのと、夢見るボウヤは回れ右して、とっとと帰んな。 ただし、覚悟があるのならば一歩を踏み出せ。 さぁ、冒険の時間だ。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

処理中です...