奇人街狂想曲

かなぶん

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第二節 雨上がりの逃走劇

第11話 静寂

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 進めど進めど、等間隔に青白い街灯が続くばかりの路。整然と並ぶ倉庫を右、柵を左に歩き続ける泉は、街灯の明かりを抜けたところで振り返った。
 だいぶ遠ざかった……はず。
 依然として近づかない、街の賑わいを示す前方とは違い、人気のない工場地帯か埠頭を思わせる風景は、距離を測るには適していない。
 それでも、歩き続ける足には疲労感が確かに蓄積しており、抜け出した倉庫からは確実に離れていると自分に言い聞かせる。――人にはない運動能力を持つ人狼相手では、ほとんど距離を稼げていない事実からは目を逸らしつつ。
 無事、シウォンのいる場所から脱せた泉だが、待っていたのはどこまで行っても変わらない、瓦屋根と石壁の倉庫、光量の乏しい街灯、広く見通しの利く石畳の路だった。
 そこから柵の設置された端まで来て分かったことと言えば、この場所が奇人街の中でも高所にあることと、街の賑わいから遠い位置にあること。そして何より、芥屋の看板が見当たらない、ということ。
 店の規模に反して大きい芥屋の看板は、木彫りの字を何故か青白い光でライトアップしており、芥屋自体が周りより高い位置にあることも手伝って、何かと目立つ。建物の陰から見上げるならともかく、見晴らしの良い高所から見えないのであれば、それはつまり、芥屋が近くにないことを示していた。
(気を失ったのが、たぶん、夕方前。目が覚めたのが夜。少なく見積もっても、そこそこ時間は経っている。けど、車がない奇人街なら移動はきっと徒歩。普通ならそこまで芥屋から離れてはいないはず、なんだけど……)
 泉が想定する「普通」は、あくまで元居た場所のことであり、人間基準。芥屋の物置のような移動手段や人狼がいる奇人街では、この「普通」は通用しないだろう。
 果たしてここは、芥屋からどのくらい離れているのか。このまま無事逃げおおせたとして、芥屋に着くまでどれくらい時間がかかるのか。
(か、考えないようにしよう。今までだって、なんとかなったんだから!)
 元々、縦横無尽、変則的に路が敷かれた奇人街である。その上、種類豊富な住人が暮らすくせに、建築様式はどれも似通っていて、目印にできそうなものはほとんどない。
 そんなところを闇雲に逃げ回った記憶しかない泉は、最終的に芥屋へ辿り着いた経験だけを頼りに、全く説得力のない希望で己を鼓舞する。
(まずはここを離れなくちゃ。あの人だって、いつまで寝ているか分からないんだから)
 意気込み、目下の問題を頭に浮かべて一歩踏み出す。
 と、
「っわ」
 考えに集中していたせいか、石畳のでっぱりに爪先が引っかかった。
 辛うじて倒れることはなかったが、思わず上げた声を両手で封じ、来た路を再度見る。
 何一つ変わらない景色が泉の焦げ茶の目に映った。
(危ない危ない。……それにしてもあの人、なんだったのかしら?)
 シウォンの目的は彼自身から聞いた。それを拒んで泉は今、ここにいる。
 だが、攫われたはずの足には、気を失う直前には履いていなかった、縁に綺麗な金の刺繍が施された白い靴があった。十中八九、シウォンが履かせたのだろうが、逃げないように両手両足を縛りつけておきながら、わざわざ靴を履かせる意味が分からない。
(ま、いいか)
 考えたところで現状が良い方向へ働くわけでもない。
 一人で夜の奇人街を歩く羽目になったのだから、元凶のシウォンへ礼はないが、靴があるのは単純にありがたかった。泉のために用意された靴は、サンダルや分厚い靴下より、遥かに歩きやすい。
 ささやかな幸運を見つけ、少しばかり勇気づけられた泉。
 歩みを再開すれば、ふわりと嗅ぎ取る匂いがある。シウォンのところで嗅いだ焼き肉の匂いは、今も泉の周り、いや、周囲に漂っていた。それらしい光景はどこにもないのに、香ばしく食欲をそそるソレに、思い浮かぶのは黒一色の姿。
(……ワーズさん、今頃晩御飯食べてるのかなぁ)
 くぅ、と断定するように腹の音が鳴った。
 楽しそうに食事をする姿を浮べては、ほんの少し寂しくなる。
 泉はチクリと痛む胸の変わりに腹を押さえると、知らない路を進んでいく。
 もちろん、都度芥屋の看板を探すことも忘れず、延々歩き続けること幾ばくか。
 陳列する倉庫が途切れた路を見、とりあえず同じ景色が終わったことにほっと息をつく。
 ――と、不意に自分のモノではない足音が聞こえてきた。
 それも突如として、すぐ近く、前方から。
 慌てて目をこらすが、倉庫と同じ間隔で設置されていた街灯は更に乏しくなっており、こちらの姿を隠す一方で、足音の正体も明かしてはくれない。
 真っ直ぐ向かってきている様子はないが、恐怖から勝手に後ずさる足。
 すると、足音の主がぴたりと動きを止めた。
(気づかれた!?)
 すぐさま口を手で覆い、目に入った倉庫の陰へ入り、身を縮めるようにうずくまる。
 呼吸を止めたせいか、必要以上に聞こえる心音が何より恐ろしい。鼓動があるからこそ生きていられるのに、その振動のせいで相手に気づかれてしまうのではないかと危惧する。
 見開いた瞳が徐々に乾き始め、失った水分を補うべく、涙が視界を歪め始める。
 その間に、見当をつけたと思しき足音がこちらへ近づいてきた。
 弱々しい街灯の下まで来た足音の主は、一度足を止めて辺りを見渡した。
 露になった姿を認め、泉の息が一層詰まる。
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