89 / 98
第二節 雨上がりの逃走劇
第22話 遅れた誤算
しおりを挟む
闇間を爆ぜる炎。
照らされた顔は虚ろと思しき表情を示すが、青の双眸の奥底では、昏い激情が静かに凪いでいた。
見るとも為しに見つめ続けて、時の経過だけが頭上の月によって表され――
その頭が不意に、小さく前へ突き出された。
「…………送り火、みたいなものさ」
述懐のように呟く声は、無表情でありながらどこか喜悦を交える。
「人のモノに手を出すのは、賢い選択ではないだろう?」
炎に向かって問えど、返事はない。
「僕はねぇ、これでも一応、親として彼女を愛おしく思っているんだ――っと」
言えば更に前へ突き出される頭。不自然な姿勢を強いられているにも関わらず、ここで初めて浮かんだ表情は苦笑だった。
「短気だねぇ。安心なさい。あの娘は無事だよ。これは……まあ、ちょっとした嫉妬だね」
そう言うと、指輪を幾つもつけた趣味の悪い手を、炎の中へ躊躇いなく入れ、空気を送るように燃えている布をひっくり返す。
朱に染まる朝焼けのグラデーションは、すぐさま焦げつき、灰を目指して炎の浸食を甘受する。
そんな布とは対照的に火傷知らずの手は、身体を支えるべく地に置かれた。
「本当は僕が介入すべきことではない。分かってるさ。僕は一つ昔の者。それでも――お節介でも、親として何かしてあげたいんだ。あの子が望むなら、叶えてあげたい」
今度は手を炎へ翳すに留め、しばらく爆ぜる音に目を細める。
そうして振り返れば、後頭部に突きつけられていた銃口が眉間に埋められた。
突拍子のない行動。
しかし、相手は怯まず、振り向いた方も皮肉の笑みを浮かべるのみ。
「まあ、君は気に食わないんだろうが。……店主、望みはないのかい?」
答えの代わりに軽い破裂音が響く。
至近だったにも関わらず大幅にずれた弾は地に埋まり、深く抉れた穴だけが放たれた存在を知らしめる。
「…………ワーズ・メイク・ワーズに望みはないよ。ただ、この身の種に従って種の温存を図るだけ。だから人間は大好き。でも死んだ者を思う芸当はしない。――お前のように」
最後は吐き捨てるように告げ、下げられる銀の輝き。
用は済んだとばかりに、ふらりと傾いで背けられた顔色は、白いまま、何の変化も映さない。
「やれやれ……しんみりムードはおじさんに似合わないってか。やめてよね、人の傷抉って挑発すんの。それでうっかり君を傷つけちゃったら、ますますおじさん凹んじゃうよ」
おどけた調子でうなだれながら、滲む声には苦笑が混じる。
「知るか。……ああ、そうだ」
無下に切り捨て去ろうとした背が、ふと思い出したように止まった。
振り返る白い面はシルクハットの影の中、どんな形状をしているか分からないが、ぱっくり開いた血色の口は言う。
「望み、一個だけあったよ。ワーズ・メイク・ワーズは猫が食べたいんだ」
「それは……生まれた時からずっと言ってたじゃないか。それこそ、君の身体が本能的に求めるだけで」
肩透かしを喰らったような返答に対し、血色が笑みに引き結ばれた。
「そう。……けど、最近は特に食べたいんだ。泉嬢がいるから猫も近しいし」
「…………もしかして、慰められているのかな、おじさん」
惚けた言い草を白い面は鼻で笑い、ふらふら背を向けて駆け出していく。
残された青い目は炎に戻り、焦げた姿をふんわり慈しみながら眺める。
「望みは望むからこそ望み足りえる……望み続けられない望みは望みじゃない……つまりは、希望を捨てるなってことかな? 全く……店主にしては上等だ。と、すると、コレを燃やしたのもあながち無駄ではない……と思って良いんだろうかねぇ?」
思い起こすのは、白いシャツの娘。
拝借した罪悪感はちょっぴりあるものの、総合的に考えれば、良かったのかもしれない――そう結論づけたのも束の間。
「……うん? シャツ?…………あっれー? もしかしてお嬢さん、すっごく危険な状況じゃない?」
口調は軽いが、笑んでいた口の端が引きつった。
曲りなりにも奇人街。
露出は極力避けるべきで、結果的に剥ぎ取ってしまった衣服は、芥屋の従業員を知らしめるモノ。
最近、猫と従業員に関して不穏な噂が横行しているため、身につけるだけで今までより更に安全な衣服は、燃えカスと化している。
慌てて立ち上がり、白い面が走り去った方向を目指そうとすれば、非常に不味い気配が近寄ってくる。いつもならさっさと逃げるところだが、相手が去ったばかりの黒一色を追う可能性がある以上、足止めをしない訳にもいかない。
「うわー、おじさん、ここまで後悔したの久々かも。お嬢さん、無事でいてね」
やがて来るであろう、嬉々とした合成獣の少女に身構えつつ、褐色の髪の娘を思い起こした中年は、濃ゆい顔を半ばげっそりとしたものへと変えていくのであった。
照らされた顔は虚ろと思しき表情を示すが、青の双眸の奥底では、昏い激情が静かに凪いでいた。
見るとも為しに見つめ続けて、時の経過だけが頭上の月によって表され――
その頭が不意に、小さく前へ突き出された。
「…………送り火、みたいなものさ」
述懐のように呟く声は、無表情でありながらどこか喜悦を交える。
「人のモノに手を出すのは、賢い選択ではないだろう?」
炎に向かって問えど、返事はない。
「僕はねぇ、これでも一応、親として彼女を愛おしく思っているんだ――っと」
言えば更に前へ突き出される頭。不自然な姿勢を強いられているにも関わらず、ここで初めて浮かんだ表情は苦笑だった。
「短気だねぇ。安心なさい。あの娘は無事だよ。これは……まあ、ちょっとした嫉妬だね」
そう言うと、指輪を幾つもつけた趣味の悪い手を、炎の中へ躊躇いなく入れ、空気を送るように燃えている布をひっくり返す。
朱に染まる朝焼けのグラデーションは、すぐさま焦げつき、灰を目指して炎の浸食を甘受する。
そんな布とは対照的に火傷知らずの手は、身体を支えるべく地に置かれた。
「本当は僕が介入すべきことではない。分かってるさ。僕は一つ昔の者。それでも――お節介でも、親として何かしてあげたいんだ。あの子が望むなら、叶えてあげたい」
今度は手を炎へ翳すに留め、しばらく爆ぜる音に目を細める。
そうして振り返れば、後頭部に突きつけられていた銃口が眉間に埋められた。
突拍子のない行動。
しかし、相手は怯まず、振り向いた方も皮肉の笑みを浮かべるのみ。
「まあ、君は気に食わないんだろうが。……店主、望みはないのかい?」
答えの代わりに軽い破裂音が響く。
至近だったにも関わらず大幅にずれた弾は地に埋まり、深く抉れた穴だけが放たれた存在を知らしめる。
「…………ワーズ・メイク・ワーズに望みはないよ。ただ、この身の種に従って種の温存を図るだけ。だから人間は大好き。でも死んだ者を思う芸当はしない。――お前のように」
最後は吐き捨てるように告げ、下げられる銀の輝き。
用は済んだとばかりに、ふらりと傾いで背けられた顔色は、白いまま、何の変化も映さない。
「やれやれ……しんみりムードはおじさんに似合わないってか。やめてよね、人の傷抉って挑発すんの。それでうっかり君を傷つけちゃったら、ますますおじさん凹んじゃうよ」
おどけた調子でうなだれながら、滲む声には苦笑が混じる。
「知るか。……ああ、そうだ」
無下に切り捨て去ろうとした背が、ふと思い出したように止まった。
振り返る白い面はシルクハットの影の中、どんな形状をしているか分からないが、ぱっくり開いた血色の口は言う。
「望み、一個だけあったよ。ワーズ・メイク・ワーズは猫が食べたいんだ」
「それは……生まれた時からずっと言ってたじゃないか。それこそ、君の身体が本能的に求めるだけで」
肩透かしを喰らったような返答に対し、血色が笑みに引き結ばれた。
「そう。……けど、最近は特に食べたいんだ。泉嬢がいるから猫も近しいし」
「…………もしかして、慰められているのかな、おじさん」
惚けた言い草を白い面は鼻で笑い、ふらふら背を向けて駆け出していく。
残された青い目は炎に戻り、焦げた姿をふんわり慈しみながら眺める。
「望みは望むからこそ望み足りえる……望み続けられない望みは望みじゃない……つまりは、希望を捨てるなってことかな? 全く……店主にしては上等だ。と、すると、コレを燃やしたのもあながち無駄ではない……と思って良いんだろうかねぇ?」
思い起こすのは、白いシャツの娘。
拝借した罪悪感はちょっぴりあるものの、総合的に考えれば、良かったのかもしれない――そう結論づけたのも束の間。
「……うん? シャツ?…………あっれー? もしかしてお嬢さん、すっごく危険な状況じゃない?」
口調は軽いが、笑んでいた口の端が引きつった。
曲りなりにも奇人街。
露出は極力避けるべきで、結果的に剥ぎ取ってしまった衣服は、芥屋の従業員を知らしめるモノ。
最近、猫と従業員に関して不穏な噂が横行しているため、身につけるだけで今までより更に安全な衣服は、燃えカスと化している。
慌てて立ち上がり、白い面が走り去った方向を目指そうとすれば、非常に不味い気配が近寄ってくる。いつもならさっさと逃げるところだが、相手が去ったばかりの黒一色を追う可能性がある以上、足止めをしない訳にもいかない。
「うわー、おじさん、ここまで後悔したの久々かも。お嬢さん、無事でいてね」
やがて来るであろう、嬉々とした合成獣の少女に身構えつつ、褐色の髪の娘を思い起こした中年は、濃ゆい顔を半ばげっそりとしたものへと変えていくのであった。
0
あなたにおすすめの小説
転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜
まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、
専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活
現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。
しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。
彼は大陸一の富を誇る名門貴族――
ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。
カイルに与えられたのは
・世界一とも言える圧倒的な財力
・財力に比例して増大する規格外の魔力
そして何より彼を驚かせたのは――
彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。
献身的なエルフのメイド長リリア。
護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。
さらに個性豊かな巨乳メイドたち。
カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。
すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――
「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」
領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、
時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、
最強の御曹司カイルは
世界一幸せなハーレムを築いていく。
最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。
元恋人が届けた、断りたい縁談
待鳥園子
恋愛
シュトルム辺境伯の末娘ソフィに隣国の帝国第二皇子から届けられた『縁談』の使者は、なんと元恋人のジョサイアだった。
手紙ひとつで別れることになったソフィは、素直になれずジョサイアから逃げ回る。
「私に届けなければ、彼は帝国に帰ることが出来ない」
そう思いようやく書状を受け取ろうと決意したソフィに、ジョサイアは何かを言い掛けて!?
ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!
由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。
さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった!
しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って?
いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
半世紀の契約
篠原皐月
恋愛
それぞれ個性的な妹達に振り回されつつ、五人姉妹の長女としての役割を自分なりに理解し、母親に代わって藤宮家を纏めている美子(よしこ)。一見、他人からは凡庸に見られがちな彼女は、自分の人生においての生きがいを、未だにはっきりと見い出せないまま日々を過ごしていたが、とある見合いの席で鼻持ちならない相手を袖にした結果、その男が彼女の家族とその後の人生に、大きく関わってくる事になる。
一見常識人でも、とてつもなく非凡な美子と、傲岸不遜で得体の知れない秀明の、二人の出会いから始まる物語です。
異世界育ちの侯爵令嬢と呪いをかけられた完璧王子
冬野月子
恋愛
突然日本から異世界に召喚されたリリヤ。
けれど実は、リリヤはこの世界で生まれた侯爵令嬢で、呪いをかけられ異世界(日本)へ飛ばされていたのだ。
魔力量も多く家柄の良いリリヤは王太子ラウリの婚約者候補となる。
「完璧王子」と呼ばれていたが、リリヤと同じく呪いのせいで魔力と片目の視力を失っていたラウリ。
彼との出会いの印象はあまり良いものではなかった。
【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのになぜか溺愛ルートに入りそうです⁉︎【コミカライズ化決定】
sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。
遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら
自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に
スカウトされて異世界召喚に応じる。
その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に
第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に
かまい倒されながら癒し子任務をする話。
時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。
初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。
2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
冒険野郎ども。
月芝
ファンタジー
女神さまからの祝福も、生まれ持った才能もありゃしない。
あるのは鍛え上げた肉体と、こつこつ積んだ経験、叩き上げた技術のみ。
でもそれが当たり前。そもそも冒険者の大半はそういうモノ。
世界には凡人が溢れかえっており、社会はそいつらで回っている。
これはそんな世界で足掻き続ける、おっさんたちの物語。
諸事情によって所属していたパーティーが解散。
路頭に迷うことになった三人のおっさんが、最後にひと花咲かせようぜと手を組んだ。
ずっと中堅どころで燻ぶっていた男たちの逆襲が、いま始まる!
※本作についての注意事項。
かわいいヒロイン?
いません。いてもおっさんには縁がありません。
かわいいマスコット?
いません。冒険に忙しいのでペットは飼えません。
じゃあいったい何があるのさ?
飛び散る男汁、漂う漢臭とか。あとは冒険、トラブル、熱き血潮と友情、ときおり女難。
そんなわけで、ここから先は男だらけの世界につき、
ハーレムだのチートだのと、夢見るボウヤは回れ右して、とっとと帰んな。
ただし、覚悟があるのならば一歩を踏み出せ。
さぁ、冒険の時間だ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる