涙の味に変わるまで【完結】

真名川正志

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     【10】

「本当に使えない奴だな! 親の顔が見てみたいぞ!」

 僕が発注し、届けられた商品のサイズが間違っていたことを報告すると、輸入代行会社『チキン・オア・ジ・エッグ』の営業課長は吐き捨てるようにそう言い、机を叩いた。

「申し訳ありません」

 僕は頭を下げ、そう言った。同じオフィスにいる同僚たちは、関わり合いになりたくないと言わんばかりに顔を背けていた。

「どうするんだよ。今から発注しても、コンテナ便だと到着は2週間後になるし、航空便だと大赤字だ。いや、それ以前に、明日納入予定で、明後日が新装開店なんだぞ。セールが失敗したら、うちの責任になるんだぞ。大損害だ」

 中年男性の課長は、ネチネチとした口調でそう言った。

「本当に申し訳ありません」
「謝るのはいいから、何とかしろ!」
「ええと、このタイヤを扱っている、国内の他の会社を回って、買い集めようかと思うのですが……」
「それでも赤字になるだろう。差額はどうするつもりだ? え?」
「それは僕が埋め合わせますので……」
「じゃあもうそれでいい。このことは部長には報告しないでおいてやるから、今すぐ行ってかき集めてこい。今日の分の仕事は、休日出勤をしてやれ」
「分かりました」

 僕がそう言って、オフィスから出たとき、ポケットに入れていたスマホが鳴った。
 登録されていない電話番号からだったが、顧客からの電話かもしれなかったので、僕は通話のアイコンを押した。

 相手は警察だった。

 通夜に出席するため親戚の家に向かっていたはずの僕の両親が、高速道路で事故に巻き込まれたことを、警官は事務的な口調で告げた。助手席に乗っていた母は即死で、父は意識不明の重体なのだと言われた。

 商品の発注ミスや、その穴埋めのことなど、頭から吹き飛んだ。

 僕が病院に駆けつけると、父はすぐに息を引き取った。

 その後、身元照会のために母の顔を見せられた僕は、トイレで胃液を吐いた。

 2人ともあまり写真を撮りたがらない人だったので、遺影の写真を探すのには苦労した。結局、両親のそれぞれの会社に相談し、社員旅行の時の写真を借りた。

 母の顔は損傷が激しく、僕が喪主を務めた葬儀の間も棺の蓋は閉められたままだった。
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