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2章-1

第10話

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 俺がループから抜け出したことは【写天三眼ザ・ヴィジョン】を通じてじいさんがすぐに確認したようだ。
 そこでようやくランドマン大陸に俺がいるって分かったみたいだな。

 その際にもマキマたちはコスタ国王に調査団の派遣をお願いするもここでも断られてしまう。

「ですが国王は約束してくださりました。ルーデウスさまが本当に生きていたのならそのときはかならず力を貸そうと」

「国王も内心分かってるのでしょうなぁ! ルーデウスさまが我々人族の希望となられるということが。ワッハハ!」

 その言葉を信じて四人はコスタ王国を出発する。
 帆船による長い航海を一ヶ月ほど続けてなんとかランドマン大陸へ上陸できたって話だ。

 そこまで話を聞いて俺は感心してた。
 
 なんていうかほんとすごい。
 今さらだけど四人がどんな想いでここまで来たのかがよく分かった。
 
「街の入口を見て本当に驚いたよ~」

「そうですね。ここら一帯はすでに廃墟と化してるものとわたくしたちは考えてましたから」

 5年ぶりに訪れた故郷に突然こんな街ができていたらそりゃ驚くか。
 
「じゃがこれだけ大きな街が存在するのなら、ルーデウスさまがここにおられても不思議ではないとワシらは思ったんじゃ」

「なので盟主さまにいちど話をお伺いできればと思い、門番の方に声をかけたという経緯だったんです」

「そうだったのか」

「まさかルーデウスさまご自身が盟主をやられてたとは思っておりませんでしたぞ!」

「でもよく考えたら当然だよ。だってお兄さまなんだもん♪」

「フォッフォッ。姫さまの言うとおりじゃな~」

 妙な理由でなぜか納得されてしまう。
  
「ですが、複数の種族が共存する国を治めるというのはとても容易なことではないと思います。見たところ多くの種族が暮らしてるようですが」

「多くってわけじゃないよ。蒼狼王族サファイアウルフズとオーガ族がそれぞれ500人くらい暮らしてて、助っ人の刀鎧始祖族エルダードワーフが今50人くらい来てるのかな」

「すごっ! 1000人以上が暮らしてるんだ?」

「それはすごいです」

 ウェルミィもマキマも瞳をくりっとさせて大きく驚く。

 そんな反応になるのか。
 たしかに実際に口に出して言ってみると多いって感じるかも。

「しかし、蒼狼王族と刀鎧始祖族というのははじめて耳にする種族ですな」

「蒼狼王族と刀鎧始祖族はイヌイヌ族とドワーフ族が進化した種族なんだ」

「ほぅ。魔族に支配された今の世界において進化を果たした種族がおったとは驚きじゃ」

「まあそうだね」

 実は進化に俺が一役買ってるって言おうかと思ったけどやめた。
 余計なこと言ってこれ以上話がこんがらがるのも面倒だしな。

「1000人以上も種族をまとめ上げているなんてさすがお兄さまっ♡ ふつーできないよ? そんなこと!」

「ですなぁ! 陛下の血筋を継いでいるだけのことはありますぞぉ~!」

「まとめ上げているなんてとんでもない。俺はただみんなに助けられてるだけだよ」

 それはずっと俺が思ってることだ。
 みんながいるからこの国はひとつにまとまってるんだって。
 
 それを分かってもらうためにも。
 仲間たちが実際に動いてくれてるんだってことを四人に紹介した。
 
 そんなことを話していると、とたんにみんなのことが気になってくる。
 
 俺は会議を放り出してここに来てしまってるんだ。
 仲間たちに対して少なからず罪悪感があった。



 ◇◇◇



 やがて。

 話がひと段落するとマキマがこんな風に問いかけてくる。

「ルーデウスさま。ここまで長々とお話してきましたがなにか思い出しましたでしょうか?」

「いや。なにも思い出せないな」

「そうですか」

 俺がそう言うとマキマはあからさまに残念そうな顔をする。

「そんなぁ……お兄さま……」

 それはウェルミィやほかのふたりにしても同じだった。
 
(四人には悪いと思うけど)

 本当になにも思い出せないんだ。
 俺はやっぱりここまでの話をどこか他人事のように聞いていた。


 もちろん四人が嘘を言ってるわけじゃないってことは分かる。

 俺はもともとルーデウス・エアリアルだった。
 そして、勇者でもあった。

 村で生活していたらふつう分からないようなことをこれまで理解できたのは、ルーデウスだったころの知識や経験が自分の中に残ってたからなんだろう。

 でも。

 自分が皇族として暮らしてきたって部分の記憶だけはいくら思い出そうとしても思い出せなかった。
 それだけニズゼルファの呪いは強かったってことだ。

(俺がルーデウスだったってことが事実だとしても)

 今の俺がそれを受け入れられるかどうかはまたべつの問題だよな。


「……うん。でもだいじょーぶ! コスタ王国に行ってみんなの前で勇者さまの証明を果たせば、お兄さまの記憶もぜったい戻るはずだよ!」

「ひとまずウェルミィさまには【聖祈祷の歌】を使っていただき、ルーデウスさまの中に眠る勇者の才覚を呼び起こしていただきましょうか!」

「ちょっと待ってください、ヤッザン。その前にルーデウスさまのご意思を確認しなければなりません」

「たしかにそうじゃな。本来は記憶が戻られた上で勇者として覚醒していただきたかったのじゃが……。記憶が戻っていない以上ルーデウスさまも不安じゃろう」

「あーそれもそっか」

 なんとなく。
 勝手に物事が進んでるってそんな感覚があった。
 
 そのちょっとした気持ちのズレがこれまで抑え込んでいた感情を吐き出す引き金となってしまう。
 
「あのさ。ごめんだけどそのルーデウスって呼び方やめてもらえないかな」

「えっ……お兄さま?」

「今の俺はティム・ベルリだから」

 そう言うと食堂はしんと静まり返る。
 
 正直な話、俺にとってルーデウスってのは自分たちの国の名前にすぎない。
 コスタ王国へ行って同胞たちの前で勇者の宣言をすることよりもここに残る仲間たちの方が気になった。

 それに今はここから離れたくない。

 ガンフーには生きて魔族に反撃するチャンスを待とうなんて言ったけど。
 実際に仲間たちとここで暮らしてると、このまま国を発展させたいって思いが強くなってることに気づく。

(現状だと魔族の脅威もないしな)

 だったらこっちから出向いて反撃の機会を作るよりも、襲撃されたときのために安全な国を作った方がいいんじゃないかって最近では思うようになっていた。

 それになによりも。

 勇者としてみんなを導けるのかどうか俺には確信が持てなかった。
 
(やっぱり俺は村人なんだ)

 もともとは帝国の第一皇子だとしても。
 根底にあるのは村人スピリット。

 まあこんな考えに至るのも当たり前だ。

 突然こんな話をされてすぐに受け入れられるはずがない。

 衝撃的な話を連続で聞いたせいか、事実を受け止める心の余裕が今の俺にはなかった。





 食堂は重苦しい空気に包まれたまま。
 あのウェルミィでさえも心痛な表情で顔を伏せてしまっている。

 変に期待させたままなのもそれはそれで相手に悪い。
 だから、自分の気持ちをはっきり伝えることにした。

「それともうひとつごめんなんだけど。俺は力になれそうにないと思う」

「うそっ……だよね、お兄さま!?」

「はるばる来てもらって申し訳ないけどさ。ほんとごめんな」

「!」

 俺がそう告げるとウェルミィは口元に手を当てて泣きそうな顔になった。
 
「ぶしつけながら申し上げますが、コスタ王国では皆勇者さまが戻られるのを待っております」

「マキマ嬢の言うとおりじゃ。この最悪な状況を変えられるのは勇者の資格を持つ者だけじゃ」

「今の俺は元村人にすぎないよ。それに勇者勇者って、いちど大魔帝に負けたんだろ? 次は勝てるなんて保証もないわけだし」

「そんなことありませんぞ! 次こそはかならず……!」

「おっさんも今の俺をよく知らないからそんなことが言えるんだ。勇者だなんて元村人の俺からすればあまりにもかけ離れた話だ。ニズゼルファを本気で倒そうとするなら、もっとべつの方法を探した方が賢明だと思うぞ」

 ブライのじいさんもヤッザンも。
 俺の意思が固いって分かったのか、それ以上は口をつぐんでなにも言わなくなった。
 
 最終的な確認するようにマキマが冷静に訊ねてくる。

「それがルーデウスさま……いえ、ティムさまのご決断なのですね?」

「ああ」

 そう言って俺は椅子から立ち上がる。

「この宿屋は自由に使ってくれていいよ。せっかくこんなところまで来てもらったわけだし。今晩は豪勢な食事を振舞うように配膳係に伝えておくから。でも明日にはもう帰った方がいい。コスタ王国へ戻るってなると相当時間もかかるだろうし。ニズゼルファを倒すための新たな案を探さなきゃならないだろうしね」

「お兄さまっ……本気でそんなこと言ってるんじゃないよね!?」

「悪いって思うけど。これが俺の本心なんだ」

「そんな……なんで? せっかくお逢いすることができたのにぃ……うぅっ……」

 瞳に薄っすらと涙を浮かべるウェルミィの肩に手を置きながらマキマは静かに頷いた。

「分かりました。ですが一日だけお待ちしたいと思います。ティムさまのお気持ちに変化があるかもしれませんので」

「無駄だと思うけど好きにするといいよ」

 今度こそ俺はこの場をあとにする。

 食堂から出る際。
 背後からウェルミィの泣く声が静かに聞えてきた。
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