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2章

第5話

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 翌朝。
 言われた通り、ゼノは朝一番で冒険者ギルドを訪れる。
 
(あっ)

 館の前には、すでにモニカの姿があった。
 ゼノが手を挙げて駆け寄ると、彼女も気付いたようだ。

「遅れてすまん。随分と早いな」

「いえ……。わたしは、手続きがあってちょっと早く来ただけですから」

「手続き?」

 ゼノが疑問の声を上げるも、モニカはそれを無視するようにして歩き始める。
 
「え? おい、ギルドに用があるんじゃないのか?」

「もう用件は済みました。とりあえず、このままついて来てください」

 よく分からなかったが、モニカの目的は別にあるようだ。
 ゼノは追いかけるようにして、彼女の後について行く。



 モニカが向かった先は、中央広場の通り沿いにある貸馬車屋だった。
 彼女は慣れた感じで、馬の手入れをしている御者に声をかける。

「馬車を1台、お願いできますか?」

「大丈夫ですよ。どこまで行かれますか?」

「ソワソン領にあるグリューゲル修道院ってご存じでしょうか?」

「ええ、存じております。あそこまでですと、馬車で大体4時間くらいですね。片道で銅貨6枚になりますが」

「はい。それでお願いします」

 勝手にそこまで話を進めてしまうと、モニカは馬車のワゴンに乗り込む。

「ほら、貴方も乗ってください」

「え? ああ……」

 一体どういうことなのか分からないまま、ゼノはモニカの隣りに乗り込むと、馬車はマスクスの町を出発するのだった。



 ◆



 馬車は、ゴンザーガ領を越えてソワソン領へ入ると、のどかな田園地帯を進んでいく。
 この間、モニカはずっと外の景色に目を向けていた。

(何をしに行くんだろう? グリューゲル修道院とか言ってたけど……)

 そこがモニカとどういう繋がりのある場所なのか、まったく見当が付かなかった。

(さすがに、このままってわけにもいかないよなぁ)

 余計なことを話したくないのか、モニカは先程から意図的にそっぽを向いている。
 この状況で確認するのは少し勇気がいたが、ゼノは思い切って彼女に訊ねることにした。

「……あのさ、聖女様。修道院なんかに行ってどうするんだ? あ、ひょっとして入信の紹介とかそういうこと? でも俺、特定の宗教には……」

「聖女様」

「え?」

「わたし、この前自己紹介しましたよね?」

「あ、うん……。たしか……モニカ・トレイアっていうんだっけ?」

「そうです。これからは名前で呼んでください。聖女様なんて呼ばれると、この先いろいろと面倒がありそうなので」

「分かったよ。じゃあ……モニカ?」

「……っ。まぁ、なんでもいーんですけど! ……ていうか、前に言おうと思ってたんですけど、ゼノさん。なんか随分とわたしに馴れ馴れしくないですか?」

「そ、そうか? ごめん……。全然、そんなつもりはなかったんだけど」

「だから、べつにいーんですけどぉ!」

「?」

 一度顔を向けたかと思えば、モニカは再び外へ視線を逸らしてしまう。
 ゼノとしては、彼女の態度はよく分からなかったが、拒否されているわけではないということだけは理解できた。

 だから、つい無意識のうちに、また馴れ馴れしくなってしまう。

「でも、モニカは俺と同じくらいじゃないのか?」

「同じくらいって……何がです?」

「歳はいくつ?」

「そういうのって、普通、自分から名乗りません?」

「あっ……すまん。えっと、俺は成人になったばかりの15歳だ」

「えっ!? 同じ歳だったんですかっ? てっきり、年上なのかと……」

「そんな老けて見えるか?」

「ち、違いますっ! そうじゃなくて……。なんか、ゼノさんって大人っぽいっていうか……。そういうところがあったので」

「そうかなぁ?」

 ゼノとしてはまったくそんな自覚はなかったので、そんな風に言われて内心驚く。
 
(けど、お師匠様とこれまでずっと一緒だったわけだし。そういうのも影響してるのかも)

 なにせ、相手は400年以上の時を生きている魔女なのだ。
 自然と感化されていたとしても不思議ではない。

「ってことは、やっぱりモニカも15歳?」

「はい」

「おぉっ! 嬉しいな! 初めて同年代の子と知り合えたよ!」

「ちょ、ちょっと……!?」

 ゼノはモニカの手を取ると、それをぶんぶんと回す。

「だから、こーいうのが馴れ馴れしいんですぅ~!!」

「あ、ごめん……つい」

 手を離すと、ゼノは改めて背筋を正した。

 こうしてモニカと一緒にいる理由を忘れてはいけない。
 贖罪のために、今自分は彼女と行動を共にしているのだ、とゼノは思った。

 だが、それを再確認してしまうと、どうしてモニカがグリューゲル修道院へ向かっているのか、その理由が知りたくなってしまう。

「それでさ」

「なんです?」

「いや、どうして修道院に向かってるのかなぁって思ってさ」

「……」

 モニカは昨日、はっきりとこう口にした。

 『……1つだけ、あります……』

 その言葉の中に、並々ならぬ決意が隠れていることにゼノは気付いていた。
 果たしてそれは、自分が役に立てることなのだろうか。

(たしかに、モニカの役に立ちたいって言ったけど)

 ゼノは急に不安となる。

 が。

「そんなの、決まってるじゃないですか。ゼノさんに、お願いしたいことがあるからです」

「!」

 モニカはあっけらかんとそう口にする。
 気兼ねなく、まるで世間話でもするように。

「でも……。そのお願いって、俺にできることなのかな?」

「もちろんですよ。ゼノさんには、わたしの付き添いをして欲しいんです」

「付き添い?」

「実はさっき、ゼノさんがやって来る少し前に、ティナさんにクエストの依頼を出していたんです」

「え、そうだったのか?」

「はい。その内容が、ゼノさんにグリューゲル修道院まで付き添いをしてもらうってものなんです」

「そんな……。べつにクエストなんかにしなくても、普通について来たのに」

「それは、わたしのプライド的にNGです。たしかに、ゼノさんには迷惑をかけられましたけど。でも、それとこれとは話が別ですから」

「そ、そうなのか……?」

 あまり納得のできる主張ではなかったが、ここでつっこむのも違う気がして、ゼノはそれ以上は口を噤んだ。

「それで、なんだ? 俺は、ただ修道院までついて行くだけでいいのか?」

「はい、大丈夫です。ただ一緒にいてくれるだけでいいんです。わたしが……ある方の誤解を解くのを、見守っていただけたら」

「ある方?」

 そうゼノが訊ねると、モニカは一度、前部に座る御者へと目を向ける。
 どうやら彼は、馬の操作に集中しているようだ。

 それを確認すると、彼女は一段階声のトーンを低くしてこう続けた。

「……わたしは、1年前までグリューゲル修道院にいました」

「えっ……」

「聖女見習いとして、日々を過ごしていたんです。ですが、ある事件が起きて、わたしは修道院を追い出されることになりました」

「追い出された?」

 そこでモニカは、どうして自分がグリューゲル修道院を出ることになったのか。
 1年前の出来事を口にする。

 ゼノはその話に耳を傾けながら、彼女の過去を初めて知るのだった。



 ◆



「――じゃあ、なんだ? モニカは、たまたま礼拝堂を通りかかった時に、聖マリアの像が落下するのを目撃して、それを報告に行ったら犯人扱いされたってこと?」

「そうです。ですが……全部、誤解なんです」

「ひどいな……。勝手に犯人に決めつけて、しかも即刻修道院から追い出すなんて」

 ふと、あの日の夜の出来事がゼノの脳裏にフラッシュバックする。

(俺も、父上に実家を追い出されて……それで、死神の大迷宮に廃棄されて……)

 その時のモニカの心境は、ゼノには痛いほど理解できた。
 きっと、心細くて不安で堪らなかったに違いない。

「わたしは、ポーラ院長の誤解を解きたいんです。それで、もう一度修道院に戻りたいって思って……」

「そっか……。うん、俺も応援するよ。モニカがその、院長さんの誤解を解けるように」

「ありがとうございます」

「けど、本当に一緒にいるだけでいいの? ほかに何か力になれることはない?」

「傍にいてもらえるだけで十分ですよ。そしたら、ちゃんと伝えられそうな気がするんです」

「……」

 そうはっきりと口にするモニカの姿は、これまでの彼女とは、まるで別人のようにゼノの目には映った。
 
 マイナスイオンを放ちながら、ほわほわと聖女を演じる以前の彼女ではなく。
 喜怒哀楽を全身で表現した人間味溢れる今の彼女でもなく。 

 芯が通った覚悟を持つ1人の少女が、そこには座っていた。

 やがて、田園地帯の一角に、荘厳な修道院の外観が見えてくる。
 2人を乗せた馬車は、目的地へ到着しようとしていた。
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