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3章

第13話

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 その後、ゼノは《クリーニング》の魔法を使って、全身泥だらけの自分とアーシャを綺麗にしてから、ダンタリオン落園を後にした。

 帰り道。

 一旦はアーシャと普通に話せるようになったゼノだったが、また彼女に避けられるようになってしまっていた。
 声をかけようとしても、上手く視線を逸らされて、背中を向けられてしまう。

 2人の間には、再び気まずい空気が立ち込めていた。
 
 すると、そんなタイミングで。

 前を歩くアーシャを気にしながら、モニカが小声で話しかけてくる。

「……あのぉ、ゼノ様。アーシャさんとまだケンカしてるんですか?」

「いや、ケンカってほどじゃないんだけど」

「もぉ~! なんでもいーですけど、アーシャさんとはこれでお別れになるんですから。やっぱり、きちんと仲直りした方がいいと思いますっ!」

「ごめん……そうだよな。ありがとう」

 気遣ってくれるモニカに礼を述べると、ゼノは前を歩くアーシャの背中を見た。



 ◆



 夕方前にはマスクスの町へ到着し、冒険者ギルドで〝渦〟討伐のチェーンクエスト達成の報告をすると、館内はちょっとしたお祭り騒ぎとなった。

「すごいですよ、皆さん。本当に〝渦〟討伐をクリアしちゃったなんて……」

「さすが、【天空の魔導団クランセレスティアル】だねぇ。いやぁ、もうゼノくんだなんて馴れ馴れしく呼べないよねぇ」

 ティナもリチャードも、感嘆のため息をつきながら、ゼノたち3人の功績を称えた。

 もちろん、ダニエルにしてもそれは同じだ。
 彼は、巨大な体躯を折り曲げながらアーシャに礼を述べる。

「んおぉう! アーシャ様、ありがとうございますぅ!! まさか、本当にゼノと一緒に〝渦〟討伐を達成するとは思ってませんでしたぞ! よっ、マスクスの誇りッ!!」

「大げさだぜ。アタシは何もしてねーよ。その……ゼノが、凄かったってだけで」

「でも、これから【天空の魔導団クランセレスティアル】はもっと忙しくなるねぇ。〝渦〟討伐のチェーンクエストをクリアしたって伝われば、各領のギルドからすぐに依頼が届くだろうし。もう、うちらだけのゼノくんじゃないってことだねぇ……」

「やりましたね、ゼノ様♪ これでまた一歩、王国の筆頭冒険者に近付きましたっ!」

「ああ……」

 だが。
 そんな風にギルド全体から祝われても、ゼノの意識はアーシャに向いていた。



 ◆



 それからギルドにいる冒険者たちから盛大に祝われ、館の外へ出る頃には、辺りはすっかり陽が傾いてしまっていた。

 そして、橙色に染まる広場に、見覚えのある顔がいることにゼノは気付く。
 ワイアットだ。

 彼は、ギルドから出てきた3人に対して、深々とお辞儀をする。

「お嬢様、お迎えに上がりました」

 ついに、別れの時がやって来てしまったようだ。
 ゼノはそれに気付くと、拳にぐっと力を込める。

「その……世話になったぜ。2人とも……」
 
 アーシャは、ゼノとモニカに向き直ると、少しだけはにかみながらそう口にした。

「こちらこそ、お世話になりました。それと……いろいろ言ってごめんなさい。アーシャさんのこと……そんなにキライじゃなかったです。多分、アーシャさんがいなかったら、こんな短期間で4つのダンジョンのボス魔獣を倒すなんて偉業は達成できなかったと思います」

 普段とは違い、モニカはそう言って礼儀正しく頭を下げる。

「へっ……んだよ、急に。本気か?」

「もちろんですよ。戦闘に関してはすっ~ごく尊敬してました。あっ、あと……料理も!」

「んなこと言うんだったら……アタシも、モニカの〈回復術〉には助けられてたんだぜっ? ヒーラーと一緒にいる機会なんて、これまでなかったからな。アタシも勉強になったぜ。その……ありがとな……」

「んんぅ~~! なんですかぁ! アーシャさんって、実はすごくいい子じゃないですかっ♪ 抱きしめちゃいます♡」

「お、おいっ……くっ付くなって!」

「え~? そぉー言いながらも、イヤじゃないんですよねーわたしのこと♪ ほらぁ、むにぃむにぃ~♡」

「くお~~いぃ!? やめろぉ~くすぐってぇぇ~~!?」

 じゃれ合う女子2人に目を向けながら、ゼノも礼を述べた。

「アーシャ。俺からも感謝を伝えさせてくれ。本当に助かったよ、ありがとう」

「――!?」

 ゼノがそう口にすると、アーシャは急に顔を真っ赤にして恥ずかしそうにする。

 モニカの大きな胸に顔を埋めて表情を隠すと、「おぅ……」と小さく返すのだった。



 ◆



「それでは、皆様。私たちはこれで失礼いたします」

 アーシャがワイアットと共に広場から立ち去ってしまうと、その場にはゼノとモニカだけが残された。
 人混みに紛れてしまった2人の背中を見送りながら、ゼノは思った。

(結局、最後まで気まずいままだったな)

 本来ならば、いち冒険者が領主の令嬢と話すような機会はほとんどない。

 どこか、アーシャとの距離が大きく開いてしまったようで、ゼノの中には虚無感にも似た感情が込み上げてくる。

「アーシャさん、とっても楽しい子でしたね」

「そうだな」

「最初は、なんかこの子合わないかも……って思っちゃいましたけど。でも、〈斧術〉の腕前は一流ですし。パーティーの戦力だったので、お別れはちょっと寂しいです。〝赤髪の戦斧使いの少女〟が恐れられていた理由がようやく分かりました」

「……」

 ゼノは、どこか呆然としたまま、アーシャが消えてしまった方に目を向ける。
 そんな姿を見て、モニカが何か気遣うように声をかけてきた。

「ゼノ様……。本当にこれでよかったんでしょうか?」

「え?」

「もちろん、わたしはこうやってゼノ様と2人きりになれて嬉しいですよ? でも、気まずいままゼノ様とアーシャさんが別れてしまうのは……なんて言うか、あまり嬉しくないです」

「……モニカ……」

「今日、何度も言いましたよね? 仲直りした方がいいって。アーシャさんと、今きちんとお別れしておかないと、今後の人生でずっと後悔することになるんじゃないでしょうか?」

 ゼノは、彼女の言葉を耳にして静かに頷いた。

(……そうだ。モニカの言う通りだ。俺は、こんな気まずいままアーシャと別れたくない……)

 そう思うと、体は自然と反応していた。
 くるりと踵を返すと、ゼノはその場から駆け出す。

「ありがとう、モニカ! 先に宿舎へ帰っていてくれっ……!」

「わかりましたっ♪ これが最後のチャンスです! 絶対にアーシャさんを笑顔にしてきてくださ~いっ!」

 モニカに手を振りながら、ゼノはアーシャが消えた雑踏へ向けて走っていた。
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