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第3章
11話
しおりを挟む弦人は過去にいじめを受けて引きこもっていた時期がある。
きっかけは中学1年の頃。
ゴールデンウィークも間近に迫った初夏の放課後だった。
クラスメイトの女の子が教室で女子グループに取り囲まれている場面を目撃した弦人は、たまたま助けに入った。
これといって面識のない女の子だったが、放っておけなかったのだ。
その場はそれで問題なくおさまったのだったが、そのあとでいろいろと巻き込まれることになる。
今度は弦人が女子グループからいじめの標的にされてしまったのである。
当時の弦人はほかの男子に比べてかなり太っていたので、すれ違いざまに「きもい!」「デブ!」「臭い!」などの悪口を言われたり、物を隠されて笑われたりした。
次第にそれはエスカレートしていき・・・。
リーダー格の女子の呼びかけによって、弦人はクラスメイトの女子全員から挨拶をしても無視されたり、悪口を言われたりするようになった。
助けた女の子もいじめっ子側にまわってしまい、男子も男子で腫れ物のように扱ったため、弦人は瞬く間にクラスの中で孤立してしまう。
今にして思えば、そんなものは気にせずに無視して生活を送ればよかったとわかるのだが、学生時代は学校が居場所のすべてだ。
だから、当時の弦人にとってはかなりつらいことだった。
クラスメイトの女子全員からいじめを受けているとは恥ずかしくて、両親にも担任にも相談することができず。
次第に学校へ行くのが苦痛になり、やがて出席が減って不登校となり・・・。
自宅に引きこもるようになってしまう。
この期間の記憶が弦人は曖昧だ。
自分がどのようにして過ごしていたのか、今でもよく思い出せない。
ただ半年が過ぎる頃になると、弦人は自然と筋トレをはじめることになった。
なぜか内側から〝自分を変えたい〟という強い思いが猛烈に湧き起こってきたのだ。
それから1ヶ月ほど筋トレに励むと大幅に減量することに成功する。
不思議と自信もついた。
それからしばらくすると、学校にも通えるようになって。
見違えるようになった弦人を見て、それからは女子たちもなにも言わなくなった。
あんな風に自分を変えようと頑張ったのはあとにも先にもあれだけだ、と弦人は思う。
そのあとは・・・。
これといって特徴のない平凡な人生を歩むことになる。
ただ、中学校のその出来事がきっかけで、弦人は異性と接するのが苦手となってしまった。
そのせいでこれまでに付き合った彼女はひとりもいない。
弦人が40歳を迎えるまで童貞だったのも、もとを辿ればこのことが原因だった。
***
宿屋のベッドから体を起こすと、ゲントはこめかみに指を当てる。
(久しぶりに中学時代の夢を見たな)
当時のことは正直あまりいい思い出ではなかったので、ゲントは極力思い出さないようにしていた。
ひょっとすると、異世界での生活にも慣れて、ふと気が緩んだことがきっかけでこんな夢を見たのかもしれない、とゲントは思った。
「おはよ~ございますっ! マスター♡」
ルルムが顔を覗き込むようにしてベッドまでやって来る。
「・・・」
「? どーされましたぁ?」
「いや・・・おはよう」
(いつの間にかふつうに異性と話せてるよな、俺)
しかもこんな若い少女と。
これまでだったら考えられないような状況だ。
ルルム、フェルン、レモン・・・と。
異世界で多くの女の子たちと交流を持つうちに、異性に対する苦手意識が自然となくなっていることに今更ながらゲントは気づいた。
(職場でも仕事のこと以外、ほとんど女性とは話さないのに・・・。なんか不思議だな)
もしかすると、異世界のこの環境が自分を童心に戻しているのかもしれない、とゲントは思う。
子供の頃はただ好奇心の赴くまま自由に生きていたからだ。
「今日もがんばりましょ~♪」
「うん。そうだね」
ルルムと自然に会話できているだけでなんだか嬉しくなってしまう。
フィフネルにやって来てから、少しずつ自分も変わってきているようだ。
それからゲントは大きく伸びをすると、ベッドから起き上がった。
***
あれから数日が経過していた。
ゲントは活動の拠点をコンロイに戻し、そこでしばらく余暇を過ごしていた。
「ゲントさん。おはようございますー!」
「今日もいい天気ですね。ゲントのおじさまっ♪」
「魔境を消してくださり、本当にありがとう。我が英雄!」
「いや~。ゲントさまと遭えるなんて今日はついてるぞ~へっへっ」
これまでの光景が嘘のように。
コンロイの町を歩くたびにゲントは人々から笑顔で声をかけられていた。
向けられる視線も軽蔑的なものではなく、すべて憧れの眼差しに変わっている。
こんな風にまわりからちやほやされて、いわゆる人気者となるのはゲントとしては生まれてはじめての経験だった。
(なんかちょっと気恥ずかしいな・・・)
例の生配信は最終的に同接数が300万を突破したようで、これはロザリア国民の3分の1が視聴していた計算だった。
すでにゲントの噂は、町から町へ至るところまで伝わっており、今ではほとんど顔が知れ渡った状態となっている。
無名のおっさんが特S級ドラゴンを倒したことは、ゲントが思っている以上にフィフネルの人々にとって衝撃的だったようだ。
しかも黒の一帯を消し去ったという超偉業のおまけ付きだ。
騒がれない方が難しい。
「ゲントのおじちゃ~ん。握手してぇ~」
「はいよ」
「わぁ~い♪ ママぁー。ゲントのおじちゃんに握手してもらったぁー」
「あらら。すみません、ゲントさま。どうもありがとうございます」
「いえいえ」
幼女とその母親に笑顔でゲントは手を振る。
これまでとのギャップがものすごくて、なんとも不思議な気分だった。
「うふふ~♪ あの子とーっても嬉しそうでしたー☆」
「なんか変な感じだよ」
「ルルムはとても嬉しいですよぉ~? ようやくマスターの素晴らしさが皆さんに伝わったんですからねっ! むしろこれまでがおかしかったんです!!」
えっへんと大きな胸を張るルルム。
まるで自分のことのように幸せそうだった。
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