ミッドナイト・レイダース

ジントニ9

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本編

赤と青

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 東京湾岸の巨大な煙突群が月明かりに銀色に浮かび上がる。工業地区の無人エネルギー抽出プラント。ここは深夜でも稼働を続けるダーク・タワー傘下の重要施設だ。

 漆黒の戦闘スーツに身を包んだ悟──ブラックパンサーは、広大な敷地の南端に降り立った。深夜の東京湾岸を吹き渡る潮風が光沢を帯びたエナメル素材のスーツを撫でる。変身直後特有の身体の内側から沸き起こる熱をブラックパンサーは静かに飲み込んだ。

『敵は……まだ現れないか』

 ブラックパンサーは赤々と燃える工業プラントの煙突群を睨みつけた。ヘルメットに組み込まれたウェアラブルセンサーが周囲を索敵する電子音が脳内に響く。
 数メートル先のコンクリートの向こう側では海面に映る光の粒が規則正しい波に砕かれ、散り散りに煌めく。沖合には貨物船達が静止した怪物のように横たわり、その上でオレンジ色の誘導灯がゆっくりと回転していた。

「こちらブラックパンサー。現在位置南B-3エリア。これより巡回を開始する」

 暗号チャンネルに短く報告するブラックパンサー。その音声はヘルメット内部のスピーカーを通してのみ漏れる仕様だ。通常の声帯ではなく装甲の振動装置が発するため、抑揚を排した機械的なトーンになっている。だがブラックパンサーの心の中は決して平静ではなかった。

『総統の命令通りならブレイズ・レンジャーは制御棟を目指してくるはず……』

 ヘルメット内部のディスプレイが赤く点滅し、建物の配置図と警戒範囲が表示される。戦闘スーツの下で鼓動が早まるのがわかる。ブルーファルコン──青い正義の戦士。今夜彼と戦うことになるのかもしれないと思うだけで指先が震えた。彼と再び対峙することへの恐れと、それと相反する感情の奇妙な高ぶりが入り交じる。
 ブラックパンサーは、それを高揚した自己の戦闘衝動によるものと思うようにした。悪の戦士として──そして雄としての自尊心、心の強さ。そんな、あの夜奪われたものを取り返し、決着をつけることへの。勝てるのか? いや、勝つしかない。持てる力を使って──悪魔エルディアブロの力を借りてでも。

 鋭い視線でコンクリート構造物の隙間を素早く確認しながら進む。冷たい金属の匂いが鼻腔を刺し、地下配管が唸る不気味な低音が足元から響く。都市の喧騒から隔絶された無機質な空間に、ブラックパンサーの呼吸音だけが聞こえる。その時──


 突然、制御棟から一区画離れたプラントの一角に炎のような紅蓮の閃光が舞い降り、耳障りな爆音が轟いた。振動が地面を伝わり、足元が揺れる。トラック用ゲートのシャッターが吹き飛び、灼熱の火花が夜空に舞い上がる。敵だ。

「来たか!」

 ブラックパンサーは反射的に身構えた。音源を探して駆けつけると──



「……あちゃー。計画バレてたか」

 陽気で軽快な声が闇を切った。視界に飛び込んで来たのは──燃え盛る炎のように輝く赤い装甲を纏った戦士、レッドレオン。正義の戦隊ブレイズ・レンジャーのリーダー。その真紅の強化装甲を持つ戦闘アーマーは、闇夜を切り裂く鮮烈な太陽の化身のようだった。右肩に掲げた盾には獅子の紋章が力強く輝き、左腕には収納可能な彼の専用武器“フレイムレイザー”が展開したまま構えられている。フルフェイスヘルメットのシールド越しに微かに覗くどこか人懐っこい瞳が、挑発的にブラックパンサーを捉えた。

「よお、ブラックパンサー。こんなトコで夜遊び? それとも俺の待ち伏せかな」

 ヘルメットの振動装置を通した機械化音声越しにも爽やかな声が伝わってくるようだ。ブルーファルコンの冷たく澄んだ空気とは全く異なる、生命力みなぎる熱気。その存在感に一瞬圧倒される。

『ブルーファルコンじゃ……ない?』

 安堵感が胸を貫く。同時に微かな空虚感が伴う。これが何を意味するのか理解できぬまま──いや、そんなもの理解しなくていい。ブラックパンサーは速やかに臨戦体制を整える。

「お前か……いずれにしろ邪魔者は消えてもらうまでだ」
 言葉は低い唸り声になりかけた。両腕の手甲が展開し、指先から伸びたダークメタルの鈎爪 “パンサークロー”が冷たい光を放つ。

「へえ、随分と冷たい挨拶じゃん?」
 レッドレオンが肩を竦めた。その動作には戦闘前の緊張感など微塵もない。
「それにしても目標地点まで筒抜けじゃねえか。やっぱファミレスで作戦会議なんてするもんじゃねーな」

 頭を掻く仕草をしてぼやくレッドレオンにブラックパンサーは言葉を返さずに腰を落とし構えの姿勢を取った。

「……おっと、なんだか今日はいつにも増してヤル気満々だな」ブラックパンサーの様子を見てレッドレオンが苦笑する。

「仕方ねーな、タイマン勝負といきますか」

 レッドレオンは先程プラントを破壊した専用武器を片付けると軽く拳を握る。その判断、その姿勢に全く油断がないことをブラックパンサーは知っていた。体力はもちろん、反射神経と瞬発力に優れる彼はブレイズ・レンジャー随一の格闘能力の持ち主だ。その全身から迸る炎のエネルギーが対峙する二人の間の空気を焦がす。熱波が増幅しブラックパンサーの戦闘スーツを通して皮膚をチリチリと刺しはじめ──

『……──来る──!』

 次の瞬間、レッドレオンが爆発的な加速で間合いを詰めてきた。夜の無人プラントに轟く金属音。衝撃が二人の間で炸裂した。

 ガキィン!!!!!

 甲高い衝突音が闇を切り裂く。レッドレオンの灼熱の拳とブラックパンサーのパンサークローが火花を散らしながら交差する。衝撃が装甲を通じて骨に染み込む。ブラックパンサーは思わず眉根を寄せる。スーツの内部に埋め込まれた衝撃緩和システムが作動し、振動を吸収する──が、完全には相殺しきれない。身体の奥底にまで響く痺れに歯を食いしばる。

「なかなかいい防御だな!」高揚した笑い声を上げるレッドレオン。「でもな──!」

 彼は一瞬で距離を取り、しなやかな若獅子のように体勢を整えて間髪入れず再度襲いかかる。今度は左脚による強烈な回し蹴り。ブラックパンサーは即座に右腕で防御するが──圧倒的に重い!!

「ぐっ!?」

 鈍い衝撃音と共に黒いスーツの上腕部分が凹み、その勢いで視界が揺れる。息を詰めつつ後方へ跳躍して衝撃を逃がす。レッドレオンの動きは速く、次々と予測不可能な軌道で攻めてくる。戦闘スーツの各所に搭載された装備型強化アクチュエーターが悲鳴を上げる。

「ぐあッッ……!!」ブラックパンサーが呻く。

 直撃は避けたものの、熱と振動が体内に押し寄せ、胃袋がひっくり返るような感覚。それでも彼は怯まず反撃を開始する。地面を蹴って猛スピードで接近すると低い姿勢からクローを突き出した。

 ついに鋭利なダークメタルの刃先がレッドレオンの胸元の装甲を削る。火花が散り、かすかな金属臭が漂う。その刹那──二人の距離がかつてないほどゼロに近づく。

 ヘルメット越しに互いの瞳が交差する。シールドの中で光るレッドレオンの双眸に若く生命力に溢れる炎が揺れているのを見た気がした。同時に彼の熱が直接伝わってくる。戦闘スーツの生地越しに感じるのは確かに一人の男の体温だ。そしてそれらの奥に──

 ──一瞬だけ感じた微かな既視感。

 時間が止まったような錯覚。何故かレッドレオンも同様だったのだろうか、防御の手がわずかに緩み、ヘルメットの中の男の瞳孔が微かに開く。しかしそれは目の前の戦いの激しさの中ですぐに打ち砕かれ忘却された。二人は直ちに距離を置き戦闘態勢を取り直す。

「……やるじゃん、ブラックパンサー」
「生意気な口を利くな……ッ」

 ブラックパンサーは荒い息を整えながら再び構えを取った。不敵に笑うレッドレオンもまた、アーマーのあちこちから立ち上る蒸気が月光に照らされて淡く輝いている。
 戦場の空気が二人の間に火花を散らす。両者引かない。レッドレオンは更なる一撃のために拳を握り直し、ブラックパンサーは両腕のパンサークローを構えて迎撃態勢に入る。二つの熱源が再び衝突しようとしたその瞬間──



「待たせたな、レッド」

 低く落ち着いた声が闇を割って響く。ブラックパンサーとレッドレオンが同時に振り向く。二人の視線が交差したその先──港湾倉庫の屋上。月明かりを背にした青い影が闇に浮かび上がる。

 夜風が吹き抜ける。青色の鋼鉄の戦闘アーマーが月光を反射し、冷えた光を放つ。鋭い眼光、装甲に輝く隼の紋章。それはまさしく──

『ブルーファルコン……!!』

 ブラックパンサーの喉から乾いた声が微かに漏れる。胸の奥が不規則に脈打つ。あの夜以来の再会となる青い正義の戦士がそこに居た。

「遅ぇよ、ブルー!」
 レッドレオンが眉を寄せる。その声音には確かな親しみがあった。屋上から飛び降りたブルーファルコンは、重力を感じさせない滑らかな着地を決めると二人に歩み寄る。彼はヘルメットのシールド越しに冷静な視線をレッドレオンへ向けた。

「計画変更だ。レッド、お前に本部からの司令が入っている」
 彼は首元の小型通信装置に触れながら言った。

「渋谷に出現した大型モンスターの討伐に向かった他の連中を援護してやれ。本部の分析によると対象は火炎攻撃が有効とのこと──つまり、人的被害を出さず確実に討つため、お前のパワーが特に必要なようだ」

 レッドレオンは眉をひそめた。
「おいおい、こっちだって真っ最中だぜ。ブラックパンサーは本気モードだぞ」

「だからこそ交代だ」ブルーファルコンの声は冷静だが力強い。「お前がここで膠着状態のまま時間を費やすよりも──」

 ブルーファルコンがブラックパンサーに一瞥を送る。フルフェイスの装甲越しにも感じる強い意思の籠った眼差し。ブラックパンサーの握りしめた拳の中で爪が掌に食い込む。

「──ここは俺一人で対処する」

 一瞬の沈黙が流れる。レッドレオンは何事か言いかけたが、結局肩を竦めただけだった。

「ああもう!しゃあねえなぁ~、一狩り行きますか」
 彼は大きな溜息をつきながら踵を返した。だがその前に──一度だけブラックパンサーを正面から見据えた。その視線に宿る何かを探ろうとするような、どこか切実な眼差し。しかし、それも束の間のことだった。

「じゃあなブラックパンサー、また遊ぼうぜ!」

 レッドレオンは最後にそう言い残し、夜の闇へと飛翔していった。
 彼が去っていく後ろ姿をブラックパンサーは呆然と見送る。先程までの熱い戦いの余韻がまだ全身に残っている。汗ばんだ装甲から立ち上る蒸気。微かに聞こえる機械の唸り。しかし──

 ブルーファルコンが静かに向き直った瞬間、空気が変わった。



 深夜の東京湾岸に静寂が戻る。いや違う。今ここには濃密な緊張が充満している。遠くで稼働中のプラントが低いうなりを上げ続け、オイルの匂いを微かに含んだ潮風が向かい合うブラックパンサーとブルーファルコンの間に吹きすさぶ。

「また会ったな、ブラックパンサー」
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