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本編
双刃の激突
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無骨な鉄骨群と点滅するライトが星空に溶け合い、どこか非現実的な臨海部の都市夜景を作り出している。その光景を背景に今、二人の戦士が向かい合っていた──一対のヒーローとヴィランとして。
ブラックパンサーは無意識に拳を握りしめた。スーツの内部では鼓動が速くなり、特殊強化素材のグローブが小さく軋む。レッドレオンとの激しい攻防の名残と新たに押し寄せる高揚感が入り混じり、肉体が敏感になっているのを感じる。
荒い呼吸がマスク内に籠もり、酸素センサーが自動調整される。視界の隅でスーツのエネルギーラインが迸る。興奮が体内を駆け巡る証だ。
「そこを通せ」
ブルーファルコンが静かに告げた。青い鋼鉄製の戦闘アーマーの表面が月光を反射し、冷たく青白い光を放っている。彼もまた臨戦態勢にある。
「ハッ……!冗談じゃねえよ」
ブラックパンサーは笑みを浮かべて言い放つ。右腕を前方に突き出し、親指を地面に向けた。威嚇。挑発。その裏に潜む感情のうねりは、決して相手に読ませない。
ブルーファルコンがわずかに眉を動かした。バイザーの奥の瞳が鋭く光る。
「ならば力ずくで突破するまでだ」
「上等だ……!」ブラックパンサーが吠える。
『ぶっ飛ばしてやる……!』
胸の奥で暴れる激情を押さえきれない。ブルーファルコンのバイザー越しに覗く冷静な目つき──それが何よりも腹立たしかった。正しく正義のヒーローとしてのその態度。青い装甲に包まれた指が自分の皮膚を辿った時との温度差が、ブラックパンサーの神経を余計に逆撫でする。
二人の間に生まれた刹那の沈黙。次に訪れるのは嵐の予兆のような静寂だった。
戦場の空気が震える。次の瞬間──
最初に仕掛けたのはブラックパンサーだった。
「行くぜ……!!!」
その叫びに呼応するように掌を覆うパンサークローの内部機構が唸りを上げた。紫電が指先から迸り、螺旋を描いて肘へと奔る。エネルギーラインが共振し、漆黒の戦闘スーツに紫色の光脈が浮かび上がる。彼の手には破壊の力が凝縮されつつあった。両腕のクローにまとわせた紫色の電撃が地面を抉りながら伸びていく。
ブラックパンサーは力強く地面を蹴って夜空に高く跳躍した。漆黒の戦闘スーツが月光を反射しながら弧を描く。戦闘靴のソールからスパークが走り、閃光の尾を引きながら飛びかかるブラックパンサーの姿はさながら夜空に浮かぶ黒き闇の猛獣だった。
「喰らいやがれ……雷牙の咆哮ッッッ!!」
ブラックパンサーの叫びが深夜の港湾に炸裂した。
紫電が両腕のパンサークローから螺旋を描いて噴出する。稲妻を纏った爪が夜気を裂き、一直線にブルーファルコンへと伸びる。紫色の放電が空中に幾重もの雷痕を刻み、夜空を背景に巨大な雷撃の華を咲かせる。
「──遅いな!」
ブルーファルコンの呟きと共に青い旋風が巻き起こった。左手を軽く掲げた瞬間、冷気が大気中の水分を凝結させ、彼の蒼碧の盾──“アズールシールド”が展開される。
轟音────そして光の炸裂!!
ブラックパンサーの雷牙がシールドに激突した。紫電が炸裂する。青白い閃光が倉庫の鋼材に反射し、火花が雨粒のように飛び散る。プラントの機械音を押し潰す衝撃波が空気を震わせる。
ブルーファルコンの盾は蜘蛛の巣状に亀裂を走らせたが──電撃を完全に遮断していた。ブラックパンサーの必殺の一撃は封殺されたのだ。
「チィッ……!」
仮面の下で歯軋りが漏れる。紫電の残留放電が両腕の装甲を痙攣させ、パンサークローの先端から微かに焦げ臭い煙が立ち昇る。ヘルメット内部は蒸し暑く、汗が鼻梁を伝って不快に溜まっていく。
「仕方ない──こちらも行くぞ」
ブルーファルコンの低い宣告。夜気がさらに冷たくなった。
次の瞬間──彼の右足が地面を蹴る。
常人には視認不能な加速。青の装甲がインダストリアルな湾岸の照明を反射し、滑らかな流線型を描く。まるで牡隼が獲物を狙う急降下の如く静寂な疾走。ブラックパンサーのシールドに搭載する網膜補正レンズが彼の動きを捕捉した──が、既に遅かった。ブルーファルコンを前にした無意識の感情の揺れが冷静さを削り、ブラックパンサーの普段の集中力を僅かに減殺していたのだ。
ブルーファルコンの右脚が繰り出す青白い残像が視界一杯に広がる。
「ぐっ……!!」
鋭利な蹴りがブラックパンサーの脇腹を抉った。鈍い衝撃が腰骨を貫通し、装甲が軋む音を響かせる。通常なら致命傷。しかしブルーファルコンはわざと外した。緻密に制御された一撃だ。それでも凄まじい力が加わり、ブラックパンサーの体は弾丸のように吹き飛ばされた。
三メートル近く先のコンテナの山に激突する衝撃。錆びた鉄板が悲鳴をあげて崩れ落ち、埃と塩害で腐食した建材の破片が月光の中を舞い散る。その中心で、ブラックパンサーは片膝をつき、肩を大きく上下させていた。肺が焼けるように痛む。シールドの内部回路が警告音を発し出すも、全て無視した。
『……舐めやがって……!』
ブラックパンサーの視界が屈辱で赤く染まる。怒りと悔しさが入り混じった感情が血液に乗って全身を駆け巡る。仮面の下で唇を噛み切り、鉄の味が口内に広がった。
「……大ケガしたいのかお前」
冷静にこちらを見つめるブルーファルコンの声が夜の冷気に乗って響く。その静かな挑発でブラックパンサーの怒りが沸点に達した。
『俺を苦しめるコイツを──……叩きのめしてやる』
湧き上がる暗い欲望。闘争本能と破壊衝動が一つになり、背骨を熱く震わせる。
──その瞬間、脳裏に禍々しい声が蘇る。
《汝が我を求めんならば……》
ゆらりと立ち上がるブラックパンサー。今の彼には迷いはなかった。全身の血が逆流し、興奮が理性を押し流してゆく。その向こう側に、仮面の下で目を細める総統の横顔が見えた気がした。
「……エルディアブロ、来い」
ブラックパンサーの唸り声が夜気を震わせた瞬間──空気が凍りついた。
周囲を取り囲む夜の影が一段と深みを増し、ブラックパンサーの右腕を漆黒の電子の霧が包み込む。スーツ越しに感じる冷ややかな興奮。背骨を駆け上がる痺れは苦痛か快楽か判別できない。閉じた瞼の裏に広がるのは血の色──闇と炎が混ざり合った禁断の色彩。
《……汝に我が力を授けよう》
右腕を取り囲む漆黒の霧が渦を巻き始める。電子が螺旋を描きながら収束し、密度を増していく。金属とは異なる質量感。生物の一部を取り出すような生理的な畏怖が背筋を駆け抜ける。
《我は汝の怒り……汝の憎しみ……すべてを具現化する刃なり……》
その時だった。
ブラックパンサーの右手に宿った確かな重さ。漆黒の霧が渦巻きながら凝縮し、その中心から現れたのは────黒き魔剣、エルディアブロだった。
刀身は宇宙の深淵のように深く澄んだ漆黒。月光さえも飲み込み、代わりに妖しく輝くのは無数の星屑のごとき紅い脈動。表面を走る血管状の回路が心臓の鼓動のように脈打ち、空中には無数の血晶が舞う。それは禁忌そのものの姿をしていた。
視界が霞む。エルディアブロを握った右腕から奔流のごとく負の感情が流入する。憎悪、憤怒、悪意──そのすべてが甘美な毒となって神経を侵食していく。ブラックパンサーはよろめくように一歩踏み出し、青藍のアーマーを纏った男──ブルーファルコンを見つめる。視界の中央で青い光を放つバイザーが敵を冷徹に映し出している。
「それがお前の新武器か……また随分と刺激的だな」
ブルーファルコンの声に微かな警戒が混じっている。
「そうさ……シェイド様が下さった新しい玩具だよ」
ブラックパンサーは低く嗤いながら魔剣を構える。手にした重みと異常な軽さが共存する奇妙な感覚。エルディアブロの刃が月光を呑みながら青い装甲を狙う。その瞬間、背筋を冷たい戦慄が走った。この力に溺れてしまえば──自分という存在が塗り替えられてしまうだろうという直感。
「仕方ない」
ブルーファルコンは短く吐息を漏らし、おもむろに戦闘体勢に入り直す。刹那──彼の右手が閃いた。
虚空に青い光の粒子が集合し、月光を受けて煌めく蒼穹の如く──彼の専用武器“アズールブレード”が展開される。紺碧の波紋が刃面に揺らめき、その美しさは見る者の魂を浄化するようだった。
対極にある二つの刃──漆黒の魔剣と青き聖剣。負の情念と正義の信念。相反するはずの二つがついに向かい合った。
「いくぞ」
ブルーファルコンの低音が潮風に乗って鋭く飛ぶ。湾岸の工業照明を滑らかに反射し、アズールブレードが夜気を切り裂く音が先制攻撃を告げた。蒼穹の如き刃が唸りを上げてブラックパンサーへと殺到する。
「フッ……!」
ブラックパンサーは躱さなかった。漆黒の魔剣を斜めに構え、真正面から青き聖剣を迎え撃つ。
──キイィィィィィンッ!!!
青と黒の閃光が交差した刹那、衝撃波がプラント全体の空気を震わせた。まるで大地そのものが悲鳴を上げるような轟音が真夜中の湾岸に轟く。弾ける火花が漆黒の魔剣エルディアブロの紅い脈動を妖しく映し出し、刃の先端から滴る幻影の血がアズールブレードの蒼い輝きを穢すように空中で凝固する。その血晶が触れると同時に、青い装甲が微かに歪んだ。
「……ッ!!」
ブルーファルコンの体がわずかに後退する。その青藍の装甲表面には放射状の細かな亀裂が走っていた。左肩部の装甲プレートが歪み、一部が剥離して内部の銀色フレームが露出している。胸部プロテクターにも浅い傷が入り、そこから冷却液が淡い青白い光を放ちながら蒸気状に噴出していた。
「この……!」
彼の手に握るアズールブレードの蒼い輝きが一瞬揺らぐ。刃の根元に浅い刃こぼれが走り、青い光の粒がそこから煙るように漂い始めている。
(何だ……この魔剣は……?)
視界の中でブラックパンサーは呼吸を乱していない──いや、むしろ逆だ。興奮が四肢に漲り、脈動するエルディアブロが彼の精神と融合を深めていく。
《血を捧げよ……お前を惑わせ苦しめる、その男の全てを我に……》
脳裏に囁く声に従い、ブラックパンサーはさらに一歩踏み込んだ。魔剣を横薙ぎに振り抜くと、空間ごと引き裂くような衝撃波が夜空を切り裂く。
「甘い!!」
ブルーファルコンの声が間近で響く。視界一杯に広がる青い閃光──アズールブレードが弧を描くように振り返り、ブラックパンサーの肩口を薙いだ。
──ギィンッッッッッッ!!!!!
金属同士が激突した轟音が耳を劈く。衝撃波が港湾倉庫の壁面を軋ませ、埃が舞い上がる。ブルーファルコンの刃が漆黒の肩部強化パーツを削り取った。火花と共に黒い破片が宙を舞い、夜闇に散っていく。同時にエルディアブロも青藍の胸部装甲へ確実に亀裂を刻み込む。
「クッ……!」
ブラックパンサーはわずかによろめくが踏み止まる。漆黒の戦闘スーツが受けた傷痕は痛々しくも艶めかしい。断裂した繊維の間から微かに湯気のような蒸気が立ち昇る。だが──
『まだだ……!』
漆黒の魔剣がその手から離れようとするどころか、むしろ彼の握力と共鳴するように脈動を強める。脈打つ度に背筋を伝う微かな電流のような快感。それは戦闘の昂揚か、あるいは別の何かか。
一方のブルーファルコンも無傷ではない。胸部装甲の亀裂からは冷却液が漏れ、アズールブレードの蒼い輝きが僅かに翳る。それでも彼は一歩も引かない。青藍の鋼鉄装甲が月光を受けて滑らかに輝く様子は、むしろ戦場に更なる高揚感を醸し出していた。
「……厄介な武器だな」
落ち着いた声音だが、その言葉尻には隠せない緊張感が滲んでいる。
「来いよ……もっとヤり合おうぜ、あの晩みたいに」
ブラックパンサーの蠱惑的な声が風に乗る。滴る汗を構うことなく、漆黒のフェイスシールドの奥で歯茎が覗くほどの笑みを浮かべている。エルディアブロの剣身から紅い脈動が一層鮮烈に輝き、刀身全体が胎動するかのように微細に震え始めていた。
《我は汝の怒り……汝の飢え……》
脳裏で囁く声が熱病のように思考を蝕む。エルディアブロの握把が掌に密着し、まるで第二の皮膚となったかのようだ。視界の端が赤く染まりはじめる──血の色だ。
「堪能しろ…エルディアブロの力を!!」
雄叫びと共にブラックパンサーが踏み込む。漆黒のアーマーが月光を吸い込み、影そのものとなって疾駆する。魔剣エルディアブロを振るう斬撃は空中に紅い軌跡を描き出し、まるで鞭のようにしなりながらブルーファルコンへと襲いかかる。
「……させるか!!」
ブルーファルコンは跳躍し、空中で一回転しながらアズールブレードを逆手に持ち替えた。蒼穹の刃が月光を反射し、刃先から放たれる青い閃光がブラックパンサーの視界を灼く。着地と同時、青い斬撃が下方から跳ね上がり──エルディアブロの刀身と激突した。
──ギィィンッ!!!!!ガキィィンン!!!!!!
金属が軋む轟音が耳を劈き、黒と青の火花が爆ぜる。
「くぅッ……!」
斬撃の応酬の中、ブルーファルコンは歯噛みしながら後退する。ヘルメット内のHUDモニターに赤文字の警告が点滅する。
『警告:装甲損耗率35%・推奨一時撤退』
『左腕関節:ロック不良』『胸部装甲:連携不全』『警告:内蔵センサー異常発生中』
(この力……危険すぎる)
ブルーファルコンの視界にブラックパンサーの姿が映る。彼の漆黒の戦闘スーツもすでに限界を迎えていた。
左肩部アーマーは完全に剥がれ落ち、そこから伸びるエナメルが裂け、艶やかな黒い布地が無残に破損して鎖骨のラインが浮かび上がっているのが分かる。蒸れた布地に汗が染み込み、その下に透ける肌の色が無機質なプラントの照明で不思議な透明感を帯びていた。同時にエルディアブロの剣身にも浅い欠けが走り、紅い輝きが不安定に明滅した。
それでも────
「まだまだ終わらせねぇよ……!』
ブラックパンサーの声帯拡張器が割れ鐘のようなハウリングを伴って響く。虚ろなその目は魔剣の影響を一身に受けて悦楽に歪んでいた。
再びエルディアブロを掲げて突進するブラックパンサー。その動作は粗削りだが力任せの速さがあり、無防備に見えて正確に急所を狙ってくる。
「クソッ……!」
ブルーファルコンはアズールブレードで正面から受け止めようと構えた──その時だった。
ブラックパンサーの動きが急に変調をきたす。魔剣を振り下ろす動作から一転し、右脚が唸りを上げて下方へと伸びた。狙いは──
「ぐぁッッッ……!!!」
鋼鉄製の靴先がブルーファルコンの股間を直撃。金属が軋む鈍い音と共に彼の体が弓なりに反り返る。しかしスーツの補助機構が即座に動作し完全な崩壊は防いだ。それでもブルーファルコンは後退し──僅かにバランスを崩した。
『もらったァッッ!!!』
その隙を見逃さず、ブラックパンサーが魔剣を大きく振りかぶり跳躍。漆黒の刃が紅い残像を描きながら降り注ぐ。
──────────ザシュッ!!!!!
直撃を喰らった青い胸部装甲が破壊され、床面に叩きつけられたブルーファルコンの体がプラントの地面を砕く。その衝撃でコンクリートに巨大な亀裂が走る。粉塵が舞い上がる中、ブラックパンサーは馬乗りになるように彼の腰に跨り、その上半身を押さえつけ──エルディアブロの刃を高く振り上げた。
「終わりだ……」
エルディアブロの切っ先がブルーファルコンのヘルメットに向けられる。赤黒い刀身の先端から滴る幻影の血が滴り──
青いシールドに触れる寸前で止まった。
(これが……俺の本当の望みか?)
刹那の疑問が脳裏を過った。振り上げられた魔剣エルディアブロの切先が月光を浴びて妖しく煌めく。しかし、そこには単なる破壊衝動だけではない。あの夜以来、ブラックパンサー自身も気づかずに育んできた複雑な感情の坩堝が宿っていた。
(違う……こんなこと……)
心臓が激しく鼓動する。握りしめた魔剣から伝わる脈動が彼の手首を伝い、全身へと拡がっていく。その熱が思考を乱す。ブラックパンサーの指先が震え、エルディアブロの切先が虚空で揺れている。
(俺が本当に求めているものは……)
バイザー越しに見えるブルーファルコンの表情。彼はただじっとこちらを見上げていた。そこにあるのは怯えでも諦めでもない。力強く揺るがない眼差しが自分を射貫いている。あの時と同じだ──あの夜、あの廃墟での。
(ダメだ……これ以上この感情に向き合ったら……)
「……っ」
ブラックパンサーの魔剣のグリップを握りしめた手が震えながらも完全に止まった。その瞬間、彼の中で何かが決壊したように思えた。押し殺してきた感情が堰を切ったように溢れ出す。
「ああクソッッ!!!!!」
ブラックパンサーの喉から絞り出された呻きが、プラントの鉄骨に反響する。視界が滲む──怒りではなく、あまりにも生々しい感情の洪水によって。今も戦闘スーツ越しに感じるブルーファルコンの体温。規則正しい胸甲の起伏。そして彼の視線。それら全てが懐かしさと甘やかな切なさを呼び覚ます。
(ああそうだ……あの夜からそうだったよ!!)
ブラックパンサーの奥歯が軋む。あの夜見たブルーファルコンの姿。廃墟の月光に照らされた青い装甲。あの時から自分の中で何かが狂い始めたのだ。敵でありながら惹かれてしまった。ある一人の男のあの情熱的な眼差しをもう一度向けられたかった。自分の心の奥底で燻っていた感情の正体に──あろうことか今気付かされる。
それは決して認めたくない……矛盾に満ちた、初めての感情だった。
「……ああ……あああッッ…!!」
ブラックパンサーの手が震える。エルディアブロの重みが突然耐え難くなったかのように、彼はそれを地面に落とした。コンクリートを叩く乾いた音が真夜中の湾岸に響く。
同時に、漆黒の魔剣の共鳴が徐々に弱まり、ノイズのような電子的な残像を描きながら実体が薄れていく。
ブラックパンサーの虚ろな目が光を取り戻し始めた。瞳の中に浮かぶのは怒りではなく、戸惑いと──抑えきれぬ感情の奔流だ。
「……今日だけは見逃してやる。だから……!!だから、さっさと俺の前から消えろよッッ……!!」
強がりで塗り固めた声が震える。背けたヘルメットの下で涙が滲み、肩が小刻みに揺れる。自分でもなぜ泣きそうなのか分からない。後悔? 羞恥? それとも──。
ブルーファルコンは何も言わない。ただ静かにこちらを見つめているようだったが、その瞳に映るものを覗く勇気はない。悪の戦士にさえ徹しきれない無様な自分を見て、そのシールドの下で一体どんな表情をしているのだろう。嘲りか憐れみか。いずれにしても自分には相応しい。そう思った瞬間、
《──カチリ──》
冷たい音と共にブルーファルコンのヘルメットのロックが解除された。彼の手がゆっくりと己のヘルメットにかかる。ロック解除を告げる微かな電子音、「シュー」という空気音と共に、青い鋼鉄の甲殻が取り払われた。
「……お前の本心は知らない、でも」
激しい戦闘で乱れてもなお、月光を反射する短い黒髪が額に張り付く。凛々しい目元には疲労と戦いの名残があるが、どこか憂いを帯びた柔らかさを湛えていた。それは、ブラックパンサー──悟にとって、初めて見る顔ではない。そこにあったのは、あの日悟としてバイト中のコンビニで見た若きサラリーマンの男の顔だった。汗とともに漂う仄かなムスクの香りが鼻腔を擽る。
「俺は、お前にまた会いたかった」
瞳はブラックパンサーを真正面から捉えたまま、低く澄んだ声が夜気に溶ける。
気付けばブラックパンサーの震える手が、躊躇いながらも無意識に彼の方へと伸ばされていた。
ブラックパンサーは無意識に拳を握りしめた。スーツの内部では鼓動が速くなり、特殊強化素材のグローブが小さく軋む。レッドレオンとの激しい攻防の名残と新たに押し寄せる高揚感が入り混じり、肉体が敏感になっているのを感じる。
荒い呼吸がマスク内に籠もり、酸素センサーが自動調整される。視界の隅でスーツのエネルギーラインが迸る。興奮が体内を駆け巡る証だ。
「そこを通せ」
ブルーファルコンが静かに告げた。青い鋼鉄製の戦闘アーマーの表面が月光を反射し、冷たく青白い光を放っている。彼もまた臨戦態勢にある。
「ハッ……!冗談じゃねえよ」
ブラックパンサーは笑みを浮かべて言い放つ。右腕を前方に突き出し、親指を地面に向けた。威嚇。挑発。その裏に潜む感情のうねりは、決して相手に読ませない。
ブルーファルコンがわずかに眉を動かした。バイザーの奥の瞳が鋭く光る。
「ならば力ずくで突破するまでだ」
「上等だ……!」ブラックパンサーが吠える。
『ぶっ飛ばしてやる……!』
胸の奥で暴れる激情を押さえきれない。ブルーファルコンのバイザー越しに覗く冷静な目つき──それが何よりも腹立たしかった。正しく正義のヒーローとしてのその態度。青い装甲に包まれた指が自分の皮膚を辿った時との温度差が、ブラックパンサーの神経を余計に逆撫でする。
二人の間に生まれた刹那の沈黙。次に訪れるのは嵐の予兆のような静寂だった。
戦場の空気が震える。次の瞬間──
最初に仕掛けたのはブラックパンサーだった。
「行くぜ……!!!」
その叫びに呼応するように掌を覆うパンサークローの内部機構が唸りを上げた。紫電が指先から迸り、螺旋を描いて肘へと奔る。エネルギーラインが共振し、漆黒の戦闘スーツに紫色の光脈が浮かび上がる。彼の手には破壊の力が凝縮されつつあった。両腕のクローにまとわせた紫色の電撃が地面を抉りながら伸びていく。
ブラックパンサーは力強く地面を蹴って夜空に高く跳躍した。漆黒の戦闘スーツが月光を反射しながら弧を描く。戦闘靴のソールからスパークが走り、閃光の尾を引きながら飛びかかるブラックパンサーの姿はさながら夜空に浮かぶ黒き闇の猛獣だった。
「喰らいやがれ……雷牙の咆哮ッッッ!!」
ブラックパンサーの叫びが深夜の港湾に炸裂した。
紫電が両腕のパンサークローから螺旋を描いて噴出する。稲妻を纏った爪が夜気を裂き、一直線にブルーファルコンへと伸びる。紫色の放電が空中に幾重もの雷痕を刻み、夜空を背景に巨大な雷撃の華を咲かせる。
「──遅いな!」
ブルーファルコンの呟きと共に青い旋風が巻き起こった。左手を軽く掲げた瞬間、冷気が大気中の水分を凝結させ、彼の蒼碧の盾──“アズールシールド”が展開される。
轟音────そして光の炸裂!!
ブラックパンサーの雷牙がシールドに激突した。紫電が炸裂する。青白い閃光が倉庫の鋼材に反射し、火花が雨粒のように飛び散る。プラントの機械音を押し潰す衝撃波が空気を震わせる。
ブルーファルコンの盾は蜘蛛の巣状に亀裂を走らせたが──電撃を完全に遮断していた。ブラックパンサーの必殺の一撃は封殺されたのだ。
「チィッ……!」
仮面の下で歯軋りが漏れる。紫電の残留放電が両腕の装甲を痙攣させ、パンサークローの先端から微かに焦げ臭い煙が立ち昇る。ヘルメット内部は蒸し暑く、汗が鼻梁を伝って不快に溜まっていく。
「仕方ない──こちらも行くぞ」
ブルーファルコンの低い宣告。夜気がさらに冷たくなった。
次の瞬間──彼の右足が地面を蹴る。
常人には視認不能な加速。青の装甲がインダストリアルな湾岸の照明を反射し、滑らかな流線型を描く。まるで牡隼が獲物を狙う急降下の如く静寂な疾走。ブラックパンサーのシールドに搭載する網膜補正レンズが彼の動きを捕捉した──が、既に遅かった。ブルーファルコンを前にした無意識の感情の揺れが冷静さを削り、ブラックパンサーの普段の集中力を僅かに減殺していたのだ。
ブルーファルコンの右脚が繰り出す青白い残像が視界一杯に広がる。
「ぐっ……!!」
鋭利な蹴りがブラックパンサーの脇腹を抉った。鈍い衝撃が腰骨を貫通し、装甲が軋む音を響かせる。通常なら致命傷。しかしブルーファルコンはわざと外した。緻密に制御された一撃だ。それでも凄まじい力が加わり、ブラックパンサーの体は弾丸のように吹き飛ばされた。
三メートル近く先のコンテナの山に激突する衝撃。錆びた鉄板が悲鳴をあげて崩れ落ち、埃と塩害で腐食した建材の破片が月光の中を舞い散る。その中心で、ブラックパンサーは片膝をつき、肩を大きく上下させていた。肺が焼けるように痛む。シールドの内部回路が警告音を発し出すも、全て無視した。
『……舐めやがって……!』
ブラックパンサーの視界が屈辱で赤く染まる。怒りと悔しさが入り混じった感情が血液に乗って全身を駆け巡る。仮面の下で唇を噛み切り、鉄の味が口内に広がった。
「……大ケガしたいのかお前」
冷静にこちらを見つめるブルーファルコンの声が夜の冷気に乗って響く。その静かな挑発でブラックパンサーの怒りが沸点に達した。
『俺を苦しめるコイツを──……叩きのめしてやる』
湧き上がる暗い欲望。闘争本能と破壊衝動が一つになり、背骨を熱く震わせる。
──その瞬間、脳裏に禍々しい声が蘇る。
《汝が我を求めんならば……》
ゆらりと立ち上がるブラックパンサー。今の彼には迷いはなかった。全身の血が逆流し、興奮が理性を押し流してゆく。その向こう側に、仮面の下で目を細める総統の横顔が見えた気がした。
「……エルディアブロ、来い」
ブラックパンサーの唸り声が夜気を震わせた瞬間──空気が凍りついた。
周囲を取り囲む夜の影が一段と深みを増し、ブラックパンサーの右腕を漆黒の電子の霧が包み込む。スーツ越しに感じる冷ややかな興奮。背骨を駆け上がる痺れは苦痛か快楽か判別できない。閉じた瞼の裏に広がるのは血の色──闇と炎が混ざり合った禁断の色彩。
《……汝に我が力を授けよう》
右腕を取り囲む漆黒の霧が渦を巻き始める。電子が螺旋を描きながら収束し、密度を増していく。金属とは異なる質量感。生物の一部を取り出すような生理的な畏怖が背筋を駆け抜ける。
《我は汝の怒り……汝の憎しみ……すべてを具現化する刃なり……》
その時だった。
ブラックパンサーの右手に宿った確かな重さ。漆黒の霧が渦巻きながら凝縮し、その中心から現れたのは────黒き魔剣、エルディアブロだった。
刀身は宇宙の深淵のように深く澄んだ漆黒。月光さえも飲み込み、代わりに妖しく輝くのは無数の星屑のごとき紅い脈動。表面を走る血管状の回路が心臓の鼓動のように脈打ち、空中には無数の血晶が舞う。それは禁忌そのものの姿をしていた。
視界が霞む。エルディアブロを握った右腕から奔流のごとく負の感情が流入する。憎悪、憤怒、悪意──そのすべてが甘美な毒となって神経を侵食していく。ブラックパンサーはよろめくように一歩踏み出し、青藍のアーマーを纏った男──ブルーファルコンを見つめる。視界の中央で青い光を放つバイザーが敵を冷徹に映し出している。
「それがお前の新武器か……また随分と刺激的だな」
ブルーファルコンの声に微かな警戒が混じっている。
「そうさ……シェイド様が下さった新しい玩具だよ」
ブラックパンサーは低く嗤いながら魔剣を構える。手にした重みと異常な軽さが共存する奇妙な感覚。エルディアブロの刃が月光を呑みながら青い装甲を狙う。その瞬間、背筋を冷たい戦慄が走った。この力に溺れてしまえば──自分という存在が塗り替えられてしまうだろうという直感。
「仕方ない」
ブルーファルコンは短く吐息を漏らし、おもむろに戦闘体勢に入り直す。刹那──彼の右手が閃いた。
虚空に青い光の粒子が集合し、月光を受けて煌めく蒼穹の如く──彼の専用武器“アズールブレード”が展開される。紺碧の波紋が刃面に揺らめき、その美しさは見る者の魂を浄化するようだった。
対極にある二つの刃──漆黒の魔剣と青き聖剣。負の情念と正義の信念。相反するはずの二つがついに向かい合った。
「いくぞ」
ブルーファルコンの低音が潮風に乗って鋭く飛ぶ。湾岸の工業照明を滑らかに反射し、アズールブレードが夜気を切り裂く音が先制攻撃を告げた。蒼穹の如き刃が唸りを上げてブラックパンサーへと殺到する。
「フッ……!」
ブラックパンサーは躱さなかった。漆黒の魔剣を斜めに構え、真正面から青き聖剣を迎え撃つ。
──キイィィィィィンッ!!!
青と黒の閃光が交差した刹那、衝撃波がプラント全体の空気を震わせた。まるで大地そのものが悲鳴を上げるような轟音が真夜中の湾岸に轟く。弾ける火花が漆黒の魔剣エルディアブロの紅い脈動を妖しく映し出し、刃の先端から滴る幻影の血がアズールブレードの蒼い輝きを穢すように空中で凝固する。その血晶が触れると同時に、青い装甲が微かに歪んだ。
「……ッ!!」
ブルーファルコンの体がわずかに後退する。その青藍の装甲表面には放射状の細かな亀裂が走っていた。左肩部の装甲プレートが歪み、一部が剥離して内部の銀色フレームが露出している。胸部プロテクターにも浅い傷が入り、そこから冷却液が淡い青白い光を放ちながら蒸気状に噴出していた。
「この……!」
彼の手に握るアズールブレードの蒼い輝きが一瞬揺らぐ。刃の根元に浅い刃こぼれが走り、青い光の粒がそこから煙るように漂い始めている。
(何だ……この魔剣は……?)
視界の中でブラックパンサーは呼吸を乱していない──いや、むしろ逆だ。興奮が四肢に漲り、脈動するエルディアブロが彼の精神と融合を深めていく。
《血を捧げよ……お前を惑わせ苦しめる、その男の全てを我に……》
脳裏に囁く声に従い、ブラックパンサーはさらに一歩踏み込んだ。魔剣を横薙ぎに振り抜くと、空間ごと引き裂くような衝撃波が夜空を切り裂く。
「甘い!!」
ブルーファルコンの声が間近で響く。視界一杯に広がる青い閃光──アズールブレードが弧を描くように振り返り、ブラックパンサーの肩口を薙いだ。
──ギィンッッッッッッ!!!!!
金属同士が激突した轟音が耳を劈く。衝撃波が港湾倉庫の壁面を軋ませ、埃が舞い上がる。ブルーファルコンの刃が漆黒の肩部強化パーツを削り取った。火花と共に黒い破片が宙を舞い、夜闇に散っていく。同時にエルディアブロも青藍の胸部装甲へ確実に亀裂を刻み込む。
「クッ……!」
ブラックパンサーはわずかによろめくが踏み止まる。漆黒の戦闘スーツが受けた傷痕は痛々しくも艶めかしい。断裂した繊維の間から微かに湯気のような蒸気が立ち昇る。だが──
『まだだ……!』
漆黒の魔剣がその手から離れようとするどころか、むしろ彼の握力と共鳴するように脈動を強める。脈打つ度に背筋を伝う微かな電流のような快感。それは戦闘の昂揚か、あるいは別の何かか。
一方のブルーファルコンも無傷ではない。胸部装甲の亀裂からは冷却液が漏れ、アズールブレードの蒼い輝きが僅かに翳る。それでも彼は一歩も引かない。青藍の鋼鉄装甲が月光を受けて滑らかに輝く様子は、むしろ戦場に更なる高揚感を醸し出していた。
「……厄介な武器だな」
落ち着いた声音だが、その言葉尻には隠せない緊張感が滲んでいる。
「来いよ……もっとヤり合おうぜ、あの晩みたいに」
ブラックパンサーの蠱惑的な声が風に乗る。滴る汗を構うことなく、漆黒のフェイスシールドの奥で歯茎が覗くほどの笑みを浮かべている。エルディアブロの剣身から紅い脈動が一層鮮烈に輝き、刀身全体が胎動するかのように微細に震え始めていた。
《我は汝の怒り……汝の飢え……》
脳裏で囁く声が熱病のように思考を蝕む。エルディアブロの握把が掌に密着し、まるで第二の皮膚となったかのようだ。視界の端が赤く染まりはじめる──血の色だ。
「堪能しろ…エルディアブロの力を!!」
雄叫びと共にブラックパンサーが踏み込む。漆黒のアーマーが月光を吸い込み、影そのものとなって疾駆する。魔剣エルディアブロを振るう斬撃は空中に紅い軌跡を描き出し、まるで鞭のようにしなりながらブルーファルコンへと襲いかかる。
「……させるか!!」
ブルーファルコンは跳躍し、空中で一回転しながらアズールブレードを逆手に持ち替えた。蒼穹の刃が月光を反射し、刃先から放たれる青い閃光がブラックパンサーの視界を灼く。着地と同時、青い斬撃が下方から跳ね上がり──エルディアブロの刀身と激突した。
──ギィィンッ!!!!!ガキィィンン!!!!!!
金属が軋む轟音が耳を劈き、黒と青の火花が爆ぜる。
「くぅッ……!」
斬撃の応酬の中、ブルーファルコンは歯噛みしながら後退する。ヘルメット内のHUDモニターに赤文字の警告が点滅する。
『警告:装甲損耗率35%・推奨一時撤退』
『左腕関節:ロック不良』『胸部装甲:連携不全』『警告:内蔵センサー異常発生中』
(この力……危険すぎる)
ブルーファルコンの視界にブラックパンサーの姿が映る。彼の漆黒の戦闘スーツもすでに限界を迎えていた。
左肩部アーマーは完全に剥がれ落ち、そこから伸びるエナメルが裂け、艶やかな黒い布地が無残に破損して鎖骨のラインが浮かび上がっているのが分かる。蒸れた布地に汗が染み込み、その下に透ける肌の色が無機質なプラントの照明で不思議な透明感を帯びていた。同時にエルディアブロの剣身にも浅い欠けが走り、紅い輝きが不安定に明滅した。
それでも────
「まだまだ終わらせねぇよ……!』
ブラックパンサーの声帯拡張器が割れ鐘のようなハウリングを伴って響く。虚ろなその目は魔剣の影響を一身に受けて悦楽に歪んでいた。
再びエルディアブロを掲げて突進するブラックパンサー。その動作は粗削りだが力任せの速さがあり、無防備に見えて正確に急所を狙ってくる。
「クソッ……!」
ブルーファルコンはアズールブレードで正面から受け止めようと構えた──その時だった。
ブラックパンサーの動きが急に変調をきたす。魔剣を振り下ろす動作から一転し、右脚が唸りを上げて下方へと伸びた。狙いは──
「ぐぁッッッ……!!!」
鋼鉄製の靴先がブルーファルコンの股間を直撃。金属が軋む鈍い音と共に彼の体が弓なりに反り返る。しかしスーツの補助機構が即座に動作し完全な崩壊は防いだ。それでもブルーファルコンは後退し──僅かにバランスを崩した。
『もらったァッッ!!!』
その隙を見逃さず、ブラックパンサーが魔剣を大きく振りかぶり跳躍。漆黒の刃が紅い残像を描きながら降り注ぐ。
──────────ザシュッ!!!!!
直撃を喰らった青い胸部装甲が破壊され、床面に叩きつけられたブルーファルコンの体がプラントの地面を砕く。その衝撃でコンクリートに巨大な亀裂が走る。粉塵が舞い上がる中、ブラックパンサーは馬乗りになるように彼の腰に跨り、その上半身を押さえつけ──エルディアブロの刃を高く振り上げた。
「終わりだ……」
エルディアブロの切っ先がブルーファルコンのヘルメットに向けられる。赤黒い刀身の先端から滴る幻影の血が滴り──
青いシールドに触れる寸前で止まった。
(これが……俺の本当の望みか?)
刹那の疑問が脳裏を過った。振り上げられた魔剣エルディアブロの切先が月光を浴びて妖しく煌めく。しかし、そこには単なる破壊衝動だけではない。あの夜以来、ブラックパンサー自身も気づかずに育んできた複雑な感情の坩堝が宿っていた。
(違う……こんなこと……)
心臓が激しく鼓動する。握りしめた魔剣から伝わる脈動が彼の手首を伝い、全身へと拡がっていく。その熱が思考を乱す。ブラックパンサーの指先が震え、エルディアブロの切先が虚空で揺れている。
(俺が本当に求めているものは……)
バイザー越しに見えるブルーファルコンの表情。彼はただじっとこちらを見上げていた。そこにあるのは怯えでも諦めでもない。力強く揺るがない眼差しが自分を射貫いている。あの時と同じだ──あの夜、あの廃墟での。
(ダメだ……これ以上この感情に向き合ったら……)
「……っ」
ブラックパンサーの魔剣のグリップを握りしめた手が震えながらも完全に止まった。その瞬間、彼の中で何かが決壊したように思えた。押し殺してきた感情が堰を切ったように溢れ出す。
「ああクソッッ!!!!!」
ブラックパンサーの喉から絞り出された呻きが、プラントの鉄骨に反響する。視界が滲む──怒りではなく、あまりにも生々しい感情の洪水によって。今も戦闘スーツ越しに感じるブルーファルコンの体温。規則正しい胸甲の起伏。そして彼の視線。それら全てが懐かしさと甘やかな切なさを呼び覚ます。
(ああそうだ……あの夜からそうだったよ!!)
ブラックパンサーの奥歯が軋む。あの夜見たブルーファルコンの姿。廃墟の月光に照らされた青い装甲。あの時から自分の中で何かが狂い始めたのだ。敵でありながら惹かれてしまった。ある一人の男のあの情熱的な眼差しをもう一度向けられたかった。自分の心の奥底で燻っていた感情の正体に──あろうことか今気付かされる。
それは決して認めたくない……矛盾に満ちた、初めての感情だった。
「……ああ……あああッッ…!!」
ブラックパンサーの手が震える。エルディアブロの重みが突然耐え難くなったかのように、彼はそれを地面に落とした。コンクリートを叩く乾いた音が真夜中の湾岸に響く。
同時に、漆黒の魔剣の共鳴が徐々に弱まり、ノイズのような電子的な残像を描きながら実体が薄れていく。
ブラックパンサーの虚ろな目が光を取り戻し始めた。瞳の中に浮かぶのは怒りではなく、戸惑いと──抑えきれぬ感情の奔流だ。
「……今日だけは見逃してやる。だから……!!だから、さっさと俺の前から消えろよッッ……!!」
強がりで塗り固めた声が震える。背けたヘルメットの下で涙が滲み、肩が小刻みに揺れる。自分でもなぜ泣きそうなのか分からない。後悔? 羞恥? それとも──。
ブルーファルコンは何も言わない。ただ静かにこちらを見つめているようだったが、その瞳に映るものを覗く勇気はない。悪の戦士にさえ徹しきれない無様な自分を見て、そのシールドの下で一体どんな表情をしているのだろう。嘲りか憐れみか。いずれにしても自分には相応しい。そう思った瞬間、
《──カチリ──》
冷たい音と共にブルーファルコンのヘルメットのロックが解除された。彼の手がゆっくりと己のヘルメットにかかる。ロック解除を告げる微かな電子音、「シュー」という空気音と共に、青い鋼鉄の甲殻が取り払われた。
「……お前の本心は知らない、でも」
激しい戦闘で乱れてもなお、月光を反射する短い黒髪が額に張り付く。凛々しい目元には疲労と戦いの名残があるが、どこか憂いを帯びた柔らかさを湛えていた。それは、ブラックパンサー──悟にとって、初めて見る顔ではない。そこにあったのは、あの日悟としてバイト中のコンビニで見た若きサラリーマンの男の顔だった。汗とともに漂う仄かなムスクの香りが鼻腔を擽る。
「俺は、お前にまた会いたかった」
瞳はブラックパンサーを真正面から捉えたまま、低く澄んだ声が夜気に溶ける。
気付けばブラックパンサーの震える手が、躊躇いながらも無意識に彼の方へと伸ばされていた。
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ジントニ9先生、はじめまして😊お忙しい中での更新、いつもありがとうございます。
総受け&戦隊という至高の設定に加え、映像が脳裏に浮かんでくるような綿密な情景・人物描写に毎度感服しております。
ブルーファルコンに姦淫されるブラックパンサー、最高でございました!!😍
普段はクールな正義の戦隊サブリーダーが宿敵組織である悪の幹部の魅力に溺れ、我を忘れて獣さながら激しくブラックパンサーを求める姿にめちゃくちゃ滾りました(笑)
総統編では、身体データから性行の事実を分析するシステム?なななんて斬新な発想だ!!、と感嘆いたしました(笑) 特に、悟の中に残った精液からDNA解析をして、「99.99% ブルーファルコン」って人物特定までされるなんて、恥ずかし過ぎるしエロ過ぎます、先生、天才ですか??😂
総統の言葉責めもイヤらしくてドキドキしました。
「正義の戦士を誘ったのか?」「正義の戦士を迎え入れたのだな?」て、"正義の戦士"って単語を使って、悪の幹部である悟の背徳感を煽ってくる技法、堪りません!!
いつかきたる総統との本番が楽しみです。
総受けの素晴らしいところは、複数攻めとの性的絡みが見られる所ですよね😊
まだ未登場のグリーンバイパー、シルバーウルフ(一般的なピンクポジがシルバーで格好いい!)や、味方組織であるはずのレイヴンともエッチな関係になってしまうの~!?と、今後の展開が楽しみ過ぎて夜しか眠れません(笑)
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うぉり様こんにちは!🫶ジントニ9です。
ミッドナイト・レイダース読んでくださり大変ありがとうございます!こちらこそ、こんなニッチなbl小説を見つけてくださり本当に感謝です😁しばらくお待たせしてしまった分うぉり様により楽しんでいただけるようこれから更新頑張っていきますのでよろしくお願いします!
ブルーファルコンとの激しいエッチシーンは自分が大変ノリノリで書いたところなので楽しんでいただけてめちゃめちゃ嬉しいです!!😍宿敵に本能のまま抱かれるエッチ、悟も相当良かったようで(?)、作中思い出しては度々悶々としてますが、まもなく遂に再会してブルーファルコンと正しい意味でも性的な意味でもガチバトルするので、熱量高めの熱くて激しいやつお届けできるよう今からしっかり気合い入れていきます笑
総統編も楽しんでくださって本当にありがとうございます!総統はドS年上男なので、あえて卑猥な言葉やフレーズで悟を興奮させる言葉責めが発生するため台詞チョイスが一番楽しいです。おおお!背徳感煽る台詞回しなど細かいこだわりポイントにも気づいてくださり感無量です!😂DNA解析や動く断面図などテクノロジーを無駄に駆使した謎のエロシステム作るの大好き人間なのでその辺りも楽しんでいただけるのはこの上ない幸せです😍
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