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03.ヒロイン

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「このお店で一番シンプルなドレスを見せてくれるかしら」

扇子をおしとやかに開いて...なんて当然出来るわけがない。姉様はそういうのとってもお上手なのだろうけど、この世界にきて基本的なマナーを覚えただけの素人が扇子パフォーマンス(?)なんてできるはずないもの。

「公爵令嬢!!?わざわざお越しいただかなくても公爵邸までお伺いしましたのに…!」

ああ、その手があったか。確かに姉様は仕立て屋を家まで呼んでいたような憶えがある。そうしていればわざわざ街まで出かける必要はなかったのに。四、五十代ほどの女性が店の裏に入っていき、若いお姉さんが別室へと案内してくれた。試着もしたいからサディには部屋の前で待ってもらい、私一人で部屋に入って行く。お姉さんは香りの良い紅茶とクッキーを丁寧に出し、数着ドレスを抱えた女性がこちらへやってくる。

「サラと申します。こちらは最高級のシルクで作ったドレスで最近ご令嬢の間でも流行っている種類のドレスです。お嬢様に良くお似合いかと」

そう見せてくれたドレスは派手なパキパキとした紫色のドレスで確かに可愛い...がしかし、シンプルなドレス、と言ったのに派手すぎではないだろうか。

「えっと、もっとシンプルなドレスは…このドレスは少し、派手すぎます。手間をかけて申し訳ないですけど違うドレスをお願いしても...?」
「はっ!失礼しました!すぐに別のドレスをお持ち致します!!」

サラは慌てた様子で数人のスタッフを連れて部屋を出て行った。別に、さっきのドレスが悪いとか、サラが悪いとか、そういうわけではないのだ。ただ今私が求めているドレスとは合わなかっただけ。あんなに慌てなくてもいいのに。

「お嬢様、こちらはいかがでしょうか。先程よりもシンプルな装飾になっていると思いますが…」

黄色ベースの生地に、レースで裾を飾っているドレス。首元には小さな宝石…まさか本物?もう少し質素なものが良いけど、先ほどのドレスに比べれば充分理想像に近いだろう。

「ではこれにします。後、さっきのドレスも買います」

さっきのドレスは私にはきっと似合わないし好みにも合わない。けれど、あれを姉様が着たら!絶対美しいに決まってる!!令嬢たちの間で流行っていると言っていたしプレゼントしたらきっと喜んでくれるはず。まさか、推しにプレゼントを直接渡せる日が来るだなんて。

「ありがとうございますお嬢様。ドレスは一週間以内に公爵邸にお送りいたします」

本当はサイズの微調整をしなければいけないけれどお姉様にはサプライズで渡したいから私の分だけ調整をしてもらって公爵邸に送ってもらおう。せっかく貴族になったのだから使える権力は使っていかないとね。

「サディお待たせ」
「マリアさま…!」

部屋を出てサディに声をかけるとやけに嬉しそうに私の名前を呼んだ。もしかして寂しかったのかな。そんなサディは子犬のように柔らかな笑みを浮かべており、気のせいかしっぽまで見える気がする。

「じゃあ帰ろうか」
「はい…!」

帰るだけだというのに丁寧に人を並べてお見送りをしてもらった。そのまま店を出て帰ろうというとき。か弱い叫び声のようなものと共に私と同じくらいの年の女の子が、私を庇うようにして前に出てきたサディに勢いよくぶつかった。その少女の腕をがっちりと掴んでいるフードを被った怪しい人がこちらをぎろりと睨み少女の腕を離さないまま素早く立ち上がる。半ば引きずられるように少女は連れていかれそうになったがその時、小さな小さな声で「助けて」。と、そう言ったように私の耳はその小さな一言を拾った。

明らかに怪しいフードの人。あれほど強引に連れて行こうとした態度。何かがおかしい。あの子を助けなければ。

「マリアさま!だめです…」

サディは少女を追いかけようとする私を止めた。何故?あの子は今助けてと言った。それをしっかり聞いたというのに見捨てろというの?

「僕はお嬢様を守るのが仕事です。お嬢様が危ないことに手を出さないようにするのも当然僕の務めです。だから、どうか追いかけないでください」
「でも…!サディはあの子を見捨てても良いと思ってるの!?」
「そうではありません。まずはお嬢様の安全が第一。僕が仕えているのはあの少女ではなく、お嬢様です」

それは、確かにそうだ。サディの仕事は私の護衛。私が無事では無かったら元も子もなければ、サディの行く末がどうなるかなんて最悪な結末しか待っていないだろう。
でも、どうしたら…。このまま見捨てるなんてできない。

「先ほどの少女、確かレベッカという名前だったような気がします」
「え...どうしてそれを」
「水色の髪に赤色の目の少女…というのはここら辺では有名なんです」

『聖女』
彼女はそう呼ばれていた。数百年に一人しか生まれない治癒能力を持った女性であり現皇太子の寵愛を受ける…ヒロインだ。まさか、まさか、ここで出会ってしまうだなんて。確かに言われてみればレベッカという名前だったかもしれない。水色の美しい髪に赤色の目の少女、というフレーズはよく小説内で出てきた単語だと、そこだけは確かに記憶している。

しかし、まだ治癒能力が発現する前だ。詳しいストーリーは思い出せないが、確か治癒能力が発現するのは皇太子が暗殺されそうになった『あの事件』だったはず。そこで皇太子は自分を救ってくれた聖女に恋をし、平民だった彼女を皇太子の命を救ったという出来事を掲げて皇后にすると。

「彼女は身体能力が高く、よく街の困った人たちを助けて回っていると。なので、何かあったとしてもすぐには最悪なことにはならないでしょう」

すぐにはって…。それでも少女の体力は削られてしまうわ。

「ですからお嬢様。ご命令ください。騎士団を動かすと」

サディは跪いた。公爵家の令嬢として騎士団を動かすくらいのことはきっと許される。私がお父様に叱られたって、あの子を助けられるならいくらでも説教くらいされてやるわ。この世界にきてまだ二週間と少し。まだ公爵家の事もこの世界の事もよくわかっていないけれど少しくらい暴れてもいいよね。

「サディ、顔を上げなさい」

水色の髪で赤色の目の少女、レベッカを今日中に探す。あの子の無事が確認できるまで落ち着いてはいられない。何もなければそれが一番いいのだ。どうか無事でいて。













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