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02.噂
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「ヴェラ、今から少し外出をしようと思うんだけど」
長い銀髪を梳かしながらマリアはヴェラを鏡越しに見た。
「はい、お嬢様。では馬車を用意用意してきますので」
「あ、違うの。お忍び…的な?あまり目立ちたくないから歩いていけたらいいなと思ったんだけど」
ナターシャはすでに皇太子との婚約が決まっており、その妹となれば少なからず視線を浴びることになる。そのうえ、豪華な馬車に護衛を連れて行けば、より一層注目されてしまうだろう。
それに私はこのゲームについて完璧にストーリーを把握しているわけではない。このゲームは確かに売れ行きの良い作品だったが悪役令嬢であるナターシャに対しての仕打ちがあまりにも酷すぎたのだ。
攻略対象の男どもはヒロインにめろめろでナターシャどころか他のサブキャラまで放っておかれている状況だった。それでなぜ人気作になったのか私は全くわからなかったが、とりあえず推しに対して理不尽なざまあが多すぎて途中でやめてしまったのだ。
だから、私はナターシャの結末のみ知っている状況で、細かいストーリーについてはうろ覚え状態。あまり下手なことはしないほうがいい。
「ですがお嬢様、護衛は必ず一人以上付ける決まりでございます。特別な理由がある場合は事前に公爵様に伝えなくてはなりません」
ヴェラは櫛をドレッサーに置く。
マリアのドレスが派手すぎるからシンプルなものを買いに行こうと思っていたのに、護衛なんていなくてもよくない?私は平和な日本出身だから襲撃される危機感というものを理解していないけれどそこまで長い時間外に出るつもりはないから少しくらい…。
そう思ったけど貴族の令嬢に何があるかはわからないから大人しく従っておく方がいいかもしれない。
「じゃあ一人連れて行けばいいのよね」
「はい。ですが、お嬢様がなかなかお決めにならなかったので専属の騎士様はいらっしゃいません。今現在手の空いている者の護衛になるかと」
おっと、マリアは一体どんな人物だったの?姉様ですら専属が三人いるというのに一人もいないなんて。マリアはゲームの主要キャラではないから詳しい人物像はわからない。どんな性格だったとか何歳だったとか、見た目や名前すら出てこないモブ以下の存在だったから。
「それで充分よ。服は出来るだけシンプルなものでお願い」
かしこまりました、とヴェラは返事をして席を外した。
「(それにしても、この部屋…ゴージャスすぎない?)」
すべての家具に金色が使われていて、見ているだけでも目が痛くなってくる
他の部屋はこれほどゴージャスではないからきっとマリアの趣味だったのだろう。私はあまり好きではないけど。
日本で暮らしていた時の家具なんて全て中古の使い古した数千円の物だった。幼少期から貧乏で、大人になった今も好んで使っている薄汚れた家具を見慣れているからか二週間以上たった今も全く慣れていない。
扉がこんこんと音を立てる。
「どうぞ」
開いた扉から顔を覗かせる美少年は私と、マリアと、同年代に見える。
「お嬢様の護衛をさせていただくサディと申します。全力でお守り致しますのでよろしくお願い致します」
さらさらの金髪に優しそうなタレ目の綺麗な顔。ゲーム内で出てきたのならすぐさま人気が出そうなキャラであることは間違いない。けれど私が見たことが無いのなら主要キャラではないのだろうか。こんなイケメン、クズでも忘れるなんてありえないもの。
「よろしくねサディ」
ここに来て最近ようやく覚えたおしとやかな笑みを上手に作る。サディが一瞬目を逸らしたので、失敗したかと思ったが気にしすぎないようにしよう。
サディは孤児だった。両親が病気で死に、一人になったサディは公爵様、私のお父様に拾われ公爵家の騎士として忠誠を誓ったとサディは話した。そして、公爵家の騎士たちは自分と同じように皆、孤独だったとも。そんなときに自分たちは公爵様に救われた、あの時の公爵様は本当にかっこよかったと目を輝かせて言った。
「自分たちの話ばかりで、すみませんお嬢様。護衛と言う立場でお嬢様と対等に話すなどしてはいけないのに」
「それくらい良いじゃない。私はサディたちのお話を聞けて良かったと思ったけれど?それに、お忍びで来てるのだから親しくしないとね!」
サディの腕をぐいっと引っ張って身体に引き付ける。あんな可愛い顔してるのに体格はしっかり男なんだな~なんて。
「お、お嬢様」
「お嬢様じゃなくて『マリア』でしょ?」
しっかり呼び捨てにしてくれなきゃ。お嬢様なんて呼ばれていたら貴族だってばれちゃうじゃない。
「マリア…さま」
サディは口をもごもごとさせてようやく名前を呼んでくれた。さま付きだけど……。
「まあ、いいわ…」
お嬢様よりはマシでしょう。
二人は目的地まで歩き続ける。この世界のことはほとんど無知だからヴェラに地図を渡してもらっておいて正解だった。分からないことはサディに聞けと言われて来たけれどその必要もなさそうね。
「今日はマリアさまのお洋服を買いに行くのですよね」
「ええ。派手なドレスしかなくてもう少し質素なものが好みだから」
いつの間にか手を離して先を歩いている私をじっと見つめてサディの足が止まった。
「どうかした?」
「いえ…噂のお嬢様とは随分と違うのだなと…すみません」
サディは一言謝ってまた口を閉ざしてしまった。噂?私についての噂…そんなもの聞いたことがない。そもそも私はゲームの中に情報のないマリアについては何も知らない。この世界でマリアがどんな立場なのか、どんな噂があるのかなんて当然知るはずがない。私は一切、社交界に足を踏み入れていないから知る術がなかった。
この2週間のうちにもう少し情報収集をしておくべきだったわ。
「その噂、もう少し詳しく教えてくれないかしら」
「自分は…そこまで詳しく知っている訳ではありません。お嬢様が社交界で悪女と呼ばれていたことを人伝に少し…」
私が悪女?ゲーム上では姉様が悪女だった。何よその噂。
「あ、でもその噂は気にしないでください。これも人伝に聞いただけですが、マリアさまの容姿に嫉妬したアッシュリー伯爵家のご令嬢が一時期社交界で荒れていたと聞いたことがあります。どちらも噂に過ぎないですけど……」
「そうなのね、ありがとう」
アッシュリー伯爵家。伯爵は私がこの世界に来てから一度だけ公爵家に足を運んだことがある。どうやらお父様と揉めているらしく、使用人たちも口を揃えて「どうにかしてください」と頼みにやってくるほど二人の仲は悪いらしい。その伯爵のご令嬢か。それは確かに親が犬猿の仲なのならそういうデマを流していても不思議ではない。注意しておくに越したことはないわね。
「ありがとう、サディ」
必死に学んだおしとやかな笑顔ではなく心の奥底から出た自然な笑みをマリアは浮かべた。
そんなマリアの笑顔にサディが頬を赤く染めていることには気付かずに。
長い銀髪を梳かしながらマリアはヴェラを鏡越しに見た。
「はい、お嬢様。では馬車を用意用意してきますので」
「あ、違うの。お忍び…的な?あまり目立ちたくないから歩いていけたらいいなと思ったんだけど」
ナターシャはすでに皇太子との婚約が決まっており、その妹となれば少なからず視線を浴びることになる。そのうえ、豪華な馬車に護衛を連れて行けば、より一層注目されてしまうだろう。
それに私はこのゲームについて完璧にストーリーを把握しているわけではない。このゲームは確かに売れ行きの良い作品だったが悪役令嬢であるナターシャに対しての仕打ちがあまりにも酷すぎたのだ。
攻略対象の男どもはヒロインにめろめろでナターシャどころか他のサブキャラまで放っておかれている状況だった。それでなぜ人気作になったのか私は全くわからなかったが、とりあえず推しに対して理不尽なざまあが多すぎて途中でやめてしまったのだ。
だから、私はナターシャの結末のみ知っている状況で、細かいストーリーについてはうろ覚え状態。あまり下手なことはしないほうがいい。
「ですがお嬢様、護衛は必ず一人以上付ける決まりでございます。特別な理由がある場合は事前に公爵様に伝えなくてはなりません」
ヴェラは櫛をドレッサーに置く。
マリアのドレスが派手すぎるからシンプルなものを買いに行こうと思っていたのに、護衛なんていなくてもよくない?私は平和な日本出身だから襲撃される危機感というものを理解していないけれどそこまで長い時間外に出るつもりはないから少しくらい…。
そう思ったけど貴族の令嬢に何があるかはわからないから大人しく従っておく方がいいかもしれない。
「じゃあ一人連れて行けばいいのよね」
「はい。ですが、お嬢様がなかなかお決めにならなかったので専属の騎士様はいらっしゃいません。今現在手の空いている者の護衛になるかと」
おっと、マリアは一体どんな人物だったの?姉様ですら専属が三人いるというのに一人もいないなんて。マリアはゲームの主要キャラではないから詳しい人物像はわからない。どんな性格だったとか何歳だったとか、見た目や名前すら出てこないモブ以下の存在だったから。
「それで充分よ。服は出来るだけシンプルなものでお願い」
かしこまりました、とヴェラは返事をして席を外した。
「(それにしても、この部屋…ゴージャスすぎない?)」
すべての家具に金色が使われていて、見ているだけでも目が痛くなってくる
他の部屋はこれほどゴージャスではないからきっとマリアの趣味だったのだろう。私はあまり好きではないけど。
日本で暮らしていた時の家具なんて全て中古の使い古した数千円の物だった。幼少期から貧乏で、大人になった今も好んで使っている薄汚れた家具を見慣れているからか二週間以上たった今も全く慣れていない。
扉がこんこんと音を立てる。
「どうぞ」
開いた扉から顔を覗かせる美少年は私と、マリアと、同年代に見える。
「お嬢様の護衛をさせていただくサディと申します。全力でお守り致しますのでよろしくお願い致します」
さらさらの金髪に優しそうなタレ目の綺麗な顔。ゲーム内で出てきたのならすぐさま人気が出そうなキャラであることは間違いない。けれど私が見たことが無いのなら主要キャラではないのだろうか。こんなイケメン、クズでも忘れるなんてありえないもの。
「よろしくねサディ」
ここに来て最近ようやく覚えたおしとやかな笑みを上手に作る。サディが一瞬目を逸らしたので、失敗したかと思ったが気にしすぎないようにしよう。
サディは孤児だった。両親が病気で死に、一人になったサディは公爵様、私のお父様に拾われ公爵家の騎士として忠誠を誓ったとサディは話した。そして、公爵家の騎士たちは自分と同じように皆、孤独だったとも。そんなときに自分たちは公爵様に救われた、あの時の公爵様は本当にかっこよかったと目を輝かせて言った。
「自分たちの話ばかりで、すみませんお嬢様。護衛と言う立場でお嬢様と対等に話すなどしてはいけないのに」
「それくらい良いじゃない。私はサディたちのお話を聞けて良かったと思ったけれど?それに、お忍びで来てるのだから親しくしないとね!」
サディの腕をぐいっと引っ張って身体に引き付ける。あんな可愛い顔してるのに体格はしっかり男なんだな~なんて。
「お、お嬢様」
「お嬢様じゃなくて『マリア』でしょ?」
しっかり呼び捨てにしてくれなきゃ。お嬢様なんて呼ばれていたら貴族だってばれちゃうじゃない。
「マリア…さま」
サディは口をもごもごとさせてようやく名前を呼んでくれた。さま付きだけど……。
「まあ、いいわ…」
お嬢様よりはマシでしょう。
二人は目的地まで歩き続ける。この世界のことはほとんど無知だからヴェラに地図を渡してもらっておいて正解だった。分からないことはサディに聞けと言われて来たけれどその必要もなさそうね。
「今日はマリアさまのお洋服を買いに行くのですよね」
「ええ。派手なドレスしかなくてもう少し質素なものが好みだから」
いつの間にか手を離して先を歩いている私をじっと見つめてサディの足が止まった。
「どうかした?」
「いえ…噂のお嬢様とは随分と違うのだなと…すみません」
サディは一言謝ってまた口を閉ざしてしまった。噂?私についての噂…そんなもの聞いたことがない。そもそも私はゲームの中に情報のないマリアについては何も知らない。この世界でマリアがどんな立場なのか、どんな噂があるのかなんて当然知るはずがない。私は一切、社交界に足を踏み入れていないから知る術がなかった。
この2週間のうちにもう少し情報収集をしておくべきだったわ。
「その噂、もう少し詳しく教えてくれないかしら」
「自分は…そこまで詳しく知っている訳ではありません。お嬢様が社交界で悪女と呼ばれていたことを人伝に少し…」
私が悪女?ゲーム上では姉様が悪女だった。何よその噂。
「あ、でもその噂は気にしないでください。これも人伝に聞いただけですが、マリアさまの容姿に嫉妬したアッシュリー伯爵家のご令嬢が一時期社交界で荒れていたと聞いたことがあります。どちらも噂に過ぎないですけど……」
「そうなのね、ありがとう」
アッシュリー伯爵家。伯爵は私がこの世界に来てから一度だけ公爵家に足を運んだことがある。どうやらお父様と揉めているらしく、使用人たちも口を揃えて「どうにかしてください」と頼みにやってくるほど二人の仲は悪いらしい。その伯爵のご令嬢か。それは確かに親が犬猿の仲なのならそういうデマを流していても不思議ではない。注意しておくに越したことはないわね。
「ありがとう、サディ」
必死に学んだおしとやかな笑顔ではなく心の奥底から出た自然な笑みをマリアは浮かべた。
そんなマリアの笑顔にサディが頬を赤く染めていることには気付かずに。
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