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第一話
しおりを挟むちょうど辺りは金木犀が盛りを迎えたころだったが、そのわざとらしい香りがあまり好きではない俺は、落ち着かない毎日を過ごしていた。あきらが初めて店を訪れ、俺と出会ったのも、同じ季節のことだった。
彼はドアベルの音とともに姿を現し、まだ開店前の薄暗い店内をおずおずと見渡した。そして、半ばを過ぎて、俺と視線があったところで、ぺこりと頭を下げた。ちょうど俺からは逆光になっていて、表情なんかは陰になってよく見えていなかった。ただ、細いシルエットとよく揺れる髪の毛が、強く印象に残った。あとは、なんだか頼りなさそうなやつだな、なんてことも感じたりしていた。
「バイトの面接?。早く中入って、ドア閉めてくれないかな」
少し、ぶっきらぼうな言い方になってしまった。その日は天気に恵まれたせいもあって、ランチがとても盛況だった。必然的にホールを回していた俺は疲労困憊していたし、それなのに休憩時間中に面接係を押し付けられて、多少なりとも不機嫌になる理由はあった。それに加えて、開け放しになった入り口から侵入してくる、金木犀の強い香りも気に入らなかった。どちらにせよ、そんなの八つ当たりじゃないかと言われたら、俺には何も否定することができない。
「はい……」
そう言って、彼はもう一度頭を軽く下げてから、ゆっくりと扉を閉めた。彼はその間もずっと俯いたままだった。しきりに落ちてくる髪を耳にかけながら、やっと決心を固めたのか、まるで、床が抜けると本気で心配しているかのように、そっと店内に足を踏み入れた。
俺たちが働くこのスペイン料理の店は、横浜のベッドタウンを中心に、数店舗のチェーン展開をしている人気店だ。俺は、そこにもう足かけ7年もアルバイトとして働いている。元々は地元のさえない体育大学生だった頃に、部活内の伝統として紹介されたバイトで、その後卒業してもろくな就職先に巡り合えなかったこともあり、ずるずるとここまで末永く付き合い続けてしまった。
剣道部の、はるか先輩にあたる人物が、オーナーを務める飲食店だ。このご時世にも関わらず、ブラック気質が、かなり色濃く残っている。長く勤めあげられる人間なんて、それこそ、世間知らずで、疲れ知らずの、底辺大学生くらいなものだ。その証拠に、俺よりも長くここで働いている社員なんて、とうの昔に誰もいなくなってしまった。唯一店長が俺よりも長くこの店にいるが、厨房を愛し、常にフライパンを握っていないと気が済まないという人なので、あまり参考にはならないかもしれない。
「あの……この間応募した者です。よろしくお願いします」
声変わりを終えたばかりの少年のような、やや掠れた声で彼は言った。俺は無言でうなずくと、テーブルの反対側の椅子を指で示した。
俺自身あくまでバイトの身分にも関わらず、面接なんて任されているのは、誰も新しく入るバイトになんて期待していない、というところに一つ理由がある。今まで新しく雇ったアルバイトは短期間で姿を消してきたし、今回もどうせそうだろうと。「応募があったらとりあえず雇ってみて、いなくなったらまた募集する」という、なんらかの機関じみたサイクルを、今回も繰り返すだけのことだ。店長がそれにわざわざ手を割くのを嫌がったとしても、一概に無責任だと決めつけることはできない。のかもしれない。
「川瀬あきらさん。地元の大学生」
俺は履歴書を手に持って、テーブルの向こうに座るあきらの顔を見比べた。
「あ、はい。先日から一人暮らしをはじめました。それまでは実家から通学していたんですけど」
まだ緊張は解けていないようで、若干声は震えていたものの、口調ははっきりとしていた。
「なにかと欲しいものが出てきたので、こちらで働かせていただきたいなと」
「そっかぁ、色々あるもんなあ大学生だと」
俺はそれに適当な相槌を打ちながら、履歴書を読み進める。記載されている大学名は、立派なものだった。俺の通っていた三流校などとは比べ物にならない。
「アルバイトは初めてになるのかな?うちの店、結構きついけど、平気かな?別に自慢するようなことじゃないんだけどね。こんなこと」
「高校生の時は運動部に所属していました。体力的な面では問題はないと思います」
あきらは、その時だけ、胸を突き出すようにして張ってみせた。確かに、高校ではラグビー部に所属していたと書いてある。しかし、本当に本当か?俺は首をかしげた。確かにテーブルの向こうに座っている姿からは、体感の強さが感じられないこともない。その肢体が大きめのシャツと緩めのズボンで覆われているにも関わらず、まるで若木の枝のようなしなやかさを見て感じることもできる。ただ、いかんせん細すぎる。とても、最近まで、体重差が重要なコンタクトスポーツをやっていた人間のボディラインには見えなかった。でもまぁ、それが面接の結果に影響を与えることなんて、全然なかったのだが。
「うん、わかった。じゃあ、明後日までに連絡入れるよ」
俺はテーブルの向こうの人影にそう言うと、書類をしまった。どちらにせよ、採用すること自体は事前から決まっているのだが、この場で合否の結果を言わないように、と釘をさされていた。
「よろしくお願いします……」
あきらは深々と頭を下げかけて、途中で止まった。
「あの……失礼ですけど、店長さんですか?」
「違うけど。君と同じで、アルバイトの身分。結構長いことやってはいるけど」
「あっ、そうなんですね!すみません!」
俺が否定すると、あきらは混乱したようで、慌てふためいた。
「いいよいいよ、慣れてるから。全然気にしてないから」
「本当にすみませんでしたっ……」
申し訳なさそうにする彼を見ていると、なんだか俺まで気まずくなってきてしまう。共感性羞恥とかいうやつだろうか。若干息がつまるような感覚がある。身体に少し熱を感じる。胸の奥なんだと思うけど、風邪とは違う感覚だ。一体、なんだろう。とにかく、こちらとしては用件は済んだ。多分採用されるよ、という俺自身の見解という形で見込みを伝えて、とりあえずその場はお引き取り願うことにした。
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