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第十五話
しおりを挟む俺が来年度から新店長になるかもしれないという話を、周囲は大した驚きもなしに受け止めた。どちらかというと、俺が未だに正社員でなかったことの方に驚きの表情を見せるアルバイトの方が多かった。内情を知っている拓夢にせよあきらにせよ「まぁ、社員になるのは時間の問題だと思ってましたし。店長がいなくなるんなら、そりゃカヅさんが新しい店長になるしかないっしょ」なんてことを言っていた。
そうして、心機一転、春までの間残された日々を全力で生きようと、この間に一生忘れられない思い出を残してやる、なんて決心したのもつかの間、思ってもいなかった事件が勃発した。俺にとって大事件というものは、このところはあきらに関することだと相場が決まっていたし、今回もその例にもれずやはりあきらだった。なんと、年が明けたら早々に、あきらが海外に留学してしまうというのだ。
「ただの語学留学ですけどね。進路も実は決まってますし、必修もすべて終えて余裕をもって卒業できそうですし。親がご褒美に行かせてやるって」
羨ましがる周囲に嬉々として語るあきらの姿を、俺はこのところすっかり慣れっこになってしまった深い絶望を胸に抱きながら、眺めていた。決して手の届くことのないところにあるその後ろ姿は、いつの間にか軽い黒髪が、肩まで伸びていた。
ある日、あきらから話があると呼び出された。俺は一も二もなく飛びついた。あきらに言われるがままに付いていくと、冬の歩道はすっかり葉を落とした街路樹が左右にそびえ、まるで宇宙まで見通せそうなほど、空は澄み切っている。あきらは寒そうにマフラーを口元まで上げて、俺は久しぶりにあきらが隣に並んでいる事実に、心震わせていた。かなり、優に一駅分くらいは歩いたな、と感じた時、突然にあきらが話を切り出した。
「先輩、俺アメリカに行くんですけど」
「あぁ、聞いた」
俺の喉から、まるで他人のような声が響いてきた。
「よかったな。お前だったらきっと上手くやれるさ。俺なんかが言っても仕方ないかもしれないが」
「そうですね。もしかしたら向こうで素敵な恋人だってできちゃうかもしれませんよねー、今の俺なら」
「お前がその気になったら、いつだって作れるだろ。こっちにいたって」
俺は一層激しい胸の疼きを抱えながら、絞り出すように声を出した。この時ばかりは隣にいるあきらの存在は切なすぎて、顔を背けてしまった。
「先輩、俺のこと好きっすよね?」
突然あきらが前に回り込んだかと思うと、そう言った。
「それも、どうしていいかわからない、居ても立っても居られない、そんくらい」
あきらの向こうには夕日に変わりかけようとしている午後の太陽が、段々と暖色になりながら俺たちを照らしていた。
「きっと、辛いんだろうって、見てていつも思ってましたよ。それでも、俺の言う通りきちんとおあずけしてる姿、とってもお行儀良かったです」
なんでこういう話をする時、こいつはいっつも俯くんだろう。昼間なのに表情が見えない。そして俺はどういう顔をしているんだろう。きっと、みっともない表情を晒しているに違いない。だって、俺なんかの意思じゃ息をすることだって満足に出来ていない。
「昔の俺は、今ほど俺自身のことを好きじゃありませんでした」
あきらはやっぱり下を向いたまま話を続ける。足元に落ちている小石を見つけたらしく、男にしては小さなつま先でつつきながら。
「体は細いし、人見知りだったし。何か変わるかもと期待して入ったラグビー部でも、まるで習い事みたいに淡々と練習して試合出て……」
「……」
「バイトの面接行って、先輩と初めて会った時、とても怖かったんですよ。声はやたらと響くし、眼つきは鋭いし。それに」
そこでやっとあきらは俺の方へ視線を上げた。ふくれた頬が寒さで赤くなっていて、可哀そうだった。
「面接中の態度も最悪でしたからね。ほとんどこっちのこと尋ねようとしないし、かといって自分の話も店の話もしないし。これから店長になるんだったら、そういうとこ改めないといけませんからね」
「お、おう……。気を付けとく」
「でも、一回働き始めて、先輩に助けられながら店のみんなとも仲良くなれて、みんな俺のことを見てくれて、褒めてくれて。周りのみんなが認めてくれたから、俺は俺を少しだけ好きになることができて……」
「好きな服を買って、本当はなりたかった恰好ができるようになって、多分ちょっとだけ明るくなれて、大学でも少しづつ友達ができたし……」
「だから、先輩が俺のことを好きだと分かった時も、本当はすごい嬉しかったんです。突然すぎてびっくりして、何しろその時俺は俺自身を好きになることで忙しかったですし、他の人を好きなる余裕がなかった」
「でも、他人の制服を嗅いだり、追いかけて抱きしめたりするのは良くないですからね!俺じゃなかったらあそこで嫌いになってますからね、普通!」
「ご、ごめん……、本当にあの時はどうかしてたと思ってる……」
「……俺はあの店が好きです。俺が、俺自身を好きでいられるようにしてくれた、店が、みんなが、店長が、そして……」
「……先輩、あなたが、好きです」
「……!?」
「多分、前に先輩が俺に言ってくれたのと、同じ意味。あの時の俺じゃ、まだわからなかった、あの言葉」
「あきら……!」
俺はたまらずにまたあきらの肩を掴んでしまった。あきらも、逆らわずに俺の胸に倒れこんでくる。俺が夢中であきらの身体をかき抱くと、あきらも力が抜けたように、俺の胸に身を預けてくる。
夢にまで見た感触が、今俺の腕の中にある。なにか喋ると声は震えるだろう。気を抜くと涙が出そうだった。俺は必死に腕の中のあきらをつぶさないよう、でもできるだけしっかりと掴まえるよう、いつまでも抱きしめ続けていたかった、いたかったのだが……。
「先輩、いつまでも俺を抱きしめていいと思ってるんですか?いい加減にしてください。警察呼びますよ」
下を見ると、頬を膨らませたあきらが睨みつけていた。慌てて身を引き剝がして、両手を上に上げる。あきらは後ろ手に組んだまま「しょうがない人ですね」と言うと、にっこり微笑んだ。そして、今度は自分から勢いをつけて、俺の胸に飛び込んで来た。
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