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それから、また幾日か経った夕方のことだった。
イチは畑仕事を終え、家の近くの井戸で手足についた土を洗い落としていた時だった。
滅多に訪ねてくる者などいないイチの家に、珍しく二人の客が現れた。
顔を上げて見れば、そこに立っていたのは――将太の子分たちだった。
いつもは将太の後ろにくっついているはずの二人が、今日はそれぞれ勝手気ままな顔をしている。
「よー、イチ」
「はは、相変わらずぼろっちぃ家だなぁ」
突然の来訪に戸惑いながらも、イチは慌てて手を拭き、ぺこりと頭を下げる。
「……あの、こんなところまで、どうされたんですか?」
恐る恐る問いかけると、二人は顔を見合わせ、にやりと笑った。
「いや、大した用じゃねぇんだけどよ」
「ちょっと、お前に頼みがあってな」
そう言いながら、二人はじりじりと距離を詰めてくる。
イチは思わず一歩、後ずさった。
話を聞けば、将太が社のあたりで大事な蔵の鍵をなくしてしまったらしい。
大ごとにはしたくないから、内密に探したい。
その手伝いを、イチに頼みたいのだという。
「頼めるのは、お前くらいしかいなくてさ」
人に頼られた経験など、ほとんどなかった。
その言葉だけで、胸の奥が少し温かくなる。
「……わかりました。僕でよければ」
そう答えると、二人は露骨に表情を明るくした。
「おお!助かるぜぇ」
「じゃあ、先に社に行っててくれ。俺たちは将太を呼んでくるからよ」
二人の背中を見送りながら、イチは急いで支度を整え、社へ向かった。
イチの家から社までは、速足で三十分ほど。
すでに日は傾き、空は朱から藍へと色を変え始めている。
社に着くころには、きっと辺りは闇に沈んでいるだろう。
(暗くなったら、探すのも大変だな……)
そう思いながらも、これは人助けだと自分に言い聞かせ、イチは歩みを早めた。
社に辿り着いた頃には、予想どおり辺りはすっかり暗くなっていた。
こんな時間に社を訪れるのは、祖父母が健在だったころ、祭りに連れてきてもらったとき以来だ。
しんと静まり返った境内は、昼間とはまるで違う顔をしている。
胸の奥に、ひやりとしたものが走った。
それでもイチは勇気を振り絞り、石畳の階段を上る。
鳥居の前で一度、深く頭を下げ――くぐった。
左右に佇む黒いお狐様にも、
「夜遅くに、失礼します」
と静かに頭を下げ、イチは社へと足を踏み入れた。
この社に最後に来たのは、あの干し柿を持ってきた日以来だ。
あれから、何もお供えできるようなものが用意できず、情けなさばかりが募って、足が遠のいてしまっていた。
――お供え物がなくたって、手を合わせるくらいはすべきだった。
そう思うと、これまでの自分の行動が急に恥ずかしくなる。
自分一人が来なくなったからといって、きっと銀黄様は気にも留めないだろう。
それでも、ひどく失礼なことをしていたような気がして、胸がちくりと痛んだ。
イチは物探しを始める前に、社の前で一度、手を合わせた。
今日まで足を運ばなかったことへの詫びと、
これから社の周りを探し回り、騒がしくしてしまうことへの詫びを、心の中で丁寧に告げる。
――よし。
小さく気合を入れ、さてどこから探そうかと辺りを見渡した、そのときだった。
石畳の階段を、誰かが上ってくる気配がする。
将太たちが来たのだろうかと、イチは数歩、そちらへ近づいた。
だが、闇の中に浮かび上がったその人影は――
イチが思い描いていた人物ではなかった。
イチは畑仕事を終え、家の近くの井戸で手足についた土を洗い落としていた時だった。
滅多に訪ねてくる者などいないイチの家に、珍しく二人の客が現れた。
顔を上げて見れば、そこに立っていたのは――将太の子分たちだった。
いつもは将太の後ろにくっついているはずの二人が、今日はそれぞれ勝手気ままな顔をしている。
「よー、イチ」
「はは、相変わらずぼろっちぃ家だなぁ」
突然の来訪に戸惑いながらも、イチは慌てて手を拭き、ぺこりと頭を下げる。
「……あの、こんなところまで、どうされたんですか?」
恐る恐る問いかけると、二人は顔を見合わせ、にやりと笑った。
「いや、大した用じゃねぇんだけどよ」
「ちょっと、お前に頼みがあってな」
そう言いながら、二人はじりじりと距離を詰めてくる。
イチは思わず一歩、後ずさった。
話を聞けば、将太が社のあたりで大事な蔵の鍵をなくしてしまったらしい。
大ごとにはしたくないから、内密に探したい。
その手伝いを、イチに頼みたいのだという。
「頼めるのは、お前くらいしかいなくてさ」
人に頼られた経験など、ほとんどなかった。
その言葉だけで、胸の奥が少し温かくなる。
「……わかりました。僕でよければ」
そう答えると、二人は露骨に表情を明るくした。
「おお!助かるぜぇ」
「じゃあ、先に社に行っててくれ。俺たちは将太を呼んでくるからよ」
二人の背中を見送りながら、イチは急いで支度を整え、社へ向かった。
イチの家から社までは、速足で三十分ほど。
すでに日は傾き、空は朱から藍へと色を変え始めている。
社に着くころには、きっと辺りは闇に沈んでいるだろう。
(暗くなったら、探すのも大変だな……)
そう思いながらも、これは人助けだと自分に言い聞かせ、イチは歩みを早めた。
社に辿り着いた頃には、予想どおり辺りはすっかり暗くなっていた。
こんな時間に社を訪れるのは、祖父母が健在だったころ、祭りに連れてきてもらったとき以来だ。
しんと静まり返った境内は、昼間とはまるで違う顔をしている。
胸の奥に、ひやりとしたものが走った。
それでもイチは勇気を振り絞り、石畳の階段を上る。
鳥居の前で一度、深く頭を下げ――くぐった。
左右に佇む黒いお狐様にも、
「夜遅くに、失礼します」
と静かに頭を下げ、イチは社へと足を踏み入れた。
この社に最後に来たのは、あの干し柿を持ってきた日以来だ。
あれから、何もお供えできるようなものが用意できず、情けなさばかりが募って、足が遠のいてしまっていた。
――お供え物がなくたって、手を合わせるくらいはすべきだった。
そう思うと、これまでの自分の行動が急に恥ずかしくなる。
自分一人が来なくなったからといって、きっと銀黄様は気にも留めないだろう。
それでも、ひどく失礼なことをしていたような気がして、胸がちくりと痛んだ。
イチは物探しを始める前に、社の前で一度、手を合わせた。
今日まで足を運ばなかったことへの詫びと、
これから社の周りを探し回り、騒がしくしてしまうことへの詫びを、心の中で丁寧に告げる。
――よし。
小さく気合を入れ、さてどこから探そうかと辺りを見渡した、そのときだった。
石畳の階段を、誰かが上ってくる気配がする。
将太たちが来たのだろうかと、イチは数歩、そちらへ近づいた。
だが、闇の中に浮かび上がったその人影は――
イチが思い描いていた人物ではなかった。
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