狐神の神隠し

ちょんす

文字の大きさ
2 / 5

2

しおりを挟む
とぼとぼと歩く帰り道。
朝の浮き立つような気持ちはすっかり消え、胸の奥は重く沈んでいた。

喜んでもらえるかもしれないと思って持ってきたお供え物は、
罰が当たるほど、まずいものだったのだろうか。

――自分では、美味しいと思ったのに。

「……僕の味覚は、きっとひどいんだな……」

そう思うと、胸がきゅっと痛んだ。

では、自分に何ができるのだろう。
何を、銀黄様に備えることができるのだろう。

何も持っていない。
何もできない。

そんな自分が、ひどく恥ずかしくて、情けなくて――
イチはただ、俯いたまま歩き続けることしかできなかった。
それからというもの、イチは小さな畑で採れた野菜を手にするたび、
――これは、供えても失礼にならないだろうか、と考えるようになった。

だが、見た目は悪く、味だって自信がない。
そう思うと、胸の奥がすくんでしまい、結局なにもできない。

気づけば、イチは社へ足を運ばなくなっていた。

それでも社には、相変わらず供え物が並んでいる。
だが、あの質素な干し柿や、形の悪い畑の野菜が置かれることは、もうなかった。

「そういやさ、最近イチ見かけねぇな」

社の石段に腰を下ろし、将太の子分の一人がぽつりと呟く。

「前は、ちょこちょこ来てたよな」
「だな。暇つぶしがいなくて、つまんねーや。なぁ、将太」
「あ? ……あぁ……」

投げかけられた言葉に、将太は生返事を返すだけだった。

――干し柿を食いに来い。
そう言ったのに、イチは一度も顔を見せない。

この俺が「ごちそうしてやる」と言ってやったというのに。
それが気に食わず、将太の機嫌は目に見えて悪かった。

もっとも、なぜそこまで苛立つのか。
理由は、ごく単純だ。

将太は――イチを、好いていた。

イチは特別に美しいわけでも、愛想がいいわけでもない。
細く痩せた体つきで、どこか気の弱そうな男だ。

だが、その心は、ひどく澄んでいる。
滅多に笑わないからこそ、ふとした拍子に見せる微笑みは、見る者の心を掴んで離さない。

将太は幼いころ、その笑みを一度見てしまってから、
イチを自分のものにしたくてたまらなかった。

だからこそ、あの笑みを他の誰にも見せたくない。
意地悪をして、突き放して、隠してきた。

――俺の前でだけ、笑えばいい。

そして気づけば、年はもう十八に迫っている。
誰かに見つかる前に。奪われる前に。
自分の懐へ引き寄せたい――そう思うのに、思うようにはいかない。

「あぁして、目伏せてよ……悲しんでる顔も、悪くねぇんだがな」

顎に手を当て、将太は苛立ちを隠しもせずに呟く。

「……俺にだけ見せる顔ってのも、そろそろ見てぇんだよなぁ。
さて……どうしたもんか……」

将太の独り言に、子分たちは何も言えなかった。
ただ、互いに顔を見合わせる。

このまま将太の機嫌が悪化すれば、
矛先が自分たちに向くのは目に見えている。

――どうする?
――どうにかしねぇと、やべぇぞ。

言葉にせずとも、二人は視線だけで相談し合っていた。

そしてその様子を、
鳥居の両脇に佇む黒いお狐様が、
まるで値踏みするかのように、じっと三人を見据えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

全寮制男子高校 短編集

天気
BL
全寮制男子高校 御影学園を舞台に BL短編小説を書いていきます! ストーリー重視のたまにシリアスありです。 苦手な方は避けてお読みください! 書きたい色んな設定にチャレンジしていきます!

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸Twitterもぜひ遊びに来てください🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜

紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。 ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。 そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

処理中です...