拉致は犯罪ですよ、お兄さん。

ちょんす

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パーンと、乾いた破裂音が銀行内に響き渡った。 想像以上の大きな音に、数人を残してほとんどの客と従業員が床に伏せる。
「おい!少しでもヘンな動きしたら撃つからな。大人しくしてろよ!」
怒鳴り声と共に現れたのは、ヘルメットを被った三人組の男たち。
彼らは拳銃のようなものを客や職員に向け、無差別に威嚇している。


この銀行は今――強盗に襲われている。


三人のうち一人がカウンター越しにガタガタと震える若い女性職員に銃口を向け、バッグを投げつけた。

「いいか?金をこれに詰められるだけ詰めろ……そこの男。お前だ。金庫から現金持ってこい。さっさとしろ!」
「っはい!」

女性はバッグを震える手で抱え、男性職員が札束を抱えて戻るのを待つ。その間、銃口はずっと彼女の額を捉えたままだ。

「おい、遅いぞ。さっさとしろ!」

怒声に背中を押されるように、男性が戻ってきて札束をバッグに詰める。

「まだ入るだろ!」
「もう十分だ。ずらかるぞ」

苛立つ男を、リーダー格の男が手短に促す。
怒鳴っていた男は舌打ちしながらバッグをひったくり、逃げる準備を始める。
床に伏せた客たちは身を固くし、自分の存在が忘れ去られることをひたすら願っていた。
だがその願いを打ち砕くように、外からサイレンが響き始める。

「……ちっ、誰だ!通報しやがった奴は!!」

血の気の多い一人が、苛立ちに任せて銃を振り回し始めた。
その銃口が客の方を向いた瞬間、悲鳴が上がる。

「黙ってろって言ってんだろがッ!」

怒鳴り声と罵声、パニック。空気が一気に張り詰める。

「囲まれたな……おい」

リーダーがもう一人の仲間に目線で合図する。すると、そいつは床に伏せている客の中をゆっくりと見渡し――一人の青年でぴたりと止まる。
その青年は、黒髪が首元で揺れる色白の男。年齢は二十代前半くらい。
タイトなシャツに細い手足、繊細なまつげに涙を浮かべた大きな瞳。

「立て」
「ひっ……!」

命じられるままに、青年は恐怖に震えながら立ち上がる。

「こっち来い」

無理やり腕を引かれ、仲間の元へと連行される。

「おいおい、ずいぶん可愛い男選んだな。趣味か?」
「黙れ」
「まあ、タイプっちゃタイプだけどよォ」

そう言いながら、男のひとりが人質の青年に腕を絡め、ヘルメット越しに顔を寄せた。

「やっ……」
「“やっ”だってよ! か~わいい~」
「いい加減にしろ、遊んでる暇はな――」

その時だった。
音もなく、銀行内が強烈な光に包まれる。次の瞬間、ガラスが弾け、扉が蹴破られ、数名の黒ずくめが突入してくる。

「こちらアルファチーム。犯人を確保。人質も全員無事です」

床に伏せていた人々が恐る恐る顔を上げると、そこには全身黒ずくめので防弾チョッキに身を包んだ男たちが立っていた。
強盗たちはすでに取り押さえられており、人質にされていた青年もSATの隊員によって保護されていた。

「もう安全です。怪我をしている方はいませんか?」

低く穏やかな声で周囲に呼びかける隊員。その背中には、特殊部隊SATの刺繍。
群衆のざわめきの中、一人のSAT隊員が人質にされていた青年に手を差し伸べる。

「大丈夫ですか? ゆっくりでいいですよ」
「あ……ありがとうございます、あっ……!」

青年は緊張が解けたのか、ふらつきそのまま彼の腕の中へ。

「怖かったですね……外まで一緒に行きましょう」

マスク越しで表情は読めないが、声だけは驚くほど優しかった。
ゆっくりと、彼らは建物の外へと歩いていく――









「……すごく怖かった……」






今にもラブストーリーが始まりそうな展開の、そのずっと後ろ。平谷 凡(ひらたに ぼん)は腰を抜かし、床にぺたんと座り込んでいた。
地味なブラウンのシャツに、ベージュのチノパン。乱雑に切られた前髪の奥に、小さな目。どこにでもいそうな、いや――いたかどうかすら思い出せないような、印象の薄い青年が己の運の悪さを嘆いていた。

普段しない通帳記入なんて思いつかなければよかったと。ついでにドーナッツなんて欲張らなければ、わざわざこの銀行に来ることもなかったのにと。

――うぅ……と唸りながら、早くここを出たいと願うが、誰も自分には気づいてくれない。
特殊部隊だか軍人だかよくわからない黒ずくめの男たちは、次々と他の客を外へ連れ出していく。
けれど凡だけは、まるでそこに存在しないかのように、完全にスルーされていた。

「……慣れてるけど……いつものことだけど……」

そう、彼――平谷 凡は、驚くほど“影が薄い”。
小学生の遠足ではバスに置いていかれ、授業中は出席を飛ばされ、
何日学校を休んでも「え、休んでたの?」と聞かれる始末。
これがもし他人からの扱いだけなら、いじめと疑ったかもしれない。
だが、家族からすら存在を忘れられる始末なので、今ではもう「そういう運命なのだ」と諦めている。

……仕方ない。自力で出よう。

このままだと、警察が撤収した後に「君、ここで何してるの?」と不審者扱いされるのがオチだ。
凡は、生まれたての子鹿のように震える足をなんとか動かし、壁づたいに出口へ向かう。
あと少し、あと少し……と、やっとの思いで辿り着いたその時――
その出口に、黒ずくめの男が一人、ぴたりと立ち塞がった。
凡は見上げる。自分よりも頭ひとつは大きな、無骨な装備の男。
どうせこの人にも自分は見えていないだろうと、邪魔にならないよう立ち止まってやり過ごそうとする。

が――男は、まっすぐ凡の方へと歩み寄ってきた。
凡は「え……?」と戸惑いながら、首をかしげて見上げる。
マスク越しに、じっと見つめ合うこと十秒。
先に口を開いたのは、隊員の方だった。

「――見つけた」

男性の中でも低めに分類されるであろう、低音の声。
その一言を理解するよりも早く、凡の身体はひょいと担ぎ上げられていた。
あれよあれよという間に、男は凡を抱えたまま移動を始め、無線に連絡を入れる。

「建物内に一名取り残されていた。体調が良くないようだ。搬送用の車を用意してくれ」

……それって、僕のこと……?

担がれながら首を傾げていると、男はさらに早足でどこかへと向かっていく。

建物の裏手に回ると、そこには一台の車が待っていた。
隊員が一人、車の前に立ち、声をかける。

「隊長、こちらです。そちらの方は大丈夫ですか? よければ自分が病院まで――」
「いや、お前は残りの作業を頼む」

隊長と呼ばれた男は、きっぱりと申し出を断ると、凡を助手席に座らせ、シートベルトを装着。
そのままドアを閉め、素早く運転席に乗り込むと、車は音もなく発進した。

凡は「そっか、自分は今から病院に行くんだな」と思い、静かに助手席に座っていた。
……が、気づいた時には――
ちょうどいい温度のココアを手にし、見知らぬ部屋の、やけに座り心地のいいソファに座っていた。

「……あれ、病院は……?」

ふと我に返って周囲を見渡すが、肝心のあの隊長はいない。
そういえば、ココアを渡されてこう言われたのだ。
「部屋から出るな。すぐ戻る」
思い出してから凡はまた、首を傾げるしかなかった。
けれど、待てと言われたのなら待つしかない。
彼はちびちびとココアを飲みながら、男の帰りを静かに待つのだった。


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