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本編
22話
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「……ではクラウスナー子爵名義でイリス様の寄付が……」
「はい。イリス嬢からは内密にと頼まれていたのですがクラウスナー家の方が、本来ならばイリス嬢が受けるはずの感謝を己が受けるのは申し訳ないと。せめて孤児院を運営している方々にだけはイリス嬢の子どもたちへの思いを知っていて欲しいと懇願されまして……」
深刻そうなヴァイスの言葉に孤児院の責任者が涙ぐむのを眺めている男は心の中で、嘘は一つも言っていないのが凄いと呆れる。
イリス嬢が孤児院の運営を心配して何とか内密に寄付を続けられないかとヴァイスに相談したのも事実。名義貸しを快くクラウスナー子爵は引き受けてくれたが、イリスの心に感激して名義貸しを申し出たのは息子のマルクスなのだ。けれどそれじゃイリス様へ行くはずの称賛がうちにばっかり来るのもなぁ、と言い出したのもマルクス。
ヴァイスの話し方であれば、クラウスナー子爵がと勘違いしても仕方ないが、実際はクラウスナー家の方としか言っていない。よって嘘ではない。詐欺かもしれないが。
イリス自体は別に称賛が欲しくて寄付をするわけではないので、ヴァイスが何とか手配すると言えばあとは寄付のためにせっせと魔物を狩るだけ。結局ヴァイスはそのイリスの好意を上手くノイ家への逆恨みを回避するために利用したのだ。
「イリス様はご自分がお辛い目に会われたのに子どもたちの事までお気にかけてくださるなんて……」
「ノイ家と神殿の折り合いが悪く、こんな形でしか協力できないことを申し訳なく思っいるようでした」
「いえ!いえ!とんでもない!……お恥ずかしい話、昔に比べて孤児の人数が減っているとはいえ、運営状況はお世辞にも良いとは言えないので……ありがたくお受けいたします」
「はい。帳簿上はクラウスナー子爵からとなりますので、神殿からなにか言われてもそれで通して頂ければありがたいです。……黙っているのは心苦しいと思いますが、ご協力頂ければと。何か困ったことがあればミュラー商会にご相談下さい。あ、イリス嬢にもこの話はご内密に」
「わかりました。この度はありがとうございました」
深々と頭を下げる責任者。神殿からの補助や貴族からの寄付で成り立っている孤児院の運営が良かった時期などないのだろう。多少疲れた様子であるが、イリスからの寄付は続くと聞いて安心したのか表情は明るい。恐らくイリスが降ろされた時点で諦めていたのだろうと男は考えながらヴァイスの言葉を引き継ぐように口を開いた。
「ではまた詳しい納品などは後日連絡させていただきます。行きましょうかヴァイス様」
もう話は終わったと言うようなヴァイスの表情を確認して担当の男は立ち上がる。そして玄関まで見送られると、中庭でイリスが職員と一緒に子どもたちの相手をしているのが見えた。
「イリス様は王子様と結婚できなくなっちゃったって本当?」
慌てて職員が子どもの口を抑えたが放たれた言葉は無情にも中庭に響き渡る。担当の男もぎょっとしたし責任者も慌てていたが、ヴァイスは可笑しそうに口元を緩めていた。
「そうよぅ。お姫様になるのすごく大変でね。いっぱい勉強して、靴がぼろぼろになるぐらいダンスの練習して、なんの役に立つのかわからない礼儀作法なんかも寝る間も惜しんで練習してたんだけど」
「お姫様ってそんなに大変なの!?」
「頑張ったけど私には向いてなかったみたい。だからね、辞めてもいいよって言われたから辞めちゃった。だから今は自由なの!!素晴らしいわ!」
「えー。お姫様になってお城に住むほうが良くない?」
「幸せの形なんて人それぞれよ。働くのが楽しい人だっているし、私は魔物狩ったりするのが楽しいわ!……好きなことしていいよ、好きなこと解らなかったら一緒に探してやるって言ってくれる人もいるってとっても幸せ」
「でもイリス様『イキオクレ』になるんじゃないの?」
今までイリスに話しかけていた女の子の隣にいる男の子がそう言うと、彼女は瞳を細めて笑う。
「それくらいいいわ。そんな私でも良いと言ってくれる人探すもの」
「……そんじゃ俺がイリス様と結婚してやろうか?」
「十年早ェよクソガキ。そんな求婚じゃフラれんぞ」
「ヴァイス!?は!?いつからいたの?」
「結婚できなくなったって本当?辺り」
「始めからじゃないの!!」
あああああああ!と言うように頭を抱えるイリスを眺めヴァイスは少し意地悪そうに口元を歪めたが、男の子は口を尖らせてヴァイスを睨みつける。
「フラれるとか何でだよ」
「イリスの方が身分高ェんだから上から目線は駄目だな」
「じゃぁどうやればいいんだよ」
納得がいかないと言うような男の子の言葉にヴァイスは、ふむ、と言ったように少し考え込んだのちイリスの手をとって跪いた。
「イリス嬢。どうかこれから先、私の愛を貴方に捧げることをお許しください」
そう言ってヴァイスが彼女の掌にくちづけを落とせば、イリスは一瞬あっけに取られたような顔をしたが、口元は直ぐに弧を描き花が溢れるよう微笑みを浮かべる。
「許します。私も貴方が私に捧げた分だけの愛を捧げましょう」
演劇のワンシーンの様なその光景に子どもたちだけではなく職員も言葉を失い呆然と眺める。
「とまぁ、こんな感じだ。下から行け、下から。王族や高位貴族でもなきゃ上から行っても駄目だ。こっちの方が絶対落としやすい」
ぽんぽんと膝についた汚れを払いながらヴァイスが言うと、コクコクと男の子は無言で頷いた。それを眺めて満足そうに笑うとヴァイスはまた少し考え込んで口を開いく。
「風切姫みたいなのもあるけどな」
「知ってる!!お花ずっと贈るやつ!私はそっちがいい!!」
ぱぁっと表情を明るくして笑う女の子の頭を撫でると、ヴァイスは口元を緩めた。
「まぁ、相手に合わしてやるこった。惚れた女ができてからじっくり考えろ」
***
「ただしイケメンに限る」
「そうなんだ」
「俺がやったら、子爵の五男坊が気障ったらしい、馬鹿じゃないのって言われるに決まってんだろ!!」
ノイ家の東屋に響くのはマルクスの声。無事に孤児院への寄付の取り付けが完了したので、名義貸しの礼にとお茶に呼ばれたのだ。
イリスの話を聞いて突伏するマルクスを眺めて、ロートスは可笑しそうに笑った。
「でも何が凄いって即興でやっちゃうヴァイス様だよな。俺だったら急に言われても無理」
「誰かに言ったことあるんじゃないのかしら」
「ないない。ヴァイスが女の人口説いたとか聞いたことない」
「そう言えばないわねぇ。いつも私達に付き合わせてるからかしら。だったら申し訳ないわ」
「……いや、イリス様。多分申し訳ないとか思う必要ないですよ?ヴァイス様あれ絶対好きでノイ家の面倒見てますって。生き生きしてますって」
「えぇ?私の婚約破棄の後始末で最近あんまり寝てないでしょ?孤児院から帰ってきた時馬車で爆睡してたし」
一気に片付けるほうが効率が良いと寝る間も惜しんで手回しをしていると神殿担当の男が言っていたのを思い出しながらイリスが言うと、マルクスはやや呆れたように彼女を眺める。
「今はミュラー家との養子縁組と重なってるから確かに大変そうですけど」
「そもそもヴァイスってミュラー家に降りるから縁談片っ端から断ってたのに、いざミュラー家に降りたら学業と商会の両立で忙しいとか言ってやっぱ片っ端から蹴ってる。今はその気ないんじゃないの?」
「まぁ、俺と違ってヴァイス様は優良物件だからその気になったらいくらでも相手いるだろーなー。あー、羨ましい。俺も素敵な令嬢に花でも贈るかな。白い花だっけ?そんで了承してもらえる時は赤い花と交換って聞いたけど」
「母さんの故郷ではそうだね」
風切姫の話は有名なのでマルクスがその話を引き合いに出せば、微妙な顔をロートスがしたので彼は不思議そうな顔をする。
「え?お前この話好きじゃない?」
「好きっていうか……母さんが父さんに渡した花、本当は赤くなかったらしい」
「まじで!?」
ロートスの言葉に驚いたように声をマルクスが上げたのも仕方がない。巷で言われる逸話ではそうなっているのだ。
「……魔物の血で染まった花をたまたま母さんが見つけて、これを受け取ったら結婚してもいいかって思って髪をそれで飾って待ってたって」
「ノイ伯爵受け取ったの?」
「周りにいた騎士団がドン引きするぐらい喜んでたって。そんで『困った人だ』って求婚受けたって母さん言ってた」
「メンタル強すぎだなノイ伯爵!!そしてそんな花を髪に飾る風切姫も凄いな!」
「まぁ、赤い花って母さんの故郷では悪縁とか穢を預かってくれる花だから、魔物の屍を積み上げた自分に血で汚れた花は丁度良いって思ったらしいけど。そんで、流石に一○○日も通ったら見守ってた騎士団の面々もその場の勢いで、こう……魔物血で赤く染まった花を手当り次第、悪いもの全部流せー!おめでとー!みたいなノリで川に流したって」
「……それ下流の人吃驚しただろうな……あぁでも、下流につく頃には血は落ちてたかもしれないけど。へぇ、赤い花を川に流して悪縁や穢を断つのかぁ」
「うちは母さんが嫌なことあったら直ぐに花流すから、父さんが庭に小川作ってる」
「ノイ伯爵は風切姫大好きだな。知ってたけど。有名だけど」
しかしながら巷では浪漫溢れる話だと語り継がれているのに、驚きの血生臭さにマルクスは夢も希望も打ち砕かれる。とはいえ、逆にノイ家らしいと思ってしまう所もあった。
そして騎士団の方も大攻勢で連日戦い続けて完全にハイになった状態だったのだろうと想像して、マルクスは途方に暮れたような顔をした。魔物の血で汚された赤い花で埋め尽くされた川など浪漫どころか恐怖以外抱かない。
「花といえば、うちの花祭り来れそう?」
「うん。魔物討伐依頼も落ち着いてるし」
マルクスの故郷でも花にまつわる話がある。夏の暑い時期に行われる花祭り。黄色い花を家族や友人、親しい人と贈りあうというものであった。最近では恋人同士のイベントという色も強くなっているが、普段からの感謝、そしてこれからも宜しく、そんな意味を花に乗せる。
ただ黄色い花も数に限りがあるので、比較的淡い色合いの花ならばそれでもいいという非常に緩い祭りなのだが、クラウスナー領では唯一観光客なども訪れる祭りなのだ。
花を入れる花籠をせっせと編む領民を思い浮かべて、マルクスは嬉しそうに瞳を細めた。
「でも、大人数で押しかけてご迷惑じゃない?」
心配そうにイリスが言ったのは、マルクス自身がよく貧乏子爵と自虐しているからであろう。慌てたようにマルクスは首を振った。
「去年までならお客様呼べなかったけど、今年は雨漏りも直したし大丈夫です!あと、ヴァイス様にお礼言いたいって親父も言ってましたし。是非」
ロートスとイリス、そしてヴァイスをマルクスは招待したのだ。数少ない宿はこの時期だけ埋まってしまうので、本邸に招待してもいいかと確認して了承も得ている。ロートスは友人として、イリスは先日の名義貸しの礼をするために訪れる事になっていたが、ヴァイスも是非と子爵が言い出した。蛇皮の買い上げのお陰で今年の冬が問題なく越せそうだと安堵した子爵が、買い上げの手配や加工の指導をミュラー商会に仲介してくれた彼に直接礼を言いたかったらしい。
社交シーズンなので会おうと思えばそちらで会えたのかもしれないが、クラウスナー子爵が余り裕福ではないので、どちらかと言えば中央にいるよりは領地運営を現地でしていることが多かったのだ。
最近は蛇型魔物以外の魔物素材もミュラー商会に指導してもらいながら剥ぎ取って売っている。特筆した産業のないクラウスナー領では貴重な収入源を確保してくれたと恩に感じているのだろう。
「雨漏りしてたんだ」
「俺の部屋……学園入るから寮に移るしって一番後回しにされてた……」
顔を覆うマルクスを眺めロートスは心底驚いたような顔をした。五男坊と言うこともあって蔑ろではないが、どうしても後回しになってしまっていたのだろう。ノイ伯爵家等は当主が中央研究所で仕事をしているのもあり元々中央に屋敷を持っていたが、マルクスのように地方の子供は寮に入ることが多い。
「ヴァイスもその頃には暇になるって言ってたから大丈夫よ。何か手土産とかいるかしら。子爵のお好きなものとかある?」
「あ、滞在の礼とかなら魔物狩って下さい。俺もお手伝いしますので。それがありがたいです」
「お前そういう所遠慮しないよな。いいよ。姉さんとヴァイスが忙しくても僕が花祭り終わったら少し残って狩りに行く」
「お姉ちゃんも行く」
「そんじゃヴァイスも来るかな。うん。大型でも大丈夫」
「いや、うちは中型程度までだから。そんな大型いないから」
たまにこうやってお姉ちゃん的な発言をするイリスを可愛いなと思いながらマルクスは長期休みの中程にある花祭りが楽しみだと瞳を細めた。
「ノイ伯爵が飛竜の翼膜欲しがってたって言ってたな」
「なんか、魔具の防水に使いたいけど在庫ないって」
そんな会話をしている中突然ヴァイスが現れてイリスにそう言い放つ。すると彼女はヴァイスの為に紅茶を入れながら返事をした。
「一週間後の騎士団遠征予定地で見つかった。番だと」
「じゃぁ卵もある!?」
「そこまでは偵察してねぇんだと」
ならば市場に流れてノイ伯爵も満足だろうとマルクスは思ったのだが、イリスの言葉は彼の予想を裏切った。
「どうしよう。学園の遠征演習申し込んでないのに。軍に狩られちゃう」
「そう言えばイリス様もロートスも申し込んで無かったですね。っていうか、軍が狩っちゃ駄目なんですか?」
毎年夏の長期休暇中に、軍属希望者は軍の魔物討伐遠征に参加する。演習と銘打っているが討伐するのは軍が取りこぼした小型の魔物ばかりであるし、どちらかと言えば野営や移動などの軍属体験がメインなのだ。
マルクスは当然申し込んでいたのだが、イリスは軍属は規則が厳しいとあっさり希望を撤回し、元々イリスに付き合っての軍属希望であったロートスも同じ様に撤回していたのだ。それでも一応追加講習は継続して受けている。
ノイ家にとって魔物討伐は素材集めという面が非常に強い。けれど、軍属になってしまえば欲しい素材があったとしても剥ぎ取りより多く魔物を討伐することが求められる。王族の婚約者として軍属になるなら仕方がないと諦められたが、降りてしまえば自由に素材あつめがしたいと言い放ち、即戦力を期待していた軍の上層部は肩を落としたという。
「軍がはあくまで魔物討伐メインだから、余裕がないと素材剥がない。そのうえ軍を通してだと仲介料掛かって高くなる」
「あぁ。そうか」
ロートスの説明にマルクスは納得する。実際自領でも素材を取ると言うことは余り優先されてはいなかった。とにかく倒せという姿勢なのは、民の命を守るという軍にとっては最優先なのだろう。
「……こっそり先に狩っちゃおうか」
ボソリと呟いたイリスの発言にマルクスは目を丸くする。こっそりと言うレベルではない。飛竜といえば大型であるし、軍も討伐するとなるとそれなりに準備をする。
「まぁ、そう言うだろうと思って段取りした」
「ヴァイス様まじで手回し良すぎませんか!?」
「普段の遠征なら軍で対処するって言われたかもしれねぇけど、今回は学園の生徒も連れて行くからな。大物は避けたいんだろ。まぁ、勝手に狩っても文句は言われねぇだろうが、一応申請しといた方が軍の心象良いだろうし」
「学園の生徒なんていくら軍属希望でもお荷物でしょうしねぇ。俺の安全が確保されたと思っておきます」
「一応翼膜とミュラー商会で欲しい素材持ってく話はつけといたけど、他に欲しい素材あるか?」
「お父様に確認しておくわ。素材運搬は?」
「ミュラー商会出す。翼膜以外の素材をうちで直接確保させてくれりゃそれが運送費だ」
「わかったわ。いつ行きましょうか」
「遠征の前日。生徒に素材剥ぎ取りの練習させたいんだと。できるだけ綺麗にってリクエストだ」
「はーい」
ピクニックに行くのかと言うノリで返事をするイリスと頷くロートスを眺め、あぁきっと演習は安全に帰れるなぁとぼんやりとマルクスは安堵の吐息をはきだした。
「はい。イリス嬢からは内密にと頼まれていたのですがクラウスナー家の方が、本来ならばイリス嬢が受けるはずの感謝を己が受けるのは申し訳ないと。せめて孤児院を運営している方々にだけはイリス嬢の子どもたちへの思いを知っていて欲しいと懇願されまして……」
深刻そうなヴァイスの言葉に孤児院の責任者が涙ぐむのを眺めている男は心の中で、嘘は一つも言っていないのが凄いと呆れる。
イリス嬢が孤児院の運営を心配して何とか内密に寄付を続けられないかとヴァイスに相談したのも事実。名義貸しを快くクラウスナー子爵は引き受けてくれたが、イリスの心に感激して名義貸しを申し出たのは息子のマルクスなのだ。けれどそれじゃイリス様へ行くはずの称賛がうちにばっかり来るのもなぁ、と言い出したのもマルクス。
ヴァイスの話し方であれば、クラウスナー子爵がと勘違いしても仕方ないが、実際はクラウスナー家の方としか言っていない。よって嘘ではない。詐欺かもしれないが。
イリス自体は別に称賛が欲しくて寄付をするわけではないので、ヴァイスが何とか手配すると言えばあとは寄付のためにせっせと魔物を狩るだけ。結局ヴァイスはそのイリスの好意を上手くノイ家への逆恨みを回避するために利用したのだ。
「イリス様はご自分がお辛い目に会われたのに子どもたちの事までお気にかけてくださるなんて……」
「ノイ家と神殿の折り合いが悪く、こんな形でしか協力できないことを申し訳なく思っいるようでした」
「いえ!いえ!とんでもない!……お恥ずかしい話、昔に比べて孤児の人数が減っているとはいえ、運営状況はお世辞にも良いとは言えないので……ありがたくお受けいたします」
「はい。帳簿上はクラウスナー子爵からとなりますので、神殿からなにか言われてもそれで通して頂ければありがたいです。……黙っているのは心苦しいと思いますが、ご協力頂ければと。何か困ったことがあればミュラー商会にご相談下さい。あ、イリス嬢にもこの話はご内密に」
「わかりました。この度はありがとうございました」
深々と頭を下げる責任者。神殿からの補助や貴族からの寄付で成り立っている孤児院の運営が良かった時期などないのだろう。多少疲れた様子であるが、イリスからの寄付は続くと聞いて安心したのか表情は明るい。恐らくイリスが降ろされた時点で諦めていたのだろうと男は考えながらヴァイスの言葉を引き継ぐように口を開いた。
「ではまた詳しい納品などは後日連絡させていただきます。行きましょうかヴァイス様」
もう話は終わったと言うようなヴァイスの表情を確認して担当の男は立ち上がる。そして玄関まで見送られると、中庭でイリスが職員と一緒に子どもたちの相手をしているのが見えた。
「イリス様は王子様と結婚できなくなっちゃったって本当?」
慌てて職員が子どもの口を抑えたが放たれた言葉は無情にも中庭に響き渡る。担当の男もぎょっとしたし責任者も慌てていたが、ヴァイスは可笑しそうに口元を緩めていた。
「そうよぅ。お姫様になるのすごく大変でね。いっぱい勉強して、靴がぼろぼろになるぐらいダンスの練習して、なんの役に立つのかわからない礼儀作法なんかも寝る間も惜しんで練習してたんだけど」
「お姫様ってそんなに大変なの!?」
「頑張ったけど私には向いてなかったみたい。だからね、辞めてもいいよって言われたから辞めちゃった。だから今は自由なの!!素晴らしいわ!」
「えー。お姫様になってお城に住むほうが良くない?」
「幸せの形なんて人それぞれよ。働くのが楽しい人だっているし、私は魔物狩ったりするのが楽しいわ!……好きなことしていいよ、好きなこと解らなかったら一緒に探してやるって言ってくれる人もいるってとっても幸せ」
「でもイリス様『イキオクレ』になるんじゃないの?」
今までイリスに話しかけていた女の子の隣にいる男の子がそう言うと、彼女は瞳を細めて笑う。
「それくらいいいわ。そんな私でも良いと言ってくれる人探すもの」
「……そんじゃ俺がイリス様と結婚してやろうか?」
「十年早ェよクソガキ。そんな求婚じゃフラれんぞ」
「ヴァイス!?は!?いつからいたの?」
「結婚できなくなったって本当?辺り」
「始めからじゃないの!!」
あああああああ!と言うように頭を抱えるイリスを眺めヴァイスは少し意地悪そうに口元を歪めたが、男の子は口を尖らせてヴァイスを睨みつける。
「フラれるとか何でだよ」
「イリスの方が身分高ェんだから上から目線は駄目だな」
「じゃぁどうやればいいんだよ」
納得がいかないと言うような男の子の言葉にヴァイスは、ふむ、と言ったように少し考え込んだのちイリスの手をとって跪いた。
「イリス嬢。どうかこれから先、私の愛を貴方に捧げることをお許しください」
そう言ってヴァイスが彼女の掌にくちづけを落とせば、イリスは一瞬あっけに取られたような顔をしたが、口元は直ぐに弧を描き花が溢れるよう微笑みを浮かべる。
「許します。私も貴方が私に捧げた分だけの愛を捧げましょう」
演劇のワンシーンの様なその光景に子どもたちだけではなく職員も言葉を失い呆然と眺める。
「とまぁ、こんな感じだ。下から行け、下から。王族や高位貴族でもなきゃ上から行っても駄目だ。こっちの方が絶対落としやすい」
ぽんぽんと膝についた汚れを払いながらヴァイスが言うと、コクコクと男の子は無言で頷いた。それを眺めて満足そうに笑うとヴァイスはまた少し考え込んで口を開いく。
「風切姫みたいなのもあるけどな」
「知ってる!!お花ずっと贈るやつ!私はそっちがいい!!」
ぱぁっと表情を明るくして笑う女の子の頭を撫でると、ヴァイスは口元を緩めた。
「まぁ、相手に合わしてやるこった。惚れた女ができてからじっくり考えろ」
***
「ただしイケメンに限る」
「そうなんだ」
「俺がやったら、子爵の五男坊が気障ったらしい、馬鹿じゃないのって言われるに決まってんだろ!!」
ノイ家の東屋に響くのはマルクスの声。無事に孤児院への寄付の取り付けが完了したので、名義貸しの礼にとお茶に呼ばれたのだ。
イリスの話を聞いて突伏するマルクスを眺めて、ロートスは可笑しそうに笑った。
「でも何が凄いって即興でやっちゃうヴァイス様だよな。俺だったら急に言われても無理」
「誰かに言ったことあるんじゃないのかしら」
「ないない。ヴァイスが女の人口説いたとか聞いたことない」
「そう言えばないわねぇ。いつも私達に付き合わせてるからかしら。だったら申し訳ないわ」
「……いや、イリス様。多分申し訳ないとか思う必要ないですよ?ヴァイス様あれ絶対好きでノイ家の面倒見てますって。生き生きしてますって」
「えぇ?私の婚約破棄の後始末で最近あんまり寝てないでしょ?孤児院から帰ってきた時馬車で爆睡してたし」
一気に片付けるほうが効率が良いと寝る間も惜しんで手回しをしていると神殿担当の男が言っていたのを思い出しながらイリスが言うと、マルクスはやや呆れたように彼女を眺める。
「今はミュラー家との養子縁組と重なってるから確かに大変そうですけど」
「そもそもヴァイスってミュラー家に降りるから縁談片っ端から断ってたのに、いざミュラー家に降りたら学業と商会の両立で忙しいとか言ってやっぱ片っ端から蹴ってる。今はその気ないんじゃないの?」
「まぁ、俺と違ってヴァイス様は優良物件だからその気になったらいくらでも相手いるだろーなー。あー、羨ましい。俺も素敵な令嬢に花でも贈るかな。白い花だっけ?そんで了承してもらえる時は赤い花と交換って聞いたけど」
「母さんの故郷ではそうだね」
風切姫の話は有名なのでマルクスがその話を引き合いに出せば、微妙な顔をロートスがしたので彼は不思議そうな顔をする。
「え?お前この話好きじゃない?」
「好きっていうか……母さんが父さんに渡した花、本当は赤くなかったらしい」
「まじで!?」
ロートスの言葉に驚いたように声をマルクスが上げたのも仕方がない。巷で言われる逸話ではそうなっているのだ。
「……魔物の血で染まった花をたまたま母さんが見つけて、これを受け取ったら結婚してもいいかって思って髪をそれで飾って待ってたって」
「ノイ伯爵受け取ったの?」
「周りにいた騎士団がドン引きするぐらい喜んでたって。そんで『困った人だ』って求婚受けたって母さん言ってた」
「メンタル強すぎだなノイ伯爵!!そしてそんな花を髪に飾る風切姫も凄いな!」
「まぁ、赤い花って母さんの故郷では悪縁とか穢を預かってくれる花だから、魔物の屍を積み上げた自分に血で汚れた花は丁度良いって思ったらしいけど。そんで、流石に一○○日も通ったら見守ってた騎士団の面々もその場の勢いで、こう……魔物血で赤く染まった花を手当り次第、悪いもの全部流せー!おめでとー!みたいなノリで川に流したって」
「……それ下流の人吃驚しただろうな……あぁでも、下流につく頃には血は落ちてたかもしれないけど。へぇ、赤い花を川に流して悪縁や穢を断つのかぁ」
「うちは母さんが嫌なことあったら直ぐに花流すから、父さんが庭に小川作ってる」
「ノイ伯爵は風切姫大好きだな。知ってたけど。有名だけど」
しかしながら巷では浪漫溢れる話だと語り継がれているのに、驚きの血生臭さにマルクスは夢も希望も打ち砕かれる。とはいえ、逆にノイ家らしいと思ってしまう所もあった。
そして騎士団の方も大攻勢で連日戦い続けて完全にハイになった状態だったのだろうと想像して、マルクスは途方に暮れたような顔をした。魔物の血で汚された赤い花で埋め尽くされた川など浪漫どころか恐怖以外抱かない。
「花といえば、うちの花祭り来れそう?」
「うん。魔物討伐依頼も落ち着いてるし」
マルクスの故郷でも花にまつわる話がある。夏の暑い時期に行われる花祭り。黄色い花を家族や友人、親しい人と贈りあうというものであった。最近では恋人同士のイベントという色も強くなっているが、普段からの感謝、そしてこれからも宜しく、そんな意味を花に乗せる。
ただ黄色い花も数に限りがあるので、比較的淡い色合いの花ならばそれでもいいという非常に緩い祭りなのだが、クラウスナー領では唯一観光客なども訪れる祭りなのだ。
花を入れる花籠をせっせと編む領民を思い浮かべて、マルクスは嬉しそうに瞳を細めた。
「でも、大人数で押しかけてご迷惑じゃない?」
心配そうにイリスが言ったのは、マルクス自身がよく貧乏子爵と自虐しているからであろう。慌てたようにマルクスは首を振った。
「去年までならお客様呼べなかったけど、今年は雨漏りも直したし大丈夫です!あと、ヴァイス様にお礼言いたいって親父も言ってましたし。是非」
ロートスとイリス、そしてヴァイスをマルクスは招待したのだ。数少ない宿はこの時期だけ埋まってしまうので、本邸に招待してもいいかと確認して了承も得ている。ロートスは友人として、イリスは先日の名義貸しの礼をするために訪れる事になっていたが、ヴァイスも是非と子爵が言い出した。蛇皮の買い上げのお陰で今年の冬が問題なく越せそうだと安堵した子爵が、買い上げの手配や加工の指導をミュラー商会に仲介してくれた彼に直接礼を言いたかったらしい。
社交シーズンなので会おうと思えばそちらで会えたのかもしれないが、クラウスナー子爵が余り裕福ではないので、どちらかと言えば中央にいるよりは領地運営を現地でしていることが多かったのだ。
最近は蛇型魔物以外の魔物素材もミュラー商会に指導してもらいながら剥ぎ取って売っている。特筆した産業のないクラウスナー領では貴重な収入源を確保してくれたと恩に感じているのだろう。
「雨漏りしてたんだ」
「俺の部屋……学園入るから寮に移るしって一番後回しにされてた……」
顔を覆うマルクスを眺めロートスは心底驚いたような顔をした。五男坊と言うこともあって蔑ろではないが、どうしても後回しになってしまっていたのだろう。ノイ伯爵家等は当主が中央研究所で仕事をしているのもあり元々中央に屋敷を持っていたが、マルクスのように地方の子供は寮に入ることが多い。
「ヴァイスもその頃には暇になるって言ってたから大丈夫よ。何か手土産とかいるかしら。子爵のお好きなものとかある?」
「あ、滞在の礼とかなら魔物狩って下さい。俺もお手伝いしますので。それがありがたいです」
「お前そういう所遠慮しないよな。いいよ。姉さんとヴァイスが忙しくても僕が花祭り終わったら少し残って狩りに行く」
「お姉ちゃんも行く」
「そんじゃヴァイスも来るかな。うん。大型でも大丈夫」
「いや、うちは中型程度までだから。そんな大型いないから」
たまにこうやってお姉ちゃん的な発言をするイリスを可愛いなと思いながらマルクスは長期休みの中程にある花祭りが楽しみだと瞳を細めた。
「ノイ伯爵が飛竜の翼膜欲しがってたって言ってたな」
「なんか、魔具の防水に使いたいけど在庫ないって」
そんな会話をしている中突然ヴァイスが現れてイリスにそう言い放つ。すると彼女はヴァイスの為に紅茶を入れながら返事をした。
「一週間後の騎士団遠征予定地で見つかった。番だと」
「じゃぁ卵もある!?」
「そこまでは偵察してねぇんだと」
ならば市場に流れてノイ伯爵も満足だろうとマルクスは思ったのだが、イリスの言葉は彼の予想を裏切った。
「どうしよう。学園の遠征演習申し込んでないのに。軍に狩られちゃう」
「そう言えばイリス様もロートスも申し込んで無かったですね。っていうか、軍が狩っちゃ駄目なんですか?」
毎年夏の長期休暇中に、軍属希望者は軍の魔物討伐遠征に参加する。演習と銘打っているが討伐するのは軍が取りこぼした小型の魔物ばかりであるし、どちらかと言えば野営や移動などの軍属体験がメインなのだ。
マルクスは当然申し込んでいたのだが、イリスは軍属は規則が厳しいとあっさり希望を撤回し、元々イリスに付き合っての軍属希望であったロートスも同じ様に撤回していたのだ。それでも一応追加講習は継続して受けている。
ノイ家にとって魔物討伐は素材集めという面が非常に強い。けれど、軍属になってしまえば欲しい素材があったとしても剥ぎ取りより多く魔物を討伐することが求められる。王族の婚約者として軍属になるなら仕方がないと諦められたが、降りてしまえば自由に素材あつめがしたいと言い放ち、即戦力を期待していた軍の上層部は肩を落としたという。
「軍がはあくまで魔物討伐メインだから、余裕がないと素材剥がない。そのうえ軍を通してだと仲介料掛かって高くなる」
「あぁ。そうか」
ロートスの説明にマルクスは納得する。実際自領でも素材を取ると言うことは余り優先されてはいなかった。とにかく倒せという姿勢なのは、民の命を守るという軍にとっては最優先なのだろう。
「……こっそり先に狩っちゃおうか」
ボソリと呟いたイリスの発言にマルクスは目を丸くする。こっそりと言うレベルではない。飛竜といえば大型であるし、軍も討伐するとなるとそれなりに準備をする。
「まぁ、そう言うだろうと思って段取りした」
「ヴァイス様まじで手回し良すぎませんか!?」
「普段の遠征なら軍で対処するって言われたかもしれねぇけど、今回は学園の生徒も連れて行くからな。大物は避けたいんだろ。まぁ、勝手に狩っても文句は言われねぇだろうが、一応申請しといた方が軍の心象良いだろうし」
「学園の生徒なんていくら軍属希望でもお荷物でしょうしねぇ。俺の安全が確保されたと思っておきます」
「一応翼膜とミュラー商会で欲しい素材持ってく話はつけといたけど、他に欲しい素材あるか?」
「お父様に確認しておくわ。素材運搬は?」
「ミュラー商会出す。翼膜以外の素材をうちで直接確保させてくれりゃそれが運送費だ」
「わかったわ。いつ行きましょうか」
「遠征の前日。生徒に素材剥ぎ取りの練習させたいんだと。できるだけ綺麗にってリクエストだ」
「はーい」
ピクニックに行くのかと言うノリで返事をするイリスと頷くロートスを眺め、あぁきっと演習は安全に帰れるなぁとぼんやりとマルクスは安堵の吐息をはきだした。
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