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本編

23話

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 そして一週間後。マルクスは演習の集合場所にいた。
 荷物などは基本軍で準備されており、持っていくのは愛用の剣、もしくは杖。服装は制服ではなく見習い軍人が着るものを参加申込の時に配布されている。
 四人で一班という追加講習と同じ形であるのだが、これに関しては必ず一人は演習経験者……つまり上級生を入れるルールとなっている。そしてその者がリーダーとなるのだ。ただ、上級生に伝手が無い、班編成にこだわりがないなどの理由で四人に足りなくてもその辺りは教官がバランスを考えて組み合わせてくれる。
 マルクスはロートスが不参加、そしてオスカーは生徒会で班を組むと言ってきたので、モーリッツと二人組で申請を出した。できれば一人は魔術師が良いなと思いながら待っていると、上級生の騎士と魔術師のコンビがマルクスに声をかけてくる。

「お、マルクスとモーリッツか。宜しく」
「宜しくお願いします!」

 元気よくマルクスが挨拶をすると騎士の先輩は笑いながら隣にいる魔術師を紹介してくれた。同級生らしく風魔法使い。騎士の先輩の方は朝の自主練習で顔をよく合わせる人であったので、モーリッツも安心したような表情になる。

「隊長はどっちですか?」
「俺がする。隊長って言うより班長だな。そんで副班長はコイツ。まぁ、俺とコイツが指示出せないような事態になったら迷わず逃げろ。そんな感じか。注意事項はちゃんと読んだか?」
「はい。っていうか、指示出せない状態とか完全に詰んでますよね」

 マルクスの言葉に班長である騎士の先輩は笑ったが、副班長の魔術師の先輩の方は苦々しい顔をする。
 
「去年は……大変でした……。イリス嬢とヴァイスがいなかったらどうなっていたか……」
「怖いんですけど。え、イリス様去年は楽しかったから俺にも楽しんできてっとか言ってたんですけど……っていうか軍属希望じゃないヴァイス様も参加してたんですね」
「お前イリス嬢と親しいのか?」
「弟のロートスと友達なもので」

 イリスと同級生である班長が意外そうにマルクスに問いかけたが、返事を聞けば納得した。そして少しだけ遠い目をする。

「まぁ、あれだ……夜中に魔物の奇襲があってな……三つ首」
「地獄の番犬ですか!?火ぃ吐くやつ!!」
「そうそれ」

 そして聞かされたのは演習初日の夜の話。
 軍の野営に張られる防壁魔具は学園のものとは違って簡単に持ち運べるが防壁自体が薄い。ただ、奇襲で一気に全滅という最悪の事態は避けられるので魔物探知の魔具と併用して使われているのだ。
 そして三つ首と呼ばれる魔物が三体、野営地を襲いに来た。二体は前線の軍の野営地、一体は後方である生徒たちの野営地。そちらにも一応軍の面々がいるのだが、引率や治癒師などの後方支援組で数が少なかった。

「私は生まれてはじめて防壁魔具が壊れる所をみました……」

 遠い目をする副班長。
 強力な火魔法を使うその魔物は、一、二発で防壁魔具を焼き払ってしまった。そして次の魔法を直撃すれば無事では済まない、そんな時にイリスが風で野営地全体を覆う防壁を張ったのだと言う。

「ヴァイスが探知魔具に三つ首が引っかかる前に気がついて、イリス嬢を叩き起こして防壁張らせたらしくてさ」
「話には聞いてますけど本当にヴァイス様の危機察知能力異常ですよね」
「まじで凄い。そんで駆けつけた殿下とオリヴァー様が三つ首の一個の首落として、逃げ出したのをヴァイスが軍の人と追いかけて終了」
「あ、追跡魔法使ったんですね」
「そう。あの状態でイリス嬢の防壁の外に出て印打ち込むとか頭おかしい。そんでもってあんな大規模な防壁張った翌日にケロッとしながらヴァイスと懲罰水汲みやってたイリス嬢も大概おかしい」
「懲罰?何でですか?」
「まずは上官に報告な。それ基本。ヴァイスは報告せずに無断でイリス嬢と一緒に三つ首と野営地の間に割り込んで防壁張ったんだ。まぁ、それなきゃ大惨事だったのもあって水汲み位の軽いやつだったんだろうけど」
「あー。それでイリス様は軍の規律厳しいから入らないって言ってたんですね」
「……入ってくれよぅ……俺、イリス嬢と同期になれるの楽しみにしてたのに」

 顔を覆った班長を眺めマルクスは思わず苦笑する。やはり軍属関係にはかなり期待されていたらしい。

「イリス嬢もですが、私はヴァイスも軍属になって欲しかったですね。彼のサポート力は本当に凄いですから」
「わかる……アイツ頭の構造おかしいって。並行処理どんだけすんだって話」

 どうやらこの先輩方のイリスとヴァイスへの評価は高い上に惜しまれているらしい。そう思ったマルクスはちらりと他の班に視線を滑らせる。
 そして一番最初に見つけたのはオスカー。生徒会のメンバーはルフト・オリヴァー・エーファらしい。最上級生の役員もいたはずだがベルント同様軍属志望ではないのだろう。
 オスカーはマルクスと目が合うと少しだけ挨拶をするように小さく頭を下げたが、直ぐに他の面々の方へ向き合う。中々あの中にいるのしんどいのではないだろうか、それとも上手くベルントが慰めて吹っ切れたのだろうか。そんな事をぼんやりと考えていると教官から集合の声が掛かった。


 そして馬車と馬で移動をした後に連れてこられたのは翼がもぎ取られた飛竜の屍が横たわる場所。何人かの生徒が思わず悲鳴を上げたのも仕方がないだろう。エーファなどは青ざめて震えていたのをルフトが宥めるように声をかけていた。

「あー。これはアレか。あの人達の仕事か」
「そうですね」

 班長と副班長の言葉にマルクスは少しだけ驚いたような顔をする。イリス達が狩った事に気がついたのだろうか。
 いくつかの説明と注意事項を聞いた後に、素材回収ノルマを課されて班は別れてゆく。マルクスは首の辺りの鱗を剥ぐ事となる。

「モーリッツは鱗剥ぎやったことないか」
「すみません」
「誰でも初めてはあるって」
「では私が教えます。貴方はマルクスとノルマの方頑張って下さい」
「はいはい」

 指導の方は副班長がやってくれるのだろう。マルクスは班長ついていき飛竜の顔の辺りに移動すると思わず声を上げた。

「どーした」
「あ、いえ。ヴァイス様の印が口の中についてるなぁって」
「お前見たことあるのかアイツの印」
「追加講習初日見た熊型魔物についてたんで」

 なるほど、と納得したように班長は小さく頷くと、鱗を剥ぎ取るのに使うナイフを片手に言葉を放った。

「イリス嬢達が狩ったんだろうな。軍が倒したにしては綺麗すぎるし、この倒し方なら多分フォイアー様も一緒」
「フォイアー様?ロートスじゃなくて?」

 飛竜の口内が焼けただれていたのでてっきりロートスなのかと思っていたマルクスは驚いたように声を上げた。

「ノイ三兄弟の長男な。魔力こそ下の二人に劣るけど制御が馬鹿みたいに上手い。ヴァイスの手助けが必要とはいえ魔法の誘導弾打てるの凄く珍しい」
「……誘導って……勝手に目標に飛んでく的な?」
「そう。ヴァイスの印に炎の蝶が何十匹と飛んでく。すげー綺麗だけど、すげー怖い。イリス嬢なら翼もいだ後に首を落とすけど、綺麗にって言われたからフォイアー様が内側から焼き殺したんだと思う。内臓はこんがり焼けてるんじゃねぇの」

 想像してゾッとしたマルクスは再度飛竜の口の中を覗き込む。ヴァイスの印は喉の奥の辺りに打ち込んであるので、恐らくこの飛竜が魔法を吐き出すために口を開けた時に打ち込んだのだろう。正気の沙汰ではない。

「俺も一回うちの領の飛竜討伐を見ただけなんだけどさ。飛竜の吐き出す魔法を末っ子が相殺し続けて、その間にイリス嬢がヴァイス担いで飛んで印打ち込む。そんで長男が内側から焼き殺す手段だったな」
「イリス様飛べるんですか!?」
「飛翔って言うより跳躍的な感じだけど落下速度調整できるから結構滞空時間長いし、長距離移動もできる。完全に大物食いなのなあの兄弟」

 鱗剥ぎを始めた班長に気が付き、慌ててマルクスも横に並んで鱗を剥ぐ。

「……そんでもイリス嬢はその間小型とかの魔物食い止めてくれる討伐隊が頑張ったお陰だって言ってたんだよ。体張って、一生懸命やった彼等を労ってくれって」
「イリス様らしいですね」
「そう。風切姫もそんなタイプだったらしいけどな。自分の手柄は仲間のお陰だって。多分それ見てたんだろうなイリス嬢。……あー、本当勿体ない!!」

 ぶつぶつと小声で言う班長を眺めてマルクスは複雑な顔をする。イリスは婚約者という地位を降りてのびのびとしているが、惜しむ声をこうやって聞けば彼女が本当によくやっていたのだと思ったのだ。

「俺だったら絶対手放さない。勿体ない。意味がわからない!」

 鱗を剥がす勢いが増す班長の言葉にマルクスは慌てたように周りを見回す。幸い他の班は指導等に気を取られてこちらに注意を払っていない様子なのにホッとした。
 気持ち的には同意はできるのだが、流石にルフトが近くにいる状態で批判は不味いと思ったのだ。

「……あぁ、そーだな。ちょっと控える」
「いえ」

 そんなマルクスの心配に気がついたのか班長は眉を下げて侘びた。
 そしてノルマ分剥ぎ取り終わりモーリッツと副班長の所に行けば、半泣きのモーリッツがマルクスに声をかける。

「お前そんな綺麗に鱗取れたのか!俺は半分割ったのに!」
「飛竜の鱗は割れた分は粉にして売るってヴァイス様言ってたから大丈夫じゃねぇの」
「良かった……お前素材取り上手いのな」
「ちょっと前にイリス様とヴァイス様の個人授業受けた……。上手くできるまで延々やらされる」
「思ったより厳しい道を歩いてるのなお前」
「お陰でコツつかめたし、今度実家帰ったら皆に教える予定。魔物素材結構金になるからうちなんかはありがたい」
「あー、お前んとこ特産とかないからなぁ」
「そうそう。ヴァイス様がそんじゃぁ魔物素材売れって。小型のやつでも結構買取してくれるし。俺の部屋の雨漏りも直せた」
「かなり切実だな!」

 思わず突っ込んだモーリッツに笑いかけると、全員分の素材を班長が確認して提出しにゆく。その間は暇なのでウロウロと飛竜の周りをマルクスは歩いてみた。

「マルクス。もう終わったのか」
「うん。手伝おうか?」
「いい。自分でやる」

 オスカーはムキになったようにそう返事をしたが、指導するオリヴァーは苦笑する。

「大丈夫ですよ。数をこなせば直ぐに上達します」
「はい」
「オリヴァー様も数こなしたんですか?」

 何気なくマルクスが尋ねると、オリヴァーは遠い目をしながらポツリと呟いた。

「昔ノイ領で、風切姫にみっちり仕込まれました……」

 あぁ、この人も俺と同じ道を歩いたのか。そんな事を考えてマルクスは思わず笑った。その様子にオスカーは僅かに眉を上げたが、遅れを取り戻すようにせっせと手を動かし始めた。
 がんばれよー、とのんきな声をかけてまた班に戻ろうとしたマルクスは、もう一度ヴァイスの印を見ようと何気なく飛竜の口の辺りに移動する。しかし思わずその手前で足を止めた。先客がいたのだ。

「何で……おかしいじゃない。何で先回りして潰されるの?意味がわからない。参加してないから絶対大丈夫だって思ったのに……」

 ぶつぶつと一人で呟いている聖女候補の姿が異様でマルクスは思わず息を詰めた。意味がわからないのはこっちの方だと思わず心の中でマルクスは突っ込む。

「エーファ」
「ルフト様」

 先程の異様な空気が一瞬で溶けた。そして二人は寄り添ってその場を離れてゆく。以前街中で見かけた時のような親密な空気に塗り替わった。そう思いながらマルクスはちらりと飛竜に視線を送る。

「……先回り?倒したら都合が悪かった?何で?」

 誰に聞かせるわけでもなくマルクスは思わずそう呟いた。
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