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番外編

ノイ一族と生真面目騎士・1

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 曇天の空。そして泥だらけの己の身体。
 途方にくれると言うのはこの様な事だと身をもって実感したのはオリヴァー・ゲルツ伯爵令息。第二騎士団長の息子。そんな肩書は全く意味をなさず、とりあえず雨を避けられる場所に移動すべきか、探索隊が見つけやすいように動かないべきか悩む。
 ことの発端は第二王子の領地視察。現在は王領となっているが、ゆくゆくは公爵となる予定である第二王子の領地となるその場所へ視察へ行くこととなった。
 学園に入ってしまうと遠出もしにくくなると、入学前に国の要地を含めた遠方への視察予定が二年ほどかけて組まれたのだ。
 そこに同行したのは王族直轄の近衛騎士。オリヴァーは元々第二王子の側近兼護衛と言うことで近衛騎士ではないが同行を許され、第二王子の婚約者であるイリスもゆくゆくは共に治める領地であるからと同行を国王より命じられた。
 そこにヴァイスもついてきたのは、彼がミュラー商会の後継者故である。国の領地という領地に支店があるミュラー商会は国の流通を担っているのもあり、今回の視察メンバーの中では一番領地の事を知っている。それもあって案内の任務を言い渡され彼も同行するのだ。
 宿泊場所やルートなどの打ち合わせはほぼヴァイスと近衛騎士長、現在王家より任命されている領主代理との間で行われており、オリヴァーは最終報告を聞くだけであった。
 ヴァイスが計画を仕切っている事に、まだ学園にも入っていない子どもに任せるのはと言う者もいたが、近衛騎士長や領主代理からは問題がないと口を揃えて言われており、いざとなればミュラー商会会長が出てくると言われれば周りも黙る。
 王族の視察という事で、近衛騎士団長やヴァイスは護衛人数を増やしたいと申請していたが、比較的魔物の少ない土地であることと、大袈裟にしたくないと言う第二王子の希望により身の回りの世話をする侍女・侍従を含め最小限のものとなる。それにヴァイスは渋い顔をしたのだが、イリスとヴァイスに関しては魔物が出た場合は近衛騎士と共に対応すると交換条件を出して第二王子の希望に沿うように近衛騎士や領主代理と調整をした。
 しかしながら、大所帯にしなかったのが良くなかった。
 運悪く盗賊団に襲撃されたのだ。それだけなら近衛騎士でも対応できたのだが、騒ぎに刺激されたのか魔物まで出てきてしまい現場は酷い有様となる。
 近衛騎士に第二王子を守るために馬車から出ないようにと言われたオリヴァーはいつでも剣を抜けるように準備をして控えていた。

「イリス魔物だ。出るぞ」

 ヴァイスの言葉に彼女は身を翻して馬車の外へ飛び出し、ヴァイスもそれに続く。魔物討伐に関しては下手な軍属より経験を積んでいるイリスであるが、その魔法威力の高さから対人に関しては極力避けるように言われているのだ。それもあって盗賊団の襲撃に関しては大人しく馬車にいたのだが、魔物が相手となれば己の出番だと迷わず手伝いに行く。それに釣られるように第二王子も腰を上げたのだが、オリヴァーはその腕をつかみ引き止めた。

「オリヴァー!」
「いけません殿下。貴方に何かあれば近衛騎士の仕事が無駄になってしまいます」

 己とて手伝いたい。少しでも役に立ちたい。そんな気持ちはあったのだが、軍属において上司の命令はよほどのことがなければ覆せない。魔物襲撃の際は手助けをするという約束を取り付けていたイリスやヴァイスとは違うとオリヴァーは首を振る。それに対し第二王子は複雑そうな顔をしたが大人しく座り直し外の様子を伺っていた。
 そんな中、突然馬車に強い衝撃が襲いかかる。小窓から覗き込めば大型の魔物が馬車に体当たりしたようで、バランスを崩した馬車は転倒しそうになっていた。
 盗賊団が襲撃にこの場所を選んだのは細い山道で片方は断崖絶壁であるからだ。逃げにくいので恐らく囲めば簡単に捕獲できると踏んだからだろう。

「殿下!!」

 馬車が崖に転落する前にオリヴァーは第二王子を馬車の外へ押し出す。その瞬間グラリと馬車は大きく傾き、あっけなく崖下へと落下していった。
 大きく瞳を見開く第二王子を視界に捉えてオリヴァーは少しだけ口元を緩めた。役に立っただろうか。直ぐ側に近衛騎士もいたので彼は無傷で目的地に送り届けられるだろう。
 護衛と言っても大破壊を乗り越えた歴戦の兵や、日々魔物討伐をし国を守る兵には遠く及ばない。いざという時に身を挺して第二王子を庇う。それが己の役目だと正しくオリヴァーは理解していた。だからそれを実行した。

「イリス!!」

 ヴァイスの声がオリヴァーの耳に届くと同時に、己の手が誰かに掴まれたのに気が付いた。
 そして落下スピードが僅かに緩まる。

「止まれ!止まれ!止まれ!!あぁ!!馬車が邪魔!!」

 ぱぁんと馬車が砕けると同時に身体が引き寄せられる。驚いて顔を上げればイリスが黒い髪を靡かせて己の身体を抱えていた。
 なぜと思うと同時に、身体全体に強い衝撃が走り、ゴロゴロと無様にオリヴァーは地面を転がった。反射的にイリスを抱きこんで彼女を守ろうとしたのだが、その甲斐もなくお互いに泥だらけになってしまったのだが、崖を見上げれば己たちがいた場所ははるか彼方。そこでオリヴァーはイリスが風魔法で落下速度を極限まで調整し、地面に激突する衝撃も緩和してくれたのだと気がついた。

「イリス様!!どうしてこんな無茶を!!」

 そう言いながらオリヴァーはイリスに怪我がないか確認する。そこでイリスの足首から出血があるのに気が付き彼は青ざめた。

「多分馬車を壊した時に金具が当たったんだと思うわ。あー、足かぁ」

 慌ててオリヴァーは手当をする為に荷物から救急用具を出そうとしたが、馬車の破片とともに吹っ飛んだのか近場には見当たらない。仕方なく腰に下げていて無事であった水筒の水で布を濡らし傷口を清めると、ハンカチでしばった。

「大変申し上げにくいのですがオリヴァー様」
「はい?」
「足を怪我してしまったので……こう……元の場所に戻れません。ああああああああ!!!ごめんなさい!!馬車壊さなければ良かった!!」

 頭を抱えてうずくまるイリスを眺めオリヴァーは唖然とする。馬車を壊した際に怪我をした。恐らく落下スピードを軽減する為に馬車は質量が大きく邪魔だったのだろう。それは魔法を扱えないオリヴァーにもなんとなく察することができた。
 あの高さから落ちれば即死だろう事を考えれば、イリスが身を呈して己を庇ってくれたことも嫌という程分かっていたオリヴァーは恥じるように言葉を放つ。

「いえ、ご無理はなさらないで下さい。寧ろ私がイリス様を守らねばならない立場なのにこのようなことになってしまい申し訳ありません」

 イリスが風魔法を使い、ヴァイスを担いで狩り場を跳び回っているのはオリヴァーも知っている。けれどそれは風魔法を使える者全員ができることではない。風切姫やイリスのように繊細な魔力制御が必要なのだ。飛翔と言うより跳躍、そうヴァイスが言っていたのを思い出してオリヴァーはイリスの足に視線を送った。痛みのせいか、踏ん張れないせいかわからないが跳べないと言われればオリヴァーは納得できた。

「え?オリヴァー様のお仕事は殿下を守ることでしょ?」
「はい」
「じゃぁちゃんとお仕事したわよね?」

 不思議そうな顔をしてイリスがオリヴァーを見上げたので彼は面食らう。

「いえしかし……イリス様を危険に晒しました」
「それはオリヴァー様のお仕事じゃないわよ?」

 優先順位としては絶対に第二王子は揺るがない。けれどその婚約者であるイリスも守るべき対象だとオリヴァーは思っていたのだが、彼女の中ではそうではないらしい。それに困惑したようにオリヴァーは彼女の顔を眺めたが小さく首を振った。

「いえ。騎士として、女性や子どもを守るのも大事な役目です」
「まだ騎士じゃないんだからそこまで深刻な顔しなくて良いと思うけど……志は素敵ね」

 困ったように笑ったイリス。そして彼女は空を見上げた。

「雨は降るかしら」
「降る前に宿泊地につく予定でしたが……」

 襲撃から時間が経っているし、馬車も一台は潰してしまった。そうなればとりあえず第二王子の安全の為に近衛騎士はまず目的地へ急ぐだろう。
 崖が低ければ直ぐに探索をしてくれたかもしれないが、恐らく天候を考えても自分たちを探して貰えるのは夜半、天気次第では明日かもしれないと考えてオリヴァーは顔を顰めた。
 落下位置はある程度把握しているだろうから余り離れないほうが探しやすいだろうと思うのだが、一晩雨に濡れるのも自分一人ならともかく怪我をしたイリスの事を考えれば避けたいと迷った様な表情をオリヴァーは作る。

「それじゃぁ雨宿りできる場所探しましょうか」
「……私達を探索しにくくなるのでは……」
「え?大丈夫よ?どこにいてもヴァイスが絶対探してくれるもの」
「ヴァイスが?」

 驚いたようにオリヴァーが声を上げるとイリスは淡く笑う。

「ヴァイスは絶対私を見失わないわ」

 そう笑いながら彼女はつけていた薄い手袋を外した。そこにあるのはヴァイスの印。追跡魔法。
 いざという時のためにと第二王子の持ち物につけているのは見たことがあったのだが、イリスに直接印を施しているのに驚いたオリヴァーは彼女の顔を眺めた。すると彼女は内緒よ?と小さく笑い口を開く。
 そもそも追跡魔法とは己の魔力を纏わせるものである。それを追跡するのだが、これはこれで欠点があった。
 複数印をつけると、どれがどれだか判断がつかないのだ。
 しかしながら元々魔力を持っているものに印をつければそちらの魔力と混ざるので個体判別ができるらしい。ノイ領の魔物討伐隊と同行する時は、風切姫、イリス、ロートス、討伐隊長がそれぞれ狩り場でバラバラになるので直接印をつけるのだと彼女は言う。
 けれど第二王子の婚約者に己の印をつける、という行為自体に難癖をつけられることもあるので基本的にイリスに直接印をつけていることは伏せていると言われればオリヴァーは納得した。表向きは持ち物につけている、という事にしているのだと。

「けど前にロートス君のカフスにつけた印、狩りの途中であの子落っことしちゃったのよねぇ。だからやっぱり直接つけるのが安全かなぁって」

 実際今回の落下で馬車と一緒にオリヴァーの荷物も吹っ飛んでしまっているのを考えれば直接つけられるならそれに越したことはないだろうと思いオリヴァーは小さく頷いた。

「はい。けれど余計なことを言う輩はおりますし、イリス様の安全の為に内緒にしておきます」

 オリヴァーの言葉にイリスは大きく瞳を見開いたあと笑いながら頷いた。なぜ彼女が笑ったのか分からなかったオリヴァーは僅かに眉を下げる。

「おかしなことをいいましたか?」
「違うわ。オリヴァー様が柔軟な判断をしてくださって驚いただけ」
「……それは……はい……。私の力だけではイリス様まで守れませんので……ヴァイスの力もあったほうが良いかと……」

 情けないと己自身でも思っているのだろう、申し訳無さそうにオリヴァーが言うと彼女は小さく首を振った。

「何度も言うけど貴方は殿下を守って。私は人に対して魔法を使うのが苦手だから、貴方がいないと殿下を守りきれないの」

 防護壁を張れても敵を倒せない。そんな事をイリスはポツリという。

「私は盾で貴方は剣ね。お母様位魔法が扱えれば両方できたのだけど」

 国の盾であり剣であった風切姫。彼女に比べればイリスに限らず皆未熟であろう。けれどせめて盾であろうとするイリスの発言にオリヴァーは小さく俯いた。

「未熟なのは私も同じです。ですので……お互いに補いあって殿下を守って行きましょうイリス様」
「そうね。ヴァイスもお願いすれば手伝ってくれるかしら」
「ええ。きっと」


 その後流石に無傷の自分がいるのに怪我をしているイリスを歩かせる訳にはいかないとオリヴァーは一旦彼女を置いて雨宿りのできそうな場所を探す。洞窟と呼ぶには少々大袈裟な窪みを見つけたオリヴァーは引き返すと彼女をおぶってそこまで移動した。
 ポツポツと降っていた雨は二人がその場所にたどりつくと同時に酷くなり、風が強くなれば雨が吹き込むかもしれないとできるだけ奥へ身を寄せる。

「この雨なら魔物も動きが鈍くなりますね」
「そうね。一応魔物よけのお香もあるけど、使うなら雨が上がってからね」

 そう言いながらイリスは腰から水筒と一緒に下げている小さな鞄の中に手を突っ込む。そして出されたのは飴玉。

「オリヴァー様は余り甘いもの好きじゃないと思うけど今は我慢して食べておいてくださいね」

 イリスがそう言ったのは茶会の度にオリヴァーが甘いものを彼女に譲っていたからだろう。家族も、ヴァイスも甘いものを比較的好むのもあって、彼女に譲る度に本当にいいのかと確認してきたのを思い出しオリヴァーは思わず笑う。

「イリス様の分は?」
「あるわよ。大丈夫。一応非常食もあるけど、こっちは明日の朝にしましょう。今はまだ塩分補給しなくても大丈夫だと思うし……水筒にお水は?さっき私の足洗っちゃったわよね。まだある?」
「はい。水は大丈夫です。荷物を失くしてしまい申し訳ありません」
「……いや……それは私が馬車と一緒にふっとばしてしまいましたので……えっと……余り言わないで下さい」

 気まずそうにイリスが目をそらしたので驚いたようにオリヴァーは彼女の顔を眺める。気にしていたのだろうかと今更気がついたのだ。

「お気になさらず。私も貴方のように常に身につける鞄を持ったほうがいいかもしれませんね」
「あ、これ?ヴァイスが誕生日にくれたのよ。ロートスも同じもの貰ってた」

 イリスが小さな鞄を差し出してきたのでオリヴァーはそれを手に取る。先程多少雨に降られたが表面に濡れた様子はなく、寧ろ丸い水滴を作って水分を弾いている様子であった。

「防水防火バッチリの飛竜の翼膜使用緊急装備鞄なの」
「飛竜の翼膜!?それは……高価そうですね……」
「オリヴァー様も欲しいなら私が材料取ってくるけど……。そしたら多分加工賃だけでヴァイスが手配してくれると思うわ」
「……いえ、それも申し訳ないので……」
「それじゃぁ次のオリヴァー様の誕生日プレゼントに私とヴァイスから贈るわ!」

 名案だと言わんばかりにイリスはそう言い放つと笑顔をオリヴァーに向けた。
 些か高価過ぎるとも思ったが、イリスの嬉しそうな顔を見れば断ることもできずオリヴァーは礼を言う。実際この小さな鞄には魔物よけの香や非常食、携帯用小型浄水魔具など遭難時に役立ちそうなモノが詰め込まれていた。お陰でオリヴァーも安心して夜を超えられるのだ。流石に長期は無理だが、一、二日なら問題ないだろう。
 そんな事を考えているとイリスが飴玉を己の口に放り込んだので、オリヴァーも同じ様に飴玉を口に含んだ。色合いからして柑橘系だとは思ったが、予想以上に酸味が強くて驚いたような表情をオリヴァーはする。ふんわりと抜ける甘みははちみつだと思われたがそれ以上にレモンの酸味が強かったのだ。これなら食べられる、そんな表情を彼が浮かべたのに気がついたのかイリスは淡く笑った。

「疲れてる時は碌なこと考えないから甘みが良いってお母様が仰ってたのよ」
「風切姫が?」
「ええ。だからお母様のポケットにはいつも飴玉が入っているの」

 よし良い子だ、飴玉をやろう。風切姫はたまにそんな事を言いながらオリヴァーに飴玉をくれていた。流石に捨てるわけにもいかず自分で食べていたのだが、甘いものが得意ではないので微妙な顔をしていたのはイリスも知っていたのだ。

「この味なら大丈夫です」
「そう。ならお母様のポケットにもこれを詰めておくわ」
「お願いします」

 生真面目にオリヴァーが頭を下げたのが面白かったのかイリスは笑いながら外へと視線を送った。雨は段々と強くなっており、遠くで雷も鳴っている。これはどう考えても迎えは来ない。そう判断した彼女は小さく首を傾げた。

「オリヴァー様が先に寝ますか?」
「はい?」
「交代で見張りをしましょう」

 雨なので魔物の動きは鈍いだろうが念の為に見張りを立てたほうが良いというイリスの提案にオリヴァーは驚いたように声を上げた。

「私がやりますので!イリス様は休んで下さい!」
「えぇ?でも多分朝までお迎え来ないわよ?交代しなくて大丈夫?」
「はい。一日程度なら問題ありません。もしも数日ここで待つことになれば……改めて相談させて下さい。寧ろイリス様はこの様な場所でおやすみになれますか?気休めですが私の上着を下に敷いて……」

 慌てたように上着を脱ぎだしたオリヴァーにイリスは大丈夫だと笑う。
 そもそもイリスは枕が変わったら寝れないというような繊細な神経を持ち合わせていない。子供の頃から風切姫について回って魔物を狩りに行っている。その際は野営をしたり馬車で寝たりと従軍さながらの環境なのだ。それを思い出したが、オリヴァーは心配そうにイリスを眺める。

「寝起きはいい方だから何かあったら起こして下さい!いつでも交代しますから!」
「はい」

 小さくオリヴァーが頷くとイリスは満足そうに表情を緩ませて魔物よけの香が入った鞄をオリヴァーに預ける。中身の使用判断は任せると言い放つところりと横になった。
 そして暫くすれば小さな寝息が聞こえてオリヴァーは浅く笑った。何度かノイ伯爵領に魔物討伐見学に行った時も彼女は文句の一つも言わずにどこででも寝た。いずれ王族代表として軍属になることを期待されている人。今までも王族の軍人はいたが、基本お飾りであったのだが、きっと彼女なら風切姫のように前線に立てるだろうと言われていた。
 それに比べて自分はまだまだ未熟だとオリヴァーは僅かに落ち込む。ヴァイスのような知識も器用さもないし、イリスのように戦場に立てるほどの力もない。身体を張ってやっと主を守れる程度。そんな自分が必要だと言ってくれたイリスの言葉は嬉しくもあり、期待に応えたいという気持ちがじわじわと湧き上がってくる。
 いつかイリスが安心して第二王子の隣に立てるように。己が剣であり盾であれるように。
 遠くに響く雷鳴を聞きながらオリヴァーは拾った命を研磨し続けることをひっそりと心に誓った。


 翌朝。イリスの言う通りヴァイスが近衛騎士を連れて迎えに来た。近衛騎士が言うには第二王子は怪我もなく無事に宿泊場についたとの事でオリヴァーはホッとする。
 馬車に乗り込めばヴァイスがイリスに化膿止めと痛み止めを飲ませ、彼女はそのまま痛み止めの副作用によりクッションを枕にウトウトとしだした。

「お手数かけました」
「構わねぇよ。お互いに仕事してるだけだ」
「……イリス様に怪我をさせてしまいました」

 落ち込むようにオリヴァーが言うと、ヴァイスは少しだけ眉を上げて彼の顔を眺めたあとつまらなさそうに口を開く。

「イリスの自業自得だろ。まぁ、手前ェ一人だったら確実に死んでたけどイリスと一緒に落ちたなら確実に助かるだろうし、アイツがそうしたいって思って行動したんだ、手前ェが気に病む必要もねぇんじゃねぇの」
「そう……でしょうか」
「手前ェが死んだら俺達の今後の負担が増えんだろ。俺は悪くねぇ判断だと思うけど」

 イリスと一緒なら確実に助かる。そう言い切ったヴァイスに少しだけオリヴァーは驚いたような表情を向ける。その反応に彼は神経質そうに眉を寄せた。

「んだよ」
「いえ。イリス様の事を信頼してるのですね。イリス様も貴方が絶対に迎えに来ると言っていました」
「……迎えに行かねぇとどこぞに自力で跳んでいっちまうだろアイツ。迎えに行くって言や待ってるけどよ」

 そう言い放つとヴァイスは浅く笑った。
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