45 / 53
番外編
ノイ一族と生真面目騎士・5
しおりを挟む
「貴方から見てどうだった?」
「お互いに一番信頼しているとは思いました。ただ、ヴァイスはイリス嬢の面倒を見るのも殿下の手伝いをするのも仕事だからと言っていたので余りお二人の関係を改めて考えたこともなかったのですが……」
一緒にいるのが当たり前過ぎていたのもあるが、そもそもヴァイスが仕事以外に余計な労力を割くタイプでもなかったので周りも気にしていなかった。例えば第二王子と聖女候補が親しくすれば直ぐに話題に登ったというのに、不思議とイリスとヴァイスはそんな話が出たことがない。オリヴァーもなのだが。
「ローゼ様の勘違いでは?わたくし個人としてはヴァイスとイリス様が上手くいくという未来は嫌ではないのですが」
「……見ちゃったのよ……」
視線をウロウロと彷徨わせたローゼは小さく零すと顔を覆う。その仕草にレアもオリヴァーもぎょっとするが、彼女が耳まで赤くしているのに気が付き、まさかと狼狽える。
「え!?何をご覧になったのローゼ様!!あ、もしかして先日イリス様が公爵領に狩りに行かれた時にこう……なにか!?なにか見たのですか?」
「いえ。元気に三つ首のタテガミを丸刈りにされてましたわイリス様。更にヴァイスやフォイアー様をこのまま連れて海竜を狩りに行かれると」
ぱっと顔を上げてローゼが言い放つとレアはがっかりしていいのか、元気そうなのを喜べばいいのか分からず微妙な顔になる。
「そうじゃなくてね。ずっと前なのだけれど」
そう言って話しだしたのは本当に昔の話。王族教育の為にイリスが週に数回王城に通っていたのだが、その時に婚約者としての交流も深めるために第二王子とのお茶会もセットで行われていた。
レアはなかなかそのお茶会に呼んでもらえず、イリスと交流したいと駄々をこねていた。そんな中、たまたま作法の授業中にイリスの髪飾りが破損したのだ。
「あ、覚えているわ。ヴァイスがお茶会用にとりあえずってお花をイリス様に渡した時ね。私がお庭を案内してヴァイスに花を選ばせたのよ」
とりあえず茶会の間だけ持てば良いとヴァイスは庭に降りて髪を飾る花を探し、レアが自慢の花壇に案内したので彼女はよく覚えていた。そしてそのまま素知らぬ顔でヴァイスについて行き、レアは茶会に強引に参加したのだ。
「……花を髪に飾る時に少し加工するでしょ?」
「そうね、ピンや紐を通したり、針金で花を支えたりしますわね。そう言えばヴァイスがそれもやってくれてた気がします」
思い出すようにレアがそう付け加えたのは、ヴァイスは器用なのだとその時思ったのが印象に残ったからだろう。ヴァイスが別室で加工をしている間にレアはたっぷりとお茶会前にイリスと自己紹介やらの交流を図っていた。
「……加工した花飾りに愛おしげにくちづけを落としてのよ」
「ローゼ様の見間違いでは?」
「否定がなぜ早いのレア様」
「その……えっと……ヴァイスも表情を緩めることはありますけど、こう……愛おしげというローゼ様の表現が……想像できませんでしたので……オリヴァーは見たことある?」
「ありませんね」
「それ以外表現のしようがありませんわ!!あのヴァイスが!!三白眼の癖に!!あんな表情で!!本当ルフト様の婚約者に横恋慕なんてひっぱたいてやろうかと思いましたわ!!イリス様に懸想するなんて生意気ですわ!!十歳にも満たない子どもが!!」
それを言えば当時のローゼも十歳にも満たなかっただろうし、三白眼気味なのは事実なのだがそこは関係ないだろうとぼんやりと考えながオリヴァーは首をかしげる。
「ひっぱたいたのですか?」
「……その後もずっとヴァイスを監視してましたけれど、表には出していないようでしたので見逃して差し上げましたわ。表に出したら締め上げようと思っていましたけど」
ずっとというのはどのくらいの期間だろうかと若干怖くなったオリヴァーは思わず胡乱な表情を作る。先程もしかしたらローゼがヴァイスに好意を持っているのではないかと愚考した己を締め上げたいとすら思った。これはどう考えてもレアと同じイリス派であるとオリヴァーは漸く気がついたのだ。
そんなオリヴァーの微妙な表情に気が付かないのか、ローゼは小さくため息をついたあとにレアに視線を送った。
「そう言えばイリス様からお土産を預かりましたの」
「え!?」
椅子から跳ね上がりそうなほど勢いよくレアは身体を起こすと、満面の笑みを浮かべる。そしてローゼから渡されたのは向日葵のコサージュ。ローゼやレアの様な高貴な令嬢が身につけるには少々安っぽく見えるが、土産物と言われれば納得できる造花で、それを受け取ったレアは小首をかしげた。
「イリス様はどこへ?」
「クラウスナー領の花祭に行かれたそうよ。ほら……ロートスにくっついてる藁色の髪の子の」
あぁ彼かとオリヴァーが直ぐに思い出せたのは、飴を渡した時に満面の笑みで礼を言われたからだ。ロートスの唯一の友人。人懐っこそうな表情をぼんやりとオリヴァーは思い出した。
「その後もクラウスナー領の魔物討伐をしたり、随分と楽しかった様ですわ」
「……わたくしも行きたかった……」
レアがしょんぼりと眉を落としたのも仕方がない。大好きな元お義姉様が楽しかったと言うのだ、是非一緒にと思ったのだろう。
「来年もイリス様が行かれるならお忍びでわたくしと行きます?」
「ローゼ様!!行きましょう!!行きましょう!!今から宿を抑えておいたほうが良いかしら!?」
ぱぁっと表情を明るくしたレアを眺めローゼは苦笑する。そしてちらりとオリヴァーに視線を送った。
「貴方も息抜きにいかが?」
「臨時の護衛が必要であればルフト様にご依頼下さい」
「本当、貴方ってそうよね」
けれどそれでこそオリヴァーなのだと知っているローゼは呆れたような、けれどどこか納得したような表情を作る。
「……そういえば……」
「はい」
「具体的にはどうなの?」
「はぁ……」
具体的にがどの部分をさしているのか分からなかったオリヴァーが首を傾げると、小さくローゼは咳払いをする。
「自立している女性というのは、手に職を持っているということかしら?」
今は女性も文官として働いているし、女性王族の為に騎士となる者もいる。市中では商会等で女性向け商品を開発するなど大昔に比べれば自立した女性と言うのは意外と多いのだ。実際軍属で戦う風切姫等は女性の憧れでもあった。
「手に職があれば私が死んだ後も安心ですが、そうですね……どちらかと言えば精神的に自立しているタイプと申しますか……無論私に何かあれば私の実家が援助もしますが、伴侶の実家も太ければなお安心ですね」
「そもそもオリヴァーは次男よね?将来的には爵位をご実家から譲り受けるの?」
そういえばオリヴァーが第二王子の護衛を続けるのは知っているが、学園卒業後に実家を出るのか等は聞いていなかったレアが確認するように声をかける。
そして実家から譲り受ける爵位というのは、ゲルツ伯爵家が持つ別の爵位のことである。大破壊で跡を継げるものがいなくなったり、領地運営が破綻し中央に爵位返上をしてしまった貴族も多い。余りにも多いので、中央だけでは管理しきれず、分家筋が潰れるのなら一旦本家筋に爵位を預けるなどの応急処置が取られた。
公爵家も本来は四家なのだが、現状は三家である。長らく空位であった公爵を第二王子が再興する予定であったのだ。
ノイ伯爵家等は管理が面倒臭いと爵位は一つしか持っていないが、複数の爵位を抱える家も多く、例えばミュラー伯爵家等はアイゼン侯爵家の持っていた爵位を弟に譲ったと言う形である。
「私の場合は騎士爵というのも考えていました。領地運営などできる気がしませんので……。伴侶の方で領地運営が回せるのなら爵位を実家から譲り受けるのも悪くはないのですが」
領地を持たない爵位は文官や騎士、魔術師に与えられる。オリヴァーの場合は第二王子の護衛という役割を考えれば騎士爵の方が良いのかもしれないとレアは考えながら口を開いた。
「なら婿養子もありね」
「そうですね。元々次男以下はスペアの役割を終えればそうする方も多いですし。我が家は兄がもう結婚しましたし、甥っ子もいますので……」
ゲルツ伯爵家は安泰だと言うようなオリヴァーの言葉にローゼは小さく咳払いをする。
「婿養子なら……希望の爵位などは?」
「貰って頂けるだけでありがたいことです。流石に第二王子の護衛が平民というのも格好がつきませんし、騎士爵も直ぐに頂けるものでもありませんから」
恐らくゲルツ伯爵家の当主が父親の間は今のままで、兄に代替わりした際に騎士爵が間に合うならそちら、間に合わなければ繋ぎに爵位を借りる、そんな形になるだろうとオリヴァーは言うと小さく笑った。
「……私も学園を卒業後の事をしっかり考えなければいけませんね。ヴァイスのようにしっかりと先を考えられれば一番いいのでしょうが、なかなか彼のようにはいきません」
「ヴァイスが異常なのよ。けれど……まぁ……婚約者位は考えてもいいのではなくて?」
「そうですね。一度父や兄に相談してみます」
ローゼの言葉にオリヴァーは小さく頷きながら返事をした。まだ卒業まで一年以上あるのだが、既に婚約者を据えている子息令嬢も多い。今までは婚約者のいないヴァイスやロートスといることが多かったので余り気にしていなかったのだが、改めて言われてみれば動くのが遅いぐらいである。
「ローゼ様には何か良い縁談が来ましたの?」
「ルフト様が片付くまで保留。腹立たしい事ですわ」
「それは……そうですわね」
第二王子の婚約者候補に一応上がっているので今は身動きが取れないのだろう。ローゼの返事にレアは眉を下げた。
「いっその事さっさと婚約者を決めて候補から降りるのも考えているわ」
本当に振り回されるのが嫌なのだろう、そんな言葉をローゼがはけばレアは瞳を丸くする。
「誰か気になる殿方でも?」
「……」
レアの質問にローゼは無言を貫く。それに対してオリヴァーは首をかしげたが、レアはニヤニヤと口元を緩めた。
そんな微妙な沈黙の中、公爵が迎えに来る。折角なので見送りをと言うレアについてオリヴァーも一緒に部屋を出た。そのまま第二王子の執務室に戻るという選択肢もあったのだが、レアが見送りをするのに自分はしないと言うのも失礼かと一緒についていくことにしたのだ。
長い廊下を歩くローゼは扇を広げると己の後ろを歩くオリヴァーに言葉を放つ。
「わたくしは筆頭公爵令嬢です」
「存じております」
それ以外の返答があるならば聞いてみたいと心の中で思いながらオリヴァーが返事をすると彼女は満足そうに小さく頷いて言葉を続けた。
「公爵家はお兄様が継ぎます。わたくしはどこに嫁いでも問題がないようにイリス様のように……いえ、イリス様以上の教育を受けていますわ。……流石に他国の事や言語はヴァイスやイリス様に負けますけれど」
「ヴァイスは商人的な側面が強いですからね」
情報は鮮度が命であるし、物流も流行も常に流動している。それを把握してこそ商売で勝ち上がって行けるのだ。そういう意味ではヴァイスは元々ミュラー伯爵がしっかりと枠組みを作り上げていたのを差し引いてもよくやっているし、今後国外に対しても商売を更に広げたいというミュラー伯爵の希望に沿って学んでいっている。それに負けるのは仕方がないことである。
「……領地運営なども旦那様の手助けになるようにと学んでいますわ。殿方から見れば生意気だと思われるかもしれませんけれども」
「いえ。ご立派だと思います。多くはありませんが女性当主も我が国では認められておりますから」
法的に認められているが基本やはり男性が継ぐことが多い。言ってしまえばレアも王位継承権がないわけではない。低くはあるが何かあれば王位につくこともできるのだ。
「……オリヴァー様」
「はい」
ぱちんとローゼの扇が閉じられる。
「ルフト様や聖女候補の件が片付きましたら是非またわたくしとお茶をして下さいませ」
「仰せのままに」
オリヴァーの返事を聞いたローゼは満足そうに笑うと公爵に手を引かれながら馬車へ乗り込んだ。それをレアとオリヴァーは見送るのだが、ちらりとレアはオリヴァーに視線を送る。
「オリヴァー」
「はい」
「婚約の件は貴方保留しなさい」
「……急ぐつもりもありませんが……」
なぜと言うような表情を作ったオリヴァーにレアは眉間にシワを寄せる。
「お兄様と聖女候補の件が片付いたら、という感じよ。わかった?」
「はい」
「分かってない!!分かってない!!」
突然そんな声をレアが上げたので、オリヴァーは何かおかしなことを言っただろうかとオロオロとする。
「いい!!変な縁談受けちゃだめだから!!これはわたくしからの命令よ!!」
「そもそも私に縁談が来るかどうかもわからないのですが……」
眉を下げて言い放つオリヴァーの脛をレアは思いっきり蹴り上げた。
「お互いに一番信頼しているとは思いました。ただ、ヴァイスはイリス嬢の面倒を見るのも殿下の手伝いをするのも仕事だからと言っていたので余りお二人の関係を改めて考えたこともなかったのですが……」
一緒にいるのが当たり前過ぎていたのもあるが、そもそもヴァイスが仕事以外に余計な労力を割くタイプでもなかったので周りも気にしていなかった。例えば第二王子と聖女候補が親しくすれば直ぐに話題に登ったというのに、不思議とイリスとヴァイスはそんな話が出たことがない。オリヴァーもなのだが。
「ローゼ様の勘違いでは?わたくし個人としてはヴァイスとイリス様が上手くいくという未来は嫌ではないのですが」
「……見ちゃったのよ……」
視線をウロウロと彷徨わせたローゼは小さく零すと顔を覆う。その仕草にレアもオリヴァーもぎょっとするが、彼女が耳まで赤くしているのに気が付き、まさかと狼狽える。
「え!?何をご覧になったのローゼ様!!あ、もしかして先日イリス様が公爵領に狩りに行かれた時にこう……なにか!?なにか見たのですか?」
「いえ。元気に三つ首のタテガミを丸刈りにされてましたわイリス様。更にヴァイスやフォイアー様をこのまま連れて海竜を狩りに行かれると」
ぱっと顔を上げてローゼが言い放つとレアはがっかりしていいのか、元気そうなのを喜べばいいのか分からず微妙な顔になる。
「そうじゃなくてね。ずっと前なのだけれど」
そう言って話しだしたのは本当に昔の話。王族教育の為にイリスが週に数回王城に通っていたのだが、その時に婚約者としての交流も深めるために第二王子とのお茶会もセットで行われていた。
レアはなかなかそのお茶会に呼んでもらえず、イリスと交流したいと駄々をこねていた。そんな中、たまたま作法の授業中にイリスの髪飾りが破損したのだ。
「あ、覚えているわ。ヴァイスがお茶会用にとりあえずってお花をイリス様に渡した時ね。私がお庭を案内してヴァイスに花を選ばせたのよ」
とりあえず茶会の間だけ持てば良いとヴァイスは庭に降りて髪を飾る花を探し、レアが自慢の花壇に案内したので彼女はよく覚えていた。そしてそのまま素知らぬ顔でヴァイスについて行き、レアは茶会に強引に参加したのだ。
「……花を髪に飾る時に少し加工するでしょ?」
「そうね、ピンや紐を通したり、針金で花を支えたりしますわね。そう言えばヴァイスがそれもやってくれてた気がします」
思い出すようにレアがそう付け加えたのは、ヴァイスは器用なのだとその時思ったのが印象に残ったからだろう。ヴァイスが別室で加工をしている間にレアはたっぷりとお茶会前にイリスと自己紹介やらの交流を図っていた。
「……加工した花飾りに愛おしげにくちづけを落としてのよ」
「ローゼ様の見間違いでは?」
「否定がなぜ早いのレア様」
「その……えっと……ヴァイスも表情を緩めることはありますけど、こう……愛おしげというローゼ様の表現が……想像できませんでしたので……オリヴァーは見たことある?」
「ありませんね」
「それ以外表現のしようがありませんわ!!あのヴァイスが!!三白眼の癖に!!あんな表情で!!本当ルフト様の婚約者に横恋慕なんてひっぱたいてやろうかと思いましたわ!!イリス様に懸想するなんて生意気ですわ!!十歳にも満たない子どもが!!」
それを言えば当時のローゼも十歳にも満たなかっただろうし、三白眼気味なのは事実なのだがそこは関係ないだろうとぼんやりと考えながオリヴァーは首をかしげる。
「ひっぱたいたのですか?」
「……その後もずっとヴァイスを監視してましたけれど、表には出していないようでしたので見逃して差し上げましたわ。表に出したら締め上げようと思っていましたけど」
ずっとというのはどのくらいの期間だろうかと若干怖くなったオリヴァーは思わず胡乱な表情を作る。先程もしかしたらローゼがヴァイスに好意を持っているのではないかと愚考した己を締め上げたいとすら思った。これはどう考えてもレアと同じイリス派であるとオリヴァーは漸く気がついたのだ。
そんなオリヴァーの微妙な表情に気が付かないのか、ローゼは小さくため息をついたあとにレアに視線を送った。
「そう言えばイリス様からお土産を預かりましたの」
「え!?」
椅子から跳ね上がりそうなほど勢いよくレアは身体を起こすと、満面の笑みを浮かべる。そしてローゼから渡されたのは向日葵のコサージュ。ローゼやレアの様な高貴な令嬢が身につけるには少々安っぽく見えるが、土産物と言われれば納得できる造花で、それを受け取ったレアは小首をかしげた。
「イリス様はどこへ?」
「クラウスナー領の花祭に行かれたそうよ。ほら……ロートスにくっついてる藁色の髪の子の」
あぁ彼かとオリヴァーが直ぐに思い出せたのは、飴を渡した時に満面の笑みで礼を言われたからだ。ロートスの唯一の友人。人懐っこそうな表情をぼんやりとオリヴァーは思い出した。
「その後もクラウスナー領の魔物討伐をしたり、随分と楽しかった様ですわ」
「……わたくしも行きたかった……」
レアがしょんぼりと眉を落としたのも仕方がない。大好きな元お義姉様が楽しかったと言うのだ、是非一緒にと思ったのだろう。
「来年もイリス様が行かれるならお忍びでわたくしと行きます?」
「ローゼ様!!行きましょう!!行きましょう!!今から宿を抑えておいたほうが良いかしら!?」
ぱぁっと表情を明るくしたレアを眺めローゼは苦笑する。そしてちらりとオリヴァーに視線を送った。
「貴方も息抜きにいかが?」
「臨時の護衛が必要であればルフト様にご依頼下さい」
「本当、貴方ってそうよね」
けれどそれでこそオリヴァーなのだと知っているローゼは呆れたような、けれどどこか納得したような表情を作る。
「……そういえば……」
「はい」
「具体的にはどうなの?」
「はぁ……」
具体的にがどの部分をさしているのか分からなかったオリヴァーが首を傾げると、小さくローゼは咳払いをする。
「自立している女性というのは、手に職を持っているということかしら?」
今は女性も文官として働いているし、女性王族の為に騎士となる者もいる。市中では商会等で女性向け商品を開発するなど大昔に比べれば自立した女性と言うのは意外と多いのだ。実際軍属で戦う風切姫等は女性の憧れでもあった。
「手に職があれば私が死んだ後も安心ですが、そうですね……どちらかと言えば精神的に自立しているタイプと申しますか……無論私に何かあれば私の実家が援助もしますが、伴侶の実家も太ければなお安心ですね」
「そもそもオリヴァーは次男よね?将来的には爵位をご実家から譲り受けるの?」
そういえばオリヴァーが第二王子の護衛を続けるのは知っているが、学園卒業後に実家を出るのか等は聞いていなかったレアが確認するように声をかける。
そして実家から譲り受ける爵位というのは、ゲルツ伯爵家が持つ別の爵位のことである。大破壊で跡を継げるものがいなくなったり、領地運営が破綻し中央に爵位返上をしてしまった貴族も多い。余りにも多いので、中央だけでは管理しきれず、分家筋が潰れるのなら一旦本家筋に爵位を預けるなどの応急処置が取られた。
公爵家も本来は四家なのだが、現状は三家である。長らく空位であった公爵を第二王子が再興する予定であったのだ。
ノイ伯爵家等は管理が面倒臭いと爵位は一つしか持っていないが、複数の爵位を抱える家も多く、例えばミュラー伯爵家等はアイゼン侯爵家の持っていた爵位を弟に譲ったと言う形である。
「私の場合は騎士爵というのも考えていました。領地運営などできる気がしませんので……。伴侶の方で領地運営が回せるのなら爵位を実家から譲り受けるのも悪くはないのですが」
領地を持たない爵位は文官や騎士、魔術師に与えられる。オリヴァーの場合は第二王子の護衛という役割を考えれば騎士爵の方が良いのかもしれないとレアは考えながら口を開いた。
「なら婿養子もありね」
「そうですね。元々次男以下はスペアの役割を終えればそうする方も多いですし。我が家は兄がもう結婚しましたし、甥っ子もいますので……」
ゲルツ伯爵家は安泰だと言うようなオリヴァーの言葉にローゼは小さく咳払いをする。
「婿養子なら……希望の爵位などは?」
「貰って頂けるだけでありがたいことです。流石に第二王子の護衛が平民というのも格好がつきませんし、騎士爵も直ぐに頂けるものでもありませんから」
恐らくゲルツ伯爵家の当主が父親の間は今のままで、兄に代替わりした際に騎士爵が間に合うならそちら、間に合わなければ繋ぎに爵位を借りる、そんな形になるだろうとオリヴァーは言うと小さく笑った。
「……私も学園を卒業後の事をしっかり考えなければいけませんね。ヴァイスのようにしっかりと先を考えられれば一番いいのでしょうが、なかなか彼のようにはいきません」
「ヴァイスが異常なのよ。けれど……まぁ……婚約者位は考えてもいいのではなくて?」
「そうですね。一度父や兄に相談してみます」
ローゼの言葉にオリヴァーは小さく頷きながら返事をした。まだ卒業まで一年以上あるのだが、既に婚約者を据えている子息令嬢も多い。今までは婚約者のいないヴァイスやロートスといることが多かったので余り気にしていなかったのだが、改めて言われてみれば動くのが遅いぐらいである。
「ローゼ様には何か良い縁談が来ましたの?」
「ルフト様が片付くまで保留。腹立たしい事ですわ」
「それは……そうですわね」
第二王子の婚約者候補に一応上がっているので今は身動きが取れないのだろう。ローゼの返事にレアは眉を下げた。
「いっその事さっさと婚約者を決めて候補から降りるのも考えているわ」
本当に振り回されるのが嫌なのだろう、そんな言葉をローゼがはけばレアは瞳を丸くする。
「誰か気になる殿方でも?」
「……」
レアの質問にローゼは無言を貫く。それに対してオリヴァーは首をかしげたが、レアはニヤニヤと口元を緩めた。
そんな微妙な沈黙の中、公爵が迎えに来る。折角なので見送りをと言うレアについてオリヴァーも一緒に部屋を出た。そのまま第二王子の執務室に戻るという選択肢もあったのだが、レアが見送りをするのに自分はしないと言うのも失礼かと一緒についていくことにしたのだ。
長い廊下を歩くローゼは扇を広げると己の後ろを歩くオリヴァーに言葉を放つ。
「わたくしは筆頭公爵令嬢です」
「存じております」
それ以外の返答があるならば聞いてみたいと心の中で思いながらオリヴァーが返事をすると彼女は満足そうに小さく頷いて言葉を続けた。
「公爵家はお兄様が継ぎます。わたくしはどこに嫁いでも問題がないようにイリス様のように……いえ、イリス様以上の教育を受けていますわ。……流石に他国の事や言語はヴァイスやイリス様に負けますけれど」
「ヴァイスは商人的な側面が強いですからね」
情報は鮮度が命であるし、物流も流行も常に流動している。それを把握してこそ商売で勝ち上がって行けるのだ。そういう意味ではヴァイスは元々ミュラー伯爵がしっかりと枠組みを作り上げていたのを差し引いてもよくやっているし、今後国外に対しても商売を更に広げたいというミュラー伯爵の希望に沿って学んでいっている。それに負けるのは仕方がないことである。
「……領地運営なども旦那様の手助けになるようにと学んでいますわ。殿方から見れば生意気だと思われるかもしれませんけれども」
「いえ。ご立派だと思います。多くはありませんが女性当主も我が国では認められておりますから」
法的に認められているが基本やはり男性が継ぐことが多い。言ってしまえばレアも王位継承権がないわけではない。低くはあるが何かあれば王位につくこともできるのだ。
「……オリヴァー様」
「はい」
ぱちんとローゼの扇が閉じられる。
「ルフト様や聖女候補の件が片付きましたら是非またわたくしとお茶をして下さいませ」
「仰せのままに」
オリヴァーの返事を聞いたローゼは満足そうに笑うと公爵に手を引かれながら馬車へ乗り込んだ。それをレアとオリヴァーは見送るのだが、ちらりとレアはオリヴァーに視線を送る。
「オリヴァー」
「はい」
「婚約の件は貴方保留しなさい」
「……急ぐつもりもありませんが……」
なぜと言うような表情を作ったオリヴァーにレアは眉間にシワを寄せる。
「お兄様と聖女候補の件が片付いたら、という感じよ。わかった?」
「はい」
「分かってない!!分かってない!!」
突然そんな声をレアが上げたので、オリヴァーは何かおかしなことを言っただろうかとオロオロとする。
「いい!!変な縁談受けちゃだめだから!!これはわたくしからの命令よ!!」
「そもそも私に縁談が来るかどうかもわからないのですが……」
眉を下げて言い放つオリヴァーの脛をレアは思いっきり蹴り上げた。
2
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
貴方の知る私はもういない
藍田ひびき
恋愛
「ローゼマリー。婚約を解消して欲しい」
ファインベルグ公爵令嬢ローゼマリーは、婚約者のヘンリック王子から婚約解消を言い渡される。
表向きはエルヴィラ・ボーデ子爵令嬢を愛してしまったからという理由だが、彼には別の目的があった。
ローゼマリーが承諾したことで速やかに婚約は解消されたが、事態はヘンリック王子の想定しない方向へと進んでいく――。
※ 他サイトにも投稿しています。
完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました
鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎて、可愛げがない」
その理不尽な理由で、王都の名門令嬢エリーカは婚約を破棄された。
努力も実績も、すべてを否定された――はずだった。
だが彼女は、嘆かなかった。
なぜなら婚約破棄は、自由の始まりだったから。
行き場を失ったエリーカを迎え入れたのは、
“冷徹”と噂される隣国の公爵アンクレイブ。
条件はただ一つ――白い結婚。
感情を交えない、合理的な契約。
それが最善のはずだった。
しかし、エリーカの有能さは次第に国を変え、
彼女自身もまた「役割」ではなく「選択」で生きるようになる。
気づけば、冷徹だった公爵は彼女を誰よりも尊重し、
誰よりも守り、誰よりも――選び続けていた。
一方、彼女を捨てた元婚約者と王都は、
エリーカを失ったことで、静かに崩れていく。
婚約破棄ざまぁ×白い結婚×溺愛。
完璧すぎる令嬢が、“選ばれる側”から“選ぶ側”へ。
これは、復讐ではなく、
選ばれ続ける未来を手に入れた物語。
---
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる