地獄の門の先に楽園があるかもしれない

宇宙超涅槃菩薩

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第一話

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バーカウンターの席に座り伸びをする。
思ったより普通の店だった。
マスターのことを考えるともっと強烈なのを想像していたのだが。

マスター
「お、来てくれたのか。」

この海から戻ってきた鮭みたいな顔の半魚人がここのマスターである。
行き倒れしていた俺の第一発見者でもある。

太郎
「ああ。普通のバーだな。」
マスター
「普通って何を期待していたんだ?」
太郎
「……。」
マスター
「太郎くん、ご注文は?」

俺の名前は“地獄門 太郎”。もちろん本名ではない。

俺はこの世界にに来たとき記憶を失っていた。自分の名前すらも忘れていたのだ。
そしてある人物からこの名前を付けられた。
名付け親曰く『記憶が戻ったらもとの名前を名乗るのだからあえて愛着がわかない名前にした』とのことである。

しかし、忘れたのは個人情報を始めとする自分の記憶くらいである。
言葉や物の使い方、別の場所から来たということがわかるため何とかやっていけている。
運がいいのか悪いのか……。

隣の席の男
「マスター、いつもの。」
マスター
「……。」
太郎
「……マスターどうした?」
マスター
「お客様は初のご来店ですよね?」
太郎
「!?」
隣の席の男
「あっさりバレてしまったゾ……。」

しばし沈黙が流れる。

太郎
「マスターのおすすめを頼む。」
マスター
「畏まりました。」
隣の席の男
「……。(いったい何が出てくるんだゾ?)」
マスター
「豚汁でよろしいですね?」
太郎
「!?」
隣の席の男
「!?」
太郎
「ここバーだよね!?」
マスター
(無言で豚汁をシェイクする)
隣の席の男
「振りやがったゾ!?」
太郎
(無言でこめかみをおさえる)
マスター
「へいお待ち!」

グラスに注がれる豚汁。具は細かく砕けている……。

太郎
「せめてお椀に注いでくれよ。」
マスター
「お椀の貸し出しは別料金となります。」
隣の席の男
(開いた口が塞がらない)
太郎
「わかったもういいそのまま飲むから(白目)」

俺は半魚人の経営するバーを甘く見ていたようだ。
隣の男の反応を見るにこの世界でこれがスタンダードということは無さそうだが。

豚汁の代金を支払い店を出る。

マスター
「また来いよ。」

俺は聞こえないフリをした。


この世界は「地獄の門」が開いている。
開いた門からは瘴気が噴き出し、生態系を一変させたそうだ。
獣人などの変異生物はその影響で生まれたらしい。

瘴気は人間を含む原生生物に対し有毒である。
耐性があるのは魔王や魔物だけだ。
そのため瘴気に汚染された地域は魔物達の勢力下となっている。
例外となるこの町を除いて。

結界を張ってその中に町を造り瘴気の侵入を防ぐ。
そのモデルケースがこの場所だ。
勢力的には人間、魔物のどちらにも属しておらず中立。
自治区という形をとっている。
元は瘴気の汚染から逃げ遅れた難民達の土地だったのだが
現在では人間と半魚人が協力して発展させた近代的な街となっている。
結界とは別にドーム状の外壁があり空が見えない点はいかんともしがたいが。

太郎
「さて、検査結果を聞きに行かないとな。」

俺は検問を通ってから地下鉄に乗った。
驚くべきことにこの世界、魔王城手前まで地下鉄が通っているのだ。
こんな便利なもの昔のゲームだったら勇者が押し寄せてくるだろうなぁ……。
しかしこの世界では勇者は不在らしい。
というより魔王たちと人類は敵対しておらず特に必要でもないようである。

しかしこの地下鉄……
利用者に半魚人が多い為か少し椅子が高いな……
……ん?

正面の席にチョウチンアンコウ顔の半魚人が座った。

太郎
「……?」

額のチョウチンが一定間隔で点滅している。
……これは、モールス信号!?
残念ながら知識が無くて解読できないんだよなぁ……。
あ、点滅が終わった。
ってかこいつ徐々に光量が増してないか……?

チョウチンアンコウ
「……!!(渾身の発光)」
隣の席の半魚人
「グワーッ!!」
太郎
「!?」

隣の半魚人が目を押さえて悶絶し始めた。
よく見るとこいつの顔、デメニギスだ……
そりゃぁ眩しいわけだよ。
あ、終点だ。

彼らが何を伝えたかったのかさっぱり解らないまま俺は電車を後にした。

改札を出ると呼び止められた。

シュモクザメ顔の半魚人
「人間の客人か。まさかそのまま出ていくつもりではあるまい。」
太郎
「俺は用事があって……」
シュモクザメ
「右折するとロッカーがあるからそこで防護服を着ていけ。」

そうだった。魔王城周辺は瘴気が充満していて人間は防護服を着させられるのだ。

太郎
「地下鉄降りて駅で防護服って流れはやっぱり慣れないなぁ。」

異世界に来たのは確かだが味わっている「異世界感」は何か違う気がする。

階段を上ると魔王城へ続く大通りの端に出る。
正面に見える魔王城、そしてその周囲には高層ビルが立ち並ぶ……。

太郎
「大都会だよなぁ……なんか違うけど。」

城の方角へ歩き出す。
通りは歩行者天国で多数の半魚人が闊歩している。
とはいえ混雑という程でもないのは助かった。
重い防護服を着た状態で半魚人とおしくらまんじゅうは遠慮したいし。

城門付近まで来て右折する。
この先は研究施設だ。建て前上は。
実際はどちらかというと病院である。
最先端の医療設備が置いてあり「人体実験」の名目で人間の患者を診察しているらしい。
魔物たちの病気に対する耐性は凄まじく、ほぼ疾病することが無いためデータ収集には人間の患者が不可欠なのだとか。

正面から入って受付を済ませ、診察室に通される。
向いには額帯鏡を付けたチョウチンアンコウが座っていた。おそらく地下鉄のやつとは別の個体だろう。

チョウチンアンコウ
「あれからどうだ?何か思い出せたか?」
太郎
「いや全然」
チョウチンアンコウ
「そうか、じゃあとりあえず検査結果の報告からだな。」
「君の体は現地民のそれとほぼ同じものだ、一点を除いては。」
太郎
「一点?」
チョウチンアンコウ
「瘴気に対する耐性だ。常人のそれよりはるかに高い。」
「とはいえ人間と比較して高いというだけで魔物のように瘴気の中で無制限に活動できるわけではない。」
「あくまで『常人より活動時間が長い』程度に考えてくれ。瘴気の中で一晩過ごせば君とて死ぬだろう。」
太郎
「耐性があって一晩なんですか……。」
チョウチンアンコウ
「普通の人間なら1時間も持たん。」
太郎
「瘴気ってそんなに危険だったんですね。」
チョウチンアンコウ
「うむ、結界内の濃度であれば人体には猛毒だ。」
「だから君が発見されたのは本当に運が良かったということだ。」

俺は魔物たちの領土の中で倒れていた。当然、瘴気に包まれた場所だ。
偶然にも哨戒中の半魚人に発見されここに担ぎ込まれた。
発見されなかったら本当に死んでいたのだろう。
……つまり、バーカウンターの向こうから豚汁を差し出したあいつが本当に『命の恩人』だったわけだ。
やはり豚汁を注文して恩を返すべきなのだろうか?

チョウチンアンコウ
「明日の予定は開けてあるか?」
太郎
「何ですか突然」
チョウチンアンコウ
「陛下が謁見の許可をお出しになられた。」
太郎
「俺の名付け親である魔王様に会えるんですね。」
チョウチンアンコウ
「うむ、明日の正午に魔王城に来たまえ。」
太郎
「(拒否権無いっぽい?……まあ魔王だしな。)」
「わかりました、行きますよ。」
チョウチンアンコウ
「今後の君の処遇についても陛下が直接説明するそうだ。」

人外の魔王に殺生与奪を握られる、こんな状況は生まれて初めて……だと思う。
記憶喪失なので断定はできないが。

ドクターフィッシュ顔の半魚人
「先生!急患です!!」
チョウチンアンコウ
「……例の患者か?」
ドクターフィッシュ
「例の患者であります!」

チョウチンアンコウの表情が険しくなった気がする。いや、もともとこんな顔か。
魔物も悩みなく生活できるわけではないようだ。
そんなことを考えながら地下鉄経由で帰宅。


自治区内にあるアパートに俺の部屋がある。本当に普通の部屋だ。困ることもない。

帰りに買ってきた弁当を電子レンジで加熱する。
あるんだもんなぁ、普通に。電子レンジも。冷蔵庫も。洗濯機だってある。
こうして近代的な住居を見ていると外を歩いている半魚人も実は着ぐるみで映画の撮影なんじゃないかと思ってしまう。
適度に近代化されているからファンタジーの比率がアンバランスだと感じるのだろうか。

そんなことを思っている間に加熱終了。
弁当を取り出し箸を伸ばす。

これも普通に現代人の弁当だ。魔物が闊歩する世界でも普通の食事ができるのはありがたい。
しかしこんな世界だからこそ面白い「珍味」を期待してしまうのは贅沢なのだろうか?

太郎
「珍味……探しに行くのもいいかもしれないな。」

しかし明日は遅刻できない用事が入ってしまっている。
好奇心を満たす予定は先延ばしにして早めに休むことにする。


……翌日。思いのほか早起きしてしまった。
遅刻はマズイので二度寝はできない……。
早めに行って待っているかなぁ……。

いざ、魔王城へ

先日の病院から目と鼻の先、魔王城に到着である。
ん……?あれは!?

マスター
「早めに来ていて正解だったな。」
太郎
「なんであんたが……?」
マスター
「魔王城は初めてだろう?迷子にならんように見に来たのだ。」
太郎
「俺が魔王に呼び出されたことを知っているのはなぜなんだ?」
マスター
「我々魔物には全てお見通しなのだよ。」

もしかして人知を超えた通信手段があるのだろうか?

マスター
「君はまだ素性がわからん。だからいつも監視されていると思いたまえ。」
太郎
「えー……。プライバシーは?」
マスター
「知らん(即答)」
太郎
「……。」

やはりこの世界の住人にはまだ警戒されているのだろうか。

マスター
「謁見まではまだ時間があるがどうするつもりだ?」
太郎
「魔王城内部の見学とか?」
マスター
「……。」
太郎
「冗談だよ、言ってみただけだ。」
マスター
「一応観光客向けに開放されているエリアはあるぞ。人間はめったに来ないが。」
太郎
「そんなのあるのかよ!」

観光も想定済みだった……。

太郎
「じゃあそこで時間潰そうかな。」
マスター
「それがよかろう。早速案内しよう。」
太郎
「マスターは魔王城来たことあんの?」
マスター
「うむ、私は生まれた場所が魔王城だからな。」
太郎
「そうなのか。」
マスター
「魔物は魔王によって生み出される。魔王が外出中でなければ城内で生まれるのだ。」
太郎
「じゃあ魔王城は半魚人たちの生家ってわけだな。」
「魔王によって、か……。やっぱり普通の生き物とは違うわけね。」
マスター
「生き物か。君は我々を生物と判断するか?」
太郎
「どういう意味だよ。手足の付いた喋る魚だろ?」
マスター
「我々の主であるフォルネウス様は他の者とは違う見解を持っておられる。」
太郎
「?」
マスター
「魔王、魔物共々生物ではなく構造物であるとお考えだ。」
「自我を保つうえで都合がよいために生物の構造を模しているに過ぎないと。」
太郎
「じゃあ何なの……?」
マスター
「瘴気の塊。」
太郎
「塊……。」
マスター
「瘴気でできた身体は本来なら呼吸も摂食も不要だとおっしゃっておられた。」
太郎
「窒息も餓死もしないの?」
マスター
「私が聞いた限りではそもそも魔物が死亡した例が無い。」
太郎
「不死身か。」
マスター
「実証はまだだがそう予測されている。」
太郎
「そりゃあ勇者現れないわな。」

話半分に聞きながら入城する俺。
玄関から奥に進むと衛兵と思しきノコギリザメが近づいてくる。

ノコギリザメ
「城の中では防護服は脱いでくれ、危険物の持ち込み防止のためだ。」
太郎
「あ、了解です。」

建造物の中には瘴気は無いため防護服無しでも問題ない。
だがいちいち着替えるのはなかなか骨が折れる。

太郎
「広いなぁ。扉もでかいし。」
マスター
「魔物が棲むことを想定しているからな。人間サイズでは我々には狭い。」
太郎
「これから会う魔王様もでかいのか?」
マスター
「サハギンよりもさらにでかいぞ。」

話しながら進むと案内看板が見える。
『見学コースはこちら!徒歩10分で回れます(サハギンの歩行速度基準)』
サハギンは半魚人の正式名称だ。
そしてなんか怪しいけど時間を潰すために見ていくことにする。


……

太郎
「なんだよこの見学コースはよぉ!!」
「サハギンの魚拓ばっかじゃねーかよ!!」
マスター
「何が不満なのだ?」
太郎
「『魔王城』感が皆無だろーが!」
「なんで魚拓の展示をわざわざここでやる必要があるんだよ!」
マスター
「陛下は都市開発に力を入れていらっしゃるが魔王城は優先度が低いとみなしているそうだ。」
「観光施設よりも技術開発、研究施設などを優先しておられる。」
「ゆえに、手元にあるものを適当に展示してあるのだとか……。」
太郎
「それでもサハギン魚拓はねーよ……。シュール過ぎるだろ……。」

微妙な雰囲気の中、展示を見終わり謁見の間に到着。

今から会う魔王は『フォルネウス』
ソロモン72柱の悪魔から名前を拝借したとのこと。
しかし、実際に72の魔王が居るのかというとそうでもないらしい。
大半が欠番扱いだと聞かされた。
自分のことすら思い出せない状態で新たに72人分覚えろと言われなかったことは助かったと言えば助かったのだが……。

マスター
「謁見が終わるまで私はここで待機している。」
太郎
「一緒に来ないのか。」
マスター
「私は許可されていない。呼ばれたのは君だけだ。」

あれ?一人で魔王と対面するとか凄い状況じゃね?
4人パーティーくらいは許容してくれよ、RPGじゃないけどさ……。

若干緊張しつつ入室を試みる。
二回ほど扉をノックし

太郎
「失礼します。」

緊張のあまり面接のような入り方をしてしまった……。

???
「入って、どうぞ。」

何者かの一声により巨大な扉が開く。
扉に誰も触れていないのだが……科学なのか魔法なのかは考えないことにする。

扉の先はゲームでよく見るようないかにもな部屋だった。
敷かれた派手な絨毯の先に巨大な玉座。
玉座に座るのは他のサハギンよりも一回り大きい鮫顔の魔物だ。
顔こそ鮫だが上半身はエイの鰭が横に広がっている。
本体は細身でありながら横幅が確保されており魔王らしい威厳のあるシルエットだ。
鮫だから正面は見えないのだろうか横を向いてこちらを見ている。
その横顔には目が四つも並んでいた。なにこれ怖い。

フォルネウス
「面を上げよ。」

……まずいぞこれは。初見のインパクトでついつい見入ったままだった。
上げよと言われてもこれ以上は……天井でも見上げてごまかすべきか……!?

フォルネウス
「……。」

固まったまま凝視していると彼(?)はゆっくりと両手を合掌したあと静かに下を指さした。
よし!仕切り直しだ!
それっぽく跪いてみる。

フォルネウス
「面を上げよ。」

今だ!

太郎
「はい!(渾身のドヤ顔)」
フォルネウス
「……。」
太郎
「……。」
フォルネウス
「まあよかろう。」
太郎
「……はい。」

なんとか切り抜けたぞ。

フォルネウス
「古い作法には興味は無いようだな。」
太郎
「すみません疎くて。」
フォルネウス
「気にするな。悪ふざけでやってみただけだ。」
太郎
「……!?」

思ったほどお堅くはないのか……!?

フォルネウス
「直接会うのは初めてだな。フォルネウスだ。」
太郎
「あ、ご丁寧にどうも。俺は……」
フォルネウス
「言わずともよい。その様子では思い出せてはいないようだな。」
太郎
「はい……。思い出そうと努力はしているのですが。」

努力はしている、しかし手掛かりが無い。
思い出すきっかけのようなものは残念ながら現在まで遭遇できなかった。

フォルネウス
「ならばもうしばらくは『地獄門 太郎』のままだな……。」

思い出さないとこの名前のままなのか……。
ちょっと焦ってきた自分。

フォルネウス
「それはそうと自治区での生活はどうだ?不便を感じたりはしていないか?」
太郎
「大丈夫です、むしろ快適ですよ。」
フォルネウス
「そうか……。部屋の備品、主に家電製品等だが問題なく使えたか?」
太郎
「ええ、故障も無く普通に。」
フォルネウス
「そういうことではない。用途や操作方法の説明を受けていないはずなのになぜ使えたのかということだ。」
太郎
「……え?何かおかしいんですか?」
フォルネウス
「島内では家電の普及率はそれほど高くない。記憶喪失の状態でも使い方が体に染みついているならば……。」
「君の出身は家電の普及率の高い地域に絞れるな。」
太郎
「なるほど。」
フォルネウス
「この島には我々の国『ゴエティア』の他、二つの国家がある。現在どちらとも交易を行っている。」
「家電も輸出しているが普及しているのはまだ上流階級だけだと聞いている。」
「上流階級から行方不明者が出ればこちらにも捜索依頼が来るのだが今現在該当するような案件は無い。」
「自治区からも行方不明者は出ていないようだが……。」
太郎
「絞れたと見せかけて振出しに戻ってます?」
フォルネウス
「いや、そうでもないぞ。行方不明者の記録は再度問い合わせるつもりだが、まだもう一つ仮説がある。」
「家電製品の技術をこの島に持ち込んだのは我々だ。」
太郎
「おぉ……?」
フォルネウス
「つまり、君は我々と同郷の者である可能性がある。」
太郎
「……。」
フォルネウス
「……。」

しばしの沈黙。

太郎
「マジですか!?いやいやいや俺人間ですよ!?」
フォルネウス
「それは見ればわかる。」

どういうことだ?俺は人間の皮を被った悪魔なのか?

フォルネウス
「私も最初から悪魔だったわけではない。」
太郎
「……!」
「もとは人間……!?」
フォルネウス
「そういうことだ。」

衝撃の事実だ。
人間とは似ても似つかない身体……どうすればこうなるのか想像もつかない。

フォルネウス
「この世界に来た時に気付いたら体が変化していてな。」
「その代わり……なのかはわからんが君と違って記憶のほうはほとんど無事だった。」

なんか不公平だぁ……。
記憶も無事で強そうな体を手に入れられるなんて……。
しかし嘆いてもしかたないしもう少し話を聞くことにする。

太郎
「つまりさっきの家電の話とあわせて」
「この世界より科学が進んだ別な世界があって」
「家電の使い方がわかるやつはそこから来た……ていう推測ですね?」
フォルネウス
「飲み込みが早くて助かるな。」
太郎
「それで……その世界への行き方は……?」
フォルネウス
「残念ながら今のところ一方通行でな……目下研究中である。」
「双方を行き来できるようになったらその時は君も連れて行こう。記憶の手がかりがあるかもしれんしな。」
太郎
「ありがとうございます……!」
フォルネウス
「礼には及ばん。しかしあれの研究は難航していてな。気長に待つがよい。」
太郎
「はい!」

ちょっと希望が見えてきた。

フォルネウス
「ところで、待たせている間に君に頼みたいことがあるのだが……。」
太郎
「?」

魔王の頼み!?まさか人間に対するスパイ活動とかやらされるのか……!?

フォルネウス
「先に述べた通り、この島では家電の普及率が低い。特に田舎。」
太郎
「はい。」
フォルネウス
「だから島内各地を巡りながら旅先で家電の販売を手伝い、使い方をレクチャーしてほしいのだ。」
太郎
「……!?」
「それは……販売員!?」
フォルネウス
「うむ。頼めるか?」
太郎
「お給料出ます?」
フォルネウス
「従業員として雇用する形になるから当然出る。」
太郎
「やったぜ。」
「この島を旅行しながら働ける。」
フォルネウス
「そして島民の生活が近代化される。」
太郎
「いいことずくめだ。」

魔王様から仕事をいただいた。これって悪魔契約になるのだろうか?
いいや、仮にも魔王だ。何か企んでいるに違いない。しかし記憶喪失の自分には他に選択肢が無いので深く考えないことにした。

太郎
「そのお仕事、やらせていただきます。」
フォルネウス
「うむ、契約成立だな。」

やっぱり悪魔契約だったよ!

フォルネウス
「各地の販売所の場所がわかるように地図を渡しておく。」
「どの程度滞在するかは現地の販売員たちと話し合って決めたまえ。」
「あと何かあったときの連絡は公衆電話を使うといい。」
太郎
「公衆電話!?」
フォルネウス
「ある理由で携帯電話等は普及させられていないのだ。不便だろうが我慢してくれ。」
「あとこれ、私の連絡先。」
太郎
「あ、どうも……。電話掛ける側はわかっりましたけどとる側はどうするんですか?」
フォルネウス
「固定電話がある。私から君に用があるときは販売所のサハギンを通して伝える。」
太郎
「了解です。」

公衆電話とか固定電話とか懐かしさを感じてしまう……。
この感覚も記憶の手がかりになるのだろうか?

何はともあれ収入源ができたのはありがたい。
おまけにこの興味深い島を観光できるのだからかなりの好条件だ。
問題は旅先の治安だが……魔王がバックに付いているならば大丈夫だろう。

フォルネウス
「それともう一つ。」
「コイツを見かけたら必ず我々に報告しろ。」

顔写真の入った紙を差し出された。
写真の下に金額……!!
これは……賞金首だぁ!
しかも人間の顔ではない。蛙だ!!

太郎
「コイツは……?」
フォルネウス
「バエルだ。」
太郎
「バエル……悪魔ですか?」
フォルネウス
「おそらくは我々の同胞だろう、しかし要注意人物だ。」
太郎
「懸賞金懸けられてますけど何者なんですか……」
フォルネウス
「奴は人間を唆して悪事を働かせる。」
「奴の話には絶対に乗るんじゃないぞ。」
太郎
「本当に悪魔みたいなことしてますね……。」
フォルネウス
「目に余るようだったから懸賞金も懸けた。」

懸賞金の下にもいくつか注意書きがある。

・大きさはヒキガエル程度
・人語を喋る
・肩部分に頭蓋骨のような模様がある
・他のカエル同様に毒を持っている可能性が高いため素手で触らないこと
・おそらく潰しても死なないため過度な暴力を振るう必要はない
・見かけたら通報、可能なら捕獲ケース等に入れて近くに居る魔物に引き渡すこと

捕獲も考慮している……!?
害獣の類なの!!?

太郎
「喋ることを除けば危険度は毒のある蛙程度なんですかね……。」
フォルネウス
「直接的な攻撃手段が確認されていないというだけだ。隠している攻撃方法もあるやもしれぬ。」
太郎
「なるほど。とりあえず耳を貸さなければ……」
フォルネウス
「いや、油断してはいけない。これまでの報告から推察するに……奴には話す相手の判断力を低下させる手段があるようなのだ。」
太郎
「厄介ですね。それで賞金首と……。」
フォルネウス
「うむ、普通の生物と思わんほうがいい。」

人を化かす点は狐や狢のような印象だが懸賞金のおかげでツチノコのようでもある。
恐ろしい害獣も居たものだ。

太郎
「こいつの他には危険生物みたいなのは居るんですか?」
フォルネウス
「各地の原生生物でも危険な奴は居るが……今のところ懸賞金が出るのはこいつだけだな。」
「他の動物は勝手に捕まえるんじゃないぞ。密猟になるからな。」

魔物が密猟を取り締まっている……!?

フォルネウス
「旅先の原生生物も……資料を渡しておこう。言っておくがこの島の生態系は出鱈目だ。魔王を見た後では驚きは無いかもしれんが。」

気になる言い方だが……サハギン以上の驚きは無いと信じたい……。

オナガザメ
「陛下、お時間です。」
フォルネウス
「そうか。」

後方から別の鮫が……!!
海の中だったら怖くて失禁していたに違いない。

フォルネウス
「他の魔王と会う約束がある。君との謁見はここまでにさせてくれ。」
太郎
「わかりました。ありがとうございました。」
フォルネウス
「必要な資料は……城の書庫にあるやつを持たせてやれ。」
オナガザメ
「御意。」
フォルネウス
「あとはパスポートだな。発行に時間が要るから後日届けさせる。」

パスポートがあるとか本格的だ……。海外旅行感が増してきた。

フォルネウス
「では出かけてくる。留守を頼む。」
オナガザメ
「お任せください。」

魔王の後ろ姿を見送る。
隣の鮫がなぜか敬礼(?)をしていたので真似して見送ってみた。
しかし立ち上がると凄い大きさだな……3メートルくらいあるんじゃなかろうか。
あの身長で尻尾もなかなか長い……いや、あれでどうやって座っていたんだ?
改めて玉座を見ると尻尾を通す穴に加え背鰭の位置に切り欠きまで存在していた。
……正しく半魚人の為の玉座であった。

オナガザメ
「資料を取ってくる。魚拓でも眺めながら待っていてくれたまえ。」
太郎
「魚拓の部屋待合室も兼ねてたのかよ!?」

魚拓の部屋に戻ってきた……。

マスター
「お、戻ってきたな。」
太郎
「ああ……緊張したぜ。」
マスター
「しかしお前はなかなか勇気があるな。」
太郎
「……?」
マスター
「玉座の正面に立ったそうじゃないか。」
太郎
「もしかして作法的にまずかった……?」
マスター
「いや、あの位置は落とし穴があると相場が決まっているだろう。」
太郎
「!?」
マスター
「失敗した幹部を落とし穴経由でお仕置き部屋に……」
太郎
「そういうお約束は広まっているのか……。」

魔王城がからくり屋敷みたいになっているのはフィクションだけだと信じたい。
現にこの城はありきたりな魔王像すら置いておらず魚拓で代用しているありさまだ。
金のかかる仕掛けは諦めているに違いない。

マスターから魔王城のお約束について聞きながら待っているとさっきの鮫がやってきた。

オナガザメ
「資料をもってきたぞ。」
太郎
「おぉ……意外に多いっすね。」
「これは……旅行パンフレットだ!?」
マスター
「国外に出るんだから当然だろ。」
太郎
「こっちが地図かぁ。まるで衛星写真のような正確さだ。」
オナガザメ
「人工衛星は開発すらされていないのだがな。」
太郎
「じゃあどうやって測量したんですか?」
オナガザメ
「企業秘密。」
太郎
「!?」
「……他の資料見るか。」
「お、魔王の名簿だ。しかも顔写真入り!」
オナガザメ
「国外に出歩いている魔王様も居るので旅先で会ったら頼るといい。」

顔写真のほとんどが怪物のそれだからとてもシュールである。
賞金首のやつよりはだいぶマシではあるが。

挿絵や写真がシュールでどの資料も見飽きないのだがまだ肝心なものを貰っていないことに気が付いた。

太郎
「これで全部ですか?」
オナガザメ
「全部だ。何か他に必要なものがあるなら今のうちに言うがよい。」
太郎
「一応外国に行くわけじゃないですか。」
オナガザメ
「うむ。」
太郎
「旅先で言葉通じますか?」
オナガザメ
「島内の言語は一種類だから大丈夫だぞ。」

意外にも杞憂だった。

太郎
「魔王様は別の世界から来たって言ってましたけど……。」
オナガザメ
「言語の壁をどうやって解決したのか気になるか。」
太郎
「気になります!」
オナガザメ
「結論から言うと……特に何もしていない。」
太郎
「え?」
オナガザメ
「フォルネウス様はこの地に降り立ったときに身体が変化した。」
太郎
「たしかに当人がそう言ってましたね。」
オナガザメ
「脳の言語を司る部分も一緒に変化したのだろうと言っておられたぞ。」

脳の話とかは素人なのでよくわからないのだが……そんなに都合よく変化するものなのだろうか?

オナガザメ
「フォルネウス様のご自身の考察の資料もあるのだがこちらは持ち出し禁止だ。」
太郎
「企業秘密?」
オナガザメ
「国家機密。」

魔王の身体の秘密ともなれば悪用されれば大変なのだろう。
ここは深追いしないでおこう。

手渡された資料は意外に厚いものもあるので家でじっくり読むことにする。

太郎
「そろそろお暇しようと思います。」
オナガザメ
「心得た。」
太郎
「マスター、もう帰……!?」
「なんだその手荷物!?」
マスター
「魔王城土産。」
太郎
「!?」
マスター
「こっちが『瘴気饅頭』でこれが『魔王城Tシャツ(Lサイズ)』だ。」
太郎
「Tシャツは百歩譲ってわかるが瘴気饅頭って食えるのかそれ……。」
マスター
「魔物専用だよ。」
太郎
「……。」

魔物は瘴気の塊って言ってたし共食いに当たるのでは……?
そんな感想を口に出さずに飲み込み帰宅、今に至る。

自室、布団の上に座り再度資料を眺める。

太郎
「パスポートが届く前に必要なものを買い揃えておかないとな。」

ついさっき乗ってきた地下鉄もごく一部にしか開通していないので地域によっては他の移動手段が必要になる。
旅行パンフでは徒歩か馬車が推奨されている。自動車は稼働台数が少ないためあまり現実的ではないようだ。
移動距離が長くなり野営が必要になる場合もあり必ず護衛を伴って出発すること、だそうだ。

太郎
「野営セットも要るのか……?」
「護衛の雇い方は……『ギルドもしくは魔物の詰所で依頼すること』」

その気になれば魔物も雇えるらしい。自由なパーティー編成って素晴らしい!
しかし半魚人と一緒に野営をするのはできれば遠慮したい……。
やはり精神の安定をとって人間に依頼するのも良いか。
……半魚人以外の魔物は雇えるのだろうか?

貰った資料を漁る。
あった。魔王たちの資料。どの魔王がどんな眷属を連れているかまで載っている。

……残念ながら詰所に出勤している魔物の種類は少ないようだ。

太郎
「サハギンの他にはどんな奴が……」

資料のページをめくる。
一種目、クラーケン。

太郎
「……蛸だこれ!?」

蛸顔の魔物とのことだが顔写真しか無いため蛸としか判別できない。
無論、蛸との野営はお断りである。

二種目、オルトロス。

太郎
「……犬だこれ!?」

二つの頭部を持つ犬の魔物。しかしこの写真は……。
どう見ても愛玩犬のコラ画像である。
しかし野営のお供ならありかもしれない。

三種目、ケルピー。

太郎
「……馬だこれ!?」

馬型の魔物。当然、写真も馬にしか見えない……。
馬車を引くために雇うのだろうか……?
しかし魔物であれば戦闘能力もあるはずだ。
それに個人的に乗馬にちょっと憧れていたので選択肢として視野に入れておこう。

四種目、ハーピー。

太郎
「よかった。人間に近い見た目のやつも居るんだな……。」

鳥人型の魔物。写真で見る限り外見は腕が鳥の脚みたいになっている以外はほぼ人間のようだ。
しかも人間部分は美人の女性である。
……いや待て。写真の個体だけ美人で他はそうでもないとかもよくある話じゃないか。
しかし他の魔物は動物だしなぁ……。消去法でこの種類を雇うのが最善かもしれない。

マスターの言っていた「魔物不死身説」が正しいのならば護衛は魔物一択なのだろうが……。
人間の護衛も雇えるようだ。人間の仕事を奪わないためとかなんとか……。
その方法も確認していく。

一番手っ取り早いのが「冒険者ギルド」経由で雇う方法。
以前は複数のギルドがあったがほとんど統合されたとのこと。
結果、その実態は何でも屋となっているようだ。
元騎士からアウトロー、果ては獣人まで所属して……獣人は魔物とは違うのか……?

気になったので獣人に関しても調べてみる。
こいつらは瘴気を浴びて変異した原生生物の類らしい。
魔王が生み出した魔物とは出自が異なるようである。
瘴気への耐性も完璧ではなく多少強い程度で結局は普通の生物だそうだ。
外見上魔物と誤認されやすく種族の周知に力が入れられている。

死ぬのが獣人、死なないのが魔物、という区別でよいのだろうか……?
とにかくギルド所属の獣人の種類を見てみる。

一種目、コボルト。

太郎
「またしても愛玩犬!」

仔犬型獣人。服を着て直立二足歩行している!かわいい。
こいつも候補に……いや、戦力的にどうなんだ。

二種目、ゴブリン。

太郎
「凄い。説明不要のステレオタイプのゴブリンだ。」

小鬼型の亜人。ファンタジーっぽい雑魚キャラといえばこいつだ。
……雑魚?雇っても大丈夫なの……?それとも見た目より強いのだろうか?

三種目、絹毛鼠男。

太郎
「鼠……男……?」

ハムスター型獣人。直立二足歩行する人間大のハムスターである。意外にでかい!
いや、ハムスターは好きだけどこれはいろいろとおかしいだろ……。

四種目、ヴァンパイア。

太郎
「今度はでかい蝙蝠か……。」

蝙蝠型獣人。こいつは獣人のなかでもでかくて戦力になると書いてある。
……なになに『超音波を発するので耳栓も貸し出ししています(別料金)』……害獣かな?

五種目、リザードマン。

太郎
「イグアナ型、ワニ型、カメレオン型……いろいろ居るんだな。」

蜥蜴型獣人。顔や色合いが個性豊かで見飽きないとのこと。
知能も戦闘能力も申し分なく重要な護衛は彼ら一択とまで書かれている。
『ご指名が多く現在予約制となっております』とも付け加えられている。
他があまりにイロモノ揃いだから指名多いだけなんじゃ……?

雇える獣人はこのくらいのようだ。
しかしまあ……うまく共存しているものである。
これだけの種類が居て種族間の抗争等は無いのだろうか。
……などと考えたが外様がどうこう言う問題ではないと思い直し忘れることにする。

初めて知る種族のことを調べ出すと楽しくて徹夜してしまいそうなので就寝。


翌日、護衛の品定めは後回しにして野営グッズを買いに行く。
先日の資料と一緒に軍資金(?)を貰っているのでそれなりのものが用意できそうだ。

自治区内で店を物色、ホームセンターらしき店舗へ入店。
入ってから店内を見渡すと商品棚の上からサハギンの顔が見える。人間とサハギンが共同で経営しているようだ。

ブロブフィッシュ顔のサハギン
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか。」

『店員』と書かれたエプロンを付けたブロブフィッシュが話しかけてきた。
サハギンの例に漏れず大柄なためブロブフィッシュの顔を下から見上げるという珍しい体験をしてしまう。
プヨプヨの頬を下からつついてみたいと思ったのは内緒である。

人間の店員
「あっ、自分が対応します。」
ブロブフィッシュ
「了解です。お願いします。」

近くに居た好青年っぽい人が代わる。
ブロブフィッシュは他のサハギンのほうへ歩いて行った。
可能な限り同族で対応する方針でもあるのだろうか?

店員
「何をお探しでしょうか?」
太郎
「野営に必要なものを一通り買いに来ました。」
店員
「キャンプですか?」
太郎
「いえ、旅行……?です。」
店員
「それなら……」

謎の奇声
「フォォォォーーーーッッ!!!」
店員
「!?」
太郎
「!?」

な、何だ!!?
妙に甲高い咆哮が聞こえたが……。
恐る恐る聞こえた方を見る。

……何だあれは。
全裸の中年男性が荒ぶる鷹のポーズをとっている。

全裸の中年
「ンアァァァーーーーッッ!!!!」

再び咆哮。
隣の店員に目をやると凄く怯えた様子だ。
無理もない。中年はガタイこそ中肉中背だが股間は怒張しているし目の焦点も合っていない。
明らかにリミッターが外れている。取り押さえに行くのは自殺行為だろう。

ブロブフィッシュ
「申し訳ございません。他のお客様のご迷惑となりますので……。」

毅然とした態度で注意を行うサハギン。
愛嬌のあるブロブフィッシュ顔が救世主に見えてきた。

全裸の中年
「オオォォォンン!!!」
ブロブフィッシュ
「お客様……。」

威嚇(?)に怯むことなくゆっくりと距離を詰めて行く。
そして……。

ブロブフィッシュ
「フンッ!!」

ダブルバイセップスのポーズをとるサハギン。
実力行使前の警告なのだろうか……?

しかし中年はこれを見ていない!!

全裸の中年
「ッッァオッ!!!!」

中年が反撃に出る……!
奇声とともに両足を高く持ち上げ……
唐突にブレイクダンス!!!

ブロブフィッシュ
「……。」

三回転半ほど回ったところで足を捕まれあえなく停止する中年。
あまりにあっけない最後であった。

全裸の中年
「……。」
ブロブフィッシュ
「……。」

ブロブフィッシュの無言の威圧にもう奇声は出せないようである。
直後、商品棚の裏からもう一匹ブロブフィッシュが現れる。
手には竹竿とロープのようなものが握られていた。

ブロブフィッシュ
「確保!!」
全裸の中年
「ニュゥゥーーン……。」

あっという間に竿に括り付けられた中年は神輿のように担がれ退場。
……?
中年が運ばれた後に何か落ちている?
これは……鬘だ。ブレイクダンスのときに落ちてしまったのだろう。
全裸なのに鬘だけは着けていたのか……。

店員
「お客様ぁ……申し訳ぇ……ございましぇん……(泣」
太郎
「大丈夫、大丈夫だ。あれは仕方ない。だからもう泣くな。」

怒涛の超展開に店員号泣である。俺も泣きたい。

店員
「警察とか来ると思うんで……店じまいですぅ……。」
太郎
「ですよね。じゃあ買い物は後日だな……。」

日を改めることにして退店した。
この町の治安について認識も改めなければなるまい。

太郎
「……ということがあったわけよ。」
マスター
「災難だったな。(他人事)」

衝撃の体験を誰かに話したくなり例のバーに入った。
しかし時間が早かったためかマスターしか居なかった……。

太郎
「なあマスター」
マスター
「なんだ?注文が決まったか?」
太郎
「あの手の人ってよく出るのか?」
マスター
「……。」
太郎
「……いや、多いんなら俺も防犯ブザーとか準備するかなって。」
マスター
「君が遭遇した不審者の正体、気になるか?」
太郎
「何か知ってるのか。」
マスター
「奇行の原因は瘴気を長時間浴びた後遺症かもしれない。」
太郎
「……!?」
マスター
「体に影響が出る場合が多いが……稀に精神に異常をきたす場合がある。」
「症状が重度の者は収容されるが収容施設が足りていなくてな。」
「重度とみなされない者は自宅療養、という名目で野放しだ。」
太郎
「何それ怖い。瘴気は結界の外には漏れ出さないんじゃなかったのか?」
マスター
「結界自体は破損した事例もなくずっと機能している。」
「結界の下に穴を掘って通過しようとする野生動物が稀に居るんだ……。」
太郎
「地下無防備なの?」
マスター
「結界は地上と水中には張れるらしいが地下は無理だと聞く。」
「集落近辺なら結界の下に硬い物を埋めて動物なんかの侵入を防いでいるが……」
太郎
「全体までは手が回っていないってとこか。」
マスター
「うむ。それで魔物が結界の中と外から巡廻見回り。」
太郎
「なるほどなぁ。」
マスター
「ここ最近は被害は減少傾向にあったと聞いていたんだが……。」
「本当に災難だったな。」

あれが日常茶飯事というわけでは無いようだ。
そりゃあ店員さんマジ泣きしてたもんな……。

太郎
「しかし困ったな……野営グッズ買えなかったし。」
マスター
「他の場所で買ったらどうだ?」
太郎
「え?」
マスター
「王都までなら地下鉄で行ける範囲だ。そちらのほうが良い品を買えるだろう。」
太郎
「魔王城じゃないほう?」
マスター
「うむ、南側に伸びている路線のほう。」
太郎
「……。」
マスター
「……。」
太郎
「地下鉄について詳しく教えてください。」
マスター
「『自治区』からは北側がゴエティア領行き、南側が『竜拝教国』王都行きだ。」
太郎
「竜が居たりするの?」
マスター
「竜を崇めてこそいるが人間の国だ。昨日貰ったパンフレットに書いてある通りだぞ。」

そのへんはまだ熟読していなかった……。

マスター
「ゴエティア内の地下鉄は環状線になっていて南端と北端で乗り換えができる。」
「で、その南側が自治区経由で王都まで伸びている。」
太郎
「北側は?」
マスター
「北側はまた別な国に伸びている。」
「これも人間の国だな。『大阿修羅宇宙教国』。」
太郎
「宇宙……?」
マスター
「教義に宇宙が出てくるんだと。」
太郎
「阿修羅とか居るの……?」
マスター
「昔出土した阿修羅像をご神体として崇めているそうだ。」
太郎
「阿修羅像かぁ……この島なら本物の阿修羅も出てきそうだと期待したんだけど。」
マスター
「居るわけねーだろ夢見過ぎだ。」
太郎
「半魚人に言われても説得力が……。」
「しかし阿修羅とまでは言わずとも獣人とかが普通に生息する世界、何か面白いの居るんでしょう?」

しばし沈黙し何かを考えているマスター。
サハギンゆえ表情が変わらないのではたから見ると微妙な空気だ……。

マスター
「あそこは領土の大半が砂漠だからなぁ……。」
太郎
「……そうなのか、じゃああまり大きな生き物は」
マスター
「モンゴリアンデスワームとか居るぞ。」
太郎
「ファッ!?」
マスター
「一応人間も襲う害獣だから砂漠行くときは注意しろよ。」
太郎
「この島の生態系絶対おかしいゾ……。」
マスター
「そう感じるか。生態系に違和感を覚えるということは……。」
「君はやはりこの島の生まれではないのだろうな。」
「とはいえここ数年で多数の新種が見つかっている。これだけで判断するのは早計か。」
「話は変わるが君は自分の故郷にどんな動物が居たかとか覚えていないのか?」
太郎
「うーん……動物にはあまり興味は無かったけど……。」
「犬や猫が愛玩動物だったり牛や豚が家畜だったりとか、そういう扱いは覚えてるな。」
「それとどれが『実在の生物』でどれが『空想上の生物』かは記憶にある。」
「魔王を見たときにその認識は意味ないって解ったけどな!」

悪魔や獣人は普通に居る。モンゴリアンデスワームすら居る。
居ないと言われたのは今のところ阿修羅だけだ。
この島では『空想上の動物』という括りは本当に無意味なのだろう。

マスター
「こちらで生活するうえでは無意味だが故郷を特定する要素としては重要だぞ。」
「まあそれはそれとしてだ。」
「ペットや家畜はいいとして野生動物と触れ合ったりとか……そういう経験は?」
太郎
「あー……あんまり覚えて無いな……。あって昆虫採集とかかな?」
マスター
「昆虫採集か……。それならこれも教えておかねば。」
「実はフォルネウス様が昆虫の品種改良にハマっていてな……。」
太郎
「品種改良?」
「あれか?カブトムシを世代交代を経て赤くしていくやつ?」
マスター
「もっと凄まじいことしてるよ。最近では盲導犬ならぬ盲導蟷螂とか作ってたし。」
太郎
「なんだソレ!?」
マスター
「名前通りの奴だよ。大型犬くらいの大きさの蟷螂。」
「将来的には犬と仕事を分担するくらいにはなるって言っていた。」
太郎
「それは品種改良の範疇なのだろうか……?」
マスター
「そこは気になるだろうが重要ではない。とにかく犬猫感覚で飼われている虫も居るからそういう奴らは捕らないでくれ。」
太郎
「犬猫感覚って……俺でも飼える?」
マスター
「申請すれば飼えるはずだ。」
「寂しくて愛玩動物が欲しくなったか?」
太郎
「うん……まあそんなところ。」

でかい昆虫には物凄く興味が沸いた。しかし……
モンゴリアンデスワームの話を聞いた直後である。
でかい蟷螂ならかっこいいと思えるがでかくなってほしくない虫だっている。
品種改良と言っていたし野生ではそんなに居ないと思いたい。
巨大化した不快害虫とか絶対見たくないからな……。

太郎
「他にはどんな虫が居るんだ?」
マスター
「他か?うーん……でかいスカラベとか。」
太郎
「フンコロガシ!?」
マスター
「うむ、餌が豊富で大型化したのだろう。」
太郎
「どのくらいでかいの?」
マスター
「人間の顔を覆う程でかい。」
太郎
「!?」
マスター
「現地民はそいつの死骸を加工して仮面にして着けるそうだ。」
太郎
「くさそう」
マスター
「くさい」
太郎
「くさかった」
マスター
「ちなにみこれを見たフォルネウス様は『エジプトのケプリ神じゃねーか』とおっしゃられたとか。」
太郎
「魔王様迫真のツッコミ……。」

ケプリがどんな神様なのかはおいおい調べるとして……。
この世界での昆虫採集は考えないほうがよさそうである。

???
「邪魔するよ」
マスター
「いらっしゃい。」
太郎
「……!?」

新しい客が入ってきた……しかしその容貌は異様である。
身に纏う物は……六尺褌と目出し帽、それだけだ。
だらしない中年ボディーと濃ゆい体毛を惜しげもなく晒している。
あと半径1メートルに加齢臭撒いてる。いろいろとヤバイ。

太郎
「(マスター、こいつ不審者じゃ……)」
マスター
「(出て行ってから通報するから今は下手に刺激するんじゃないぞ)」

少し焦りながらもマスターに目配せして様子を見る。

マスター
「お客さん初めてかい?まあ空いてる席に座ってくれ。」
目出し帽おじさん
「ああ、すまんね。」

……こいつ、わざわざ俺の隣の席に座りやがった!?
あかん、匂いにやられる……。

マスター
「ご注文は?」
目出し帽おじさん
「ふむ……何があるのかね?」
太郎
「どうせ今日も豚汁だろ(ボソッ」
目出し帽おじさん
「豚汁!?」
マスター
「あいにく今日は豚汁を切らしていてな。」
太郎
「なん・・・だと・・・?」
マスター
「今 日 は 青 汁 だ」
太郎
「……。」
マスター
「……。」
目出し帽おじさん
「……。」

太郎
「俺は遠慮す……」
目出し帽おじさん
「私の奢りだ!一緒に飲もう!」
太郎
「なんで!?」
マスター
「青汁二人前承りました。」

想定外の展開で青汁から逃れられなくなってしまった……。

マスター
「はい、青汁。」
太郎
「……。」
目出し帽おじさん
「いただきます。」

豪快に青汁を飲み干し、毛深い手で口元を拭うおじさん。
加齢臭によるダメージを軽減するため、俺も青汁に口をつける。

目出し帽おじさん
「ところで……君たちに聞きたいことがあるんだが。」
マスター
「何か?」
目出し帽おじさん
「ここに来る途中で連れと逸れてしまってね。」
太郎
「……!」

なぜか嫌な予感がするぞ……。

目出し帽おじさん
「私と同じくらいの歳の中年男性なのだが……。」
太郎
「一応聞きますけどどんな格好ですか?」
目出し帽おじさん
「ああ、それがだね……連れとペアルックで出歩くつもりだったのだよ。」
太郎
「あぁ、着替える予定だったから褌一丁なんですね?」
目出し帽おじさん
「いや、この格好でペアルックの予定だった……。」
太郎
「……。」
目出し帽おじさん
「彼は褌までは履いてくれたのだが……なぜか目出し帽を酷く嫌がってな……。」
「無理矢理被せようとしたら拒絶して奇声を上げながら走り去ってしまったのだよ。」
太郎
「えぇ……褌一丁で走り去ったんですか……?」
目出し帽おじさん
「いや、急いで追ったのだが見失って路地裏で褌だけ見つけた……。」
太郎
「(……全裸の中年、まさかな。)」
目出し帽おじさん
「どうした神妙な顔をして。」
太郎
「その人って鬘とかつけてました?」
目出し帽おじさん
「!!!」
「そうか!それで目出し帽を拒んだのか!!」
太郎
「最悪な形でパズルのピースが嵌ってしまった(白目)」
マスター
「お客様、おそらくお連れの方は警察が保護していると思われます。」
目出し帽おじさん
「えっ……彼は何かやらかしたのかね……?」
太郎
「何かも何も全裸だろうに」
マスター
「太郎君。」
太郎
「はい。」
マスター
「この島では全裸なだけでは罪には問えん。」
太郎
「ファッ!?」
マスター
「魔物、獣人、そして人間。それぞれ着衣における最適解は異なる。」
「着衣の有無で種族間の壁を作らない為の措置だ。」
太郎
「……。」
マスター
「だがそれはそれ。」
「いい年のおっさんが公共の場で奇声を上げていれば着衣の有無関係なく警察が来る。」
「おまけに営業中のホームセンターで勝手にブレイクダンスしてるところを太郎君が見ている。」
「お連れの方は十中八九警察に居るでしょうから早く迎えに行ってあげてくださいお客さん。」
目出し帽おじさん
「ううむ……そういうことなら仕方がない。見捨てるわけにもいかないしな。」
「これ青汁のお代。じゃあ行ってくるよ。」

席を立つ中年。

太郎
「えっ、目出し帽のまま警察行くの!?」
マスター
「今更どんな格好でもいいだろう、何せ通報する手間が省けたのだからな。」
太郎
「顔は強盗、体は露出狂。警察がどんな対応するか見ものだな。」
マスター
「ん?今から追いかけて見に行くか?」
太郎
「嫌だよ!今日はもう疲れたよ!帰って寝るよ!!」
マスター
「だがそうはいかん。」
太郎
「!!?」
マスター
「青汁の代金……多く貰っちゃった☆」
「だから奢ってもらった恩がある太郎君がおつり届けてあげてねっ☆」
太郎
「……。(真顔のまま硬直)」
マスター
「冗談だ。からかいがいがあるな君は。」
太郎
「……。(無言で項垂れる)」

やはり半魚人ジョークは苦手だ……。
だって魚顔で表情が変わらないからわかりにくいんだもん。

太郎
「本当にもう帰るよ。」
マスター
「ん?そうだな……じゃあさっきの青汁の残りあるけど持ってくか?護身用に。」
太郎
「護身用!?」
マスター
「ほら。」
太郎
「水鉄砲に青汁入れて渡すのかよ!?」
マスター
「これなら職質されても『パーティーグッズです』が通るからな。」
太郎
「そういう問題なのか……?」

疑問に思いながらも結局青汁入り水鉄砲を受け取って帰路に就くのであった……。


……自室に戻って休憩。水鉄砲から青汁をコップに移し替え飲み干す。

太郎
「うん、まずい。」

資料を取り出し島の地理を調べる。

太郎
「お、あった。王都の紹介資料……。」

見る限りけっこうな都会である。
中世建築に僅かに近代の建造物が混じる形だ。しかし建物の密度は流石に『王都』と言うだけある。

太郎
「パスポートが届いたら先に地下鉄でここに行って」
「買い物済ませてから田舎巡ってお仕事開始かな。」

せっかく都会なのだしどんな施設があるか調べてみよう。
……。

道具屋!宿屋!これは剣と魔法の世界では定番だが普通に実在していても何ら問題はない。
他には……映画館、ボウリング場、カラオケ……近代的な娯楽施設も少しだが建てられているようだ。
おぉ……ネットカフェもあるのか。インターネット普及の足掛かりとして各地に精力的に建てられているようである。
しかし遊べる場所があるのはほとんど都会だけかぁ……。ありゃ……?パチンコとかは無いみたいだな。なんでだろう?
そんな疑問も資料を読み進めるうちにすぐに答えが出てきた。

なんと……賭博の類が徹底的に潰されているようである。緩いものですら例外無く徹底的に……。
潰された『賭博場跡地』にはだいたい公衆トイレが建てられるという要らない情報まで乗っている。
しかもこれ、主導しているのは魔王たちである。「交易」を行う条件の一つとしてギャンブルの撲滅を要求したとされる。
先日謁見したフォルネウスさんの鮫顔が頭をよぎる。魔王城の内装も魚拓だったしギャンブル嫌いの倹約家なのだろうか?
あの顔で倹約家か……。それとも他の魔王が発案したのだろうか……とも考えたが。魔王名簿の顔を思い出す。
モンスターらしい外観がほとんどの魔王たち。どういった趣向を持っているのかは対面するまでわからない、想像できない。
外見に似合わず話が通じる感じだったフォルネウスさん。そしてそのフォルネウスさんに『話に乗るな』と言わしめるバエル。
いろいろ思うところはあるがとりあえず、顔から性格を推測するとういことは無意味だろうなぁ。

そういえば彼ら「元人間(自称)」らしいし過去にギャンブルで嫌な思いをしたやつが紛れているのかもしれない。あの顔で。

とにかくこの島、ギャンブルに相当するものは遊べずそれでもやろうとすると逮捕されるのだとか。
射幸心を煽らずむしろ潰してかかる悪魔……。やはり常識は通用しないのだ。

とりあえずギャンブルはダメ……と。ん?
他にも衝撃的な情報を目にする。ギャンブルだけではなくブラインド商法も徹底的に規制されている……。
おそらくギャンブルの範疇に入るという認識なのだろう。こちらもかなり重い罰則が下るようだ。

悪魔側からの輸出品でも同じ罰則があるようで『非合法な物なので見かけたら通報すること』と……。
なんと、自分らが一方的にそれを売るために人間側にだけ罰則を作ったわけではないようだ。

ええと……他に関連する物は……ああ、景品の出るゲームの類もNGなのか。ゲームセンターもほとんど無いのはこれが原因か。
旅先での娯楽に関してはもう現地で聞き込みするか(諦観)

驚きの情報についつい深入りしてしまったが当初の目的を思い出す。
旅に持っていく道具類は……ここで調達するか。
開いていた資料の地図上にショッピングモールらしきものを確認、印を付ける。
……地図だけだとわかりにくいな。写真で建物の外観も見ておこう。
ページをめくると解像度の高いカラー写真がお出迎え。いいカメラ使ってるんじゃないこれ?
建物の外観はありきたりなショッピングモールである。見た感じ辿り着きさえすればなんとかなりそうである。

瞬きし座ったまま伸びをすると無意識に欠伸が出た。……疲れ、溜まってるんだろうな。今日も怒涛の超展開だったし。
さーてそろそろ寝るか。


……翌日。
早朝に一番鳥の鳴き声で目を覚ます。……待て、鶏なんて今まで居なかったぞ。なんで今になって突然……
眠い目をこすり窓を開け、裏庭を確認。居た。さっき鳴いたと思われる鶏がこちらに背を向けている……が。
鶏にくっついてこちらを見る別の生物が。蛇が頭を持ち上げて見つめていた。これは尾が蛇になった鶏、「コカトリス」なのだろうか?
蛇の胴体をよく見ると鶏の尾よりさらに下に続いていた。胴はいったん接地し、再度持ち上がって……鶏の尻穴に接続されているようである。

太郎
「それ尻尾じゃないのかよ!?」

どういった経緯で入ってしまったのか非常に気になるところだが……。
どうやらコカトリスでは無いようだ。蛇は鶏と分離するとスルスルと軒下へ入って行った。
ワンテンポ遅れて鶏のほうもこちらを一瞥し体を震わせ離陸した。
鶏って飛べたんだな……。
他にもいろいろ言いたいことはあるが疲れるのでスルーすることにした。

窓を閉め、とりあえず朝食に取り掛かる。
冷蔵庫を開けて取り出した鶏の唐揚げを見て手が止まる。
さっきの鶏ははたして野生のものなのだろうか?
よく考えたら養鶏場から連れ出されて悪戯に使われた可能性もあるんだよな……。
自治区に野生動物が入り込むことは考えにくいし誰かに言っておいたほうがいいかもしれない。

とりあえず唐揚げを加熱しつつ飲み物を取り出す。
青汁以外の物ならなんでも良い。
冷蔵庫から出てきたのは炭酸飲料であった。
爆発しないよう慎重に開封、温まった唐揚げの隣に置く。

太郎
「いただきます。」

朝食を食べながら考える。
さっきは鶏に焦点を当てたが蛇のほうも無視していいものではない。
種類を判別できなかったので確かなことは言えないが……もし毒を持っていたら危ない。
一応こちらも報告しておこう。……誰に?蛇に詳しい知り合いなんて思い浮かばない。
治安に関わることって判断で警察にでも行けば……と思ったが昨日のことがなぁ……。
……仕方ない。困ったときはアレだ。マスターに押し付ける(他力本願)

そんなこんなで朝食を済ませいつものバーに向かってしまう自分。
頻度で言えば入り浸っていると言えるのだろうが出費はそこまででもない。
理由はもう説明するまでも無いだろう。あのレパートリーで何で経営できてるんだか……。

太郎
「マスター、おはよう。」
マスター
「ん、いらっしゃい。今日は早いな。」
謎の猫
「ニャァ……?」

カウンターの椅子の上に座り、眉間に皴を寄せ四白眼でこちらに振り返る猫。毛の色は見事なパンダ柄である。

謎の猫
「てめぇどこの組のもんじゃ」
太郎
「喋った!?しかも何ヤクザみたいなセリフ言ってんの!!?」
マスター
「言ってることは真に受けなくていいぞ。」
太郎
「え……?」
謎の猫
「今日はドッグフードが安いわよ~。」
太郎
「猫がドッグフードの話題だと……!?っていうかキャラがブレ過ぎてるよ!」

椅子から降りて退室する猫。

マスター
「言葉こそ喋るが発音を真似しているだけだ。意味までは理解していないだろう。」
太郎
「じゃあさっきのは単なる鳴き声?」
マスター
「うむ、見た限り発声器官だけが変化していたようだ。」
太郎
「例によって瘴気の影響で突然変異って感じ?」
マスター
「そうだな。他の理由は思い当たらないしな……。」

微妙にしょうもない変異しやがって!逆に誰かの陰謀なら……だれが得するんだこれ。
発声はインコやオウムみたいな感覚なのだろうか?
しかしそうなるとあの柄は元からか……。

マスター
「今朝方店の前に居たから豚汁で餌付けしてみたんだ。」
太郎
「豚汁喰ったのかよ……。」
マスター
「いや、お椀に注いで出してみたが何故かお椀を頭から被った。」
太郎
「……意味がわからんです。」
マスター
「あの猫、豚汁を食わずに浴びたんだよ……。」
太郎
「……。」
マスター
「……。」
太郎
「とんでもない珍獣が居たもんだな。あと珍獣ついでに聞きたいんだが。」
マスター
「なんだ?」
太郎
「この辺には養鶏場とかあるの?」
マスター
「あるにはあるが……それがどうしたんだ?」

今朝の鶏と蛇の話をしてみることにする。

太郎
「尻に蛇が刺さった鶏を見たんだが……野生ってことは無いよね?」
マスター
「尻なのか……尻尾じゃなくて?」
太郎
「尻の穴。」
マスター
「……悪戯で誰かが刺したんじゃないかな。」
太郎
「俺もそう思う。いくらなんでも自然にああなることは無い。」
マスター
「その悪戯された鶏がどこから来たかって話で養鶏場かね……。」
太郎
「うん、個人で飼育してる人が居るならそっちの可能性もあるけど。」
マスター
「個人飼育も少なくないから特定は難しいかもしれないな。」
「自治区に編入される以前から飼っていた世帯が割と居るんだ。」
太郎
「なるほど。じゃあ鶏自体は見かけて驚くほどのことじゃないってことね……。」
マスター
「気になるのは蛇のほうだな。」
太郎
「だよなぁ。蛇飼ってる人も居るの?」
マスター
「ペットショップで流通しているし飼っている人も居るはずだ。」
太郎
「居るんだ……。」
マスター
「あまり危険な種類は売っていないと思うが……。」
太郎
「野生って可能性は?」
マスター
「自治区の警備はそこまでガバガバじゃない。」
太郎
「じゃあやっぱり飼われているやつが悪戯に使われたってことか。」
「畜生!余所者だと思って地味に効く嫌がらせしやがって!!」
マスター
「実際に嫌がらせされたのは鶏と蛇だろうに。」
太郎
「もっと俺のこと心配してくれよ……。」
マスター
「どういった実害が出たんだ?」
太郎
「家の横で朝一番に鳴かれました。」
マスター
「それは災難だったな。」
「まあ飲めよ。」
太郎
「出た!豚汁!!」

先ほど猫に拒否られた豚汁が俺に回ってきた……。
豚汁を出したマスターはそのまま店の奥に下がって行き電話を掛けだした。
どうやら蛇の件をペットショップに報告しているようである。

マスター
「太郎君ちょっといいか?」
太郎
「何?」
マスター
「ペットショップの人が君の見た蛇をどの種類だったか確認したいそうだ。」
太郎
「俺蛇詳しくないからわかんないよ……。」
マスター
「蛇の外見くらい覚えているだろう。むこうにサンプルがあるからそれと見比べて照合するんだ。」
太郎
「むこうって……今からペットショップ行くの?」
マスター
「ああ、早く豚汁喰って出るぞ。待たせると悪いからな。」
太郎
「豚汁熱いんだからゆっくり食わせてくれよ……。」

そんなこんなでペットショップに向かうことになった。

太郎
「そのペットショップとやらは遠いのか?」
マスター
「徒歩圏内だ。5分も歩けば着く。」

マスターの発言により移動手段は徒歩となった。
自転車くらい無いものかと訊いてはみたが……生産が間に合っておらずあまり普及していないそうだ。
やはり徒歩以外だと交通手段は地下鉄や馬車がほとんどということになる。なんか痒いところに手が届かないな……。

バーを出てマスターの後ろについて歩き出す。
歩幅の大きいマスターに遅れないよう早歩きをする。
種族の違いをちょっと実感。しかし人間に忖度する気は無いようである。まあ急ぎの用事だしな。
それほど離れていない通りに面した店に入る。この地味な外観の店がペットショップのようだ。
そして出迎えてくれたのは……。

店長
「へいいらっしゃい!!」
太郎
「……ここペットショップだよね?」
店長
「おうよッ!!活きのいいペットが大漁よぉッ!!!」

……魔王デカラビアの眷属クラーケン。
以前写真で確認したときは蛸の顔しか判別できず「蛸顔の魔物」程度に認識していたが……。
想定以上にキャラが濃い。蛸そのものの頭部に捩じり鉢巻き。
体は人間のものに近いが外皮は茹蛸色。そして服装は道中合羽といういで立ちである。
しかも客が入ったら蛸にあるまじき大声で客引きをしだす始末……。

太郎
「これもう魚屋のノリじゃぁ……」
店長
「ん??魚かい!?悪いねぇうちはまだ魚は金魚しか仕入れてねぇんだよ。そこで泳がしてるから興味があるなら見てってくれや!」
マスター
「店長、魚の話は後でいい。今は蛇の話だ。」
店長
「おうそうじゃそうじゃ!蛇が居るのは奥の水槽じゃけ着いてきてくれ!」

鮭と蛸でここまでテンションが違うのか……。生み出した魔王の差なのだろうか。
蛸顔店長に誘われ店の奥に移動。ケージの中の蛇を数種類見せられる。

店長
「狭い店じゃから今置いてるのはこれだけじゃ。見かけたやつに似ているのは居たけぇ?」
太郎
「最後に見せてもらった奴と同じ模様だったと思います。」
店長
「そうかそうか。そいつは毒もなく大人しいやつじゃ。」
マスター
「危険な種類でなかったことは幸いだが問題は出所だな。」
「誰が買っていったか調べられないのか?」
店長
「うーん……うちでこいつを買っていった客はおらんけぇ。他の店に電話してみるだよ。」
「ともかく自治体への連絡もこっちでやっとくからもう大丈夫だよ。」
マスター
「わかった。この件は任せる。ところで……」
「キャットフードある?」
太郎
「あの猫にまた餌付けすんの!?」
店長
「おぉ。猫の餌かぁ?活きのいいの仕入れてるよッ!」
太郎
「活きのいいって何だよ、キャットフードだよ。」

結局マスターは店長が差し出したごく普通のキャットフードを購入して行った……。
本音を言えば自分もペットに興味があったのだが旅行を控えている身である。
旅に慣れてからあらためて考えたほうが良いだろう。

バーに戻ってくるとそこには衝撃の光景が広がっていた。

太郎
「どうしたマスターいきなり立ち止まって……ん?」

マスターの横に行き店の前を見る。間違いない、あの猫だ。
あの猫だが……三匹に増えている……。
三匹のうち二匹がネコパンチを放ちクロスカウンター状態で固まっており
残りの一匹は直立しサイドトライセップスのポーズをとっている。
早速意味不明である。

マスター
「……キャットフードを出して反応を見よう。」
太郎
「……。」

大柄な半魚人が餌皿片手に猫ににじり寄る……凄まじい光景だ。
思い思いのポーズで固まっている猫たちがキャットフードに反応する。
マスターが置いた餌皿を一度凝視し、それからお互いの顔を見合わせた。

猫1
「私が毒見します。」
猫2
「許可できません。私が行います。」
猫3
「お二人には任せられません。私が食べます。」
猫1&2
「どうぞどうぞ」

三匹目だけ異様に声が甲高い件。
しかも毒見って……毒餌を警戒してんのかよ。いや問題はそこじゃない。

太郎
「こいつらコントしてるぞ。」
マスター
「会話は成立しないと思っていたが……認識を改めねばならんかもしれんな。」

貧乏くじを引いた一匹が餌に近寄ったその瞬間……

猫1
「下がれ!!敵襲だ!!!」
太郎
「ファッ!?」
マスター
「!?」

「コケェーーーッ!!」

まさかの乱入である。今朝見た鶏だろうか……?
羽を広げて威嚇している。鶏のくせにキャットフードを奪うつもりなのか。

猫1
「フォーメーションBだ!」
猫2
「アイアイサーだぜ兄貴!」
猫3
「イエッサーであります伍長!」

どんなフォーメーションを見せるのかと期待したのだが三匹は散り散りに逃げて行った……。
そして鶏は……餌皿の上に卵を産んだ。キャットフードの頂点に鎮座する卵。

マスター
「卵……貰ってもよいのだろうか。」
太郎
「いいと思うけど一応この鶏保護しようぜ。」
マスター
「それもそうだな。」

なんとも因果な再会である。これ蛇も卵を喰いに現れて再会するとか無いよね……?
ともかく今は鶏を確保。半魚人に抱えられて鶏入店である。
しかし店内に持ち込んでその後どうするのだろう?大人しくさせられるのか?

マスター
「まずは鳥籠に入れるか。」
太郎
「鳥籠常備してんのかーい」

無言で天井を指さすマスター。
そこにはなんと西洋人形が入れられた鳥籠が吊るされているではないか。
こんな強烈な物なんで今まで気付かなかったのだろうか。

マスター
「本来はインテリアだが非常時だ。あれを使う。」
「降ろすからこいつを頼む。」

手元の鶏を押し付けるマスター。鳥と魚の混ざったような匂いだぜ!!
流石は長身なサハギン、手を伸ばして天井から難なく鳥籠を下す。
鼻を摘まんでいた俺から鶏を攫うと手早く鳥籠にぶち込んだ。なかなかの手際だ。
鶏は西洋人形と密着しているがとくに気にしてもいないようだ。

マスター
「鶏はこれでよし。自治体から持ち主を探してもらう。」
太郎
「鶏“だけ”は一件落着だな。猫はどうするんだ?ペットショップでは相談しなかったけど……。」
マスター
「あれはペットショップではなく獣医に連絡すべきだろう。」
太郎
「そういう認識なのか。『変異』って踏んでたもんな。」
「それで……あいつら飼い猫という可能性はないの?」
マスター
「あんなの飼ってたら有名になると思うが。」
太郎
「あぁ……確かに。」
マスター
「それに自治区内でも野良猫は少数だが確認されている。」
太郎
「飼い主が居ない可能性も十分あるってことね。」

怪しすぎる猫の考察をしつつマスターは獣医に電話し始める。
一方で俺は鶏を眺めていた。はたしてこいつは豚汁を食わされるのだろうか、それともキャットフードか。
餌の時間になる前に飼い主が引き取りに来てくれるのが望ましいのだが……。

マスター
「方針が決まったぞ。」
太郎
「おぉ……?」
マスター
「喋る猫に関しては殺さずに捕獲。被害が出る前に迅速にな。」
太郎
「被害?」
マスター
「喋る蛙の前例がある。」
太郎
「あぁ……魔王様が言ってたアイツか……。」
マスター
「蛇もペットの可能性が高いので生け捕りだ。」
「毒が無いと言っても素人がすぐ捕まえられるものでもない。やることは通報だけだな。」
太郎
「了解、蛇を見つけたら通報ね。」
マスター
「それから鶏だが個体識別を行える特徴が無いか調べる。」
太郎
「ふむ……特徴ね……。」

鶏を再度凝視する。鶏の顔なんて見分けがつかないが……。
犬猫だったら首輪か何か付けてるんだろうけど鶏だからな。
お、足首に小さいタグらしきものが付いてるぞ。

太郎
「マスター、こいつやっぱり飼われてる奴だ。」
マスター
「何か見つけたか?」
太郎
「足にタグ付いてる。」

確認のため顔を近付けるマスター。巨大な鮭に凝視される鳥籠の鶏という現実離れした構図だ。
タグの特徴を手帳にメモし、再度電話を行うマスター。その一方で鶏はなぜか俺を凝視していた。
少しの間見つめあっていたのだが鶏の尻から何かが落ちたのが見えた。
何だ?ゴミか……?いや、これは蛇の鱗……!?どうやら今朝見た個体であることが確定したようだ……。
飼い主に報告すべきだろうか……『あなたの鶏は尻穴に蛇入ってましたよ』という衝撃の事実を。

マスター
「飼い主と連絡がとれたぞ。」
「昼頃に引き取りにくるそうだ。」
太郎
「引き渡し決まったのね。」
「それはそうとこの鶏、やっぱり今朝の奴だったわ。」
マスター
「ふむ、何か確証が見つかったか?」
太郎
「尻から蛇の鱗を排泄したよ。」
マスター
「……。」
太郎
「……。」
「飼い主には言うべきかな。」
マスター
「ぼかして伝えよう、『何か悪戯された形跡がある』くらいで。」
太郎
「詳細に説明すると逆に意味不明だもんなぁ。それでいいと思うよ。」

結局のところ『コカトリスごっこ』は誰の仕業だったのだろうか?
鶏にしろ蛇にしろ自ら望んで合体することはまず無いだろう。どちら側にもデメリットしか無い。
この世界に動物愛護団体が居るのかは不明だが……居たら大激怒する案件であろうことは容易に想像できる。
というか本当に誰が得するんだこの悪戯……。

マスター
「太郎君。フォルネウス様から伝言があるぞ。」
太郎
「おぉ?何か重要なこと?」
マスター
「明後日くらいにパスポートを送るそうだ。」
太郎
「おぉ!旅立ちの日が近付いて来たな。」
マスター
「それで出発するまでの間の予定は?」
太郎
「ないです。」
マスター
「あ、無い……。」
「じゃあ猫探しに参加してくれないか?」
太郎
「あの喋る猫捕まえるの?」
マスター
「うむ、地元の青年団で捕獲することになった。現物を見ている人間が参加すれば心強いだろう。」
太郎
「そうだな、わかった。参加するよ。でもちょっと大ごとになってる?」
マスター
「みんな『喋る猫』に興味が湧いたのだろう。新鮮な娯楽くらいに思ってるんじゃないかな。」
太郎
「まあなんとなく気持ちはわかる。」

そんな流れで猫探しを手伝うこととなった……。まあちょうどよい運動と割り切ろう。

マスター
「昼食後、13時頃に公民館に集まって作戦会議が行われるそうだ。」
「公民館の場所は……これに載ってるな。」

渡された雑な地図……。魔王城で貰ったやつは特別だったんだな……大事にしなきゃ。
しかもこれよく見ると去年の盆踊りイベントの地図とか書いてあるんだけど……。盆踊りとかあるのか自治区……。

マスター
「昼食はどうするんだ?」
太郎
「豚汁食べたからな……。」
マスター
「……。」
太郎
「豚汁と青汁以外でぇ……」
マスター
「キャットフード!」
太郎
「嫌だよ!!」
マスター
「偏食家だな君は。」
太郎
「豚汁青汁キャットフードのメニューでそれ言うの!?」
マスター
「冗談はここまでにして……うちはバーだからあまり昼食らしいメニューは」
太郎
「豚汁が普通にあるから定食屋だと思ってたぜ!!」
マスター
「そういう見方もありか。」
太郎
「否定しないのか……。それで食べ物は何があるの?」
マスター
「今出せるのは白飯と野菜の漬物だけだぞ。」
太郎
「……(これもう定食屋でいいだろ)」

マスターがバーカウンターの上に漬物を並べる。
自家製のもののようだ。たまにはこんな食事もありがたい。

マスター
「おかわりはセルフサービスだ。」
太郎
「了解、いただきます。」

白飯が入った茶碗が置かれる。
……まずは一口。漬物を口に運ぶ。
普通に美味いやんけ……。
正面にサハギン、隣に鶏というシュールな状況なのに箸が進む。
これほんとに定食屋でいいだろ……。

食事に夢中になっていると店の扉が開いた。来客のようだ。

???「おはようございまーす」

また強烈なのが来たな……。赤いモヒカンヘアーの若い女だ。ミュージシャンか何かかな?

マスター
「鶏の飼い主だな。」

まさか鶏を意識してモヒカンにしているのか……?

モヒカン
「鶏ちゃん引き取りにきましたよー。」
太郎
「はい、これ。」

鳥籠ごと手渡してみる。

モヒカン
「え、何これは……(困惑)」
太郎
「この鶏で間違いないんですよね……?」
モヒカン
「そう……ですけど……。」

鳥籠か!?鳥籠にツッコミを入れたいんだな!?

モヒカン
「ちょっと窮屈そうじゃないですかこれ。」

モヒカンの眼光。
俺を睨まないでくれ。これに入れたのはそこのサハギンなんだ……。

鳥籠を開けると鶏はモヒカンの胸元に飛び込んでいった。

モヒカン
「おぉよしよしよしよし」

鶏を撫でまわすモヒカン。なかなか大事にされていることが窺える。
それだけに悪戯の件が言い出しにくくなるのだが……。

マスター
「鶏の状態を確認願いたい。」
モヒカン
「目立った外傷は無さそうですけど?」
マスター
「捕獲したときに蛇の鱗が少量付着していた。」
モヒカン
「蛇!?」
マスター
「噛まれた様子ではなかったが一応な。」
モヒカン
「診てもらってきます!!」

脱兎のごとく駆け出したモヒカン女。鶏のことになると周りが見えなくなるようだ。
勢いよく玄関に……否、なぜか開いている窓から去って行く。扉から出ろよ……。

太郎
「強烈な人だったな……。この辺の人はみんなあんな感じなの?」
マスター
「そうか?ペットを大事にするのは普通だと思うが。」
太郎
「いや、そこじゃなくてだな……。」
「……鶏飼ってる人はみんなモヒカンってことは無いよね。」
マスター
「流石にそれは無いだろ。」
太郎
「ですよね。」

マスターの返事に安堵しつつ昼食を終える。
次は猫探しだな……。

マスター
「そろそろか。私は店を閉めてから出るから先に行ってくれ。」
太郎
「マスターも参加するのか猫探し。」
マスター
「一応目撃者だからな。」

確かに餌付けを試みた当事者だ。居るに越したことはないだろう。

言われた通り店を出て地図を頼りに公民館とやらに向かう。
ペットショップよりは遠いがこれも徒歩圏内だ。

通りを歩き普通の人間とすれ違うたびになぜか安堵する。
度重なる珍生物との遭遇に疲弊しているのかもしれない。猫探しはほどほどに手を抜いて体力を温存しようか……。

地図通りならそろそろ到着するはず……。
それらしき二階建ての建造物を発見する。たぶんこれだろう。
入口に入ろうとすると声をかけられた。

店長
「よう若いの!また会ったな!」

先ほどのペットショップの蛸店長だ。

太郎
「あぁ、店長!」
「店長も猫探しに協力してくれるんですか?」
店長
「猫探し?キャットフードの注文があったから届けに来ただけじゃぞ?」

店長は猫探しの件は知らないのだろうか……。
しかしキャットフードか……。餌で誘き出すつもりなのか?

店長
「『二階の会議室に届けてくれ』って言われてるんじゃがペット連れで会議やってるのかねぇ?」
太郎
「それは無いと思いますけど……。キャットフードは捕獲に使うんじゃないかと。」
店長
「捕獲?猫が飼いたいならうちの店で……」
太郎
「飼うわけじゃなくて野放しにしないほうがいいから捕まえるって話でして。」
店長
「なんじゃ猫くらいで大袈裟じゃな。」

少し訝しむ店長に事情を説明しようとする……が。

マスター
「どうした?そんなところで立ち話か?」

マスターが合流した。

店長
「キャットフードを届けに来たんじゃよ。」
マスター
「撒餌にでも使うのか?」
太郎
「やっぱりそういう発想になるよね。」
マスター
「とにかく上に行けば説明もあるだろう。」
太郎
「それもそうか。」

とりあえず中に入り公民館二階の会議室へ。

太郎
「失礼しまーす。」

会議室に入ると筋肉質なおっさん連中が10人ほど集まっていた。
そしておっさん達の輪の中心に……犬が居る。
間違いない、この犬は資料に載っていた魔物だ。
魔王ナベリウスの眷属オルトロス。
二つの頭部を持つ愛玩犬だ。ちなみに顔は右が狆、左がパグである。

おっさん1
「頭が二つあれば嗅覚も二倍だぜ!!」

発言から察するに犬の嗅覚を利用して猫を探す作戦なのか……?

おっさん2
「例の猫の目撃者が来たみたいだぜ?」
おっさん3
「待ってたぜっ!」

何だろうなこの盛り上がりは……。

マスター
「参加者は揃ったのか?」
おっさん1
「おう、これで全員だ。」
マスター
「ならばさっそく説明を始めてくれ。」
おっさん1
「よしきた。」

髭の濃いおっさんがホワイトボードの前に立ち説明を始めた。

おっさん1
「俺たちの目的は『猫の生け捕り』だ。」
「どんな猫なのかってことだが……目撃者の兄ちゃん、軽く説明してくれ。」
太郎
「はい。大きさは普通の、大人の猫ですね。柄は見事なパンダ柄です。」
おっさん2
「パンダか、確かに珍しいが……他に特徴は?」

パンダ柄という表現で問題なく伝わった。この世界にもパンダは居るようだ。

太郎
「あと人語を喋ります。」
おっさん連中
「!!?」

おっさんたち凄い驚いてるけど聞かされてなかったのか……。

おっさん2
「猫って喋るのか?」
おっさん3
「妖怪かな?」
おっさん4
「猫が喋るとか都市伝説じゃ……」

やべぇ疑われてるぞ俺……。

マスター
「ただ喋るだけではない、同族同士で会話が成立していた。」
おっさん1
「同族……複数居るんだな?」
マスター
「ああ、確認した数は三匹だ。」
おっさん1
「三匹か……現物を見てるのはあんたとそこの兄ちゃんだろ?班分けどうすっかな。」

三班に分かれて三匹を捜索するようだ。そうなるとマスターとは別行動か……。

マスター
「私と太郎君を別の班に。残りの一班にはオルトロスを入れよう。」
おっさん1
「そうだな。最初はそれで行くか。何かあったときは改めて組みなおす形で。」
「次は捕獲プランの説明だ。」

おっさんがホワイボードに猫を描き出す。しかも意外に絵心あるなこの人。

おっさん1
「まずは『キャットフード作戦』だ。」
太郎
「安直過ぎィ!」

指定ポイントにキャットフードを設置し、そこを張り込む作戦である。
さらに餌皿の上に籠と棒を用いた超古典的トラップも仕掛けるらしい。逆効果にならんといいけど。

おっさん1
「餌を置くだけでは確実性が薄い。そこでだ。」
「言葉を理解しているという情報に基き……」
「『こんなところにキャットフードがあるぞー』と大声で叫んで誘導する。」
太郎
「えぇ……(困惑)」

そんなの逆に警戒されるでしょ……。

おっさん1
「一班ごとに一ヶ所に餌を設置。餌を見張る『張り込み組み』と周囲を哨戒して探す『探索組』を班内で分ける。」
マスター
「この人数だと一班が四人か。二人……いや、張り込みは一人でも問題なさそうだが……。」
おっさん1
「人数配分は各班の判断に任せる。作戦に関してはこんなところだ。」

おっさんの説明が終わると早速班分け。アバウトかつ迅速に行われた。
初対面のおっさん三人と猫探しの始まりである。

角刈りのおっさん
「よろしくな兄ちゃん。」
太郎
「よろしくお願いします。」

おっさんから地図を借り餌を置くポイントをチェックする。
マスターの店を中心に三ヶ所印が付いている。

角刈りのおっさん
「ここが俺たちの担当だね。」

おっさんが一番南の印を指さした。

角刈りのおっさん
「『張り込み』と『探索』どっちがいい?」
太郎
「じゃあ『張り込み』で。」
スキンヘッドのおっさん
「そうか、じゃ俺は『探索』だな。」
店長
「ほれ、キャットフード。」
太郎
「あ、どうも……。」

そこそこ多いキャットフードを持たされて出発。
交代でキャットフードを持ちながら20分近く歩き、作戦区域に到着した。
餌と罠が地味に重くて疲れた……。
しかし仕事はこれからである。
角刈りのおっさんが手際よくキャットフードを設置する。
いい笑顔でのサムズアップ。罠の準備は上出来のようだ。
おっさんの笑顔を見ていると遠くから何か聞こえる。

野太い声
「こんなところにキャットフードがあるぞー(棒読み)」

本当に大丈夫なのかこの作戦……。

スキンヘッドのおっさん
「近くを探してくるからな、餌場のほうはまかせたぞ兄ちゃん。」
バーコードのおっさん
「俺も行ってくるよ。」
太郎
「了解です。」

スキンヘッドの後頭部を見送り罠に向き直る。
ん……?角刈りのおっさんがまだ何か置いている……?

太郎
「何を置いているんですか?」
角刈りのおっさん
「ああ、公民館から拝借してきた追加の罠だよ。」
太郎
「追加……?」

おっさんの手元を見るとそこには……錆びたトラバサミが……。

太郎
「生け捕り……ですよね?」
角刈りのおっさん
「そうだが?べつに五体満足でなくてもいいのだろう?」
太郎
「猫に恨みでもあるんですか……。」
角刈りのおっさん
「ははは、まさか。おじさんは猫大好きだよ(マジキチスマイル)」

怖くてあんまり突っ込んだことは聞けないな……。
おっさんの笑顔に引きつつ罠を見張ること10分、唐突に犬の遠吠えが聞こえた。

角刈りのおっさん
「ポチの班は順調みたいだね。」
太郎
「ポチ?」
角刈りのおっさん
「オルトロスの名前だよ。右の頭がポチ、左の頭がタマって名前なんだ。」

ポチはわかるがタマは猫に付ける名前じゃないのか……。

スキンヘッドのおっさん
「居たぞぉぉぉぉぉ!!」
太郎
「!!」

こちらも発見できたようだ。急いでスキンヘッドのもとに向かう。
願わくばトラバサミの出番は無いままで捕まえたい……。

班のおっさん連中と合流する。おっさんに囲まれる例の猫。
カバディのポーズをとったおっさんたちに逃げ道を塞がれているようだ。
おっさんたちの中心でおもむろに逆立ちを始める猫。
これはまさか……。

スキンヘッドのおっさん
「威嚇してやがるぜ!」
太郎
「猫の威嚇じゃないよねこれ!?逆立ちで威嚇って猫じゃなくてスカンクだよね!?」

「フフフ怖かろう。」
太郎
「逆立ちした猫を怖がる人間とかいねーよ。」
角刈りのおっさん
「確保じゃああああ!!」

逆立ち中の為素早く動けない猫はあっさりと捕獲された。
両側からおっさんに捕らえられ少し暑苦しそうである。
餌の場所まで戻り、罠から外した籠に猫を突っ込む。暴れる様子もないようで安心した。
むしろリラックスしているように見えるが……?

バーコードのおっさん
「籠の底にマタタビを張り付けておいたんだ。」

心を見透かしたように解説を入れるおっさん。
この籠……見た目よりはしっかり罠の役割してたんだな……。

角刈りのおっさん
「よし、逃げないように蓋をして……」
スキンヘッドのおっさん
「ぎゃあああああああああ!!!!」

突然の悲鳴に場が騒然となる。
おっさん連中には緊張が走り、猫も大口を開けて固まっている。
何が起こったのか……!
悲鳴を上げたスキンヘッドのおっさんは足を押さえてしゃがみ込んだ。
足元を見るとそこには……トラバサミが食い込んでいた。かなりの重傷である。

バーコードのおっさん
「負傷者一名!!負傷者一名!!」
太郎
「落ち着いて!落ち着いて助けを呼ぼう!!」

想定外の負傷に混乱する俺たち。

帽子のおっさん
「どうした!?何があった!!?」

悲鳴を聞きつけた別の班のおっさんたちが駆け付ける。
猫の入った籠を背負っているところを見るに捕獲が完了した班のようだ。

逆毛のおっさん
「重傷だわ!早く手当てしないと!!」
帽子のおっさん
「なんだこりゃ!なんでこんなところにトラバサミがあるんだ!!」
太郎
「角刈りのおっさんが公民館から持ち出してきたんですよ。それを誤って踏んだみたいで……。」
帽子のおっさん
「んでその角刈りはどこだよ!」
太郎
「居ない……!?逃げやがったのか!!!」

周りを見回すが本当に居ない。なんかもう猫より厄介だなこれ……。

帽子のおっさん
「さっさと捕まえて……」
逆毛のおっさん
「負傷者を運ぶのが先よ!!」

負傷者に目をやるとオルトロスが寄り添っていた。
慰めているつもりなのかスキンヘッドの頭頂部を舐めている……。
舐められているほうは複雑な気分だろうが今は痛みでそれどこでは無いようだ。

逆毛のおっさん
「ほら、どいて!」
スキンヘッドのおっさん
「すまねぇ……。」

おっさんたちは負傷者を抱えて近くの診療所へ向かおうとしている。

マスター
「何の騒ぎだこれは。」
太郎
「おっさんがトラバサミ踏んじゃったの……。」

マスターの班も合流。猫の捕獲は終わっていたようだ。

マスター
「負傷者が出たのか。わかった。後片付けは私と太郎君がしておく。」
バーコードのおっさん
「台車借りてきたよ!早く乗せよう!!」

マスターから捕獲済みの猫の籠を受け取りおっさんたちは台車で走り出す。

マスター
「おっさんが一人足りなかった気がするが……」
太郎
「それがね、トラバサミを仕掛けた角刈りのおっさんが居なくなってるんだ。」
マスター
「責任追及を恐れて逃走したのか?」
太郎
「状況的にはそうだと思う。……探す?」
マスター
「一応探すか。」

探すなら今である。
まだそれほど遠くには行っていないだろう。それに……

マスター
「頼むぞオルトロス。」
オルトロス
「ワフ?」
太郎
「頼むぞポチ。」
ポチ
「ワン!」
タマ
「クゥーン……」
太郎
「頼むぞポチ、そしてタマ」
二頭
「ワンワン!」
マスター
「犬なのにタマなのか……。」

残ってくれたオルトロスが居れば楽勝だろう。
犬は総じて優秀、はっきりわかんだね(偏見)

太郎
「さっきまで居た角刈りのおっさんがどこに行ったのかわかるか?」
ポチ
「ワン!」

臭いを嗅ぎながら歩きだすポチ。タマのほうはどこから取り出したのか骨らしき物を齧っている。
北方向へ30メートル程度歩いてポチが振り返る。

太郎
「どうした?何か見つけたか?」
ポチ
「ワフッ!」

ポチの傍に寄った瞬間、路地の奥から声が聞こえてきた。

???
「暴れるんじゃねぇ!!」
角刈りのおっさん
「離せバカ!おのれぇ!かくなる上は……悪霊退散ッ!!!」

聞き覚えのある声だ……。
三人(?)で声のもとに駆け寄る。

太郎
「あ、あんたは……!!」
目出し帽おじさん
「やあ、また会ったね。」

昨日会った目出し帽が角刈りのおっさんを組み伏せている。

太郎
「いったい何があったんだ……。」
目出し帽おじさん
「なんかいきなり体当たりされたから捕まえた。」
マスター
「逃走中に誤って衝突したのか?」
太郎
「あぁ……そりゃ災難ですね……。」
目出し帽おじさん
「本当だよ。何なんだこのおじさんは。君たちの知り合いかい?」

マスターが目出し帽に状況を説明する。しかし、説明中にも微妙に状況が悪化している気がするぞ。
状況を聞く目出し帽おじさんの下で角刈りのおっさんが口から泡を吹き始める。呼吸出来てないんじゃないかこれ……。

太郎
「なあ目出し帽のおっさん。」
目出し帽おじさん
「どうしたんだい?」
太郎
「下、そろそろヤバイ。」

下の角刈りを確認する目出し帽おじさん。
一度手を放しマスターと一緒に改めて抑え込む。

角刈りのおっさん
「がはぁっ!!」
目出し帽おじさん
「一応手足を縛っておこう。」

なんで拘束具常備してんだこの人は……。

マスター
「よし、意識はあるな。こいつは私が運ぼう。」

サハギンに抱えられ、もう抵抗する気力は失ったようだ。角刈りのおっさんは無表情になり虚空を見つめている。

目出し帽おじさん
「しかしここ最近は治安が悪くなったね。」
「不審者の目撃情報が格段に増えたと聞くよ。まさか体当たりされるとは思っていなかったが……。」

格好だけ見ればこの人も十分過ぎるほど不審者なのだがツッコミを入れるべきなのだろうか……?

太郎
「あなたも気を付けてくださいね(意味深)」
「それでマスター、そのおっさんはどこに連れて行くんだ?」
マスター
「当事者達の前に突き出して責任追及だな。」
太郎
「容赦ねえ。」

マスターはおっさんを担いだまま診療所に向かうようである。

マスター
「太郎君。」
太郎
「はい。」
マスター
「おっさん達のことは私に任せて君は先に上がるといい。」
太郎
「いいのか?」
マスター
「遠出する前だろ。今必要以上に働くと体力持たないぞ。」

確かにその通りだ。今日は運動量はそこまで多くないが怪我人の出た現場に居たことで精神的には疲弊している。

太郎
「じゃあお言葉に甘えて。」
マスター
「ああ、お疲れ様。」
太郎
「お疲れ様です。」
ポチ
「ワンワン!」
太郎
「オルトロスはどうするんだ?」
マスター
「診療所はペット禁止だ。」
太郎
「合流できないじゃないか……。」
マスター
「案ずるな。オルトロスとて魔王の眷属だ。自分の帰るべき場所くらいわかる。」

オルトロスのほうに目をやるとタマが齧っていた骨をポチが奪って噛み砕いていた。
少し心配ではあるが人間の価値観で魔物のことを推し量るのもよくない。好きにさせよう。
路地裏に駆け出すオルトロスを見送ると自分も帰路に就くことにした。

目出し帽おじさん
「なんだ帰るのかい?それならおじさんが送っていこう。最近物騒だからね。」
太郎
「送るってこんな目立つボディーガード嫌だよ!」

丁重にお断り、当然である。

目出し帽おじさんを振り切って無事帰宅。
持ってく荷物をまとめたら早めに休もう……。

鍵を開けて部屋に入る。畳んでいた布団を敷き、その上で作業開始。
魔王城で貰ったパンフレット等を遠出用のバックパックに詰め替えてゆく。

太郎
「資料の他には……貴重品、着替え一着、あとは水筒か……。おやつは任意だな。」

今準備できるものを適当に詰め込んでみたがこれでは学生の遠足である。
野営セット、キャンプ用品等の調達を後回しにしたから当然ではあるが……。
部屋の片隅に昨日の水鉄砲を発見。玩具の一つくらい持っててもいいよね……。
荷物はこれくらいにしよう。必要以上に増えると厄介だ。消耗品となる雑貨なんかは現地で買おう。
持ち物は一応まとまったので早めに就寝。

翌日、今日は一番鶏は鳴かなかった。平和である。
朝食のインスタント味噌汁にお湯を注ぐ。
半分残して水鉄砲に入れようかとも考えたが思いとどまる。
単なる味噌汁、殺傷力があるのは熱いうちだけだ。
それに食べ物を粗末にするのは良くない。
護身用にしても本来は何を入れれば良いのだろうか。渡してくれた奴に直接聞こう。


太郎
「そういうことだから何を入れるべきか教えてくれよ。」
マスター
「……。」

今日は開店前に来てみたのだが顔馴染みだからか入れてしまった。

マスター
「それを旅に持っていくつもりか?」
太郎
「はい。」
マスター
「旅の途中で水を無駄に使うことは推奨されない。」
太郎
「……。」
マスター
「飲み水は貴重だからな。故に不要な液体を詰めるのがベストな選択だ。」
太郎
「……(なんだか嫌な予感がしてきたぞ)」
マスター
「旅の途中で絶対に手に入るであろう不要な液体、何かわかるかね?」
太郎
「……(わかったけど言いたくないゾ!)」
マスター
「尿だよ尿、太郎君。尿を入れたまえ。」
太郎
「一見ギャグともとれる発言だが合理主義者が消去法で出した結論である。でもお断りだ!」
マスター
「物理的な殺傷力が期待できない以上、精神的ダメージを与え……」
太郎
「準備して持ち歩く人も精神ダメージ甚大だよ!!」

真顔で最悪な提案をされてしまったため、水鉄砲を武器に使うのは諦めることにした。

太郎
「水鉄砲は諦めるけど武器って必要じゃない?護身用に。」
マスター
「本格的な武器は持ち歩くのに許可が要るぞ。」
太郎
「許可ねぇ……パスポートが届くまでにってのは流石に時間が無いか。」
マスター
「とりあえず何から身を守りたいんだ?」
太郎
「不審者!(即答)」
マスター
「そうか、人間相手なら……護身術の指南書を渡しておこう。」
太郎
「体術で戦うのか……。武器が無いならそうなるよね。」
マスター
「ほら、これ。」

おもむろに古びた書物を渡してくるマスター。
表紙に『サハギン流暗殺術』とか書いてあるんだけど人間でも使えるのか?
手に取って表紙をめくると……古書っぽいのはブックカバーだったようだ。
中身は人間向けの柔術?のようなものが載っていた。

マスター
「丸腰の人間相手ならそれで対処したまえ。」
太郎
「簡単に言ってくれる……。」
マスター
「あとは武器を持った人間やら旅先で会うであろう害獣やらだが……」
太郎
「あぁ、それも聞きたかった。」
マスター
「『素人は何もするな』だな。」
太郎
「それでいいのか……。」
マスター
「専門職に任せ、邪魔にならないように距離を取るんだ。」
「どうせ害獣駆除の経験なんて無いだろ?」
太郎
「記憶にございません。」

おそらく昨日の猫程度では害獣には入るまい。
パンフレットに載っていた要注意危険生物はどれも巨大なものばかりだった。
普通に恐竜とか載ってるし。

マスター
「安全に旅をしたいなら単独行動は避けることだ。」
太郎
「善処します……。」
マスター
「案ずるな。たかだか販売員に戦闘を強要するものなどいない。」
太郎
「ごもっともなのになぜか腑に落ちない!」

不自由は感じていないのになんとなくモヤモヤする感覚である。
自分には戦いたい願望でもあるのだろうか……。

太郎
「ともかく護身用の武器は無理に調達しなくていいわけだね。」
マスター
「所有の許可を得る手間があるしそうなるな。」
太郎
「猟銃は許可が要るのわかるけど剣とかの刃物も許可制なのか?」
マスター
「許可制だよ。以前の国王が『刀狩り』まがいのことをやったらしくてな。」
「その影響で自治区もまだ許可制。」
太郎
「そういう理由かー。」

魔王ではなく国王。魔王が来る以前に人間側で作った決まりが残っているわけである。

太郎
「安全策は……武器は諦めてボディーガードを雇うしかないか。」
マスター
「そのことだが……太郎君。君は今の自分の所属を把握しているか?」
太郎
「所属かぁ。記憶喪失な上に異世界人説が出てるしはっきりしないよね。」
マスター
「身元が判明するまでは身柄は自治区預かり、しかし戸籍は魔王様の管理下となっている。」
太郎
「ちょっとややこしくなってる?」
マスター
「難しく考えなくていい。君の正体がわかるまでは我々魔物が君を死なせないということだ。」
「そんな理由でボディーガードは一体以上の魔物が必ず付くことになった。魔王様からの通達だ。」

必ず付く……旅はそんなに危険なのだろうか。
もしくは監視役……などと考えるのは流石に自意識過剰か。

太郎
「雇う費用とかは?」
マスター
「経費で落ちるそうだ。」

経費……護衛対象が従業員だからか。
とにかく魔物が付いてくれるなら心配は無さそうだ。
……いや待て、今まで見た魔物は魚と蛸と犬だ。
その中でも実績があるのは不審者を難なく捕まえたサハギン(ブロブフィッシュ)だけである。
クラーケンの実力は未知数だが軟体動物に過度な期待は禁物だ。
オルトロスに至っては……犬以上の働きをしていない。

太郎
「どの種類の魔物が付くんだ?」
マスター
「交代制だから決まった種類で固定されたりはしないぞ。」
「戦力にならない奴をわざわざ遣したりはしないからその辺は安心していい。」

心配事は杞憂だったようだ。

マスター
「ところで話は変わるが『コカトリス』に進展があったぞ。」
太郎
「マジで?」
マスター
「例の蛇が昨夜保護されたそうだ。」
太郎
「じゃあ一件落着かい?」
マスター
「いや、飼い主に事情を聴いている段階だと。」
太郎
「あの蛇も飼われてたのか……。」
マスター
「完全な解決にはまだかかるだろうな。」

事象としては「動物が悪戯された事件」に過ぎないのだが
被害に遭ったのが飼育下の動物だったため事態は重く見られているらしい。

マスター
「あとコカトリスのことをフォルネウス様に報告したんだが」
太郎
「おぉ、魔王様の見解気になる!」
マスター
「『本物のコカトリスはもっとでかい、図鑑見ろ』と。」
太郎
「本物……居るのか……。」

カウンターの下からおもむろに動物図鑑を取り出すマスター。
『コカトリス』のページを開きこちらに見せてきた。

太郎
「これは……羽毛恐竜か!?」
マスター
「近年現れた恐竜の変異種だ。」

衝撃的な写真が載っている。
蛇に似た顔の二足歩行小型肉食恐竜だが……
背面から尻尾にかけて白い羽毛に覆われている。
しかし問題はその尻尾だ。鶏の頭部そっくりの形状になっている。
擬態のつもりなのだろうか。

太郎
「本体こっちなのかよ……。」
マスター
「ちなみにこの尻尾だが蜥蜴と同様に自切可能らしいぞ。」
太郎
「取れるのかよ!?この姿でそれって悪趣味なジョークみたいだな。」

生態系がおかしいとは聞いたがそれ以前の問題である。
なんでこんな珍生物ばかり居るんだ……。

マスター
「生息地は島の北部でこのあたりには居ないらしい。」
太郎
「それはよかった。好き好んで会いたくないよこんなの……。」
マスター
「そうか?こんなに面白い生物なのに……。」
太郎
「いや見た目は面白いけどさ……。他にまだ面白い要素あんの?コカトリスだし毒とか石化とか?」
マスター
「毒は蛇の毒とさして変わらないらしい。」
太郎
「予想の範疇だけどやっぱり毒はあるんだな。」
マスター
「石化のほうだが……。」
太郎
「非科学的だし流石に石化は無いよね。」
マスター
「外皮をカメレオンの様に変色させて石に擬態するそうだ。」
太郎
「自分が石化すんのかよ!?」

危険な毒を持った恐竜のはずだがここまでされるともういろいろ台無しである。

マスター
「疲れたような顔になってるぞ?」
太郎
「ああ、俺の顔?」
マスター
「うむ。」
太郎
「ツッコミ入れてばかりだからね。(白目)」
マスター
「なるほど。しかし旅先でもそれでは体が持つまい。」
「ツッコミを複数人で分担してはどうか。」
太郎
「その発想は無かった。」

戦闘は魔物依存、ツッコミ担当が複数……そんな珍妙なパーティー編成でいいのか?

マスター
「難しい顔してないで、まあ飲めよ。」

気遣ってくれているのだろうか……?しかし何が出てくるのか油断ならないのがこのバーである。

太郎
「今日はいったい何が出てくるんだ?」
マスター
「これ、何だと思う?」
太郎
「……!?」

マスターが何かヤバそうな液体の入ったグラスを差し出す。

太郎
「いやマジで何だよこれ!?」
マスター
「豚汁と青汁を混ぜたものに鶏の生き血とキャットフードを足してみた。」
太郎
「飲めるわけないだろ!いい加減にしろ!」
マスター
「飲めるぞ。」

目の前で豪快に飲み干すマスター。

太郎
「それはあんたが魔物だからだろ……。」
マスター
「……。」

空になったグラスを置き、口を閉じたままおもむろに鰓から息を吸い込むマスター。ほら、無理をするから……。

マスター
「グッドスメルブレス!!!」
太郎
「ぐわああああぁぁぁぁぁ!!!」

突然のブレス攻撃!
近距離直撃コースにいた俺は椅子から落ち、床を転げ回りながら悶絶した。
何がグッドスメルなものか。バッドスメルすら生ぬるいヘルズスメルだろこれは。
死ぬ……マジで死ぬ……。悪臭で目が痛くなるってヤバいから……。
何も考えられなくなりそのまま視界がブラックアウトしてしまった。
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