社畜から始める櫻花荘

杠静流

文字の大きさ
8 / 8
櫻花荘との出会い

第七話 無職は決断する

しおりを挟む
 手伝いを終えて自室に戻る。

 窓際のチェアに深く腰掛けながら茶をすすると少し足を投げ出して背もたれに体重をかける。

 親戚たちが困っていることを知って居ても立っても居られなかったわけだが、半年も引きこもりを続けていた俺にとってはこれくらいの運動量でも少々辛かった。俺はおあずけを受けた朝食をぼぅっとしながらと待ち続けた。

 しばらくすると襖の奥から伯父の声がする。
「健ちゃんおまたせ、朝食を持ってきたよ」
 伯父は襖をゆっくりと開けると脇取盆を持ちながら敷居をまたぐ。

 俺は腰掛けていたチェアから立ち上がると座敷に置かれた座椅子へ座る。
「健ちゃんさっきはありがとうね。本当に助かったよ」
 話しながら脇取盆から料理の乗った皿をテーブルへ丁寧に並べていく。
「本当にどうなることかと思ったよ。今日休んだ子は学校が始まる前と終わったあとに来てくれるんだけどね、無理させてしまったかな……?」
 伯父はすこし悲しそうな表情を見せながら続ける。
「最近は幸子の体調も崩しがちだし、番頭も辞めてしまってね。人手不足気味だったんだよ」
 そうなんですねと相づちを打つ。伯父は料理をテーブルに並べ終わると脇取盆を膝に立てた。
「こんな内部のことを言われても困るよね……。さっ、さっきのお礼でちょっと豪華にしたから食べてね。」
 そう伯父に促されると俺は箸をとり、食べ始める。それを見た伯父は再び口を開く。
「今日はとてもいい動きをしてたよ。健ちゃんこの仕事向いてるんじゃない?」
「ありがとうございます」
「このままここで働いてくれたら嬉しいんだけどねぇ」
 ニヤリと笑いながら俺の顔を軽く覗き込む。
「……」
 無言の時間が数秒とすぎると伯父は笑った。

「ごめんごめん、冗談だよ。ゆっくり食べてね」
 そういうと伯父は立ち上がり歩き始めた。

 俺は食事をしながら考えていた。
 半年続けた引きこもり生活、このままで良くないのはわかっている。
 実際この旅行が終わったら仕事を探し始めようと思っていたわけだが、これも良い機会かもしれない。この旅館は居心地がいいし、縁もある。これほど今の俺にあっている職場はないのかもしれないと思っていた。

「――あのっ!ここで」
 そう言葉に出そうとした頃には伯父は部屋から出て襖を閉めていた。

 ◇◆◇

 この旅館に訪れてから一週間と少し経過した。
 旅館の庭に植えられた一株の枝垂れ桜は咲き乱れていた。
 朝食を終えて着替えを終えた俺はスマートフォンと財布だけを持って部屋を出る。

 受付には雪乃がおり、俺に気づく。
「長谷川さんおはようございます!これから公園に向かうんですかね?」
 明るい笑顔を見せながら話しかけてくる彼女に少し気圧されながら応答する。
「――はい、そうです」
「なるほど!ちょっと距離があるので無理しないで向かってくださいね。たのしんで!」
「ありがとうございます」

 すこしだけ言葉を交わすと引き戸を開けて外に出た。

 旅館からでて崖路ほきじを徒歩で登り二十分ほどで公園についた。
 公園は観光客で溢れており、とてもにぎやかだった。

 公園には背が高い桜の木がたくさん植えられており、赤みの強い花びらが手に届く高さまで咲き乱れていた。
 公園全体を見るために通路を歩いているが、人混みに酔った。

 今まで、花を綺麗だと思うことはあっても感動することはなかった。
 東京や地元にも桜はあるし、春になれば日常的に見ていた。

 だが名所ともあってそれとは一線を画す景色で、初めて桜を見て感動した。

 以前旅館を手伝ったときに思った、「ここで働きたい」という気持ちがさらに強まった。旅館に戻ったら伯父と話をしよう。実家に帰ったら母とも話をしよう。

 俺はこの桜が咲き乱れる公園で決断した。
 
 ◇◆◇

 満足が行くまでに公園を散策した俺は旅館の前まで帰ってきていた。
 引き戸を開けると中にはまた雪乃が立っている。

「長谷川さんおかえりなさい!桜はどうでした?」
 こちらに駆け寄りながら聞かれたので「とてもきれいでしたよ」と返す。

「それは良かったです!  これで高谷を満喫されましたね」
 花が咲き乱れるように美しく笑う彼女に俺も笑顔で返しながら用意された履物に履き替える。
「すみません、伯父と話がしたいんですが空いてる時間とかありますか?」
「旦那さんにですね……。ちょっとわからないので空いている時間に部屋へ向かわせますね」
「ありがとうございます」

 伯父との会話のアポイントメントを取り付けて俺は部屋に戻る。
 明日実家に帰るため、充電器など、今夜使うもの以外の荷物をキャリーバッグに詰め込む。
 帰宅の準備をしていると、部屋の外から伯父に声をかけられる。
「健ちゃん、入るよ!」
 襖が開けられ、伯父が部屋に入ってくる。帰りの準備をしている俺を見ると寂しそうな表情をした。
「明日帰っちゃうんだよね。寂しくなるな」
「そのことなんですが伯父さん、お願い事があります」
 手を止めて伯父の方へ向かって正座をした俺の表情から何かを感じ取ったのか、伯父も真剣な表情になった。
「わかった。とりあえず座ろうか」
 座椅子に座るよう促されたので、座った。

「それで、なにかな?」
 伯父は指を組んでテーブルに軽く置きながら問いかけてくる。

 若干下を向きながら話し始める。
 「おれ……、僕はここに来て色々な刺激を受けました。都会にはない風景や綺麗な桜……、それだけじゃない。ここの人たちのつながりとこの旅館の暖かさ」
 たて続けに言葉をつづる俺の話を伯父はうん、うんと静かに聞いてくれている。
「前の職場では大変な思いをしましたが、ここならやっていける気がするんです!」
 ここまで話を終えると今度は伯父の目をしっかりと見て続ける。

「僕を、この旅館で働かせてくれませんか?」
 言い終えると伯父は柔和な表情になった。
「ありがとう、色々考えたんだね。わかった、一緒に働こう」
 そう言うと立ち上がり俺の横まで来て肩に手を乗せる。

「一緒にがんばろう」

 ◇◆◇
 朝が来た。毎朝聞こえてくる鳥の鳴き声を聞きながら帰宅の最終準備をしていた。リュックサックに手回り品と充電器を突っ込むと部屋を出た。

 玄関先まで出ると伯父と雪乃、若菜が立っている。
 「健ちゃん、気を付けて帰ってね」
 そう言いながら握手を求められ、手を差し出すとぎゅっと強く握る。
「長谷川さん、また来てくださいね」
「こんど来るときは横浜の話をたくさん聞かせてくださいね」
 雪乃と若菜が握手をする横でたて続けに言う。おそらくこのあと俺がこの旅館で働くことを聞かされていないのだろう。
 伯父の顔を見ると少しニヤリとしていた。

 この人は若干いたずら好きなところがあるのだろう。

「ありがとうございました」
 そう言い、バス停へと歩みを進めた。

 ◇◆◇

 家につくと母が出迎えてくれた。
 「おかえりなさい、健太郎。おなかすいてるでしょう?ご飯できてるからいらっしゃい」
 そう言うとダイニングに連れて行かれる。
 そういえばもうすでに夕食の時間だった。

 食卓には炒飯が乗せられており、座るとすぐに食べ始めた。
 母はすでに食べ終わっていたのか、あの日の朝食のときのように俺のことをじっと見ていた。
 若干の気まずさを感じながら食べ終えると話を切り出す。
「俺、櫻花荘で働くことにしたよ」
「ええ、聞いているわ」

 すでに伯父から連絡があったようだ。
「だから、来月から家を出るよ」
「わかった、それまでに準備しましょうね」

 半年も引きこもっていた息子が再び歩み出そうとしていることが嬉しいのか若干目元が潤んでいる。
 その後もしばらく簡単な会話だけが続く。

 俺が自室に戻ったあとも母はダイニングにおり、ポツリと呟いた。
「健太郎が櫻花荘で働くことになるなんてね。人生何が起こるかわからないわね」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密

まさき
青春
 俺は今、東大院生の実験対象になっている。  ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。  「家庭教師です。住まわせてください」  突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。  桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。  偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。  咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。  距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。  「データじゃなくて、私がそう思っています」  嘘をついているような顔じゃなかった。  偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。  不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...