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櫻花荘との出会い
第七話 無職は決断する
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手伝いを終えて自室に戻る。
窓際のチェアに深く腰掛けながら茶を啜ると少し足を投げ出して背もたれに体重をかける。
親戚たちが困っていることを知って居ても立っても居られなかったわけだが、半年も引きこもりを続けていた俺にとってはこれくらいの運動量でも少々辛かった。俺はおあずけを受けた朝食をぼぅっとしながらと待ち続けた。
しばらくすると襖の奥から伯父の声がする。
「健ちゃんおまたせ、朝食を持ってきたよ」
伯父は襖をゆっくりと開けると脇取盆を持ちながら敷居を跨ぐ。
俺は腰掛けていたチェアから立ち上がると座敷に置かれた座椅子へ座る。
「健ちゃんさっきはありがとうね。本当に助かったよ」
話しながら脇取盆から料理の乗った皿をテーブルへ丁寧に並べていく。
「本当にどうなることかと思ったよ。今日休んだ子は学校が始まる前と終わったあとに来てくれるんだけどね、無理させてしまったかな……?」
伯父はすこし悲しそうな表情を見せながら続ける。
「最近は幸子の体調も崩しがちだし、番頭も辞めてしまってね。人手不足気味だったんだよ」
そうなんですねと相づちを打つ。伯父は料理をテーブルに並べ終わると脇取盆を膝に立てた。
「こんな内部のことを言われても困るよね……。さっ、さっきのお礼でちょっと豪華にしたから食べてね。」
そう伯父に促されると俺は箸をとり、食べ始める。それを見た伯父は再び口を開く。
「今日はとてもいい動きをしてたよ。健ちゃんこの仕事向いてるんじゃない?」
「ありがとうございます」
「このままここで働いてくれたら嬉しいんだけどねぇ」
ニヤリと笑いながら俺の顔を軽く覗き込む。
「……」
無言の時間が数秒とすぎると伯父は笑った。
「ごめんごめん、冗談だよ。ゆっくり食べてね」
そういうと伯父は立ち上がり歩き始めた。
俺は食事をしながら考えていた。
半年続けた引きこもり生活、このままで良くないのはわかっている。
実際この旅行が終わったら仕事を探し始めようと思っていたわけだが、これも良い機会かもしれない。この旅館は居心地がいいし、縁もある。これほど今の俺にあっている職場はないのかもしれないと思っていた。
「――あのっ!ここで」
そう言葉に出そうとした頃には伯父は部屋から出て襖を閉めていた。
◇◆◇
この旅館に訪れてから一週間と少し経過した。
旅館の庭に植えられた一株の枝垂れ桜は咲き乱れていた。
朝食を終えて着替えを終えた俺はスマートフォンと財布だけを持って部屋を出る。
受付には雪乃がおり、俺に気づく。
「長谷川さんおはようございます!これから公園に向かうんですかね?」
明るい笑顔を見せながら話しかけてくる彼女に少し気圧されながら応答する。
「――はい、そうです」
「なるほど!ちょっと距離があるので無理しないで向かってくださいね。たのしんで!」
「ありがとうございます」
すこしだけ言葉を交わすと引き戸を開けて外に出た。
旅館からでて崖路を徒歩で登り二十分ほどで公園についた。
公園は観光客で溢れており、とても賑やかだった。
公園には背が高い桜の木がたくさん植えられており、赤みの強い花びらが手に届く高さまで咲き乱れていた。
公園全体を見るために通路を歩いているが、人混みに酔った。
今まで、花を綺麗だと思うことはあっても感動することはなかった。
東京や地元にも桜はあるし、春になれば日常的に見ていた。
だが名所ともあってそれとは一線を画す景色で、初めて桜を見て感動した。
以前旅館を手伝ったときに思った、「ここで働きたい」という気持ちがさらに強まった。旅館に戻ったら伯父と話をしよう。実家に帰ったら母とも話をしよう。
俺はこの桜が咲き乱れる公園で決断した。
◇◆◇
満足が行くまでに公園を散策した俺は旅館の前まで帰ってきていた。
引き戸を開けると中にはまた雪乃が立っている。
「長谷川さんおかえりなさい!桜はどうでした?」
こちらに駆け寄りながら聞かれたので「とてもきれいでしたよ」と返す。
「それは良かったです! これで高谷を満喫されましたね」
花が咲き乱れるように美しく笑う彼女に俺も笑顔で返しながら用意された履物に履き替える。
「すみません、伯父と話がしたいんですが空いてる時間とかありますか?」
「旦那さんにですね……。ちょっとわからないので空いている時間に部屋へ向かわせますね」
「ありがとうございます」
伯父との会話のアポイントメントを取り付けて俺は部屋に戻る。
明日実家に帰るため、充電器など、今夜使うもの以外の荷物をキャリーバッグに詰め込む。
帰宅の準備をしていると、部屋の外から伯父に声をかけられる。
「健ちゃん、入るよ!」
襖が開けられ、伯父が部屋に入ってくる。帰りの準備をしている俺を見ると寂しそうな表情をした。
「明日帰っちゃうんだよね。寂しくなるな」
「そのことなんですが伯父さん、お願い事があります」
手を止めて伯父の方へ向かって正座をした俺の表情から何かを感じ取ったのか、伯父も真剣な表情になった。
「わかった。とりあえず座ろうか」
座椅子に座るよう促されたので、座った。
「それで、なにかな?」
伯父は指を組んでテーブルに軽く置きながら問いかけてくる。
若干下を向きながら話し始める。
「おれ……、僕はここに来て色々な刺激を受けました。都会にはない風景や綺麗な桜……、それだけじゃない。ここの人たちのつながりとこの旅館の暖かさ」
たて続けに言葉を綴る俺の話を伯父はうん、うんと静かに聞いてくれている。
「前の職場では大変な思いをしましたが、ここならやっていける気がするんです!」
ここまで話を終えると今度は伯父の目をしっかりと見て続ける。
「僕を、この旅館で働かせてくれませんか?」
言い終えると伯父は柔和な表情になった。
「ありがとう、色々考えたんだね。わかった、一緒に働こう」
そう言うと立ち上がり俺の横まで来て肩に手を乗せる。
「一緒にがんばろう」
◇◆◇
朝が来た。毎朝聞こえてくる鳥の鳴き声を聞きながら帰宅の最終準備をしていた。リュックサックに手回り品と充電器を突っ込むと部屋を出た。
玄関先まで出ると伯父と雪乃、若菜が立っている。
「健ちゃん、気を付けて帰ってね」
そう言いながら握手を求められ、手を差し出すとぎゅっと強く握る。
「長谷川さん、また来てくださいね」
「こんど来るときは横浜の話をたくさん聞かせてくださいね」
雪乃と若菜が握手をする横でたて続けに言う。おそらくこのあと俺がこの旅館で働くことを聞かされていないのだろう。
伯父の顔を見ると少しニヤリとしていた。
この人は若干いたずら好きなところがあるのだろう。
「ありがとうございました」
そう言い、バス停へと歩みを進めた。
◇◆◇
家につくと母が出迎えてくれた。
「おかえりなさい、健太郎。おなかすいてるでしょう?ご飯できてるからいらっしゃい」
そう言うとダイニングに連れて行かれる。
そういえばもうすでに夕食の時間だった。
食卓には炒飯が乗せられており、座るとすぐに食べ始めた。
母はすでに食べ終わっていたのか、あの日の朝食のときのように俺のことをじっと見ていた。
若干の気まずさを感じながら食べ終えると話を切り出す。
「俺、櫻花荘で働くことにしたよ」
「ええ、聞いているわ」
すでに伯父から連絡があったようだ。
「だから、来月から家を出るよ」
「わかった、それまでに準備しましょうね」
半年も引きこもっていた息子が再び歩み出そうとしていることが嬉しいのか若干目元が潤んでいる。
その後もしばらく簡単な会話だけが続く。
俺が自室に戻ったあとも母はダイニングにおり、ポツリと呟いた。
「健太郎が櫻花荘で働くことになるなんてね。人生何が起こるかわからないわね」
窓際のチェアに深く腰掛けながら茶を啜ると少し足を投げ出して背もたれに体重をかける。
親戚たちが困っていることを知って居ても立っても居られなかったわけだが、半年も引きこもりを続けていた俺にとってはこれくらいの運動量でも少々辛かった。俺はおあずけを受けた朝食をぼぅっとしながらと待ち続けた。
しばらくすると襖の奥から伯父の声がする。
「健ちゃんおまたせ、朝食を持ってきたよ」
伯父は襖をゆっくりと開けると脇取盆を持ちながら敷居を跨ぐ。
俺は腰掛けていたチェアから立ち上がると座敷に置かれた座椅子へ座る。
「健ちゃんさっきはありがとうね。本当に助かったよ」
話しながら脇取盆から料理の乗った皿をテーブルへ丁寧に並べていく。
「本当にどうなることかと思ったよ。今日休んだ子は学校が始まる前と終わったあとに来てくれるんだけどね、無理させてしまったかな……?」
伯父はすこし悲しそうな表情を見せながら続ける。
「最近は幸子の体調も崩しがちだし、番頭も辞めてしまってね。人手不足気味だったんだよ」
そうなんですねと相づちを打つ。伯父は料理をテーブルに並べ終わると脇取盆を膝に立てた。
「こんな内部のことを言われても困るよね……。さっ、さっきのお礼でちょっと豪華にしたから食べてね。」
そう伯父に促されると俺は箸をとり、食べ始める。それを見た伯父は再び口を開く。
「今日はとてもいい動きをしてたよ。健ちゃんこの仕事向いてるんじゃない?」
「ありがとうございます」
「このままここで働いてくれたら嬉しいんだけどねぇ」
ニヤリと笑いながら俺の顔を軽く覗き込む。
「……」
無言の時間が数秒とすぎると伯父は笑った。
「ごめんごめん、冗談だよ。ゆっくり食べてね」
そういうと伯父は立ち上がり歩き始めた。
俺は食事をしながら考えていた。
半年続けた引きこもり生活、このままで良くないのはわかっている。
実際この旅行が終わったら仕事を探し始めようと思っていたわけだが、これも良い機会かもしれない。この旅館は居心地がいいし、縁もある。これほど今の俺にあっている職場はないのかもしれないと思っていた。
「――あのっ!ここで」
そう言葉に出そうとした頃には伯父は部屋から出て襖を閉めていた。
◇◆◇
この旅館に訪れてから一週間と少し経過した。
旅館の庭に植えられた一株の枝垂れ桜は咲き乱れていた。
朝食を終えて着替えを終えた俺はスマートフォンと財布だけを持って部屋を出る。
受付には雪乃がおり、俺に気づく。
「長谷川さんおはようございます!これから公園に向かうんですかね?」
明るい笑顔を見せながら話しかけてくる彼女に少し気圧されながら応答する。
「――はい、そうです」
「なるほど!ちょっと距離があるので無理しないで向かってくださいね。たのしんで!」
「ありがとうございます」
すこしだけ言葉を交わすと引き戸を開けて外に出た。
旅館からでて崖路を徒歩で登り二十分ほどで公園についた。
公園は観光客で溢れており、とても賑やかだった。
公園には背が高い桜の木がたくさん植えられており、赤みの強い花びらが手に届く高さまで咲き乱れていた。
公園全体を見るために通路を歩いているが、人混みに酔った。
今まで、花を綺麗だと思うことはあっても感動することはなかった。
東京や地元にも桜はあるし、春になれば日常的に見ていた。
だが名所ともあってそれとは一線を画す景色で、初めて桜を見て感動した。
以前旅館を手伝ったときに思った、「ここで働きたい」という気持ちがさらに強まった。旅館に戻ったら伯父と話をしよう。実家に帰ったら母とも話をしよう。
俺はこの桜が咲き乱れる公園で決断した。
◇◆◇
満足が行くまでに公園を散策した俺は旅館の前まで帰ってきていた。
引き戸を開けると中にはまた雪乃が立っている。
「長谷川さんおかえりなさい!桜はどうでした?」
こちらに駆け寄りながら聞かれたので「とてもきれいでしたよ」と返す。
「それは良かったです! これで高谷を満喫されましたね」
花が咲き乱れるように美しく笑う彼女に俺も笑顔で返しながら用意された履物に履き替える。
「すみません、伯父と話がしたいんですが空いてる時間とかありますか?」
「旦那さんにですね……。ちょっとわからないので空いている時間に部屋へ向かわせますね」
「ありがとうございます」
伯父との会話のアポイントメントを取り付けて俺は部屋に戻る。
明日実家に帰るため、充電器など、今夜使うもの以外の荷物をキャリーバッグに詰め込む。
帰宅の準備をしていると、部屋の外から伯父に声をかけられる。
「健ちゃん、入るよ!」
襖が開けられ、伯父が部屋に入ってくる。帰りの準備をしている俺を見ると寂しそうな表情をした。
「明日帰っちゃうんだよね。寂しくなるな」
「そのことなんですが伯父さん、お願い事があります」
手を止めて伯父の方へ向かって正座をした俺の表情から何かを感じ取ったのか、伯父も真剣な表情になった。
「わかった。とりあえず座ろうか」
座椅子に座るよう促されたので、座った。
「それで、なにかな?」
伯父は指を組んでテーブルに軽く置きながら問いかけてくる。
若干下を向きながら話し始める。
「おれ……、僕はここに来て色々な刺激を受けました。都会にはない風景や綺麗な桜……、それだけじゃない。ここの人たちのつながりとこの旅館の暖かさ」
たて続けに言葉を綴る俺の話を伯父はうん、うんと静かに聞いてくれている。
「前の職場では大変な思いをしましたが、ここならやっていける気がするんです!」
ここまで話を終えると今度は伯父の目をしっかりと見て続ける。
「僕を、この旅館で働かせてくれませんか?」
言い終えると伯父は柔和な表情になった。
「ありがとう、色々考えたんだね。わかった、一緒に働こう」
そう言うと立ち上がり俺の横まで来て肩に手を乗せる。
「一緒にがんばろう」
◇◆◇
朝が来た。毎朝聞こえてくる鳥の鳴き声を聞きながら帰宅の最終準備をしていた。リュックサックに手回り品と充電器を突っ込むと部屋を出た。
玄関先まで出ると伯父と雪乃、若菜が立っている。
「健ちゃん、気を付けて帰ってね」
そう言いながら握手を求められ、手を差し出すとぎゅっと強く握る。
「長谷川さん、また来てくださいね」
「こんど来るときは横浜の話をたくさん聞かせてくださいね」
雪乃と若菜が握手をする横でたて続けに言う。おそらくこのあと俺がこの旅館で働くことを聞かされていないのだろう。
伯父の顔を見ると少しニヤリとしていた。
この人は若干いたずら好きなところがあるのだろう。
「ありがとうございました」
そう言い、バス停へと歩みを進めた。
◇◆◇
家につくと母が出迎えてくれた。
「おかえりなさい、健太郎。おなかすいてるでしょう?ご飯できてるからいらっしゃい」
そう言うとダイニングに連れて行かれる。
そういえばもうすでに夕食の時間だった。
食卓には炒飯が乗せられており、座るとすぐに食べ始めた。
母はすでに食べ終わっていたのか、あの日の朝食のときのように俺のことをじっと見ていた。
若干の気まずさを感じながら食べ終えると話を切り出す。
「俺、櫻花荘で働くことにしたよ」
「ええ、聞いているわ」
すでに伯父から連絡があったようだ。
「だから、来月から家を出るよ」
「わかった、それまでに準備しましょうね」
半年も引きこもっていた息子が再び歩み出そうとしていることが嬉しいのか若干目元が潤んでいる。
その後もしばらく簡単な会話だけが続く。
俺が自室に戻ったあとも母はダイニングにおり、ポツリと呟いた。
「健太郎が櫻花荘で働くことになるなんてね。人生何が起こるかわからないわね」
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