シークレット・アイ

市ヶ谷 悠

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消えゆく芸術

15.美しき「遺作」

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 ドンベルト・ワーナーを殺した。

 その言葉は、ノアだけではなく、ヴァルの思考さえも一時停止させた。
 一体……どういうことなんだ……?

 ヴァルとノアは、Mr.ハロドゥからドンベルト・ワーナーの筆跡で届いた白紙の依頼を受けて、アルティストストリートへとやって来た。

 だがその依頼主であるドンベルト・ワーナーは……既に殺されているだって……? 彼の家へ入り……彼のAIにここまで案内されているのにか……?

「な、ぜ……」

 なぜ。
 その後に続く言葉、質問……。

 最早、ヴァルにはどの疑問に対する質問を投げかけていいのかが分からなくなっていた。
 ドンベルト・ワーナーを殺した? 六人全員が彼を? 彼の家にシェリア・ノエルズだけがAIとしているのか? 彼のAIは俺達を殺そうとした? 白い家にこの洞窟が存在する?

 知りたいが多すぎて、自分でも訳が分からなくなってくる。

 一方でノアは、そんなことよりも、自分の恋人が殺人者であることに驚きが隠せず、身動きも取れないで瞳孔が思いっきり開いている。

「……ハッ……シェリア……お前が……そんな……そんなこと……するわけが……」

 そう言いながら、ノアはその長い銀髪をゆっくりと揺らしながら、視線も、頭も落とす。

 そりゃ、この事実にはショックを受けざるを得ない。
 しかもそれが自分に何も告げずに、その存在を消したと思われた自分の恋人相手のAIからだとなると……複雑さは増す一方だ。

 ドンベルト・ワーナーが死んでいるとなると……俺達は、一体何のためにここまで呼ばれたんだと、思わず彼女に対して問いただしたくなる。

 ヴァルは、憐れんだ視線を再びノアに向ける。
 こればっかりは、どうフォローしたってノアの心の傷を広げてしまうだけだろう。

 ―― ごめんなさい……すべては私が……私が彼を真の奥底に眠る狂気に近い、芸術性を目覚めさせてしまったのが……原因なのです。 ――

「そこだ。……ミス・ノエルズ、あんたは自分のせいだと、さっきも言っていたが……あんたは一体、彼に何をしたんだ?」

 ―― ……その説明をするには……。 ――

 そう言うと、シェリアのAIは後ろにある頑丈な扉を見て、歩み寄り、その扉に向かって手を添える。

 すると……静かにその扉はプシューという空気が抜ける音がして……ゆっくり、ゆっくりと右へと動き始めた。
 あの重く要塞のような扉が……開いたのだ。

 ―― この扉の向こうにある……ドンベルト・ワーナー氏本人の遺作を、ご覧になってください。 ――

「……なるほど、……ね。……本当に彼を、殺したのか」

 あまりにも信じられない真実……いや……信じたくない、というべきか。

 ヴァルはうなだれたままのノアを一旦、放って拳銃を抜く。

 決して彼女のことを信じていないわけじゃないが……この扉の向こうに必ずしも、敵がいない、何もないという信用も、証拠も根拠もない。

 ―― なぜ私達がそうせざるを得なくなったのか……その理由も……この先にあります。 ――

「理由? それは、彼を殺した理由か? それとも、あんたが今ここにAIとして存在している理由か?」

 ヴァルがそう問いかけると同時に、扉は全て開け切ったらしく、ズゴン……という音を立てて動きが止まった。

 扉の向こうは冷えているようで、冷気がこちらへと流れ込んでくると共に白い煙が充満していた。おまけに暗くて、中に何があるのか全く何も見えない状態。

 ―― その、両方です。言ったでしょう? ……私は、彼の遺作であり、世に出ることはなかった……隠された『最高傑作』の一部であると……。 ――

 そう言って静かに扉の奥の空間の中に入っていく彼女。

 それに続くようにヴァルも付いていく……が、ノアが……動かない。

 はぁー……ったく……。

 ノアの、自分の恋人の犯した罪を認めたくないその気持ちは、理解出来ないわけではない。
 もし、仮にヴァルも、自分の大切な人が突然居なくなって、数年後にようやく会えたのに、言われた言葉が「人を殺した」だなんて、気が狂っちまってもおかしくはない。

 だが、今回ばかりは無理してでも、真実を知らなければいけない。
 このまま放っぽって真実を知らないままなのも、仕事としても……それに、AIとはいえど、相棒の大事な恋人を放っておくのもいかがなものかと、ヴァルは思うわけで……。

「……おい、ノア……」

 ヴァルが遠慮がちに声をかけても、ノアは微動だにしなかった。

 ヴァルはもう一度ため息を吐きながらノアの腕を引っ張って、強引に扉の向こうへと連れて行く。

 今日は溜め息のオンパレードだぜ、全く……。世話が焼ける相棒を持つと、苦労が絶えねえなあ……。

 だが……こんな状態になるくらいだったなら、用心で持ってくる必要はなかったかな……なんて、ヴァルは薬剤を頭に思い浮かべながら、ノアを担ぐ。

 そのまま、ゆっくりと右肩にノアを担ぎ、慣れない左手で拳銃を握った状態で、白い煙と暗闇に包まれた部屋へと入っていく。

 が……入ったはいいものの、中はやはり僅かな明かりもなく、何も見えなかった。

 そして中はヴァルが思っていたよりも冷えていて、露出部分の手と顔がやけに冷たく感じた。

 ……仕事着が普段ロングコートでよかったと、ヴァルは心の中で仕事着にこれらを選んだノアに少し、感謝する。

「ったく……おおーい、ミス・ノエルズ! いるんなら明かりをつけてくれ!」

 だが、帰ってくるのはヴァルの声の反響のみで、それ以外は静寂ばかり……彼女のAIは、ヴァルの要望に応えてくれそうにはなかった。

 ……これじゃ真実を見ようにも、見えない。

「おい。おい、ノア、お前もいい加減起きて明かりを……」

 そう言った時だった。

 パァン……。

 と、大きくライトスポットが右側で光った音がした。そちらを見ると、そこにはあったのは……。

「おいおい、冗談だろ……。まさか……これが……ドンベルト・ワーナーの…遺作だってのか……!?」

 ヴァルは驚いて、思わず肩に担いでいたノアを、ずるっと落っことしてしまう。

 だが、その衝撃で若干うめき声をあげたノアもようやっと目が覚めて、顔を上げた拍子に彼の……隠されたその作品を見る。

 だが……ノアにはいっそ、意気消沈したまま……見ない方が幸せだったかもしれない。ヴァルでさえ、信じたくない真実を。

 だが、見てしまった。そして、目を見開いて、その名を叫ぶ。

「シェリア……!!」

 ……そう、彼の遺作であり、最高傑作とされたのは、他でもない……シェリア・ノエルズを凍結させた姿だった……!

 この部屋が寒く感じるのは……その生身の肉体を冷凍保存するための、いわばデカイ冷蔵庫というわけだ。
 その身体は裸にされていたが、大事な恥部は両手で、胸は長い髪の毛をまるで羽のように広げてキレイに隠されている。

「シェリア!! シェリア……!! どうしてこんな……!」 

 ノアは駆け足で氷漬けのシェリアの元へ行き、その本当の姿を只ひたすら撫でる。

 だがどんなにしたって……彼女の氷は解けず、シェリア・ノエルズ本人であることも、彼女がもう……既に死んでいることも、明らかだった。
 
 ―― これで……お分かり頂けましたか? ――

 そう発言したシェリア・ノエルズの声は後ろから聞こえ、ヴァルは咄嗟に振り向いたが……。

 ヴァルが振り向いた先にあったその光景は……一体……何人いるのか分からない、女性の氷漬けにされた姿が、どんどんライトアップされて、この空間一面に、並べられていた。

「こりゃ……おったまげた……」

 ヴァルは、思わずそう零すほどに、異常な数と……その広さ!

 白い煙の正体は、冷気によるものなのは分かったが……何ヘクタールあるのかというほどの空間に充満するほどとなると……。

 ヴァルは色々と、理解が追いつかないでいた。

 ―― ここにいるのは全て女性……約四百人程は居ます。私以外は……全て、生前に彼が作り上げた……作品と化した人たちです。 ――

「作品だって……? こんな……相手もいない氷漬けの舞踏会みたいな光景が……!?」

 シェリア・ノエルズは氷漬けにされた女性たちと、自分の姿を見て悲しむような、苦しむような表情をヴァルに見せ、氷漬けの自分の前に立ち尽くすノアにも語り掛けるように話し始めた。

 ―― ……はい。あなたの言うように、この女性たちの『孤独の命の舞踏会』こそが……私が……いえ、私達がドンベルト・ワーナーを殺害した理由……。そして、私達がなぜ消えた芸術家になってしまったのか……その真実です。 ――
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